金次郎、大学時代のゼミ仲間と旧交を温め20代に戻る

先週、数年ぶりで大学時代のゼミの仲間4人で集まる機会が有りました。公務員、銀行員、商社、自営業というメンバーで、ゼミの研究テーマも国際金融だったことから、ロシアのウクライナ侵攻に端を発する世界的なインフレと久方ぶりの金利上昇局面への対応、不動産不調などに起因する中国経済停滞懸念、暗号通貨大手FTX破綻のグローバル金融市場への影響等マクロ経済のダイナミクスについて語り合ったかと思いきや、最初の話題は自営業O君の相続税対策はどうなっているの?という非常にミクロなものでした(笑)。その後、医学部志望の息子が私立に入ったら3千万かかるけどどうしようという銀行員S君に、下の娘さんも私大の医学部に行きたがったら併せて6千万円で破産だねと他人事なのをいいことに茶化したり、娘が駅まで車で送ってもらう時しか自分の顔を見ないとこぼす公務員のI君にそれはアッシーだと言って古過ぎると突っ込まれたり、あと約10年で定年だ、いや銀行員はもっと早くて大変だ、公務員は天下りができて羨ましい、いや最近はそういうのはあまり無い等と非常にしょーもないオヤジ話を連発いたしました(苦笑)。そしてその後は、武道の型のように毎回必ず定型で繰り返される学生時代の思い出話をネタ1からネタ10まで話終えて国際金融のコの字にも触れることなく、あっという間だったねー、と等と言いながら皆満足して帰路に着くいつもの展開でした。そのネタというのも、他大学とのインゼミ発表会に出てきたK大のあいつはちゃんと勉強していてムカついたとか、銀行に就職しますとゼミの先生に報告したら、これから銀行は大変なことになりますけど大丈夫ですかと言われその通りになって先生は凄いと思ったがもっと早く教えて欲しかったとか、ゼミの勉強もせずに通い詰め鼻から割り箸をぶら下げて遊んだカラオケボックスまだ有るかなぁ、いや絶対無いからとか、卒論不要のゼミなのがいいところなのに卒論を書いたあいつは異常だ等の非常にくだらない話でここで書いていてやや恥ずかしくなってきました(汗)。言いたかったことは、どんなに間が空いていても、再会すると一瞬で20代の気分に戻って、毎回同じくだらないことを繰り返し話すだけで楽しい時間を共に過ごすことのできる友人の存在は、これが死ぬまで続けられるんだろうなというイメージが湧くようになった最近特に貴重だなと感じている、というしみじみ感です。20代の頃に想像していた風格、財力、落ち着きを兼ね備えた50代像とかけ離れている点は、このまま死ぬまで円熟すること無くチャラく生き続ける軽めの人生を想起させやや情けないですがまぁ仕方無いですね(笑)。ところで今回の会合は久々の訪問となった名店いわ瀬で開催したのですが、改装がされていたり、元々美味しかったお料理に更に工夫が凝らされていたりと、コロナに負けないポジティブな気概を感じ元気をもらいました。マダムもお元気で相変わらず何かと世話を焼いていただき、こちらでも変わらず在り続けるものの有難みを感じ嬉しかったです。ちなみに金次郎が年齢を伝えた際にマダムが必ずしてくださる、うちの娘と同じじゃないのー、という鉄板のリアクションに心が和みました(笑)。

