先日、会社の後輩が奏者として出演するオーケストラのコンサートにご招待いただき、妻と共に紀尾井町の紀尾井ホールを初めて訪れました。地下鉄の永田町駅を出た後、炎暑の中長い長い坂をようやくの思いで登って汗だくになりながら辿り着いたホールは、汗をかいていることが恥ずかしくなるようなシャンデリアきらめく上品かつ涼し気な佇まいの空間でした(汗)。夫婦揃っての汗まみれの醜態を晒さぬよう、そそくさと2階席のすみっこに席を確保してほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、会社の上司や同僚に次々と出くわし今度は冷や汗をかくといういたたまれない展開となりました。
それはさて置き、紀尾井町の由来は紀州徳川家、尾張徳川家そして彦根井伊家それぞれの中屋敷が集中していたことから、各々一文字ずつを取って名付けられたとのことですが、どうでしょう。はい、違和感有りますよね。普通にいけば紀尾彦町でしょうと(笑)。ちょっと尾崎紀世彦っぽくなるのを嫌気したというわけではないのでしょうが、徳々井町とするわけにもいかず、妥協の産物としてこの地名に落ち着いたものと想像されます。そんなことはどうでもいいのですが、コンサートはクラシックに全く造詣の浅い金次郎の耳にも心地よく響く安定感で、後輩の吹くトロンボーンも曲の盛り上げに重要な役割を果たしていて、最近はまっているアニメ「青のオーケストラ」での聞きかじり知識も奏功し、ファーストバイオリンはどうだなどと適当なことを言い合いつつ、退屈することも無く2時間と言う演奏時間があっという間と感じる満足度でした。ただ、これはクラシックのコンサートでは出来しがちな事態らしいのですが、演奏直後の一人の観客からの「ブラボー!」がちょっと、いやだいぶ、食い気味と言って良い程度に早かったことにホール全体が一瞬不安に包まれた点は真面目に冷や汗ものでした。後で後輩に確認したところ、さくら的な仕込みではなく感極まってのフライングブラボーだったようで、三大テノールを思わせるその大声からは、音響の素晴らしいホールで、観衆の注目を集めつつ、静けさを切り裂いて気兼ねなく全力で声を張り上げることのできる究極のカラオケ的なシチュエーションを誰にも譲らないとの気概すら感じられ、金次郎も久々にカラオケで歌いたくなる刺激をもらいました(笑)。その後我々夫婦はホテルニューオータニ東京内のカフェSATSUKIに赴き、何かと話題になることが多い新エクストラスーパーメロンショートケーキと新エクストラスーパーマンゴーショートケーキを食べてみることといたしました。すると、最近のインフレ傾向に加え、あまりに長たらしいネーミングから若干懸念はしていたものの、さほど大きくもないサイズのショートケーキがそれぞれ4000円超えという想像をはるかに凌駕する高コストぶりにイジリー岡田(古い)ばりに目玉が飛び出るかと思いましたが、初志貫徹ということで心を無にして注文いたしました。そんなpriceyな代物ですのでどれほどの美味ケーキかと楽しみにしておりましたが、確かにふんだんに盛り込まれているメロンやマンゴーは抜群の美味しさであったものの、クリームはやや油脂分が多めでくどく、スポンジは良く言えば伝統的、ぶっちゃけやや古風なスタイルで、昨今のパティスリーの弛まぬ努力と目覚ましい進化ぶりを体験している金次郎夫婦としては正直お値段に見合うものとは評価できませんでした。更に、食べている途中からは、直ぐ後ろのテーブルに陣取っていたグループの中におられた、黒ずくめの装い、完璧な恰幅、西田敏行ばりの押し出しという、ある意味ニューオータニらしいとも言えますが、絵に描いたような悪役キャラの方の一挙手一投足に意識が集中してしまい、最後は恐れおののいてよく味わわぬままお茶の時間が終了してしまいだいぶ残念な贅沢タイムとなってしまいました。金次郎夫婦は、数日後に日本橋高島屋内の鼎泰豐(ディンタイフォン)で小籠包、青菜炒め、豚肉チャーハン、マンゴプリン、マンゴ杏仁豆腐を食べて4020円をお支払いしたのですが、周囲には善玉キャラの方しかいない安心感も有り、やはり庶民の我々はこれでいいのだと心から思いました(笑)。
