金次郎、歳を重ね和田アキ子さんと時代小説に優しくなる

人間50歳を過ぎると若い頃には思いもよらなかった趣味嗜好の変化が有るものだなと最近よく感じます。その筆頭に挙げられるのがタレント和田アキ子さんへの態度です(笑)。以前は、芸能界のゴッド姐ちゃんとかご意見番などと持ち上げられ、出川や勝俣ら多くの子分を従えて偉そうにしているアッコの姿に嫌悪感とも呼べるほどの非常にネガティブな感情を抱いており、坊主憎けりゃ袈裟までということで、本業の歌についてもどの辺がR&Bなのだろうかと歌番組に出演している姿を憎々しげに眺めておりました。ところが最近では、過剰なまでに世の中のコンプライアンス意識が高まる中で、彼女の得意技というか存在意義であった毒舌や暴力は完全にNGとなり、日曜お昼に放送されている冠番組「アッコにおまかせ」で見せるその牙を抜かれ翼をもがれたMCアッコの姿は痛々しい以外の何者でもありません。

そんな状況でトークが冴えるわけもなく、全くエッジの無い当たり障りの無い会話を、以前よりやや小さな声で大人しく繰り広げるアッコの零落ぶりに、激しいビジネス環境の変化に翻弄される自らを重ね(笑)、最近では日曜のお昼は妻にさんざん文句を言われながら6チャンを死守してアッコにエールを贈り続けております。また、アッコも金次郎の妻同様に股関節痛に苦しんでいるというのもシンパシーを感じるポイントで、更にその治療の過程で膝まで痛めてしまい車椅子での番組出演を余儀なくされるような苦境にあっても、10月中旬から予定されていたご自身最後のホールツアーを成功させようと懸命にリハビリに臨んでいる様は金次郎の心の琴線に触れ、過去のわだかまりは完全に消え失せました。22日の日曜にはNHKホールで18日に開催されたツアー初日の模様をご本人の口から直接聞こうと「サンデージャポン」からずっと6チャンをつけておりましたが、なんとアッコにおまかせは駅伝中継でお休みと知りがっくりと肩を落とした週末でした。ちなみにその日は競馬GIの菊花賞も外して二度がっくりでした(涙)。もう一つ最近抵抗が薄れていると感じるのは所謂時代小説です。このジャンルは好んでは選ばないという程度で嫌いという訳ではなかったのですが、金次郎の中ではファンタジーと並んでなかなか優先度の上がらない苦手分野となっておりました。苦手な理由は色々有ると思いますが、どうしても水戸黄門や暴れん坊将軍などのTVドラマの影響で江戸時代当時の社会構造や人々の生活が比較的単純で画一的という先入観が刷り込まれてしまっており、そんな訳で金次郎好みの複雑で奥行きの有るストーリーはあまり期待できないと勝手に思い込んでいたことが要因として挙げられると思います。東京暮らしも30年を超え、何かと江戸情緒を感じさせる人形町界隈にかれこれ17年住む中で、ようやく東京あるいは江戸という土地とその歴史に興味が湧いた心境の変化もさることながら、敬愛する宮部先生の時代ものに触れ、文学賞受賞作や本屋大賞ノミネート作を好みに関係なく半ば強制的に読んでいるうちに、多くの制約が有る中で時には苦しみながらも、精一杯人生を謳歌しようとしている当時の人々の姿がリアリティと共に鮮やかに描かれている多くの作品に出会い、自分の認識の誤りにようやく気付けたことが大きかったと思っています。最近読んだ時代小説としては、直木賞作の「恵比寿屋喜兵衛手控え」(佐藤雅美著 講談社)が江戸時代の民事訴訟において地方から江戸に上ってきた被告あるいは原告の農民を宿泊させ、訴訟の事務手続きから評定所への付き添い、訴訟に関するアドバイスや必要に応じ弁護士のような役割も担った公事宿の主人喜兵衛を主人公に据えた、これまで全く知らなかった情報満載の作品で非常に面白かったです。舞台となっている公事宿が馬喰町、敵役の宿が小網町でいずれもうちの近所なことも心を掴まれた要因でした。お裁きの日に評定所の周辺に集まって順番を待つ訴人を相手に商売する茶屋が描かれていますが、なんと商魂逞しいことかと感心いたしました。「藩邸差配役日日控」(砂原浩太朗著 文藝春秋)は最注目の時代小説作家による、小藩大名の江戸藩邸で〈なんでも屋〉と揶揄される差配役を務める里村五郎兵衛の奮闘の日々を描いた爽やかな作品でした。様々な雑務とも呼べるお役目を務める武士たちが、時にはしょうもないミスで切腹させられるような事態を恐れながら自らの任務を全うせんとする姿がなかなかに人間らしくて親しみが湧きました。小さな謎を解明しながら徐々に大きな謎の全容が明らかになるというミステリー仕立てのプロットもよく練られており、気付けば感情移入していてすっかり気分は江戸時代の上野近辺に飛んでおりました(笑)。