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金次郎、【アフター4読書】3周年の感慨に浸る

早いもので2019年12月3日のアフター4読書最初の投稿から間もなく満3年が過ぎようとしております。記念すべき初投稿を読み返してみてなかなか簡潔にまとめているなと感心しましたが(笑)、ブログを続けるにあたり、3年目に入ると、マンネリ化したり、ネタ切れを起こしたり、書くことに飽きてしまったり、気の緩みからの不用意発言で炎上してしまったりと様々な理由により継続の危機を迎える時期だと言われております。友人に書きなよと勧められ、読書時間が削られることを気にしつつも読書インプットの質向上のためのアウトプットと割り切って、軽い気持ちで始めたこのアフター4読書は、おかげさまで、どうにかそんな〈3年目の危機〉を乗り越え4年目に入っていくわけですが、振り返ってみると結構書き続けるのを悩んだ時期も有りました。先ずはとにかく(今もそうなのですが)ITリテラシーが低すぎて、ブログの見た目が読者フレンドリーでなくご迷惑をお掛けしているのもさることながら、当初はページビュー(PV)数を把握するやり方が分からず反応が見えないためにモチベーションを維持するのに苦労したのを思い出します。最初は当然ながら2とか3だったPV数が、まだまだ弱小ブログの域を出ませんが、それでも一番読まれている記事は1100PVを越え、トップ20でも500PVを上回っていて毎週最低でも100PVを越える程度には読者が増え、自分の書いた文章がそれだけの数の方の眼に触れているかと思うと特にアフィリエイト収入を得ているわけではないですが断然張り合いを感じます。地味にTwitterのフォロワー数を増やす努力などのSNS活動もある程度奏功しているとはいえ、やはり口コミでの読者増が大きいと思いますので、読者の皆さんに知り合いの方に宣伝してもらえるよう引き続き面白い記事を頑張って書いていこうと思います。ブログ開始当初はなんだかんだと書き溜めていた読書感想が結構手元に有ったのでネタ切れにはならないだろうと高を括っていたのですが、あっという間にストックは底を尽き、充分な数の紹介したい本に出会えなかった週には、一度のお休みからなし崩しになりかねないありがちな継続の危機に何度も瀕しました。読書関連ということで、文学女子への本紹介企画や本屋大賞予想対決企画でしのぎつつも、もうどうにもネタが無いというピンチで捻りだしたのが、自分史にかこつけたプライベートの切り売りや、その時々の雑感を記した前半の〈よもやま話〉の導入で、読書ブログ色がかなり希薄化することを心配していたのですが、意外とこれが評判となり、寧ろ後半の読書感想は全然読まないというような読者の方もたくさん現れ複雑な思いを抱えつつそれもモチベーションにしながら書き続けております。ポリコレに弱い昭和生まれの金次郎にとって、人生の前半を支えてきたやや斜に構えた発言で話を面白くする手法では最早勝負できなくなってしまった難しさを日々感じつつも(苦笑)、逆にこのブログを書く中で、不適切な表現を含まない文章でそれなりに内容を充実させる努力ができたことは、公私問わずコミュニケーションのスタイルを現代風に修正する上でとても助けになったと思っています。意外とお客様との会話のきっかけとして仕事でも活用できるという嬉しい誤算も有り、当たり前ですが、どんなことでも真面目にやっているとプラスの効果として自分に跳ね返ってくるものだと改めて認識し、人生後半戦のこれからも投げ出さずに努力を継続できればいいなと感じた3周年でした。流石につまらなさ過ぎる内容となりすみません(涙)。

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金次郎、長期休暇中に新百合ヶ丘の名店リリエンベルグを訪問

先日のブログで都道府県名をドイツ語で直訳すると無駄にかっこいい話を紹介しました。和歌山はフリーデンスリートベルグ、岡山はヒューゲルベルグ、我が故郷の福岡はグリュックスヒューゲルということで、どうやら山はベルグ、岡はヒューゲルと訳されるようです。さて、2週間の長期休暇中には結局帰省もせず、家の近所でリタイア後を彷彿とさせるのんびり暮らしを楽しんだと前回のブログに少し書きました。そんな何の変哲も無い休暇中の特筆すべきイベントが、いただいたお菓子がとても美味しかったので念願だった1988年創業と歴史も古くウィーン菓子の名店の一つとして数えられるリリエンベルグ訪問でした。お?この響き?とお気づきの方もおられると思いますが、そう、ベルグは山です。そしてリリエンは百合ということでリリエンベルグを直訳すると百合山となりますが、どうもお店の意図としては最寄り駅である小田急線新百合ヶ丘駅にちなんだ名付けのようで、それならリリエンヒューゲルではないだろうかと微妙に細かいことが気になったりもしつつ、いざ現地へ。運動不足なので徒歩で行こうと新百合ヶ丘駅から歩き始めたのは良かったのですが、延々と続く坂道を20分歩いて疲労した金次郎夫妻にとってはまさにベルグ=山がふさわしいロケーションでした。ややオシャレではあるが普通の住宅地に突然可愛らしい外観のお店が現れはっとしますが、更に驚かされるのはその混雑ぶりです。平日の昼間というのにしっかり行列はできるわ、11台収容の駐車場は満車になっているわ、外観としっかり統一されたメルヘンな内装の店内は近所の方や遠来の方が入り乱れてごった返すわで、これは週末には絶対来てはいけないお店だなと再認識いたしました。お店の前に車の駐車場への誘導、順番待ち列の整理などに従事されている異常にフットワークが軽く親切で面倒見の良いおじいさんがいてアットホームなお店の雰囲気とフィットしているなと感心しつつ、全く日陰も無い環境ですので真夏は誰か変わってあげて欲しいと完全に余計なお世話の心配をいたしました。肝心のスイーツはというと、15種類ぐらいの生ケーキの中から焼チーズケーキ、モンブラン、タルトタタン、モーツァルト、ぶどうのショートケーキを購入しましたが、どれもシンプルなのにしっかり甘く、奇をてらわずオーソドックスな作りなのに印象に残るという評判通りの美味しさでした。天命を冠したリリエンベルグを要予約で買えなかったこととウィーン菓子店では外してはいけないザッハトルテを特別にディスプレイしてあったため見過ごしてしまったことが心残りでしたのでまたどこかで会社を休んで再訪しようと思います(笑)。生ケーキも素晴らしいのですが、更に実力を感じさせるのがバラエティに富んだ焼き菓子や小菓子の数々です。どれもこれも美味しいのですが、特に何とも表現できない食感と上品な甘さがたまらないポルボローネ、パリッとした後トロリと溶けて最後にココナッツの風味がしっかり残るココバトン、甘くて甘くてたまらなく癖になるのに後味爽やかなブールドネージュ、妻が最高の賛辞を送った季節のお菓子であるシュトーレンと完璧な内容でした。忘れちゃいけないクッキー詰め合わせがまだ1箱残っているので、これからゆっくりと味わいたいと思います。

