心の狭い金次郎はオリンピック陸上男子4×100mリレーのバトン失敗を観て、あやうく本も読まずに23時まで長々と待ったのに・・・、と思ってしまうところでしたが、佐藤多佳子先生のノンフィクション作品である「夏から夏へ」(集英社)で2007年大阪世界陸上での塚原・末次・高平・朝原の同種目でのアジア新記録樹立のドラマを感動しつつ読んでいたため敬意をもってメンバーに拍手を送ることができました。ちなみに金次郎は見た目が第三走者の桐生選手に似ているようで、同じマンションに住むおじいさんからよく「桐生くん、速かったね。」などと声を掛けられ、複雑な思いを脳内で交錯させた後に「あざっす。」と返答したりしております(笑)。
そんなオリンピックも閉会し、パラリンピックが始まるまで一休みという感じですが、様々な必ずしもメジャーとはいえない競技がオリンピック種目となっているのを観て、せっかく東京開催だったのにどうして相撲は正式種目にならなかったんだろうと思い、今更ながらネットで少し調べてみました。
やはり正式種目を目指す活動は存在しているようで、その主体となる国際相撲連盟(International Sumo Federation)という組織もちゃんとあり、そのISFの下で世界相撲選手権、世界女子相撲選手権もそれぞれ定期的に開催されていて、男女両方で実施できることというIOCの基準も充足しているように見えます。ではどうして正式種目になれないかといいますと(東京大会は追加種目の1次書類選考で落選)、色々な理由が考えられますが、①恐らく競技人口が絶望的に少ない、②IOCがこのところ推奨しているプロ選手、すなわち日本では大相撲、参加のハードルが高い、③そして何より相撲を最も推すべき日本が金メダルを取れるか微妙なので国を挙げて相撲をよろしくという雰囲気にならない、という感じかと思います。①については、世界での相撲競技人口は分かりませんが、例えば日本の高校生の部活データではサッカー、野球、バスケが20人に1人、バドミントン、陸上、テニス、バレーボールが30人に1人程度の規模である一方、ややマイナーな弓道が50人に1人、水泳が100人に1人、柔道が150人に1人であるのに対し、なんと相撲は4000人に1人と圧倒的に少ないのが現状です。勿論部活という意味では300人に1人しかいない空手が世界競技人口では7000万人とされ同130万人にすぎない柔道をはるかに凌駕しているケースもあり一概にはいえないものの、相撲がこれに当てはまるとも思えず道は険しそうな感じです。②もアマチュア選手ならいざしらず、日本古来の神事の担い手たるべき力士がグローバルに標準化された格闘技としてのSumo競技の場に参加するということになると相当な議論を惹起するでしょうし、そういう国技としての大相撲の文化的意義もさることながら、絵柄的にちょんまげの人が普通の髪型の人と闘うイメージも湧きません。また、③とも関係しますが、結構モンゴルに金メダルを持っていかれる懸念もあり、やはり難しいか、というところですね。アマチュアが参加する世界選手権でもかなり外国人に優勝をさらわれていると知りやや残念な気分となりました。開催国推薦枠が使える次回の日本開催はまた50年ぐらい先になると思いますので、それまでにこれらの課題が解決できるのか、微かに注目していきたいと思います。もしかしたら30年後ぐらいにウランバートルオリンピックが開催され、晴れて正式種目入りというシナリオも有るかも?
さて、オリンピックにちなみまして海外文学を紹介します。先ずは、「赤い髪の女」(オルハン・パムク著 早川書房)です。ノーベル文学賞作家である著者の作品は以前このブログでも紹介しましたが、先ずはトルコの異国情緒を疑似体験できる点が魅力です。あまり外出もしない凪の暮らしに旅をしたような刺激を与えてくれる作品は貴重だと思います。内容もフロイト先生で有名なエディプス・コンプレックスの下敷きとなっているギリシャ悲劇の一つオイディプス王の父殺しの話、ペルシャの叙事詩「王書」で語られている子殺しの話が、大学に通う費用を稼ごうと井戸掘り職人の手伝いをするジェムの人生に降りかかる出来事に投影される形で重層的に表現される構造になっていて、虚構と現実が入り乱れる不思議な世界観を生み出しています。20世紀後半の高度経済成長期直前の古きよきトルコの象徴として、井戸掘り職人のおやじが描かれていますが、彼の職人気質とその仕事ぶりになぜだか心惹かれるものがありました。魔性の旅芸人女優の存在も大変ミステリアスでよろしいかと思います。
次は「七つの殺人に関する簡潔な記録」(マーロン・ジェームズ著 早川書房)です。70年代から80年代にかけてのジャマイカとアメリカを舞台に、特にジャマイカのスラムの貧困や人種差別、ギャング同士の抗争をはじめとした圧倒的な混沌を鮮やかに描き出した、全くもって〈簡潔〉ではない、嘘をつくなと言いたくなる720ページの大著です。多数の登場人物それぞれの視点で、しかも彼ら彼女らの意識の流れのままに理解困難なジャマイカ社会の現実が語られるので大変混乱するのですが、語り手とはならず存在感は薄いものの、常に〈歌手〉と呼ばれて全員から意識されている存在のスーパースターボブ・マーリーという軸が通っているので、どうにかこうにか筋を追うことができます。1976年12月3日に発生したボブ・マーリーの暗殺未遂事件が本書の主要なイベントにもなっています。ギャング、チンピラ、殺し屋、ジャーナリスト、CIAエージェントなどの多彩な登場人物がそれぞれの属性に特有の言葉遣いをしていて、殆どが意味の通らないスラングで埋め尽くされている章もあり、ジャマイカ特有の混成語も多様されているので、訳者の旦敬介さんは非常に難易度の高い仕事を見事にこなされていると感服しました。
一応日本の小説も紹介しておきます。「六人の嘘つきな大学生」(浅倉秋成著 KADOKAWA)は、就職活動を題材に、人間の内面を見極めることの難しさを取り扱った社会派ミステリーです。伏線の狙撃手と称される著者らしくプロットは非常によく練られており、物語世界の認識をひたすら揺さぶられ続ける気の抜けない展開となっています。イメージ的にはオセロで黒が白に、そしてまた白が黒に変わる、というような感じでしょうか。長い会社員生活の中で、自分のことさえよく分からないのに常に他人を評価し続けねばならない難しさを痛感してきましたが、やっぱりそれって難しいよね、と再確認できる内容で微妙に救われた気分となりました。
前回はワクチン副反応日記でしたが、今ではすっかり中和抗体も増えているはずで、そこはかとない万能感に満たされる日々は続いています。英会話の先生(63歳)は、2回目のワクチン接種2日後にコロナを発症し、2週間ベッドから起きられず悪夢を見続けた後に復活、俺はワクチン2回接種+コロナ感染によるnatural immunity獲得で無敵だと同様の万能感を感じておられる様子でした。逞しい。
読書感想ランキング