「寿司屋のかみさん」シリーズの名登利寿司閉店に後悔先に立たずを実感

以前このブログの〈東中野の名店、名登利寿司で江戸前寿司を堪能〉〈「寿司屋のかみさん さよなら大将」を読み、改めて会ったことの無い大将を偲ぶ〉で紹介した東中野の名登利寿司はちょっと自宅からは遠いものの、丁寧な仕事のお寿司と著名エッセイストのおかみさんとの会話を両方楽しめる美味しくて居心地の良いお店でした。このところやや足が遠のいていたのですが、5月に入っておかみさんの最新刊である「寿司屋のかみさん 新しい味、変わらない味」(佐川芳枝著 青春出版社)を読み、猛烈に食欲が刺激され、早速一緒に行ってくれる同僚を見つけて予約を試みました。

ところが、ところがです!電話番号を調べようと食べログ検索したところ、あの何度見ても背筋が寒くなりぞっとする表示、そう、〈閉店〉の文字が画面に現れるではありませんか(涙)。確かに二代目大将が仕込みとにぎりを担当し、大将のお母さんである70代のおかみさんが一部の仕込みと厨房を担当されている体制はやや脆弱と言わざるを得ず、本の中でもそんな状態への不安に若干触れられていた点は気になっておりましたが、この本は23年に出ているし、おかみさんも若々しい印象でしたので大丈夫だろうと高を括っておりました。しかし、よく考えると、何らかの理由でおかみさんが勇退されたケースを想定してみると、短期間で仕込みや焼き物に煮物といった熟練の技が求められる厨房の仕事を任せられる人が見つかるとも思えず、そちらを大将が担当してしまっては寿司をにぎる人が不在になってしまい元も子もなくなるというのは自明といえば自明であり、そんな不都合な真実に目をつぶっていたことに気付き愕然といたしました。一人前になるまでに最低7年かかるとされる寿司職人を志して町場の寿司屋に弟子入りする若者が沢山いるとは到底思えず、仮に寿司職人を目指すにしてもより安定した回転寿司チェーン店を選ぶのが時代の流れなのだとすると、こういう事態に陥る前にもっと名登利寿司に行っておかなかった自らの先見性の無さに恥じ入るばかりです。ネットで検索してみても、Copilot先生に尋ねてみても閉店の背景や後継店の情報は出てこず、また一つ町場寿司の名店が失われたことに哀悼の意を表しつつも、お店が賃貸でなかったと思い直し、二代目大将の息子さんが三代目としてお店を再興される僅かな可能性を待ってみたいと思います。

さて、本の紹介です。「ユダヤ人の歴史」(鶴見太郎著 中央公論新社)は時代区分毎に章立てがなされる構成で、日本人には馴染みが薄くとっつきにくいユダヤ人の歴史と彼ら・彼女らを取り巻いてきた環境について分かり易く解説する内容となっています。色々な気付きを得られる本ですが、ユダヤ教の律法主義を基盤とする教育水準や識字率の高さがユダヤ人を金融業を含む商業に向かわせたという説明は、一般的な〈商業が蔑視されていた、他にやることが無かった〉という理由付けよりもすっと理解できました(それらが必ずしも間違っているわけではないと思いますが)。また、戒律の解釈における議論の中で、ドグマ化に繋がりかねない単一の結論への収束を敢えて避け、積み重ねた議論の内容を記録し提示された論点を明確にしておくという手法も非常に建設的と感心いたしました。イスラム教とユダヤ教の距離が様々な観点でキリスト教とユダヤ教との距離より近いというのも、単純に聖書を共有していることでそれらが兄弟のような存在と認識していた金次郎にとって新鮮な驚きでした。現代にも根深く残る難しい問題である反ユダヤ的感情について、金融・仲介業という仕事の性格上やむをえない部分は有るものの、貴族層と結びつき農民層を搾取する存在と見なされてしまったことが後々まで尾を引いてその一因となったというのは、どちらの立場も理解できることからこの問題の根深さを象徴する史実だと思いました。ポーランドでのそういった傾向がナチズムと結びつき、ロシアとユダヤ人が近しい関係であるとの誤解もあいまってホロコーストの悲劇に繋がった歴史を学び悲しい気持ちになりました。また、啓蒙主義や不変主義の普及によりもたらされた平等の意識が、ユダヤ人をそれぞれの共同体から結果的に引きずり出し、そのことが差別を激化させることになったというのは歴史の皮肉としか言いようがありません。ソ連が共産主義無神論国家としてユダヤ人を世界で初めて正式に民族として認定したのみならず、クリミア半島をユダヤ人自治区とする構想を有していたにも関わらず、ソ連の後継国家であるロシアがユダヤ系であるゼレンスキーウクライナ大統領とその領有を巡って争っている現実を鑑みると、複雑な歴史的背景に根差す対立の深刻さの一端を垣間見た気分になりました。

「沈黙の終わり」(堂場瞬一著 角川春樹事務所 )は千葉県の江戸川沿いで発生した女児殺害事件をきっかけに、千葉県警と埼玉県警の縄張り意識が災いし埋もれてしまっていた類似事件の存在に気付いた新聞記者たちが、組織や権力の壁に阻まれながらもあきらめずに真実を追求する姿を描いたサスペンスミステリーです。ベテラン記者でがんサバイバーの松島が新鋭記者で本社への栄転が決まっている古山とバディを組み、お互い補い合いながら取材を進める様子は、体力の衰えやジェネレーションギャップを感じながら若手に後れを取らぬよう必死になっている(笑)金次郎の姿と重なり激しく感情移入してしまいました。本作では、30年余にも亘って闇に葬られてきた犯罪の謎に迫るサスペンスもさることながら、権力への批判精神を失い、特ダネでは雑誌に、即時性ではネットに押されその存在意義を問われて久しい新聞というメディアの在り方についての堂場先生の熱い思いが登場人物の口を借りて語られていて印象的です。また、松島が病気を抱えながら体調や気力と折り合いをつけつつ定年後を見据えて仕事に臨む姿は、7月に53歳となる金次郎にとっては全く他人事でなく臨場感有りまくりで一気に読みました(汗)。

最後に簡単に。「求めよ、さらば」(奥田亜希子著 KADOKAWA)は、金次郎お気に入りの奥田先生による第2回「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」受賞作です。バイト先で知り合いその後結婚して睦まじく暮らしているように見えるキラキラ女子志織と地味男子誠太の夫婦ですが、それぞれが内心に屈託を抱えており、それがとんでもない理由での別居騒動に繋がります。思いをぶつけあうことの難しさ、リスクそしてその大切さが心に沁みる一冊でした。

久々に会った友人が茅ヶ崎の海沿いに引っ越していたのですが、その辺では茶髪ロン毛のサーファー小学生が全く珍しくなく、学童保育にサーフィン体験教室が有ると聞きかなり驚きました。

読書日記ランキング
読書日記ランキング

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA