金次郎、下手の横好きで将棋に熱中した時代を思い返す

プロ棋士の藤井聡太さんが八冠を制すという偉業を達成されました。メディアでの露出も増え、将棋の知名度もうなぎ上りで、様々な理由で彼を推しまくる中高年おばさま達が、史上初の将棋を指さない将棋ファンとして勢力を伸ばしているようです。そんな通称〈藤井マダム〉軍団が、藤井八冠の恋のお相手として、無口な彼が対談時に若干饒舌になったというだけの理由で国民的優等生である芦田先生に狙いを定めているらしいという下世話かつ無責任な噂を耳にして、その壮大な構想力に感動すら覚えました(笑)。実は金次郎も若かりし頃に将棋を趣味としており、小中学校時代は読書より将棋という感じで、勿論小学校のクラブ活動は囲碁・将棋クラブでしたし、のめり込み度合いはというと、毎週日曜の午前はNHKの将棋講座で勉強した後NHK杯のプロ棋士同士の対局を必ず観る(勿論将棋講座のテキストは確実に購入する)、将棋関連の週刊新聞を定期購読する、各タイトル戦の状況を細かく追いかける、現役棋士名鑑を眺めて推しを探す、書店では定石や詰将棋の本を買って一所懸命勉強する、と今にして思うとなかなかのはまりぶりでした。

これを書きながら記憶が蘇ってきましたが、そういえばプロ棋士による公開対局のイベントを観覧し、次の一手クイズに正解して谷川浩司名人(現17世名人)の御湯呑みをもらって涙が出るほど嬉しかったという経験もいたしました。毎年地域のお祭りの際に行われる将棋大会に出場するのが楽しみだったことや、中3の時にその大会で決勝戦まで進んだものの、終盤で大変な見落としをして惜しくも優勝を逃したこと、後日準優勝の賞品をもらいに行ってそこでお祭りの世話役のおじさんと何局も将棋を指したことなどが思い出され非常に懐かしい気持ちになりました。金次郎に負けるのが嫌で将棋の相手になってくれなくなった父親にせがんで近所に将棋道場を探してもらい、ようやく見つけて行ってみると、どうやら夜しかやっていない将棋スナックだったようで泣く泣く通うのを諦めたという悲しい経験もしましたが、盤面を一目見るだけで50手から100手先を読むとか、何百局という棋譜を完全に記憶するとか、頭の中だけで将棋を指せるとか、そういうプロ棋士であれば当たり前にできる神業は全くできる筈もなく、才能は皆無でしたので叶わぬ夢の泥沼にはまらず良かったといえば良かったようにも思います。将棋の世界の深淵を遠くから垣間見て、自分が徹底的に凡人であることを思い知らされたのは良い経験だったと思うので、何事もある程度頑張ってやってみることはそれが必ずしも物にならなくても意味は有るのだろうと感じます。しかし、当時は棋士がよく手にしている扇子がどうしても欲しかったり、何かのご褒美に分厚い将棋盤を材質指定でせがんだ記憶が有り、非常にじじ臭い子供だったなと恥ずかしくも笑える思い出です。

