読書をし始めてから自分がハードボイルドやアクションものが意外と好きであることに気付いたつもりになっておりましたが、若かりし頃は同世代の友人たち同様に「北斗の拳」や「CITY HUNTER」などの作品に夢中になっていたことを思い出し、改めて三つ子の魂百までという言葉を噛みしめております(笑)。中でも石渡治先生の「B・B」は横須賀の米兵に「奴の血は燃えている」と言わせしめ、B・B=Burning Bloodの異名で呼ばれた少年高樹が、ボクシングに目覚めライバルと鎬を削る中で、もう一つのB・B=Best Boxerになるまでの壮大な紆余曲折を描いた大好きな作品で、熱くなりながら何度も何度も読み返したのを覚えております。最近の読書ではなかなかそんなに熱くなれる作品に出会えていないと悲しい気分になっていましたが、何の気なしに「隠蔽捜査」シリーズが大人気の今野敏先生の作品リストを眺めていたら、「孤拳伝」(今野敏著 中央公論新社 1・2・3・4・5)という聞き捨てならないタイトルを見つけ、とりあえず読んでみることにしました。
香港のスラム・九龍城砦で育った少年朝丘剛は、見様見真似で覚えた中国武術・形意拳の一つである崩拳を武器にストリートファイトに明け暮れる殺伐とした毎日を送っていました。母親を香港に売り飛ばした実父であるヤクザへの恨みを糧に生きる剛は、ただ強さのみを求めて闘い続けることに捉われた、感情を持たない野獣として描かれますが、ある意味では愛を知らないだけの純粋で不器用な存在とも言えます。そんな剛の人生は、母の仇討ちを実行すべく貨物船に密航して横浜に渡るところから大きく動き始めるのですが、密航船の中でのフィリピンの両親に売られたマリアとの出会いは、後に剛の彷徨える心を導くことになる重要なイベントでした。渡航後横浜の新興ヤクザである松任組に出入りするようになった剛は、功夫の達人で横浜華僑の大物・劉栄徳とその内弟子である松原や、闇デスマッチで相対する手強いライバルたちと出会い拳を交える中で、自らの中に存在する得体の知れぬ欠落に気付き苦悩することになります。そんな苦悩を抱えながら、ひたすら強さのみを求める武者修行の旅の中で、山の民、古武術使い、宮本武蔵の教えを探求する剣豪、沖縄空手の達人など様々な強者との出会いを経て、剛は人間的な成長を遂げ、強さというものの本質に到達することになります。こう書くと、既視感だらけの非常にありきたりなストーリーと思われるかもしれませんが、自らも源流空手の腕を磨かれている今野先生の格闘やアクションの描写は息遣いが聞こえてきそうなリアルさと迫力を兼ね備えており、他作品とは一線を画するクオリティだと思います。しかも、今野先生の経験に裏打ちされ磨き上げられた格闘理論の納得感の高さは、中年金次郎も中国武術を習得したいと一瞬考えてしまうほどの説得力でした(笑)。特に、格闘技の修練と普及のそれぞれにおいて、試合のルールを定めて闘い方に制約を設けることがもたらす意味や、対外試合の功罪についての今野先生の持論と思われる部分からは熱いパッションが感じられ、スポーツとなった伝統武術が直面する本質毀損の危機、型の持つ真の意味などについての考察と合わせ、気付けば引き込まれるように読んでいました。
「悪女たちのレシピ」(秋吉理香子著 ハーパーコリンズ・ジャパン)は逞しい女性たちが主役の、読みながらぞくっとする連作短編形式のサスペンス小説です。秋吉先生の作品は初読でしたが、短編ながら伏線の妙とひねりの効いたプロットには熟練の技が感じられ、他の作品も読んでみたいと思いました。ストーカーの気持ち悪さだけでもインパクトが有るのに、それを超えてくるラストの衝撃が凄い「見つめていたい」、突き抜けたポジティブ人間の到達点が怖すぎる「幸せのマリアンナ」、明らかに危険なのに状況をコントロールできると無用心に沼にはまる男性心理の愚かさと、待ち受ける想像以上の落とし穴の深さに愕然とする「パートナーズ・イン・クライム」は(ミステリーではないものの嫌な気分になるという意味で)イヤミスの王道的作品で読み応え十分でした。一方、「ヒアミーアウト・ケーキ」では、清々しいほどに嫌な奴が登場して終わりかと思った後に、もう一段の心情的などんでん返しが用意されていて表現の幅に驚かされました。
映画「国宝」が大ヒットとなった吉田修一先生の「怒り」(中央公論新社 上・下)は2015年の本屋大賞で6位に入った作品です。八王子で発生した夫婦惨殺事件の容疑者で顔を整形して逃亡中の山神にどことなく似ている3人の男性と、彼らと人間関係を構築していく人々とを描き、人間の二面性、過去に縛られる現在、他人を信じることの意味などについて考えさせられる内容になっています。特に、他人を信じるという主体的にも映る行為の陰に潜む、信じさせてくれと相手に要求するエゴの生々しさには思わず過去の自分を振り返らずにはいられなくさせる迫力が有りました。物語は千葉の外房、東京、沖縄の離島という異なる舞台でそれぞれ展開していきます。各々生き辛さを抱える愛子、優馬、泉が、ふらりと表れた素性の知れない男とそんな生き辛さ故に共鳴し関係を深めていく展開が、物語全体を覆う切ない雰囲気をより研ぎ澄ます効果を上げていると思います。本作のタイトルでもあり、山神が現場に残した文字でもある「怒」が何を象徴しているのか考えると、他人を信じ切れない人間の弱さへの痛切なまでの怒り、ということなのではないかと感じました。
「インドの奇跡 マルチ・スズキ不可能への挑戦」(R・C・バルガバ著 日本経済新聞出版)は、単なる企業史ではなく、国の制度や文化の壁を越えて産業を創り上げる壮大な挑戦を、長きにわたりマルチ・スズキの経営に深く関与してきた著者がつぶさに語る大変勉強になる本でした。誰一人自動車産業の成立を信じていなかったインドで、後に若くして事故死するサンジャイ・ガンジーの思いの詰まった国営企業マルチがスズキと手を組み、ゼロから自動車市場を切り拓いていく過程には、まさに「奇跡」という言葉がふさわしいと感じました。どんなに現場で抵抗されても日本式経営に拘り続けたことや、正しいと信じることを曲げることなく徹底的な議論を尽くしたことが成功の要因であった点を改めて理解しつつも、これからインド市場に向き合う中で自分にそこまでの覚悟が有るのか自らに問う機会ともなりました。ただ、本書には書かれていない、もっとどろどろした話も長い歴史の中では存在した筈と考えてしまうと、早くも心が折れそうになっております(笑)。
先日乗ったタクシーの運転手さんが、定年になったらフィリピンで娘と孫と共にのんびり老後を過ごすのが楽しみだと言っていて微笑ましかったのですが、娘と孫が唯一使える日本語が「パパお金ちょうだい」だと聞かされて一転悲しい気分になりました(涙)。
読書日記ランキング