さて本の紹介に参ります。少し古い作品ですが、「幻の女」(香納諒一 KADOKAWA)では5年前に突然姿を消したかつての恋人と偶然再会した主人公の弁護士栖本が、その翌朝に彼女が刺殺されたと聞かされるところから物語が始まります。そんなショッキングな出来事により未だに彼女のことを忘れられていないというこれまで必死に目を背け続けてきた事実を突きつけられた栖本は、目を覆わんばかりの未練たらたらの引きずりぶりを言動で示し続け、周囲に迷惑をかけ通しの彼の姿に本当に読むのをやめようかと思う程に情けない気持ちになる展開でした(笑)。しかし、栖本が彼女の死の謎を探る中で実は彼女が名乗っていた木村瞭子とは別人なのではないかとの疑問が生じ、お決まりのこれ以上首を突っ込むな的な反社の方からの脅しが更に疑いを濃くし、先が気になって読むのをやめるにやめられないもどかしくもアンビバレントな読書体験となりました。瞭子の自分を思う気持ちも含め全てが嘘だったのかと悩み、どんどん混乱の度を増し自暴自棄になっていく栖本の過去が語られるにつれ、彼の情けなさにも若干の同情の余地有りと理解はできるものの、やはりフルに感情移入するのは難しい内容でした。とは言え、反社、バブル、産廃処理に絡むあれこれと昭和の臭いのする懐かしさに加え、プロットも二転三転を繰り返す奥の深さで、日本中を舞台にする地理的スケールの大きさもあいまって、ボリュームをものともせず一気に読める秀作でした。同じく香納先生の「川崎警察 下流域」(同 徳間書店)は、もう少し時代を遡った70年代の高度成長期に、一方では闇を抱えながら工業化の波に乗って発展を遂げた町である川崎を舞台に、元漁師の男の変死をきっかけとしてそういった陰の部分に少しずつ光を当てて描いていくミステリー警察小説でなかなか重厚な仕上がりでした。急速な発展の陰で朝鮮半島あるいは沖縄からの労働者を巡る様々な問題、公害や漁業権を巡る暗闘、まだまだ活発であった組合紛争など社会の歪が目立つようになったこの時期の京浜地帯を鋭くえぐる社会派な内容はなかなかに好みでした。古き良き警察組織も非常にいい味を出しています。
「南風に乗る」(柳広司著 小学館)は遠く離れた故郷沖縄に思いを馳せる詩人・山之口貘、〈アメリカが最も恐れた男〉不屈の政治家・瀬長亀次郎、戦後の東京で私費を投じて米軍支配が続く沖縄との連帯を模索する中野好夫など実在の人物たちの視点を通し、かの戦争で傷つけられ、その後も虐げられた生活を余儀なくされてきた沖縄の人々の本土復帰までの闘いを描く歴史小説です。そんなことではいけないと頭では分かりつつも、どうしても基地問題をはじめとした沖縄を取り巻く諸問題について考える上での軸が自分の中で定まらないことが長年の課題でしたが、その解決の端緒となり得る内容であったと思います。中でも、泥沼化するベトナム戦争がもたらした退廃的で荒廃したアメリカ社会の歪が沖縄の人々に押し付けられたような悲惨な状況には非常に絶望的な気分にさせられました。「ジョーカー・ゲーム」(KADOKAWA)や「百万のマルコ」(集英社)ではクールで抑制された文章が際立っていた柳先生の印象ががらりと変わる熱いパッションの込められたストーリーに心が揺さぶられる秀作であったと思います。
こんなに暑い日にわざわざ外を歩いてまでカレーを食べる人もそうはいないだろうと会社近くのBondyまでふーふー言いながら辿り着いたところ、我々の前に10人程度並んでいて驚きました。Bondy恐るべし。
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