先日は中学校を卒業間近の文学女子に本の紹介をしましたが、ふと金次郎が中学生の頃キモを冷やした話を思い出したのでネタ不足に渡りに船ということで書いてみます。金次郎の通っていた福岡市立の某中学校は結構荒くれ者のヤンキーが多く、校舎のガラスはかなり割られて窓はスカスカになっておりましたし、そんな生徒を管理するための教師による体罰が常態化しておりまずまず殺伐とした雰囲気でした。そんな中、なぜだか金次郎の所属していた陸上部が選りすぐりの怖い先輩方のたまり場となってしまっており、いつ何時理不尽かつ恐ろしい要求をされるか分からない状態で、部活の時のみならず学校生活全般における緊迫感は並々ならぬものが有りました。
最近そういう人はあまり存在していないと思われ、イメージできない読者もいらっしゃると思いますが、校内のあらゆる物を破壊して回ることから〈ハカイダー〉というあだ名のついてしまうような危険極まりない先輩ですら逆らえない更に危ない輩がその上に何人もいる集団を思い浮かべていただければ宜しいかと思います(苦笑)。ヘタレ金次郎はそういうヤンキー軍団にかする程度のポジションを確保してなんとか被害に遭わぬよう、かと言って道を踏み外さぬよう微妙なバランスを維持するのに四苦八苦しておりました。そんなある日の下校時間のこと、部活を終えて安寧に帰路に着いたかすりヤンキーの金次郎と100%真面目くんの同級生T君が通学路を中学生らしく談笑しながら歩いていたところ、信じられない改造を施された低車高の危ない車が耳をつんざくエンジン音と共にいたいけな二人に近づいてきました。危険を感じた金次郎は知らぬふりでやり過ごそうとしましたが、そうは問屋が卸さず、助手席に乗っていたどこからどう見ても完全なチンピラのお兄さんが「お前、俺らのこと知っとるやろ?」と金次郎に声を掛けてきました。いえお会いしたことはございませんと言えれば良かったのですが、無駄にかすりヤンキーをやっていた金次郎は残念ながら当時のヤンキーのたまり場であった悪の巣窟的な場所の末席を汚したことが何回か有り、そこでそのチンピラの方に、こんにちは金次郎と申しますと挨拶をしてしまっておりました。逃げ道がないと諦めた金次郎少年が、はい存じ上げておりますと返事をしたところ、「お前、あいつの家の行き方知っとるよな?」とちょうどその頃バイクの事故で亡くなった某ヤンキー先輩宅への道案内を強要されてしまい、おおよその場所は分かっておりましたので、知らないと嘘をつくこともできず、有無を言わさぬ感じでそのF1カーのような低車高改造車に押し込まれることとなってしまいました。当時の金次郎は生徒会長選挙の演説で無自覚に最強ヤンキーの前会長を批判するスピーチをしてしまい、不良グループのネガキャンもあって落選した上に、攻撃対象として目を付けられそうになっていたという特殊事情を抱えており、怖い人グループの印象をこれ以上悪くするわけにはいかないと打算を働かせたことが後に裏目に出ることとなりました(涙)。金次郎としては、たまり場に出入りしていた身から出た錆なわけでもあり、怖いけどこれも運命と腹を括ることもできましたが、可哀そうだったのはたまたま一緒に帰っていただけなのに被害に遭った穢れを知らないT君です。何の関係も無いのに突然そんな怖い車に押し込まれた彼は明らかにびびり過ぎて死んだ魚のように表情を喪失してしまっておりました。これを書きながら35年ぶりぐらいに思い出したT君、あの時はすみませんでした。さて、この後金次郎とT君の身に降りかかる衝撃展開については次回のお楽しみといたします。
