鹿児島の事件をきっかけに人気警察小説である「隠蔽捜査」シリーズ全作読破(前編)

先日、鹿児島県警察本部を舞台にした犯罪隠ぺい疑惑が報じられました。真偽のほどは定かではありませんが、警察官による犯罪の隠蔽を指示したのではと取り沙汰されている野川鹿児島県警本部長は勿論警察庁のキャリア官僚で官職は警視長であり、地元では殆ど神のような運上人たる存在だと思います。ちなみに警察庁キャリアは警視長の上の警視監まで同期は一斉昇進が原則で、野川本部長の52歳という年齢は警視監一歩手前のポジションです。つまり、これから間もなく審議官、局長、長官官房長、次長そして警視総監や警察庁長官を目指す出世レースが始まる中で、選考は減点方式で行われると考えられることから、隠蔽の有無に関わらず世間を騒がせた時点でかなりのマイナスポイントになるのではと1000%の他人事に要らぬ心配をしております。

警察官の階級は、巡査→(巡査長)→巡査部長→警部補→警部→警視→警視正→警視長→警視監→警視総監→警察庁長官となります。ちなみに更にうんちくで恐縮ですが、小規模県の県警本部長は警視長なのに対し、北海道、京都府、大阪府及び大規模県の本部長は警視監が任命されることになっているようです。言わずもがなですが、東京都の治安を守る警察組織が警視庁であり、その役割としては他の道府県警察本部と同等なのですが、やはり皇居の存在する首都であり、且つ所属する警察官の数が断トツに多いということもあって特別扱いされ、そのトップは唯一無二の存在である警視総監が務めることになっています。さて、鹿児島の話に戻りますが、隠蔽を告発したとされる本田元生安部長は3月で退官されていますが、彼は所謂ノンキャリアで退官時の官職は警視正ですが、これはノンキャリアが昇進することのできるほぼ最高位なのでかなり偉い&優秀な方であったと推察されます。ノンキャリアの警察官は地方公務員ですが、警視正まで出世すると身分がいきなり国家公務員になるようで、この本田さんも勿論国家公務員です。各地方警察本部には生安部に加え、警務部、刑事部、交通部等が有りますが、警務部長だけは必ずキャリアが任命される一方で、その他の部にはキャリア部長とノンキャリア部長が混在する建てつけになっており、前者は40代、後者は50代後半というのが一般的のようです。テレビドラマシリーズ「相棒」の主人公である杉下右京の官職は警部ですが、キャリア警察官は入庁後直ぐに警部補となり、あっという間に警部に昇進した後も前述した通り同期一斉昇進が基本で入庁7年目の30歳前後でその上の警視に昇進するのが一般的ですので、警部のまま50代を迎えているというのは相当にとんでもないことをしでかした人物と考えることができ、彼に対する警察内部でのひどい扱いが腑に落ちます(笑)。過去に「新宿鮫」シリーズについて書きましたが、こちらの主人公である鮫島もやはりキャリア出身であるにも関わらず警部の身分であり、とんでもないアウトローという印象を引き出すには所属長になり得る警視では出世し過ぎということと理解いたしました(笑)。

そんなことをあれこれと考えていたら、本件は正に読みたいと思いつつシリーズ作品の多さにびびって手を出せていなかった「隠蔽捜査」そのものではないか!と思い立ち、心を決めて読み始めたところ、当然の帰結として物語世界に没入してしまい既刊13冊を読破することとなりました(笑)。その内容を2週にわたりざっくりとですがご紹介することといたします。

「隠蔽捜査」(今野敏著 新潮社):警察庁長官官房総務課長という要職にある主人公の竜崎は東大法学部卒でバリバリのキャリア官僚なのですが、庁内政治が横行する官僚社会で本音と建前を区別せず、常に原理原則に基づき建前=本音というスタンスを押し通そうとする変人です。人間関係や過去のしがらみに囚われることなく、原理原則に従ってシンプルかつ迅速に冷徹な判断を下す竜崎の姿はシリーズ全編を通じて大変魅力的です。第1作となる本作では警察官の犯罪を隠蔽しようとする庁内の圧力に抗う一方で、家族が不祥事を起こしキャリア上の危機に見舞われ隠蔽の誘惑に揺り動かされるというアンビバレントな状況に陥った竜崎がその事態をどう打開するのか、非常にスリリングで読み応えの有る一冊です。現場の刑事ではなく、警察組織においては相当に偉く大きな権力を持っているキャリアの視点で展開するクライムサスペンスは意外と珍しく、そういう新鮮さも楽しめる一因だと思います。