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金次郎、謎のサコージュについて学習する

会社からいただいた2週間の長期休暇中に久々に福岡に帰省しようと思い父に連絡してみたところ、なんとかねてから痛めていた肘の手術で10月末からしばらく入院するとのことで、コロナのせいで相変わらずお見舞いもできない状況のようなので今回は残念ながら帰省を断念することといたしました。父は75歳で一軒家に一人暮らしをしており、家事や庭の草取りから終活準備に至るまで肘が痛くてはどうにもならんということで手術に踏み切ったようで、いつもなら肘痛ぐらいで全身麻酔の手術+2週間の入院はちょっと大げさなのでは?といぶかるところですが、夫婦で肩と股関節の痛みに苦しむ今の金次郎家においては100%異論無しの判断でした。そんな中、今度は義理の両親がサコージュを見つけて入居するという話が持ち上がり、不勉強の金次郎はサコージュ?と耳慣れぬ響きに戸惑い、コサージュ?、それともコートダジュール?、モナコに移住できるほどリッチではなかった筈、宝くじに当選でもしたか?、と一瞬頭が大混乱しましたが、どうやらサービス付き高齢者向け住宅を略してサ高住というそうで50歳にもなってそんなことも知らぬ自らの不明を恥じました。義理の両親は全くもって元気なのですが、やはり80代の夫婦にとって一軒家のメンテナンスは大変なようで、その他もろもろの事情も考慮してこのタイミングで引っ越しするのが最適との判断に至ったようです。入居予定の施設を見学に行った妻も、周囲や施設の環境も良く、オプションで食べられるご飯が想像以上に美味しく、自炊用の食材訪問販売も充実していて思いのほか快適そうだとひと安心しておりました。サ高住には一般的に60~65歳から入居可能ということなので、もちろん金次郎夫妻に当面予定は有りませんがそんなに遠い将来の話でもないなと、すっかり年寄り気分になりました(苦笑)。ちなみに、サ高住の〈サービス〉とは安否確認と生活相談が基本のセットで、今回入居を検討している施設でも定期的な居室訪問やドアの開閉確認(12時間以上玄関とトイレのドアに動きが無い場合レスキューが派遣される)、状態に合わせた介護ケアの提案といったサービスが常時受けられるようで安心です。それ以外はほぼほぼ普通のマンションに住むイメージで、契約形態もサービス契約+賃貸契約という形になると学びました。最近はそこに介護サービスも受けられる施設を併設しているケースも増えてきていて、安心して長期間面倒を見てもらえる体制が整っているようです。一方、こちらの方が馴染み深いですが、有料老人ホームという形態も存在しており、介護付き、住宅型、健康型というパターンが有り、入居条件として要介護認定が求められるとのことです。サ高住と違って、契約としては施設の利用権を購入するという形態で、要介護認定の方が入居されるので当然ではありますが、生活の自由度はサ高住に比べてどうしても低くなってしまうものの、その分手厚い介護が受けられる仕組みになっているようです。少しだけ高齢者の住宅事情について状況を把握したので、実家の父が退院したら将来構想について話してみようと思います。(手術は無事成功し、現在父は果てしない退屈に悶々としているようです。)

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イギリス新首相のリシ・スーナクさんとはどんな人?

イギリスでは大減税に対応する資金調達の行き詰まりがいきなり顕在化し、通貨価値を危うくした失政の責任を問われリズ・トラス首相が就任後僅か6週間余で辞任に追い込まれるという異常事態となりました。その後任首相となるべく保守党党首に選出されたのが、42歳のインド系移民2世であるリシ・スーナク氏で、彼はヒンドゥー教徒でもあり、まだまだ社会における階級・階層意識が強く残っているイギリスにおいてはまずまずのレア属性だと思ったのですが、それは全くの早合点でした。ご両親の職業は医師と薬局経営者ということなので、中流階級ど真ん中の雰囲気を感じますが、7年前に35歳で下院議員となる前は、ゴールドマン・サックスを経てTCIといった著名ヘッジファンドのパートナーを勤めるなど順調にキャリアを積まれており、ビジネスパーソンとしての成功で先ずは階級の壁を突き崩されたようです。更に、スタンフォード大学経営大学院在学中に、IT・ビジネスコンサルティングやアウトソーシング大手であるインフォシスの創業メンバーの一人で初代CEOとしてインド有数の実業家であるナラヤナ・ムルティ氏を父に持つアクタシャ・ムルティ氏と出会いその後に結婚するのですが、恐らくそちら側の財産が甚大な貢献をした結果、夫婦合わせての資産規模は日本円にすると1200億円超の7億ポンド越えで、どこからどう見ても圧倒的にリッチな上流階級に属されているお方ということを理解いたしました。移民ではありませんが日本でインド系というと、ソフトバンクグループの元副社長で孫正義氏の後継者最有力候補であったニケシュ・アローラ氏ぐらいしか思いつきませんが、以前このブログにも書いた通り、ビジネス界は勿論のこと、W.A.S.P.が隠然たる権力を維持しているアメリカ政界にさえ民主党のカマラ・ハリス副大統領や共和党で元国連大使のニッキー・ヘイリー氏、ヘイリー氏がサウスカロライナ州知事になる前はインド系唯一の州知事であり一瞬大統領選への立候補を表明したこともあるルイジアナ州のボビー・ジンダル氏など有力なインド系の政治家がおり、13億人という数の力を背景に今後優秀なインド系人材の様々な分野での台頭がどんどん顕著になるものと注目しております。全然関係無いですが、ノラ・ジョーンズ氏もインド系で、その父がインドで最も著名な音楽家であのビートルズにも多大な影響を与えたとされるラビ・シャンカル氏だと〈インド系〉で検索している最中に知りました(笑)。

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やはりドラマを凌駕する面白さであった原作「不毛地帯」(山崎豊子著)を堪能

小説を読んでいてそれなりの頻度で目にする表現ではあるものの、なかなか自分で書く文章には使い辛いといった類のものが結構有るのですが、金次郎の中でのランキング1位は「肯んじる」です。読み方も難しくて、がえんじる、と読むのですが、この響きそのものが耳慣れないこともあり、オーディオブックで油断して聞き流していると〈~が演じる〉と誤読して意味が全く取れない事態になってしまいます。意味は〈容認する〉というようなニュアンスで使われることが多く、用例としては「そんな提案は肯んじられない」といった感じになると思いますが、如何せん正確な意味に自信が無く安易に使う勇気が出ません。同じような意味の言葉で「首肯する」も有り、これは〈頷いて賛意を示す〉の意味で使われ、ニュアンスの理解度的にはぎりぎり使えそうなのですが、そもそも日常生活ではそういう描写をする機会が無いので金次郎の文章にはなかなか登場させてあげられません。仕事上の面談レポートを書く場合にも「当社提案に対し、先方のA本部長は首肯した」とはならず、「当社提案を先方のA本部長は了承」のような感じで記載されることとなり、それこそ小説でも書かないと使えなさそうです。〈笑う〉を意味する表現もバリエーションが豊富ですが、未だに「破顔する」あるいは「破顔一笑する」は使えたためしが有りません。「神様のカルテ」シリーズで夏川先生はかなり頻繁に使っておられ、弾けるような笑顔のイメージを喚起する好きな表現ですのでどうにかして使ってみたいと密かに機会をうかがっているところです(笑)。同じく表情を一気に崩して笑う状態を意味するのが「相好を崩す」です。「相好」とは表情を表す表現ですが語源としては仏様の美しい身体的特徴を表す「三十二相八十種好」の略だそうで、ちょっと高尚な感じで使用には躊躇の念を禁じ得ません。こちらの表現もオーディオブックで聞き流していると〈そうごう〉ではなく〈そうぼう=双眸〉を崩す、と聞こえて両目の形を変えて笑うのような意味なのかな、と勘違いしたりもする要注意ワードかと思います。最後に紹介するのが、どうしても音の響きと意味が自分の中でぴったりと一致しない「頑是無い」です。がんぜない、と読み、主に子供の幼くて道理が分からない、無邪気であどけない様子を描写するのに使う表現なのですが、〈分別〉という意味のいかにも固い「頑是」という字面で完全に子供に対して使うモチベーションを失ってしまうのは金次郎だけでしょうか。

