今年の新語・流行語大賞候補が発表となりましたが、今年最もメディアを騒がせたこと間違い無しの「ジャニー喜多川性加害問題」というそのものズバリの表現が巧みに回避されているのは一体どういう背景なのだろうかと色々考えてみましたが、鬼籍に入った人を悪く言うべきではないという古来の怨霊信仰に由来する社会規範が根っこに有るのだろうと漠然と考えておりました。彼が怨霊になった姿は確かにちょっと怖いのでネタにする気分にはなれません。時の首相を悪く言うのも恥ずかしいということなのか、「増税くそめがね」は候補入りしておりませんでしたが、国会答弁で岸田首相ご本人が〈くそ〉を外して「増税めがね」と呼ばれていることは承知しておりますと発言されている姿を見て少し切ない気分になりました。
金次郎は大谷翔平なら何でも賞賛という流れは好きではなく、「憧れるのをやめましょう」という候補フレーズに対しても違和感を覚えております。でも、どうしてもその違和感に対する正当と思われる説明が自分の中で見つからず、結局は優等生的正論を丁寧な表現でしっかりと伝えるというその100点満点感をやっかんでいるだけのただの捻くれおやじという自分の醜さを思い知らされるだけの結果となり、考えなければ良かったと悲しい気分になりました(涙)。OSO18という恐怖の熊のコードネームも候補入りしていましたが、何だか聞き覚えが有るぞと記憶を遡ってみると、シンガポール駐在時代によく行っていたOSSOというイタリア料理店の名前でした。意味を調べてみると、なんと〈骨〉なのだそうで、どうしてそんな名前のお店に通っていたのかと20年ぶりにおかしな気分になりました(笑)。
さて紹介が長くなりますので早々に読書パートに参ります。「室町の覇者 足利義満」(桃崎有一郎著 筑摩書店)は、〈天皇になろうとした男〉、〈中世の最高権力者〉などと呼ばれ、金次郎幼少期にはアニメ一休さんの敵役としても馴染み深く何かと興味の尽きない室町幕府3代将軍足利義満について、豊富な文献資料を紐解きながらその人物像と中世史における彼の到達点を深掘りした大変面白い本で続けて2回読んでしまいました。勿論読了冊数カウントは2冊です(笑)。室町幕府の成り立ちが初代将軍足利尊氏主導でなく、その弟の直義と足利一門の活躍に依存していたために、どうしても脆弱にならざるを得なかった足利嫡流である将軍家の権力基盤を、朝廷への関与を強め最終的にはその支配を確立することを通じて強化しようとした義満の戦略がクリアに説明されていて大変勉強になりました。五摂家の一角である二条良基の指導を受けることで朝廷儀礼や作法に卓越し、様々な儀式や式典が執り行われる様式が意味するところを十二分に理解し、その社会的影響をしたたかに計算しながら朝廷内外での自らの地位を強固なものにしていった義満の手法は見事としか言いようが有りません。室町殿という呼称の通り、最初は京内の室町に居を構え、内裏との近接性を存分に活用して天皇家への影響力を強め、摂関家(五摂家)と同格の扱いを確保した後は、京外の北山に移り住み、北山殿となって域外から京を超越する存在として上皇や天皇に匹敵する権威を手に入れた義満は、確かに史上類を見ない発想力に富んだ人物であったと感じました。そんな義満も、さすがに自ら天皇位を目指すようなあからさまな画策まではしていなかったようですが、少なくとも息子の義嗣を親王とすることで事実上自らを天皇と同格に位置づけようとしたらしいというのはかなり確度の高い仮説のように感じました。義満は想像通りのわがままで強権的な人物であり、先例主義の朝廷も義満だけはのちに参照する先例の例外とすることでその傍若無人ぶりを許容していたようですが、なんと言葉遊びやダジャレ、更には家来にあだ名を付けるのが大好きなユーモア溢れる一面も併せ持っていたようで何だか親近感が湧きました(笑)。