さて本の紹介です。将棋ときたら囲碁というわけではないのですが、「幻庵」(百田尚樹著 文藝春秋 )は幕末に隆盛を極め、技術的にも大躍進を遂げた当時の囲碁界を、人生を賭して名人碁所をめざした井上因碩(幻庵)の視点を軸に描き出した秀作です。本因坊家、井上家、安井家、林家の4家元が数十年に一人しかその地位を認められない名人位を巡り、磨き上げた技を駆使しての対局は勿論、寺社奉行への働きかけや虚虚実実の家元同士の駆け引きといった盤外での暗闘を繰り広げた様が生々しく描かれていて非常に面白いです。結局主人公因碩は名人には届かず、同じく実力が有りながら最高位に就けなかった同時代の他3人と共に〈囲碁四哲〉に数えられることとなり、結構感情移入して読んでいたので終盤ではがっくり肩を落としながら読み進めることとなりました(若干ネタばれで恐縮ですが歴史的事実にてご容赦ください)。現代と違って対局に持ち時間制度が無く、一手打つのにどれだけ長考しても良かったことから、当時は対局が数日に及ぶことはざらで、対局毎に体力を激しく消耗した結果、十分でない栄養状態もあいまって若くして亡くなる棋士が多かったというのは、徹夜で碁譜を並べ続けるなどの厳しい日々の修行も含め、正に命を懸けた芸であったことの証左であり大変感銘を受けました。この物語の中でも何人もの天才棋士が若くして命を落とす場面が描写されており、悲しいだけでなくその姿勢に背筋が伸びる思いで読ませていただきました。この物語の舞台である江戸末期から200年が経過し、AIがプロ棋士を倒す時代になって尚、当時の碁譜からうかがえる猛者達の実力は凄まじいというのが現代の研究者の評であり、命を削って読みに読みを重ねた気概のなせる業恐るべしと言わざるを得ませんね。囲碁は全く素人でルールすら怪しい金次郎でも、局面の流れのイメージを掴み基本は段位に基づくハンデ戦となる囲碁というゲームの概略を理解して物語を楽しむことができたのは、百田先生の徹底的な囲碁史研究や時代考証、妥協の無い碁譜読み込みをベースとした解説が簡潔かつ的を射ていたからに他ならず感謝の気持ちでいっぱいです。びしびしと伝わってくる対局中の緊迫感もさることながら、黒石と白石のみで陣地を取り合う、一見単純に見えるゲームである囲碁の奥の深さには改めて驚かされました。無数にある選択肢それぞれを数十手先まで読み、攻めか守りか、局地戦か盤面全体を見ての勢力確保か、一目ずつ稼ぐのか乱戦にして相手のミスを誘うのかなどの戦略を定め打ち手を決めていくというプロセスをストーリーの中で幾度となく体感し、勝手に構想力と創造力に溢れた仕事ができる男になった気分となりました(笑)。しかも、先述した乱戦に持ち込むという戦術は、ちょうど今週NHKのクローズアップ現代で特集していたのを観ましたが藤井八冠の得意技ということで種目を越えて名人芸の極意は似てくるものかと感嘆いたしました。まだまだ書きたいことはたくさん有りますが、長くなったのでこの辺りでやめておきます。序盤は少し読みにくいのですが、是非そこを我慢して乗り越え読後の感動を味わっていただきたい作品でした。

京極堂を主人公とした百鬼夜行シリーズ3作目となる「狂骨の夢」は、タイトルにもある通り〈夢〉をテーマにした作品で、妖怪的要素はやや抑え気味にしつつ質の高いミステリー小説として仕上げられており、金次郎評では前2作に勝るとも劣らぬ内容だと感じました。他人の記憶が自分の記憶に紛れ込む現象の謎、夢の中での話だった筈が実際に殺人が行われてしまった不思議、ジークムント・フロイト先生の夢分析への挑戦などを盛り込みながら、金の髑髏事件をはじめとした幾つもの事件が同時並行的に進展するという相変わらず重厚で読み応えの有る内容に仕上がっていると思います。今回は〈釣り堀屋〉と呼ばれている伊佐間や精神が不安定な精神科医の古畑など新たな脇役陣も加わり、本シリーズ全体の縦横の繋がりがより奥行きを増していて、一冊全てが後続作の世界観形成の重要な伏線としても位置付けられる本作はなかなかに憎い企みに満ちており、京極先生の壮大な構想力に舌を巻く読後感でした。

最後に簡単に。ちょっと古い作品ですが「自白」(和久峻三著 KADOKAWA )は非常に珍しい裁判官を主役にしたミステリーで、特に前半の裁判編は実際の裁判の進行にリアリティが感じられなかなかに興味深く読めました。魅力的な謎、論理的でフェアな展開、意外な結末という良質のミステリーに欠かせない要素が過不足なく詰まった秀作でおすすめです。

会社のPCが新しくなってとても動作が速くなり嬉しいのですが、少し軽くて小さめの機種にしたところ、なんと右側のAltキーが無い機種で非常に難儀しております。会社で金次郎が、猫ふんじゃった♪的に右手と左手をクロスさせている姿を見ても、右手で左側のAltを押しながら左手で左側に有るaとかsを押して頑張っているところなので笑わないでいただければと思います(笑)。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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