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金次郎、人間ドックのサービス低下の理由を考える

今週、年に一度の人間ドックをドックの聖地であるS病院の検診センターで例年通り受診したのですが、何となく今年はオペレーションの水準がいつもの水も漏らさぬというか、軍隊的なというか、さすが高額という感じのプロフェッショナルなものから若干レベルダウンしているのではないかと少しだけ気になりました。これまでは、受付や誘導を担当されている事務方のスタッフも、検査を担当される検査技師の方も基本的には非常にスピーディーで感じの良い対応をしてくださっていたのですが、今年は全体的に不慣れな雰囲気、やや怖い感じ、こちらのちょっとしたリクエストに対しての対応が不親切という印象で、運営方針に大きな変化が有ったのではないかと懸念される内容でした。最初の説明を担当された看護師さんに何か気になるところは無いですか、と聞かれたので、左肩が五十肩で検査中に痛みが出てしまうと検査に支障をきたす恐れありと申告したところ、「では、左の五十肩とシステムに登録しておきます」と淡々と言われ、もう少し専門的な表現で対応してくれればいいのにと適当に扱われた感満載の出だしとなりました(涙)。身体測定担当のおばさまはかなり強面の方で腹囲測定のメジャーを引っ張る力もイメージ通り剛腕で、おかげ様でお腹が圧縮されて結果腹囲が2センチ改善しました(笑)。腹部超音波検査担当のお兄さんは全般的に計測器具の押し付け圧が強すぎて、検査というより加圧筋トレみたいになってしまい、ノー配慮で左肩は激痛な上に、ゼリーの扱いが雑でお腹も背中もベトベトになり極めて不快だった挙句の果てに下腹に最初に挟んだティッシュも始末してくれない不親切さで、次のレントゲンのところで慌ててティッシュを捨てるはめになるという、どうなのというか悲しい感じでした。最後の胃カメラの先生も当然ながら登録済みの〈左の五十肩〉には目もくれずで、腰痛などの痛みで胃カメラ時の麻酔から目覚めてしまう場合が結構有りますが我慢していただくしかない、の一点張りと非常に機械的な感じで、仕方が無いのだとは思いますが、麻酔鎮静剤に5500円も支払わせるからには表面上だけでも親切にしてもらえれば少しは納得感が有ったのにと残念に思いました。とりあえずそんなサービス低下の背景として思いつくのは、①別の検診センター立ち上げのために優秀なスタッフがそっちに回っている、②諸々のコストアップ圧力の中採算を維持するためにシフトを減らして人件費を抑えたことで一人一人の負担が増え、それがモチベーション低下につながっている、③パワハラにうるさいご時世の中これまで軍隊のように厳格であった指導体制が揺らぎオペレーションの緩みを招いている、ぐらいでしょうか。無責任コメント失礼しました(苦笑)。まぁそんなこんなの人間ドックでしたが、おばさまの激しい締め付けによる腹囲改善以外はだいたい例年通りの結果で先ずは一安心で良しといたします。ただ、毎年ドック後にご褒美として食べるアンジェリーナのモンブランを買おうと日本橋三越に行ったところ、なんと売り切れ!そんな状況これまでほぼ見たことが無いと思い検索してみると、かのきゃりーぱみゅぱみゅ先生が数日前のテレビ番組で三大ご褒美食の一つとして紹介されたようで、そのせいで本日12時時点で早くも完売していた模様です。歴史と伝統の有るアンジェリーナのモンブランが最近そんなにメディアにも出ていなさそうなきゃりー先生の一言で急に売れるなんて、ちょっと納得いかない複雑な気分でした。

