8月24日は8年ほど前に亡くなった金次郎の母親の誕生日でした。福岡市の西区(後に早良区)で昭和18年に生まれた母は存命なら今年80歳を迎える戦中生まれ世代で、さすがに2歳足らずでそれは無いだろうと思ったのですが、空襲警報が鳴ると防空頭巾をかぶって防空壕にいち早く逃げ込んでいたと生前自慢げに語っていたのが思い出されます。母が通っていた西新小学校は所謂マンモス校で授業は午前の部と午後の部の2部制だったと小さい時に聞かされ、子供心に毎日半ドンで羨ましいと感じた記憶が有ります。夏になると、今ではすっかり開発されてしまった百道の砂浜でよく泳いでいたと話していましたが、ちなみにこの百道浜に打ち寄せられていたサザエやワカメを見た長谷川町子先生が、後に国民的漫画となったサザエさんを発想したというのは有名な話です。
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金次郎、中学時代の恐怖体験を思い出す(後編)
前回のブログでは中学時代に情けないえせ半端ヤンキーであった金次郎が何の罪も無い真面目な友人T君を巻き添えにしながらチンピラ2名が運転する怪しげな改造車に乗せられたところまで書きました。続きが気になるとの感想を複数いただきありがたい限りです。この事件を思い出そうとしたことで、かなり喪失してしまったと思っていた中学時代の記憶が若干甦り、体育祭のクラス対抗リレーのメンバーであったT君が直前に腕を骨折してしまったにも関わらず、金次郎チームのアンカーは君しかいないとギブスをしたまま走ってもらったことを思い出し、T君には迷惑を掛けっぱなしであったと改めて申し訳ない気分でいっぱいになりました。さて、お待ちかねの拉致事件です(笑)。