百鬼夜行シリーズの第四弾はいよいよ仏教、しかも禅問答に代表される難解な禅宗がテーマの「鉄鼠の檻」(京極夏彦著 講談社)です。箱根山中で静かに佇む宿〈仙石楼〉で発生した何とも奇怪な殺人事件は、更に山中深く分け入った場所に隠れるように存在する謎の寺「明慧寺」での連続殺人に繋がり、禅を題材とした理解するのに骨の折れるやり取りに気を取られているうちに、怪し過ぎる登場人物達によって事態は次第に複雑怪奇の度を増していきます。第1作の「姑獲鳥の夏」の登場人物である久遠寺嘉親が結構深みの有る役回りで出てきたり、後続作で活躍する骨董商今川や刑事益田といった重要脇役が初登場したりと相変わらずシリーズ他作品との関連性が濃厚で物語が立体的となり面白いです。今回は言葉を駆使して憑き物を落とす京極堂が、言葉によらず座り続けることで悟りを目指す禅僧を相手にやや苦労する展開がたまりません。論理など無意味と言われてしまうと、常に論理明快さを求められてきたビジネスパーソンの金次郎としては少し辛いものが有りました(笑)。

「限界国家」(楡周平著 双葉社)は、少子化を憂う実力者から人口動態分析をベースとした数十年後の日本社会のヴィジョン作成を依頼されたコンサルが、元官僚や起業家の若者などに話を聞く中で、改めてその暗澹たる未来に頭を抱えるところから物語は始まります。どの程度悲惨な未来かというと、日本の人口激減は国内市場の急速な縮小を意味し、日本市場のみをターゲットにした産業は衰退の一途を辿り、技術開発で労働からの解放を希求するという人間の本能がAIの進化とあいまって雇用の激減をもたらし、社会保障システムは破綻してにっちもさっちも行かなくなるというような感じのシナリオとなっています。そんな状況ではもはや医師といえども少子化が進む国内市場をターゲットとする限り魅力的な職種ではなく、希望を見出せるような社会の将来が描けない中で若者は日本という国への思い入れを急速に失い、グローバルに様々な人々と繋がるボーダレスな存在になることを目指すようになるとされています。冒頭で調査を依頼した実力者は国が衰え文化や伝統そして言語までもが失われていく未来を嘆きますが、大学生起業家から「社会の課題に長らく目をつぶり、自らの現役世代を謳歌し課題を放置してきたのはあなた方であり、若者はその責任を押し付けられる謂われは無い」と鋭く反論されぐうの音も出ないという痛快でもあり恐ろしくもあるやり取りがクライマックスとなっております。高齢者の高齢者による高齢者のための政治が諸悪の根源であり、国会議員には定年制を設けるべきという案には金次郎も賛成です。年長者には若者には無い経験が有る、という実力者老人に、その経験は社会課題の解決に全く役に立っていないではないかと切り返す若者という厳しいやり取りはなかなか読み応えがありました。

先日多摩川の花火大会のため田園都市線が全て鈍行となってしまい、青葉台からの帰路途方に暮れた金次郎夫婦は、逆向きの電車に乗り長津田から新横浜に出てラーメン博物館に寄りました(笑)。大好きなかもめ食堂が復活していて嬉しかったです。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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