「大人は泣かないと思っていた」(寺地はるな著 集英社)、いえ結構泣きますよ(笑)

タイトルを見てどうしても読まずにいられなくなったこの本。「大人は泣かないと思っていた」(寺地はるな著 集英社)は、閉鎖的な九州の田舎町で慣習や古い価値観などの旧弊、狭い町での濃厚な人間関係にがんじがらめにされながら生きざるを得ない登場人物たちが、じわじわとした下り坂の、特段の希望を見出せない日常の中で、‘泣かないはずの大人が泣く’瞬間をターニングポイントとして、少しだけ前に進む、というなかなかの感動作品です。

涙を見せない、ということそのものよりも、 大人が泣くことすら許されないほどの閉塞感、あるいはそれに象徴される自分の中で固まってしまっている拘り、を表現しているのは分かりつつも、 小説を読んだり、ドラマやアニメを見たりして 割と簡単に泣いてしまう金次郎にとって、 若干その自分で引いてしまっている越えてはいけない一線のイメージがわきづらかったのも事実ではあります(笑)。 出張に行く機中で「神様のカルテ」(夏川草介著 小学館)読んで号泣してしまい、全く涙が止まらずに往生したのを思い出しました。

さて、これまでどんな小説で泣いたかな、とリストを見直して見つけたのが以下です。

「一瞬の風になれ」(佐藤多佳子著 講談社) は、中学・高校・大学と陸上部だった金次郎にとって、涙を止められる理由が見つからない短距離青春小説です。残りページが少なくなってくると、‘終わらないで!’と思ってしまうほどの引き込まれようです。

(第一部 イチニスイテ)・(第二部 ヨウイ)・(第三部 ドン!)

「七帝柔道記」(増田俊也著 KADOKAWA)は、 大学生活の全てを高専柔道という特殊な競技に捧げた著者の半自伝的青春小説です。これでもかと繰り返される尋常でない練習の極限状態で、生きて行く上で本当に大切なものが何かに、迷って後戻りしながらも少しずつ近づいて行く若者の話で、完全に泣けます。

浅田次郎著の新撰組シリーズはどれもいいのですが、特に「壬生義士伝」(文藝春秋) では、抜群の人物描写力で幕末の混沌を疑似体験しつつ、吉村貫一郎の不器用・愚直の強さ・カッコよさで泣かされます。

(上巻)・(下巻)

「聖の青春」(大崎善生著 講談社)では、故村山八段の純粋で真っ直ぐで激しくて優しい生きざまにまた涙。病気になったことも含めて自分の人生を達観する姿勢に心を打たれます。

エッセイですが、「猫がいなけりゃ息もできない」(村山由佳著 ホーム社) はとてもネコ愛に溢れた一冊で、ネコのもみじちゃんと村山先生、 そしてその周りに引き寄せられた優しい人たちの思いと思いやりに心が温かくなりうるうると泣けてきます。 ネコが大好きな会社の先輩に紹介したら、電車で読むのはやめておく、と読む前から泣く気満々でした。

ちょっと恥ずかしいほど泣いてばかりなので、金次郎が60代とかになってもっと涙腺緩んだらどうなってしまうんだろうと恐怖です。年末の挨拶周りで‘良いお年を’と言いながら泣いたりしたらどうしよう。

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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