種々報道されておりますが、2月末に始まった米国とイスラエルによるイラン攻撃共同作戦の結果、イランは有り得ないだろうと考えられていたホルムズ海峡の封鎖に踏み切り、これにより中東地域からの原油輸入に大きく依存している日本には様々な影響が出始めています。同じく多大なる影響を受けているインドでは、燃料不足からレストランでの調理ができず休業に追い込まれる事態も発生しているようですが、日本でも燃料となる軽油や重油不足から温泉が操業できなくなったり、バスの運行に支障をきたしたりと、そんなところで?!と言いたくなってしまう、何が起こるか想像もつかない状況になっております。
金次郎家もAさんご夫妻との恒例温泉旅行を今年も計画しておりますが、お湯を沸かす必要の無い源泉かけ流し温泉に人気が集中して予約が難しくなるのではないかと、今から戦々恐々としております。更に、海峡封鎖が長期化すれば、環境には悪いと言われつつも、我々のQOL向上に大きく貢献しているプラスチック製品の供給に不安が生じると懸念されることから、こちらも夫婦二人でどうしたものかと日々びくびくしております。さて、一般の方にはほぼ馴染みの無いホルムズ海峡ですが、アジアでのマラッカ海峡同様古くから交通・交易の要衝として地政学的に重視されていました。ペルシャ湾とオマーン湾=インド洋の境界をなすこの海峡は、北をイラン、南をオマーンの飛び地であるムサンダム半島に挟まれた海域で、最も狭いところは幅が33kmとかなり細いことが特徴です。更に、大型船が通行可能な区域となると非常に限定的で、しかも安全確保のため上り下りの海路が分かれており、その狭さ故にミサイル確認から迎撃するまでに許容されるリアクションタイムが極めて短くなってしまい、イランからの効率的な攻撃が容易で、ドローン技術の進歩もあいまって封鎖を可能たらしめる要因になっています。こんなに狭くて危ういところを毎日100隻前後の大型船が通過していたわけですが、原油やLNG(液化天然ガス)をはじめ世界の重要産品のだいたい2割ぐらいがこんなヤバい場所を通過しているという綱渡りに我々の生活が少なからず依存してしまっていたことを改めて認識し、これまでの生活が平和過ぎたのかと悲しい気持ちになりました。ちなみに、このホルムズという名称は11世紀から17世紀にかけてイラン南東部に存在したホルムズ王国に由来し、資源など持たず、通商・交易のみで栄えた珍しい王国として歴史的に知られているのだそうです。16世紀にはポルトガルの支配下に入り、最終的にはサファヴィー朝とイングランド東インド会社の連合軍により滅ぼされたということで、地政学的に重要な拠点の奪い合いが長らく続く人間の営みの一部なのだとすると、今発生している事態もその一環と理解するしかないのかと、こちらも悲しい気分になりました。現実問題として、米国とイスラエルの攻撃によりほぼ失う物の無い状態に追い込まれたイランにとってここから譲歩するメリットは小さく、報道では停戦に向けた外交交渉について取り沙汰されていますが、残念ながら少なくともホルムズ海峡の全面的な通行再開までにはかなりの期間を要するのではと懸念せざるを得ない状況だと思います。
さて本の紹介です。「議会制民主主義という神話」(君塚直隆著 筑摩書房)は、イギリス政治の長い歴史を通して、我々が何の疑問も持たずに受け入れている〈議会制民主主義〉という仕組みが、実は自由主義と民主主義という異質な原理の上に成り立つ、きわめて不安定な制度であることを鋭く描き出している、大変勉強になる本でした。特に印象的だったのは、イギリス議会が元々は自由主義を実現するための制度であり、エリート階級が多様な利害を自由に持ち寄り、その調整を図る場として発展してきたとの指摘で、大憲章から始まる長い歴史の中で、ジェントルマン階級の寛容さやノブレス・オブリージュに象徴される献身の意識がこの枠組みを担保し、政治の安定を支えてきたことがよく分かりました。産業革命以降の社会変動と選挙権の拡大によって、議会は徐々に大衆民主主義の波に飲み込まれていくわけですが、この過程は、自由主義的エリート政治と民主主義的多数決政治の緊張関係を浮き彫りにすると同時に、議会制度が根底に構造矛盾を抱える脆弱性を示していると思います。また、ブレグジットを巡る混乱を、議会政治の誇りであった〈熟議〉と〈責任ある意思決定〉が直接民主主義というパワフルな潮流に押し流される瞬間として捉えている点についても目から鱗の感が有りました。そのアナロジーとして、国民投票という手法が、〈奇蹟の10年〉として本書で中心的に取り上げられている1866年から76年に実現した議会における芸術的な均衡を一気に崩したという史実に触れ、改めてポピュリズムに陥りがちな現代民主主義の危うさを印象付ける手法にも巧いと感銘を受けました。結局のところ、議会政治の再生に向けては、制度改革の議論に終始するのではなく、公共心を持つ市民の育成が不可欠だという点はずっしりと重い課題とも感じます。しかし、自由主義と民主主義が相容れないという事実は、我が国の政権与党である自由民主党という党名は一体何なのか、という恐ろしい疑問を惹起するのではないかと震えました(汗)。
「明日、あたらしい歌をうたう」(角田光代著 水鈴社)は、超有名ミュージシャンを父と思って生きてきた新(あらた)の視点と、そのシンママくすかの視点で物語が交互に綴られる構成のお話です。くすかの過去が徐々に明かされる過程を経ることで、二人の暮らす世界の陰影が濃度を増し、感動が深まっていく仕掛けが施されていて巧いです。両親からネグレクトを受け、学校でも居場所を見つけられなかったくすかは、あるミュージシャンの音楽と出会ったその日から、その音楽の世界の中に少しずつ自らの輪郭を見いだせるようになります。その音楽が息子の新にも影響を与え、彼の生きる力に繋がっていく展開を通じて〈人生を変える出会い〉の可能性について熱く語る角田先生の思いが物語全体から溢れ出していて微笑ましいです。くすかの恋人であった時生は不慮の事故で亡くなってしまうのですが、そんな絶望的な状況からくすかを救ったのも(故忌野清志郎さんと思われる)ミュージシャンの音楽で、幸運なことにあまり危機的な状況には陥ったことのない金次郎ではありますが、将来の万が一に備えて心の支えにできる何かを見つけておかなければと若干危機感を持ちました(笑)。「それは読書じゃないの?!」というツッコミが聞こえてきそうです。
先日、かの有名なスタババイト店員最終日花束贈呈イベントに出くわし、圧倒的陽キャ軍団オーラに意味もなく夫婦二人でダメージを負いました(汗)。我々の人生にあのキラキラは有りませんが、地味に一歩一歩前に進んでいきたいと思います。
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