金次郎、名刺の権威に思いを馳せる

妻がコロナに罹患してしまいてんやわんやになっていたため先週は投稿ができませんでした。楽しみに読んでくださっている読者の皆さん、大変申し訳ございません。妻もだいぶ回復し、今週からまた頑張って書いていきますので引き続き応援いただけますよう宜しくお願いいたします。

先日、金次郎の勤めている会社のOBで複数の会社経営に携わられている先輩とお会いする機会が有ったのですが、冒頭の名刺交換の際にその方がトランプカードのように幾つかの違った名刺を取り出され、矯めつ眇めつ眺められた後に、よし今日はこれで行こう!とそのうちの1枚を手渡されました。その方はまっとうなビジネスをやられているので問題無いのですが、どうしても複数の名前や肩書を使い分け、カモになる被害者の信頼を得るために多種多用な名刺の中から最も効果的なものをびしっと差し出す、「地面師たち」のハリソン山中が想起され若干びびってしまいました(笑)。

しかし、名刺というのは不思議なもので印刷が特殊技術であった時代はともかく、PCやプリンターが普及して個人ベースでの印刷が当たり前になり、更に多くのデータがデジタル化されている現代において尚、人物の身分を保証する強力なツールとして機能し続けていることは驚嘆に値すると思います。金次郎も若い頃には訪問したお客様が不在であった際に自分の名刺を遺すことでそこに存在した事実を証明するような使い方をしていましたし、少し古い時代を舞台にした本を読んでいると、名刺の裏に一筆書いて紹介状の代わりとしたり、権力を持つ人物の名刺を提示することで自らの信頼度を高めるような場面が結構でてきて、何があの小さな紙片に権威を化体させる効力の元になっているのか非常に気になるところです。やはり、印刷という行為そのものが高度な技術を必要とする特別なもので、公文書や紙幣といった重要性の高い書類にのみその技術が使われていた時代の権威の名残が今でも名刺に宿っていると考えるのが妥当なのだとは思います。また、名刺の価値が欧米よりも寧ろ日本を含む東アジア地域でより高いことを考えると、忌み名という表現にも表れていますが、人名それ自体が有する呪術的精神性が印刷という高度な技術と結びつくことで権威を生み出し、名刺に記載されている組織のブランドや役職の箔がそれを増幅しているのだと思います。確かにデジタルデータ化された名刺は精神性と切り離されているためかあまり権威を感じませんし、手裏剣のように名刺を投げてよこす欧米人に嫌悪感を禁じ得ないのもそういう潜在意識の表れなのかもしれません。似たような存在と言える印鑑がいつまでも無くならないことにも同様の背景が垣間見えて面白いです。更に本来の精神性は時代を経て失われても、その行為の価値が尚残存している例としてお辞儀が挙げられますね。なんと、あの身体を傾ける動作には相手に敵意が無いことを示すために自らの急所である首を差し出すという怖い意味が有るのだそうです。確かに最敬礼で身体を45度傾けた姿勢だと、あっという間に首を落とされそうで恐ろしいです(笑)。

さて、本の紹介です。「自民党の変質」(佐藤優/山口 二郎著 祥伝社)はちょうど選挙も終わりタイムリーな内容だったので再読してみました。どの政党が良いかという発想ではなく、民意に基づいて成立した現行政府を与件として、その政府において国益に資する政権運営の在り方に焦点を当てる佐藤先生と、かつて小選挙区制導入を主張し民主党のブレーンとして政権交代を成し遂げた政治学者である山口先生のハイレベルなやり取りからは、幅広い分野に亘る学びの機会が潤沢に得られ大変勉強になりました。立憲民主党が護憲政党として〈立憲〉を党名に掲げる限り、国会で憲法改正を否決できる国会議員の3分の1の議席数で党勢が頭打ちになるという理屈が示されますが、図らずも今回の選挙で立憲民主党が過半に迫るのではなく、マージナルな部分で国民民主党が民意の受け皿になったという結果はその証左であるのかもしれずさすがと感心いたしました。資本主義が生み出した労働者層が支持する社会党に対抗するために55年の保守合同によって生まれた自民党が、本来的には資本主義と相対する存在であったというのは言われてみればその通りなのですが、大企業に寄り添い国民全体に投資を呼びかけ資本家側に取り込んでしまおうとしている現在の自民党の姿とかけ離れすぎていて滑稽ですらあります。自民党の歴史についてもポイントを纏めてあって有用ですが、その中で〈壊し屋〉小沢一郎の画策や民主党に敗北しての下野という苦境にあっても自民党が四分五裂せず(一応)保守の旗印の下にそれなりの塊として踏み止まったことが、欧州で見られるようなポピュリズム勢力の拡大を抑止する結果になったという指摘は、金次郎のなぜ日本はそうならないのかというかねてからの疑問にタイムリーに答えるものであり目から鱗でした。産業の衰退により労働者層が弱体化している上に、革新側の受け皿となるべき立憲民主党が先述の通り護憲という重要ではあるが小さな価値観を掲げ勝負しようとしているために求心力が高まり切らないというのも納得です。一方、本書では維新の会が反自民勢力を糾合する核になり得るとのポテンシャルが示されていましたが選挙では振るわず、知の巨人たちでも政治の風を読むのは難しいのだなと感じました(笑)。同じく厳しい結果となった公明党については、武器三原則を巡る方針に関し自民党に対する不満が蓄積しているとあり、とにかく与党陣営に留まることが党是となっている同党が今後どのような政治的動きを見せるのか気になるところです。自民党とは関係有りませんが、グローバリゼーションに対するローカリゼーションの一つの形態として北関東のマイルドヤンキー経済圏が例示されていて、このような一般的な経済原則とは違った理屈で動くエコシステムを様々な地方で活性化させるべく支援するのが良いという発想には興味深いものが有りました。

「方舟」や「十戒」で一躍ミステリーシーンのトップに躍り出た夕木先生の作品を紹介します。「時計泥棒と悪人たち」(夕木春央著 講談社)は画家の井口が誤って家伝の置時計の偽物をそうとは気づかずに売却してしまい、その置時計が所蔵されていると思われる美術館から辻褄合わせのためにどうにかそれを盗み出そうとする喜劇的な展開の「加右衛門氏の美術館」に始まる連作短編集です。探偵役は泥棒に転職した蓮野ですが、彼のクールで感情を表に出さないキャラクターは読みながら「ジョジョ」シリーズの空条承太郎と重なりました。舞台は大正時代で明るく開放的な世相が反映されたどちらかというとポップな印象の作品でした。

一方、同じく井口と蓮野が活躍するシリーズ続編の長編作品である「サロメの断頭台」(同)は戯曲「サロメ」をモチーフにした見立て殺人が連続し、乱歩作品を想起させるおどろおどろしい展開で前作とのコントラストが印象的な作品でした。オランダの富豪から未発表の自作をアメリカで見たと聞かされた井口が、誰が何のためにどうやって盗作したかという謎を蓮野との迷コンビで追いかけるうちに、井口の所属する文芸サークルの周辺で次々と殺人事件が発生し、盗作と殺人の謎が微妙に絡まって展開していくストーリーはなかなかに読み応えが有りました。謎解きはややもたついた印象も有りますが、衝撃のラストまで一気に読めるなかなかのページターナーでございました。

どうやら妻も金次郎同様嗅覚及び味覚に後遺症が出ているようで気の毒ですが、なんとか今冬のシュトーレン祭りに間に合うように夫婦でリハビリに励もうと思います(涙)。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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