毎年、金次郎の住む人形町エリアが大量の酔っ払いで溢れるカオス状態になる特別な日が存在します。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、それは〈日本橋エリア 日本酒利き歩き〉イベントの日でだいたい4月上旬の土曜日に開催されているようです。なんと、前売りだと僅か4000円、当日でも4500円で全国の銘酒が飲み放題というお得な企画で、とにかくこの日はパンフレットの冊子とお猪口を手にした日本酒好きが集い、街中に喚声とゲロを撒き散らすなかなかシュールなイベントです。
今年も4月12日(土)に開催され例年通りの賑わいを見せておりました。いつも比較的静かな半蔵門線の水天宮前駅構内で楽しげな笑い声を上げながら5秒毎に後ろに引っ繰り返りそうになっている女性を途方に暮れつつ支え続ける男性パートナーの悲し気な姿が印象的でした(笑)。住人としては吐瀉物にかなり長い期間含まれるとされ、恐ろしいことにアルコールでは死なないノロウイルスやロタウイルスが空気中に漂ってウイルス性胃腸炎を引き起こす事態は勘弁して欲しいところで、と言うのも金次郎は3月後半に激しい腹痛に襲われる急性胃腸炎のトラウマ体験をしたばかりでやや敏感になっております(涙)。直前のお客様との会食で、ホタテを含む魚介のサラダやカキのソテーを食べたことが原因のようで、そう特定できたのはなんと参加者5人中4人までもが何らかの食中毒症状を発症したことが後の調査で判明したためです。会食は以前からの馴染みのお店で行ったのですが、昔は3階建ての一軒家を丸ごと使っていたものが1階は人手に渡り、2~3階もシェフ一人で回しているぎりぎりのオペレーションに見え、料理の味はそれなりに美味しいのですが、恐らく経営難からちょっと古い材料を使ってしまったのかなと残念な推測をせざるを得ない雰囲気でした。教訓としては、特にウイルス性胃腸炎が流行しているような時期には、味・経営・衛生管理の観点で総合力の高いお店を慎重に選ぶ必要が有ると痛感いたしました。引き続き流行中の胃腸炎はとにかく症状がきつく、金次郎はトイレから出られなくなる程の絶え間無い腹痛、全身の脱力感、38℃を超える発熱など嘔吐以外の症状が出そろい、腹痛の激しさ故にトイレで悶絶したはずみで便器の蓋を破壊する程のひどさでした。発症初日は布団とトイレの往復に明け暮れて全く仕事にならず、なんとかリモート参加した会議では討議内容を聞いていることすらままならず全く爪痕を残すことができないばかりか、どうにか発言した声もかすれてしまって忸怩たる思いでした。二日目、三日目と少しずつ改善はしたものの夜中までの会議に無理やり出たりしていたために治りが遅くなり週末まで棒に振る悲しい事態となりました。皆さんもくれぐれもお気を付けください。
さて本の紹介です。本屋大賞予想対決関連でずっと小説ばかり紹介してきましたので、今回は少し趣向を変えてみようと思います。「会社と株主の世界史」(中島茂著 日本経済新聞出版)は、有限責任を前提とした株式会社の本質について、17世紀初頭の英国東インド会社設立にまで遡ってその歴史を紐解きながら解説することを試みている良書です。株式会社が絶対王政時代の政権による特許状に関連する形で成立したこと、故に会社の目的を定めた定款が重要であること、そしてこの定款が独り歩きして強大な影響力を有するウルトラ・ヴィーレスという怪物として成長していく過程などは大変ためになるばかりでなく非常に面白く読めます。人類史上有数の発明とされる有限責任の概念や、その言わば〈無責任〉さ故に株式会社の〈公共性〉が厳しく問われることになったという流れには納得感が有りました。更に、所有と経営の分離、この分離の是非、所有と経営の分離から現代のコーポレート・ガバナンスに繋がる流れ、株主総会の万能主義と限定主義、最近の株主提案が定款に言及している背景など本質的なテーマが満載でビジネスパーソン必読の書だと思います。金次郎は南海会社事件や泡沫会社事件に関連したトラブルが株式の譲渡性保証を要請し、その後に情報交換の場であった〈コーヒーハウス〉が証券取引市場に進化していく展開が印象に残り、読んだばかりで直ぐに再読したい気分になっております(笑)。
「酒を主食とする人々」(高野秀行著 本の雑誌社)では、辺境探検家でありノンフィクション作家でもある高野先生がエチオピア南部に住み、固形物を食べずに酒ばかり飲んで暮らしているとされるデラシャ人の生活実態を解明すべく、相変わらずの現地突撃取材を試みるという内容です。安全な水の入手が困難な状況が人々を酒に走らせた一因であると頭では理解するものの、老若男女はおろか妊婦に至るまで正に酒を主食とする生活を営んでいる状況に驚嘆すると同時に、彼らが総じて健康であるという事実にこれまで信じてきた科学をどう捉えればいいのか分からなくなり足元が揺らぐ感覚を味わいました(汗)。この本に書かれていることから冷静に現地の状況を想像しようとすると、何となく殺伐とした情景しか浮かばないのですが、そこはユーモア溢れる高野節の効果絶大で、牧歌的でほんわかした印象となり非常に読み易い仕上がりになっておりました。以前このブログでも特集した高野作品の語り口がどうにも癖になり、彼の幼少期の体験をユーモラスに描いた「またやぶけの夕焼け」(集英社)も読んでしまいました。
「ネガティブ・ケイパビリティ答えの出ない事態に耐える力」(帚木蓬生著 朝日新聞出版)は学校教育を通じて我々が叩き込まれてきた〈ポジティブ・ケイパビリティ〉すなわち答えの存在する問いへの解答に如何に迅速に辿り着くかという能力が、実生活を送る上で直面する複雑で時に答えの無い課題解決には適していないことが語られます。更に、拙速に答えを導き出そうとするあまり、逆に事態を悪化させたり精神的に不健全な状態に陥ってしまうリスクが示され、敢えて答えを出そうとせず宙吊りの状態に耐え現実をありのままに受け入れる力=ネガティブ・ケイパビリティの重要性について特に精神医学の立場から説明する内容となっています。勿論、全ての問題を放置せよというメッセージではなく、学校教育で培われたプラクティスに囚われない選択肢を意識することで堂々巡りの思考ループから自由になる可能性が提示されており、くよくよ悩みがちな金次郎にとっては大変有用な示唆でした。直接本題と関係無さそうな内容も多く含まれていてやや読みにくい印象も有りますが、騙されたと思って読んでいただけると心が少し楽になるかもしれません。
3月の葬儀でのややポップなお経の再現を四十九日法要でも期待しておりましたが、今回は住職に代わり副住職が担当されたためかアドリブ感の少ないオーソドックスな読経で寧ろ厳粛な気分となりました。先日書いた通り関東の大きな骨壺をひょいと抱えるどう見ても90歳超のおばあさん(恐らく住職のお母さん)の安定感にこの道70年の匠の技を感じました。
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