気分を変えて本の紹介に参ります。「ジェイン・オースティンの読書会」(カレン・ジョイ・ファウラー著 筑摩書房)は、6人の男女が定期的に集まってかのジェイン・オースティンが遺した6編の小説についてそれぞれの家で熱く語り合う読書会の様子を中心に描いた全米ベストセラー小説です。オースティン作品についての意見交換だけが描かれるわけでは勿論なく、様々な屈託を抱えた登場人物たちのこれまでの人生が語られたり、作品についての議論を通じてお互いをよく知り合う中で人間関係が変化していく様子が面白おかしく描かれたりと盛沢山な内容なので、恥ずかしながら金次郎もそうでしたが、6篇の課題図書を全て読んでいなくても充分楽しめる内容で安心です。ただ、登場人物の一人であるジョスリンの性格が課題図書「エマ」の主人公エマそのものであったりもするようなので、恐らくこの他にも無数の関連ネタが仕込まれていることは間違い無く、一度オースティンおたくになってから読むのも一興かとも思いました。作品を深く読み味わった上で、他の人の感想を聞いて違った視点でそれを眺め直すというのは素晴らしく知的な営みであり、前にもどこかで書きましたがいつか読書会を主催してみたいと改めて思いました。巻末の付録として100年以上に亘っての様々な人々によるオースティン評が掲載されていますが、全く違う意見が多数紹介されていて、これを読むだけでもかなり満足できると思います。しかし、マーク・トウェインが徹底的に酷評しているのを読んで、確かに「ハックルベリーフィンの冒険」では反人種差別的なまなざしが感じられたものの、ジェンダーについては保守的だったような記憶が蘇りました。トウェイン作品も読み返す必要が有りそうです。
谷崎潤一郎賞受賞作の「ミトンとふびん」(吉本ばなな著 新潮社)は、様々な喪失や欠落を抱えた人々がそれぞれに自分らしい形の愛情で心の穴を埋めていく、穏かで優しくて、それでいて一つ一つが特別な6編の物語が収められた短編集です。柔らかい文章で淡々と紡がれる表現の瑞々しさは相変わらずな上に、ヘルシンキや台北、ローマといった印象的な町への〈旅〉も一つのテーマになっていて、物語の中で旅を疑似体験することでコロナ禍で旅行がままならないストレスの解消にもなって良いと思います。涙滂沱たるカタルシスも無く、感情が波立つジェットコースター的なドラマチック展開も無い平板な物語であるにも拘わらず、深く静かに心を揺さぶられる感覚を是非楽しんでいただきたいおすすめの一冊でした。
すっかり忘れてしまっていましたが本屋大賞ノミネート作品全部読みプロジェクトは細々と継続中です(笑)。2007年第7位の「ミーナの行進」(小川洋子著 中央公論新社)は主人公で中学1年の朋子が叔母の嫁いだ裕福な一家と共に暮らした1年間を描いた物語です。一つ年下で病弱な従姉妹のミーナはなんと庭の池に住むペットであるコビトカバのポチ子に乗って通学するという奇抜な設定なのですが、読んでいるうちにそんな浮世離れしたお金持ち一家の日常にリアリティを感じ始めてしまう小川先生ならではの鮮やかな筆致に感動いたしました。単純に世間知らずぶりが面白いというわけではなく、有能なお手伝いさんの良識や大人の世界の暗い部分、そしてこの幸福な一家に着実に忍び寄っている陰の存在をしっかりと描き込むことによって醸される現実との地続き感が非現実的なあちらの世界とのコントラストの妙を際立たせているのだと感じました。幼い頃の楽しかった戻らない日々を懐かしみがちな中年にとっては、きらきらした生活を楽しみつつ成長していく朋子とミーナの物語が終わって欲しくないと、いつの間にか彼女たち以上に強く願ってしまっているというナチュラルに感動できる傑作でした。
先日お客さんでのプレゼン時に飲み物を聞かれ、メニューに大好きな梅昆布茶が有ったのでテンションが上がってしまい何も考えずに注文いたしました。しかし、その梅昆布茶は飲めば飲むほど喉の渇きが増すという最悪のくそドリンクであったことに1時間以上しゃべり続けねばならないプレゼンの途中で気付いた金次郎は、喉カラカラで出にくい声をどうにか張りながら自らの愚行を呪うこととなりました(笑)。
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