金閣寺の有る北山地域を異世界のバーチャル空間と認識し、異世界だから何でも有りという自分勝手な基準で、当時の常識では以ての外とされた外国人使者との直接会見をしてみたり、明国人の装束を着用するコスプレを楽しんでみたり、そもそも折衷様式で総金張りという規格外の鹿苑寺金閣を造営してみたりと、よく考えるとなかなかにぶっ飛んでいて面白かったです。そんな彼の異世界趣味やジョーク好きが高じ、観阿弥・世阿弥を庇護する中で、異世界は能の、冗談は狂言の様式をそれぞれ確立する原型となったというのは興味深いですし、現代まで続く義満の影響力に感動すら覚えました。やや話はそれますが、上述の室町殿や北山殿というのは、直接名前を呼ぶのが恐れ多いことから、婉曲表現として居住地の地名を呼称として使っていた一例ですが、なんと公の〈おおやけ〉という訓読みは元々大きな邸宅を意味する〈大宅〉に由来しているとのことで、天皇の住む巨大な家屋を呼称として使ったものなのだそうです。ちなみに皇室の敬称である〈宮〉も元は〈御屋〉で住居を意味する言葉だったと知りました。そういうことなので、我々が貴族全般を指して使っている公家という呼称は本来天皇しか意味しておらず、公家の対義語としての武家も武士全般ではなく将軍のみを表す呼称なのだと知って勉強になりました。説明は省きますが、将軍を表す公方という呼称も同様の仕組みで作られたもののようです。勉強ついでに書きますと、この本でもたくさん登場する朝廷貴族の階層は家格というどの地位まで上れる家柄かというかなり厳格なルールで規定されており、上述の摂家(近衛家、一条家、九条家、鷹司家、二条家)は摂政・関白になれる家格、清華家(三条家、西園寺家、徳大寺家、久我家、花山院家、大炊御門家、菊亭家)は大臣・大将になれる家格、大臣家(正親町三条家、三条西家、中院家)は大臣(ほぼ内大臣まで)になれる家格、羽林家(多数)は武官で大納言まで進める家格、名家(日野家など多数)は文官で大納言まで上れる家格なのだそうです。幕末に活躍した三条実美は清華家、岩倉具視は羽林家ということで確かに序列はだいぶ違っています。これらの貴族はいずれも基本的には居住地が家名となっており、九条に住む藤原家、西園寺に住む藤原家のように殆どが藤原氏で占められており(岩倉家は村上源氏の流れ)、この一族の朝廷での強大な力を改めて認識いたしました。蛇足となりますが、室町時代は将軍家の閨閥である日野家とその庶流(いずれも名家)の勢力が強く、やや時代を遡りますが、浄土真宗の祖である親鸞聖人もこの一族出身ですね。
百鬼夜行シリーズもだいぶ読み進んできましたが、今回は第6弾・第7弾の二部作となった「塗仏の宴 宴の支度」(京極夏彦著 講談社)と「塗仏の宴 宴の始末」(同)のご紹介です。ぬっぺっぽう、うわん、ひょうすべ、わいら、しょうけら、おとろし、の6つの妖怪の名を冠した全く別個に見える奇怪な物語が同時並行的に進んでいくいつものパターンは鉄板ですが、今回はうつ病文士の関口が大変なトラブルに巻き込まれるので乞うご期待です(笑)。7月に金次郎夫婦が小旅行で訪れた伊豆韮山近くに有ったとされる戸人村(へびとむら)が人々の記憶から抹消され、更にそこに住んでいた筈の住民も忽然と消失してしまうという怪異の仕業としか思えぬ奇妙な謎で物語は幕を開けますが、新興宗教、自己啓発団体、気功を操る中国古武術、怪しげな漢方薬局、占い女に謎の童子の登場と今回は胡散臭さがシリーズ随一だと思います。榎木津が滅茶苦茶ケンカが強いことが分かったり、木場の実家が事件に絡んできたりして相変わらず脇役陣からも目が離せませんが、最終的には京極堂の秘められた過去にまで話が及びますので、ファンにとっては外すことのできない作品となっております。
コロナ患者数も報道されなくなり、すっかり流行遅れとなった感の否めないコロナワクチンを地味に接種いたしました。物凄く副反応が辛いと脳内に刷り込まれていたために、接種当日は死んだ魚の目になっていましたが、思いのほか反応は軽く何となく得した気分になりました。読書も順調で10月を終えて今年は311冊読了済みとなっております!
読書日記ランキング