夏の参院選を前に政党名の違和感について考える

今年の夏は参議院選挙が行われる予定になっています。比例代表制が有る参院選では特に政党選びが重要となりますが、政治に対する意識が低いダメ国民の金次郎ですらいつも気になってしまうのはれいわ新選組という党名です。新選組とはご存じの通り幕末に会津藩お抱えの軍隊として、倒幕を狙う不逞浪士や尊王攘夷派の志士を取り締まっていた組織であり、260年続いた幕藩体制という旧来の価値観を命懸けで守ろうとした新選組の信条はどう考えても保守の中の保守であったと思います。

一方で、名前の似ているれいわ新選組の政治思想はというと、紛れもなく左派ポピュリズムであり、同党は進歩主義や反グローバリズムを掲げている革新政党で、明らかに党名の由来となっている新選組の歴史的立ち位置とは思想が整合的でなく違和感を覚えてしまいます。敢えて辻褄が合うようにこじつけるならば、尊王(=汎エスタブリッシュメント)攘夷(=反開国)派と敵対する存在ということで、新選組を反尊王の開国擁護派と位置付けた場合、鎌倉幕府以前は為政者であった皇族の否定という立場と拡大解釈することがぎりぎり可能となり、その前提では反エスタブリッシュメントということで〈れいわ〉との類似性を見出せなくもない気がします。ただ、反攘夷を開国=グローバリズム擁護と読み替えると、〈れいわ〉が掲げる反グローバリズムとはもろに矛盾してしまいどうにも説明がつきません(汗)。農民出身者も多かった新選組ですが、佐幕勢力として武士の身分すなわち武士を頂点とする身分制度に拘った点は平等主義や多様性の尊重を訴える〈れいわ〉とは相容れず、結局はNHK大河ドラマで十番隊組長原田左之助を演じた山本太郎代表の個人的趣味での命名と判断せざるを得ず、投票するには少し躊躇いたしますね(笑)。同様の文脈で日本維新の会という党名にも首を傾げたくなる違和感を禁じ得ないのですが如何でしょうか?明治維新がもたらした社会の変化を見れば明らかなように、〈維新〉という言葉には全てを改めて新しくするという意味が有るわけですが、このニュアンスと安全保障政策を中心に右派的な色合いが強い同党の政策とが相矛盾しているようでどうにも気持ちが悪くて仕方有りません。一方で、地方分権や行政改革の推進といった同党が掲げるその他の主要政策は〈維新〉的と呼べなくもない革新性を含むものであり、前述のれいわ新選組よりは若干納得感は高いかなと勝手に評価しております。ただ、突き詰めると維新には革命のニュアンスが有り、この党名を日本革命の会と読み替えてしまうと、さすがのノンポリ金次郎も投票用紙に堂々と記載するには勇気が必要です(笑)。まぁ、そもそも政権与党の自由民主党が〈自由〉で〈民主〉かというと微妙なので、この議論そのものが残念ながらナンセンスなのかもしれません。

さて本の紹介です。「少女マクベス」(降田天著 双葉社)は演劇を専門とする女子高を舞台に、神と崇められた天才脚本・演出家の上演中の舞台上での死の謎を解き明かす過程で、それぞれの生徒が抱えている闇を描き出す学園ミステリーです。主人公の結城さやかは脚本・演出志望で、事故死した天才設楽了をライバル視していましたが、そんな了の死の真実を暴き出すと宣言した新入生藤代貴水に、生前の了がさやかを〈魔女〉と呼んでいたと聞かされ、その真意が気になって貴水の調査に次第に巻き込まれていきます。上演中に了が亡くなった舞台「百獣のマクベス」で三人の魔女を演じていたそれぞれに華が有る俳優志望の女生徒三人が容疑者として浮上しますが、真犯人は誰なのか、了はなぜ死ななくてはならなかったのかなどの魅力的な謎に加え、丁寧な伏線回収や演劇という特殊な世界をモチーフにすることにより深みを増した人間ドラマの重厚さと読みどころの多い秀作でした。だいぶ前にシェークスピアの「マクベス」を読んだ際の動機は四大悲劇の一つだからという薄っぺらいものでしたが、この瞬間は興味が湧きまくっておりますので感動がフレッシュなうちにオリジナルを再読してみたいと思います。ちなみに降田天先生はプロット担当の萩野瑛さんと執筆担当の鮎川颯さんという女性二人の創作ユニットなのだそうです。

「秀吉の武威、信長の武威」(黒嶋敏著 平凡社)では、安土・桃山時代に天下人としての権力基盤を徐々に固めていった織田信長と豊臣秀吉が、どういう意図で自らの武威を誇示し、その武威をどのように戦国大名の統制に活用したかについて、当時の書状を丁寧に読み込み解析することを通じて明らかにしようとする金次郎には斬新な内容の本でした。信長における武威の意味合いがひたすら軍事力の行使を背景とした示威的なものであったのに対し、秀吉の武威の用い方はより大義を示しながらの外交的なものであったという差異について非常に興味深く読みました。戦国武士そして足利幕府の対抗軸として武力の行使を以て大名を従えていった信長は、一般的な歴史認識ではラディカルで革新的人物と評されることが多いですが、本作で浮き彫りになる信長の姿は戦いに明け暮れた戦国大名の範疇を抜け出せていないように見えます。一方、ある程度信長が形にしていた天下を如何に上手くオーガナイズするかという観点で、軍事的脅威を振りかざすだけでなく天下のための大義を語った秀吉の外交的手腕が際立っており、寧ろ秀吉こそが真の改革者であったとの視点は面白く、彼らの出自の違いにまで思いを致してみると更に色々と考えさせられました。しかし、書状の読み込みを通じて為政者の細やかな駆け引きや気の遣いようを目の当たりにすると、如何に教科書の記述をベースにした歴史理解の解像度が低いものであるかについて改めて認識でき非常に勉強になりました。

最後に簡単に。「嘘と隣人」(芦沢央著 文藝春秋)は退職した元刑事の平良正太郎が、人々が日常生活の中で息をするようにつくささいな嘘が引き起こす事件の謎を解き明かす連作短編集です。いずれの短編も事件の真相の背後に存在する人の心の陰の部分を直視させられるイヤミスですが、ママ友の思わぬ動機を明らかにする「かくれんぼ」、外国人技能実習生の闇に着目した「祭り」、展開は読めたにも関わらず本当に嫌な気分にさせられた「最善」は特におすすめです。

季節が変わる毎に美味しい旬のフルーツを楽しむという贅沢な趣味を続けておりますが、国産マンゴがシーズンのピークを迎え、出始めには2万円ぐらいして高嶺の花であったお値段も手が届く水準になってきており夫婦で堪能しております。そろそろ毎年恒例の誕生日メロンの時期が近づいてきましたので資金を貯めておかなければ(笑)。

読書日記ランキング
読書日記ランキング

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA