先日のランキングでは金次郎の過去の思い出シリーズが意外にも人気を集め上位に食い込みました。今年で50歳、結婚20周年と節目の年でもありますので、自分史作りのつもりで古い記憶を掬い上げてみる一年にしようと思いますのでお付き合いいただけますと嬉しいです。
と言ってはみたものの、読者の皆さんに楽しんでいただけそうな面白い場面がなかなか思い浮かばず、それなりに充実していた筈の自分の人生はもしかして結構つまらないものだったのかと悲しい気持ちになったりもしております(涙)。
更に真っ先に頭に浮かんでくる思い出が、幼少期に車がどこまで近づいてから道路を横断できるかに挑戦してトラックにはねられた、たまたま手が離せない時に家に遊びに来た友人を用事を済ませてから追いかけたら近所の倉庫がその友人の火遊びで丸焼けになっていた、大学時代に住んでいた学生ハイツで彼女と電話するために部屋に立てこもった友人を邪魔しようとスパイダーマンのようにベランダも無い8Fの彼の部屋に隣室の窓から壁伝いに侵入した、などなど冷静に振り返るとぞっとするような話ばかりで、自分のダメ人間ぶりに嫌気がさすと同時に、まかりなりにも普通に仕事をしている今の自分はだいぶ更正したなと変に感心したりもしております(笑)。
そんなダメ人間ながらも色々なことを比較的そつ無くこなしてきた金次郎ではありますが、本当に全くどうしようもなく結果が出せなかったのが小学生の時に習っていた剣道でした。2年生から両親の勤めていた銀行の同僚だった方が師範をされている道場に通い始めたのですが、全く鳴かず飛ばずで剣道カーストの底辺の地位を5年間守り続けました(笑)。そんな不遇時代についてあれこれ思い出しているうちに、期せずして辛いことづくめの思い出の中でも極めつけのトラウマ記憶の蓋を無駄に開けてしまい後悔先に立たずの状態ですが、せっかくの自分史なので目を背けずに精神力の許す限りその内容について書いてみようと思います。
トラウマ①:剣道には昇級審査というのがあり、大きな体育館で打ち合いをしているところを審査され合否が決まる仕組みになっているのですが、5年生だった金次郎少年は3級審査当日に不合格を言い渡され、結構落胆しながら審査会場を後にしました。ところが、数日が経過して道場に行ってみると、先生から点数の計算違いが有り合格でしたと免状を渡され、とりあえずほっとして帰宅しました。それから何事も無く1年が過ぎ、6年生で2級の昇級審査に臨んだ金次郎少年は見事その場で合格となり、それなりに喜びつつ両親に結果を報告しました。その時の父のコメントがなんと「初めて自分の力で合格したな。」!それは言っちゃだめでしょという母の表情から全てを悟った金次郎少年は1年前に計算違いを告げられた際の道場のちょっと不穏だった雰囲気を思い出し、汚れた大人の世界の洗礼を受けた衝撃で暫く涙に暮れました。
トラウマ②:その道場には師範の先生のお父上である大先生というおじいさんがおられ、とにかく怖いし声がつぶれていて何を言っているか全く分からないということで道場に通う小学生からは非常に怖れられる存在でした。その大先生に目を付けられて稽古をつけてもらうはめになると、唸り声を上げながらボコボコに打たれるというホラー状態になるためメリットが見いだせず金次郎少年はなんとかそれをかわすべく細心の注意を払っておりました。そんなことだから強くなれないわけですが(苦笑)。ところがある日のこと、注意不足により大先生につかまってしまい残念ながらエセ3級VS剣豪8段の対決となってしまったのですが、途中からこちらの攻撃が面白いようにヒットするようになり伝説の剣豪は防戦一方に。僕ちょっと強くなった?という自信と日ごろの鬱憤から非力ながらも全力で大先生に打ち込みまくったのですが、なんと、その数分後に大先生は倒れられ救急車で運ばれる事態となりました。勿論金次郎少年のしょぼい打ち込みのせいではなく何らかの発作を起こされていたようなのですが、その後回復されたとはいえ、思い出すと心が鈍く痛んでどんよりした気分になる記憶です。
何の示唆も教訓も無いエピソードで恐縮でしたが、それなりに頑張っても結果が出せない人がいるという事実を自分で経験していたにも関わらずすっかり忘れてしまっており、今後は後輩の指導の際はもっと優しくせねばと今更ながら反省いたしました。でもやっぱりトラウマになる恐れが有るので正当な評価は歪めてはいけませんね(苦笑)。