金次郎、長い間心に秘めていた違和感を告白

金次郎の妻には姉がおりまして、そこに姪と甥が一人ずついるのですが、結婚後に正月などのタイミングで義父母と姪甥と一堂に会するような機会にいつも奇妙に思っていたことが有りました。その違和感というのは姪甥からすると祖父母にあたる義父母の呼び方についてなのですが、とにかく「じいじ」、「ばあば」という呼称が金次郎にとっては全く馴染みが無く、しばらくは妖怪の呼び名にしか聞こえなかったことを今ここで告白したいと思います(笑)。妖怪というのはアニメ「バーバパパ」の影響が大きかったような気がしますが、金次郎の故郷である福岡では「じいちゃん」、「ばあちゃん」が不動の呼称であり、やや攻撃的な意図を含む「じじい」や「ばばあ」を用いるケース以外にはほぼ100%これらの呼称が使われており、それ以外の表現の可能性については考えたこともないという状況でした。

結局10年ぐらいこの違和感に苦しめられたと思いますが、調べてみると関東から東海にかけては「じいじ」が優勢、近畿から西や北陸などでは「じいちゃん」が大勢という地域差が存在することが分かり、今更ながらあれは広域方言的なカルチャーギャップだったのかと得心いたしました。とは言うものの、この地域差の歴史は意外と浅く、「じいじ」や「ばあば」はほぼ21世紀になってから普及し始めた言葉のようで、そのきっかけとなったのが2004年の夏にNHK総合で放映された「ジイジ~孫といた夏~」というドラマであったようです。今は亡き西田敏行さんがおおらかなじいじを演じて話題となったことで、関東の幼稚園や保育園を中心に爆発的に広がったとのことでした。NHK総合は全国放送なので地域差が生じたのには別な理由が有るわけですが、「おばちゃん」、「アメちゃん」のような「~ちゃん」付け文化の根強い西日本文化圏では「じいじ」普及の勢いが弱かったということなのだと勝手に考えております。実際、福岡生まれの金次郎は敬称である「さん」が幼児語化した形の「ちゃん」が敬意とかわいさを両方含んでいて好みです。ちなみに、金次郎の父方のじいちゃんは全く西田敏行風ではなく、前にも書いた通りお茶は沸騰直後の熱いものしか飲まないという変人で、家の中にいる時はいつも両手で頭を抱えて物思いにふけっているような人物でした。そんなじいちゃんの姿を見て、子供心に気難しそうでとっつきにくい人だなぁと感じていたのを思い出します。実際に大変な心配性な人物だったようなのですが、このブログのネタが見つからず何を書こうか必死で考えている際に、金次郎も両手で頭を抱えている自分に気付き、これは完全に遺伝じゃないか!と思い至りました。確かに、超心配性の血は父を経て金次郎まで3代しっかり受け継がれており、DNAには勝てないまでもあまりストレスを溜めこまないよう、そして周囲から気難しくてとっつきにくい人と思われぬよう心配性もほどほどにしなければと心に誓いました(笑)。

さて本の紹介です。「イクサガミ」(今村翔吾著 講談社 )の物語は西南戦争直後にあたる明治11年、京都天龍寺に腕に覚えの有る武人292人が集結するところから始まります。日々目にするものとは違う奇妙な新聞に掲載された〈武技ニ優レタル者〉に賞金を与えるとの怪文書に引き付けられた人々は、それぞれの思いを胸にこの謎に満ちた〈蠱毒〉というデスゲームに身を投じます。動機は、金十万円という莫大な賞金を求めて、愛する人を救うため、大切な物を取り戻すため、純粋に強い敵と戦いたいが故など様々ですが、強者・曲者揃いの参加者の中で勝ち残る、すなわち生き残るのは生半可ではなく、あっという間にふるいに掛けられ数を減らしながら結託したり裏切ったりしつつ、参加者たちは一路目的地の江戸を目指し命懸けの東進を続けます。とにかく格闘シーンでの息もつかせぬ描写の迫力が凄まじいのですが、群像劇らしく主人公の嵯峨愁二郎だけでなく、士族・忍び・人斬りなど様々な背景を持つ全ての主要キャラの戦う理由がぐっとくるものばかりであらゆる場面で感情移入してしまい、「誰も死なないで!」という叶わぬ願いが裏切られ続けるという悶絶読書体験となること請け合いです。また、愁二郎たち義兄弟8人が修めた最古剣術とされる〈京八流〉の継承に関する謎や、その8人に立ちふさがる宿敵岡部幻刀斎が操る〈朧流〉と〈京八流〉との因縁なども含めサスペンス要素で読ませる部分も多く、それなりにボリュームの有る全4冊を本当に一気に読んでしまいました。11月からネトフリでドラマ配信されるとのことで、アクション俳優岡田准一主演というのはかなりしっくりくる配役で、映像より読書派の金次郎でさえちょっと観てみたい気持ちになりました。

「ババヤガの夜」(王谷晶著 河出書房新社)は今年の英国ダガー賞の翻訳小説部門受賞作として話題となっているバイオレンス小説です。ケンカが滅法強く、呼吸をするように戦いに明け暮れる新道依子はヤクザにスカウトされ、大物親分の一人娘である尚子お嬢様のボディガードに任命されます。住む世界が違い過ぎてお互いを受け入れられない二人は当初衝突するのですが、依子のある意味ピュアで一貫した言動が尚子の心を解きほぐし、二人の絆が少しずつその結びつきを強めていく様子には不覚にも感動いたしました。金次郎は、在日朝鮮人のヤクザである柳が好みのキャラでしたが、こういう境界線上の人物はどの小説でも登場頻度が高く既視感を覚えることが多いにも拘わらず、本作の柳にはどうしても彼に注目してしまう力が有りました。こういう脇役をステレオタイプにならぬよう上手く描けるかどうかが作品の出来を決めるというよく有る批評を実感いたしました。派手なアクションやサスペンスに目が行きがちですが、本作には支配や抑圧とそれらからの解放というテーマも印象的に描かれており、ハードめの暴力描写が苦手でない方にはぜひ読んでいただきたい一冊です。

最後に簡単に。「そして少女は、孤島に消える」(彩坂美月著 双葉社)では、複雑な生い立ちを抱える主人公井上立夏が長年続いたホームドラマの子役イメージを払拭すべく、映画界の鬼才と謳われ毀誉褒貶の有る人物としても知られる高遠監督の新作オーディションに応募します。他4人の候補者と共に最終オーディションに臨む立夏でしたが、孤島を舞台にした選考はとにかく不穏な雰囲気とフラグめいた仄めかしに満ちていて読みながらぞわぞわしてしまいました。実演形式で進むオーディションの中で発生する様々な事件がもたらす緊迫感と、予想の斜め上を行く終盤のどんでん返しが秀逸なおすすめ作品でした。

内容については何も触れられませんが(笑)、〈劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来〉を観て参りました。ストーリーの細かい部分の辻褄は気にせず、死闘の迫力と倒し倒される者それぞれが抱えている〈闘うことの意味〉に浸りきって楽しむ映画と強く感じました。そういう意味では「イクサガミ」と似ていなくもないですね。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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