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金次郎、宿敵Mと秋の味覚を堪能する

このブログの目玉企画である本屋大賞予想対決で鎬を削る宿敵Mが先月駐在先のドイツから帰国しました。なんと金次郎邸から200メートルと離れていないご近所に居を定め、まさに金次郎の喉元に刃を突き付ける構えで来年1月に始まる予想対決に向け臨戦態勢を整えているものと思われます。そんな宿敵Mではありますが、一応歓迎会はせねばということで、同じくご近所で金次郎行きつけのイタリア旨いもの店を実質貸し切り状態として久々に食事をしました。様々なテーマについて心置きなく激論を交わしたのですが、そんな議論の内容などどうでもよくなるほどお料理がおいしかったのでこちらの方を紹介します(笑)。爽やかな中にコクが有り、柔らかいのにしっかりとした食感もきちんと主張している厳選されたイタリア産モツァレラチーズ、生で良し焼いて良しの上品極まるサンマ、酔っぱらってしまってシェフの説明を失念してしまいましたが(涙)信じられない程のクオリティだったとの記憶が残る何かのスープ、なぜこれを品種改良する必要が有ったのかと疑問しか湧かない深い味わいの桃の原種、肉に包丁を入れる角度を変えてアクセントを付けた神戸牛のロースト、などなど相変わらずの素晴らしい内容でございました。そんな中でも特に際立っていたのがなかなかお目にかかれない上質のポルチーニ茸を焼いて出してもらったものです。あまりに未経験の食感だったためにこれは通常手に入らない良からぬ出自の物なのではと怯えた金次郎が、思わず「これ、毒キノコなんじゃないの?」との不適切な口走りを止められなかった程の最上級にキメ細かく柔らかな口当たりと、秋のうまみを閉じ込めた風味は絶品でした。食事が終わり、次はまたトリュフの時期に来ますねとシェフに伝えたのですが何となくリアクションの歯切れが悪いので、理由を尋ねると、最近特に白トリュフの価格が暴騰していて仕入れが難しいとのことでした。円安のせいなのかその他の理由によるものか不明ですが、なんと品質の良い白トリュフは1キロ当たりで150万円(!)もしてしまう凄まじい値上がりぶりだそうで、旨い物には目が無いシェフもさすがに手が出ないと嘆いておられました。旬になり供給が増えて少しでも値が下がるのを待ちますと伝えましたが、さすがにサラリーマンの身分では手が出そうにありません。当面はトリュフの無い秋を過ごすことになりそうです。岸田さん、金利を上げて円安を止めて下さい(冗談)。ちなみに、少しだけ激論の内容を紹介しますと、KingGnuのような音楽エリートのJ-POPへの進出や、新川帆立先生に代表される多才かつ高IQ若手作家の文壇での存在感拡大という現象が、音楽や文芸の将来について何を示唆しているのか、単純にこの分野のすそ野を狭めることになりはしないか、あるいはそういう才能が受け入れられていることこそ時代の要請と捉えるべきか、等のテーマについて熱く語っておりました。大変うっとおしい内容で恐縮です。読者の皆さんに受け入れられそうな内容にまで自分の中で整理できたらこのブログでも詳細を紹介することといたします。

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金次郎、大谷翔平の〈二刀流〉に物申す

米メジャーリーグでの大谷翔平選手の活躍は文句無く素晴らしいですし、彼の存在が米国在住の日本人に多大なるプラスの影響を与えているという話を先日駐在員の方からうかがい、彼は本物のスーパースターなんだなとスポーツにやや疎い金次郎も遅ればせながら認識を新たにいたしました。そんな中、いつも何となく心に引っかかるものの、その原因が自分でもよく分からずにいたのが彼を称する際に頻繁に使われる二刀流という表現です。彼の凄いところは打者として連日試合に出ながら、その合間に投手としてもプレーするという、有り得ない身体の酷使をしつつも、フルシーズン活躍し続けられるという超人的な頑健さであり、更にはその両方のファンクションでトップレベルのパフォーマンスを実現している非常に高度なヴァーサタイルネスなのだと理解しています。にも関わらず、その凄さを表現するにあたって、剣法における型の一つに過ぎず、入り口としては誰にでも挑戦が可能であり、かつそれを極めたとしても一刀流を含めた他の型よりも必ず強いかどうかは保証の限りではない、というやや中途半端感を禁じ得ない二刀流という言葉を使ってしまうのはなんとも不充分かつ不適当なのではないか、というのが金次郎の引っ掛かりポイントであったと気付きました。たとえるなら世界陸上で100メートルとマラソンの金メダルを両方取ってしまうような、実際にはほぼ有りえないことを成し遂げている彼にふさわしい日本語を皆さんもご存知のはずです。そう、それが「二足の草鞋」です!現代では、医師と作家の二足の草鞋、アイドルと声優の二足の草鞋、などと安易に使われてしまっておりその価値が貶められてしまっていますが、きちんとイメージすればお分かりの通り、二足の草鞋を同時に履くことは基本的に不可能です。二足目にかなり大きいわらじを用意して、その大きい方の指が四本収まる部分に普通の草鞋を履いた足をぐりっと入れれば履けますよね、というような屁理屈は置いておいて(笑)、語義的にほぼ不可能なことを同時に行う、という意味のこの慣用句は、元来博徒と捕吏の二足の草鞋、のようにほぼ起こるべくもない、有り得ない場合を表現するのに使われておりました。このニュアンスだと、やや古いですが遠山の金さんは二足の草鞋的な雰囲気が有ろうかと思います。ということで、二刀流よりファッショナブルさやシャープさではやや見劣りいたしますが、今後大谷選手が活躍している場面では、彼のパフォーマンスのミッションインポシブルさにふさわしい表現を使って「リアル二足の草鞋有り得ん!」と称賛することにいたします。面倒臭くてすみません。