「果断 隠蔽捜査2」(同、以下省略):異例の降格人事で警視長という官職ではほぼ有り得ない所轄署である大森署の署長に飛ばされた竜崎が独自の信念に基づいたある意味型破りな行動で実績を上げ、それまでキャリア署長に辟易としてきた署員たちにポジティブな影響を与えていきます。立てこもりという難しい事案に最前線の現場で対応するという所轄署の署長としてはかなり破天荒な行動で周囲を驚かせますが、どこ吹く風の竜崎本人は警察庁同期入社で幼馴染の伊丹刑事部長とのコンビで事件を無事解決します。その後物語は二転三転するのですが、あくまでぶれない竜崎のスタイルが定着し本シリーズの人気を確定させた一冊と言えると思います。

「疑心 隠蔽捜査3」:基本的に人の気持ちの分からない竜崎なので勿論恋愛には疎く、また自分の人生に恋愛は不要と切り捨てていた彼でしたが、米大統領来日の警備を任された彼の秘書官として、ある高級官僚の思惑により送り込まれた美しき女性キャリア警察官にすっかり魅了されてしまいます(笑)。自分では制御できない恋心に中学生のように懊悩する竜崎の姿が非常に面白いのですが、堅物で変人で唐変木の彼が人間的な感情を解すことで少しずつ新たな成長を遂げ始めるきっかけとなるエピソードであり、全編を読み通してみて振り返ると改めて重要な転機であったと感じます。また、大統領の警備を担うアメリカ人捜査官と竜崎のやり取りも読みどころの一つだと思います。

「初陣 隠蔽捜査3.5」:竜崎の幼馴染で実は小学生時代に竜崎をいじめていたらしい警視庁刑事部長の伊丹が主人公の短編集です。東大でなく私大卒という学歴に若干のコンプレックスを抱えつつ、竜崎には勝てないと自認しながらも自分なりのやり方で出世を目指す伊丹が、竜崎の塩対応のアドバイスを得て降りかかる難題に対処していく内容です。普通に色々なしがらみに思い悩む伊丹視点だからこそ、竜崎のシンプルな発想の斬新さが生み出す破壊力が際立ち、それぞれの短編でカタルシスを味わえる秀作だと思います。

「転迷 隠蔽捜査4:外交官殺人事件、ひき逃げ死事件、放火事件が重なる中で厚労省の麻取対応と様々なプレッシャーがのし掛かる中でも竜崎は相変わらず原理原則に従ういつものスタンスで、書類に印鑑を押しながら淡々と対応を続けていきます。そこに竜崎の娘の交際相手が中央アジアで飛行機事故に遭遇したかもという泣きっ面に蜂の事態となりますが、それでも竜崎はぶれません。複雑に絡み合った事件の糸が解きほぐされた後に明らかになる衝撃の真実に乞うご期待です。

「宰領 隠蔽捜査5」:衆議院議員の失踪事件を追う中で、その議員の車が運転手の他殺体と共に発見されるという最悪の展開で物語は幕を開けます。捜査の範囲が隣県の神奈川県警本部の領域に拡大する中、いつも通り捜査の最前線に赴いた竜崎は犬猿の仲とされる警視庁と神奈川県警の軋轢をものともせず相変わらずの原理原則主義で事件解決に邁進します。竜崎のその後のキャリアとも絡み伏線となる転機のエピソードで読み落とすことはできません。

【お詫び】先週後半から急激に体調不良となり、受診したところコロナ陽性との判定でした。初コロナだったからか症状が割と重く、先週分のブログを更新できず失礼いたしました。だいぶ元気になりましたのでまた頑張って書いていこうと思います。引き続き応援宜しくお願いいたします。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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