金次郎、生きていれば80歳の亡き母に思いを馳せる

8月24日は8年ほど前に亡くなった金次郎の母親の誕生日でした。福岡市の西区(後に早良区)で昭和18年に生まれた母は存命なら今年80歳を迎える戦中生まれ世代で、さすがに2歳足らずでそれは無いだろうと思ったのですが、空襲警報が鳴ると防空頭巾をかぶって防空壕にいち早く逃げ込んでいたと生前自慢げに語っていたのが思い出されます。母が通っていた西新小学校は所謂マンモス校で授業は午前の部と午後の部の2部制だったと小さい時に聞かされ、子供心に毎日半ドンで羨ましいと感じた記憶が有ります。夏になると、今ではすっかり開発されてしまった百道の砂浜でよく泳いでいたと話していましたが、ちなみにこの百道浜に打ち寄せられていたサザエやワカメを見た長谷川町子先生が、後に国民的漫画となったサザエさんを発想したというのは有名な話です。

お嬢様育ちの一人娘で婿養子をとりわがまま放題であった母親と、相当にきつい性格だったという(母の)祖母の下で5人姉妹の長女として育った母は、一家を切り盛りせざるを得ずしっかり者であることを求められたようですが、そのしっかりぶりは金次郎兄妹へのやや厳しめのしつけとして存分に発揮されていたと思います(笑)。無精者の金次郎少年が朝に顔の中心部分だけを洗っていると「あんたの顔はそこだけね!」と厳しく叱責され、兄妹喧嘩の後に拗ねていると「あっさりせんね!子供らしくせんね!」と子供の金次郎にはどうしていいのか分からぬやや理不尽な指導を受けるなど、幼少期は本当に怒られてばかりだったので家では妹と共にいつもびくついていた記憶が有ります。そんな鬼ババ的な一面が有る一方で、謎の天然ぶりを発揮することも多く、家族の会話で話題に出た森田さんについて、その森田さんってどんな人?と聞いたところ「森田さんは森田さんたい(=森田さんは森田さんだ)」との噛み合わぬ回答をしてきたり、誰々さんの息子がバンドを組んでいると話を振ってきたので楽器は何?と聞くと、「そりゃギターやろう」と分かっているのかそうでないのか掴みかねる返答をしてきたりと家族の雰囲気を和ませるパワーの有る存在だったと思います。ぷいと横を向くという表現が有りますが、そんな意味不明なコメントに突っ込みを入れると、実際に物理的に90度横を向いて何も言わずにしらっとする母の姿を度々目撃した金次郎妻がいつも必死で笑いをこらえていたのが懐かしい思い出です。そんな怖面白かった母ですが、いつも口酸っぱく「人のためになることをしなさい」と繰り返していたのが思い出されます。思い返すと母自身も様々なボランティア活動に熱心で、近所の脳性麻痺のお子さんの運動療法のお手伝いをしたり、弱視の子供たちへの拡大写本をせっせと作成していたりと、とても今の自分には真似のできない活動を通じて有言実行していたのだなと改めて思います。特に反抗期の頃はそんなボランティア活動に対し〈偽善〉と反発したこともありましたが、中年になってようやく少しずつ母の思いや覚悟が心に沁みるようになってくると、若気の至りとはいえ心無い言葉を母に投げかけた自分に恥じ入るばかりです。また、地元の町内会や自治会の活動にも積極的に参加していて、我々家族は地元の闇の帝王とからかったりもしていましたが、今となっては具体的にどんな活動をしていたのか不明なところも多いものの、小学校や中学校の行事で〈来賓〉として出席されている謎のおばさんについて皆さんもご記憶に有ると思いますが、どうやらあのポジションだったようです(笑)。母の葬儀の際に本当にたくさんの方にご参列いただいて正直驚いたのですが、それだけ母が地域のために身を粉にして活動していたのだろうと今更ながらもう少し真面目にどんなことをやっていたのか聞いておけば良かったと後悔先に立たずの気持ちを噛み締めておりました。お盆には帰省しなかったものの、亡き母を思い出して、少しは誰かの役に立ってみようかなと考え始めた夏休みでした。

さて本の紹介です。「大聖堂」(ケン・フォレット著 ソフトバンククリエイティブ 上・中・下)は誤って続編から読んでしまったと以前ブログで書いた「大聖堂 果てしなき世界」(同)のシリーズ第一作にあたる作品で、1123年から1174年までの約50年間に亘ってイングランド南部の架空の町キングスブリッジを舞台に繰り広げられた、諸侯と宗教権威が絡んだ複雑な権力闘争、都市の発展と産業育成、中世の信仰並びに大聖堂建築に関しての物語を描いた歴史大河小説です。ホワイトシップ号の遭難からトマスベケットカンタベリ大司教の暗殺そして列聖、イングランド王ヘンリー2世の教会権力への屈伏などの史実を下書きにプロットが構成されているため、12世紀の人々の思惑や暮らしぶりがリアリティを伴って立ち上がってくる点に先ずは感服すると共に、著者の地道な資料読み込みの跡が垣間見え頭が下がる思いで読みました。国王の権威がさほど確立していなかったために諸侯との関係が流動的であったり、都市経営における修道院の主導的な役割が顕著であったりと中世らしさを感じられる内容は個人的には非常に好みでした。また、キングスブリッジが紆余曲折を経ながらも発展していく中で住民が次第に自我に目覚めていく様子は、正にこの12世紀にヨーロッパにおいて出来した〈個人の誕生〉という歴史的契機の描写であり大変イメージが膨らみました。更に、ちょうど壁が厚くて窓が小さい無骨と言ってもいいロマネスク様式から、大きな窓とステンドグラスを通じた光のもたらす神秘的な効果と、天に聳え立つ尖塔の威光によって宗教的権威を高めたとされるゴシック様式への移行時期が描かれていて、以前紹介した「建築から世界史を読む方法」(祝田秀全著 河出書房新社)での内容がそのままなぞられており理解が深まった点も満足でした。職工がヨーロッパ中を経巡り高い技術の習得と不朽を図るグランドツアーについてや、誓いや呪いに支配されている当時の精神性についての描写も大変興味深く、エンタメ小説でありながら歴史的な示唆も得られるということで世界中でベストセラーになったというのも深く頷ける秀作でおすすめです。

「阿片窟の死」(アビール・ムカジー著 早川書房)は帝国警察に属するウィンダム警部とバネルジー部長刑事のバディが英領インドのカルカッタ(現コルカタ)を舞台に大活躍するシリーズ第三作です。今回は独立の機運が高まる1921年、ウィンダムがチャイナタウンの阿片窟で悪癖に浸っていた際に発生した凄惨な殺人事件から物語は始まります。マハトマ・ガンジーを中心とした独立運動や英国皇太子のカルカッタ訪問などの史実を取り入れながら、心の傷を抱える(そして恋愛も上手く行かない)ウィンダムの苦悩や、民族意識と警察官としての職業倫理の葛藤に苦しむ高カースト刑事バネルジーが生き生きと描かれている点が素晴らしく前2作を上回る面白さだと思いました。多くは書けませんが連続殺人事件を追うミステリーとしてもなかなかの完成度で、相変わらず色々な楽しみ方のできる作品で、英国で出版されている第4・5作の邦訳が待たれるところです。

美味しいと紹介され、東京生活30年超にも関わらず行ったことの無かった室町砂場赤坂店を訪問しました。砂場らしいそばの少なさは本店同様のわんこそばレベルでしたが(笑)、確かにつゆ(かえし)はこちらの方が美味かったと感じました。でも自信が無いので改めて本店にも行ってみます。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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