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金次郎、かつてお世話になった方も五十肩だったのではとの閃きに打たれる

五十歳になったからというわけではないのでしょうが、半年ほど前から五十肩が私の左肩をむしばんでおり、この病が全くバカにできない辛さで苦しんでおります。とにかく寝ている間も容赦なく痛みが襲ってくるために、特に眠りが浅くなった時は目が覚めがちでなかなか熟睡できません。また、左を下にして寝るのは以ての外ですが、痛くない右を下にする場合にも微妙な左肩の位置調整が必要で寝返りのフレキシビリティが極端に落ち、棺桶の中の死体のようにまっすぐな状態で横になり続けねばならず全然リラックスできず眠っても疲れが取れません。起きている間も、髪を洗っている時、洗顔している時、お風呂掃除をしている時、タクシーでお金を払おうとする時、電車でつり革につかまろうとする時、会社執務室に入る際に社員証をセンサーにかざそうとする時、などなど生活のふとした場面で想定外かつ30秒ほど持続する激痛に襲われうずくまりたくなることもしばしばで、もうだいぶ慣れたとはいえなかなかに厳しい状況です。数年前の右の五十肩の際は人生50年弱にして初のレフトハンドお尻拭きという事態となり、足の指にペンを挟んで字を書くレベルの不便を味わいましたが、今回その点だけは影響出ず良かったなと思っております(苦笑)。妻と共に通っている整体での施術、その先生の薦めで毎晩やっているお灸、耐えられない程痛くなった際の最後の手段である整形外科での注射を組み合わせてなんとか早く治そうと頑張っている今日この頃です。そんな中、ある朝スーツのズボンをはこうとしていた際にどうにも右側のシャツがズボンに上手くインできず、このままではだらしない中年になってしまうと焦っていたのですが、ふと20代の頃にお世話になったお客さんでいつもシャツがはみ出していたO部長のことを思い出しました。駆け出しの金次郎を可愛がっていただきましたし、尊敬もしていたものの、正直心の中でこの人いつもよれよれだなぁ、と思いながら打ち合わせなどに臨んでいたのですが、まさかOさんは、五十肩が痛すぎてシャツをインできなかっただけなのでは、という突然の閃きに打たれ、自らの浅はかさを呪いました。Oさん、申し訳ございませんでした。でも、よくよく思い出してみると、Oさんはシャツをインできない重症五十肩の患者にはイメージするだけで激痛が走るゴルフを頻繁にプレイされていた記憶が蘇り、やっぱりだらしないだけだった可能性が非常に高いと思い直しほっといたしました(笑)。会社や町中で通常でない行為をしている人がいるぞ、と思っても、そのような隠れた事情をお持ちの可能性も有り、危ない人がいるから逃げろ!と決めつける前にもう少し想像力を働かせる必要が有るなと気づいた朝でした。

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金次郎、エリザベス女王陛下を追悼する

英国のエリザベス女王が96歳で亡くなりました。国民への献身を誓い、70年間その誓いを守り続けてこられた、一国の君主として尊敬に値する存在であったと思います。気難しい印象も無いわけではないですが、実際はとてもチャーミングな方だったようで、長年護衛を務めたSPと共に別荘の近くを散策されていた時に、米国人旅行者のハイカーと遭遇した際のエピソードがネット記事で紹介されていました。普通にお互い挨拶を交わした後、米国人がこのあたりにお住まいですかと尋ねたところ、山の向こうの別荘に80年ほど通っていますと女王。それではこの辺にお住まいのエリザベス女王に会ったことが有るのでは、と米国人が全く気付かずに尋ねると、私は有りませんがこの人(護衛官)は有るようですよ、としれっと答える女王。女王はどんな方でしたかと問われた護衛官は如才無く、ユーモアのセンスたっぷりな方でした、と返答したとの由。この旅行者は事も有ろうに、記念に女王陛下に会ったことの有る護衛官との写真を撮ってくれ、とエリザベス女王自身に頼むというウルトラKYの展開になったそうで背筋が凍りますね(笑)。おばあちゃんもついでに、ということで女王も一緒に写真に納まり別れた後、護衛官に、おまけの写真に写っている自分が女王だとあの人たちが気付くところを見たくてたまらない、と仰ったとのことで、茶目っ気たっぷりで非常に可愛らしい一面だと感じました。

エリザベス女王は、歴史的にみて偉大な王に贈られる〈大王=The Great〉の称号にふさわしい存在とされているようですが、歴史上でもヨーロッパで大王や大帝と呼ばれているのはアレクサンダー大王やフリードリッヒ大王、カール大帝やイヴァン、ピョートル、エカテリーナのロシア皇帝など数える程しかいません。ブリテン島という意味では、太陽の沈まぬ帝国を統治したヴィクトリア女王でさえ大王とは呼ばれていない中、仮にそういう認識が定着すれば9世紀のウェセックス王であったアルフレッド大王以来史上2人目の〈エリザベス大王〉ということになり、征服者に与えられがちなこの称号を、君臨すれども統治せずでたいした権力を持たなかった彼女が平和への希求と国民への献身のみによって手にするというのは、なかなかいい話だなと思いました。女王にはチャールズ、アンドリュー、エドワード、アンという4人の子女、更に8人の孫と12人のひ孫がおり、日本の皇室とは違いなかなかの安定感で羨ましい限りです。チャールズ皇太子は即位してチャールズ3世となり、ウィリアム王子は皇太子としてコンウォル・ケンブリッジ侯を名乗ると同時にPrince of Walesの地位を新国王から与えられたとのことです。知りませんでしたが、この地位は王位継承順位1位に自動的に与えられるものではないとのこと。そして、新たにQueen Consort(王妃)となったカミラ夫人がこれまで遠慮して名乗っていなかったPrincess of Walesの称号がキャサリン妃に与えられ、ダイアナ妃以来久々に英国にこの肩書が登場することになります。ちなみに2位以降はジョージ王子(9歳)、シャーロット王女(7)、ルイ王子(3)とウィリアム家の子女が続き、その後は意外にもまだサセックス公であるハリー王子(37)とその子女のアーチー王子(3)、リリベット王女(1)と続いていきます。リリベットはエリザベスに因んで名づけられていると思うので、彼らの確執を考えるとなかなかに意味深なネーミングと感じました。

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金次郎、友人の突然の訃報に呆然と立ちすくむ

今週は会社の同期の突然の訃報に接し、オフィス全体が声を失い呆然としている感じで日々を過ごしております。朝のウォーキング中の心不全という説明を聞いても全く頭に入ってこず、明るく懐が深くて心優しい、金次郎などより圧倒的にいい奴の彼がこんなに早く天に召されるという理不尽な現実を受け止めきれず、冷静な思考をするのがなかなか難しい状況です。数か月前に一緒に焼き鳥を食べ、「この店おいしいからまた来たい」と言っていた彼とはつい先日仕事の打ち合わせをしたばかりだったのに。。。どんなしょうもない発言も、関西人ならではの鋭い突っ込みを入れ拾ってくれた細やかな配慮や、いつも逃げずに弱いものを守ろうとする男気、誰に対しても全く偉ぶらないフェアで謙虚な姿勢など美点を挙げればきりが無く、自然な成り行きとして彼は本当にたくさんの人から愛されていました。ややこしい金次郎のこともちゃんと気にしてくれていて、いつも面倒をよく見てくれましたね。本当にありがとう、そして、心よりご冥福をお祈り申し上げます。気恥ずかしくてそういう彼のいい所を生前に直接言葉にして伝えられなかったことが今更ではありますが大変に心残りです。遅きに失した感は有りますが、少しでも彼の魂に届くよう、彼を知る仲間とそのような思い出を語って過ごす時間を作っていきたいと思います。

やや雑感パートが短めですが、今週はテンション上がらずで失礼いたします。さて、本の紹介に参ります。読書家を名乗るものとしてお恥ずかしい限りなのですが、あのベストセラーである「沈まぬ太陽」(山崎豊子著 新潮社 アフリカ編御巣鷹山編会長室編)を読んでいなかった不覚に日航機墜落から37年というニュースを見ている際にふと気づき、慌てて一気に読了いたしました。日本航空をモデルにした国民航空から、会社に盾突く危険人物かつ共産党員というレッテルを貼られてしまう主人公の恩地元は、共に戦った組合の同志との信義を貫き会社の要求を拒絶し続けた結果、パキスタンのカラチ、イランのテヘラン、ケニアのナイロビと執拗に西へ西へと左遷され続けます。現代の感覚では、バングラデシュ、イラク、モザンビークといった経済発展度合いの国々を10年以上転々とするようなイメージになるかと思いますが、当時の日本との往復のフライトの不便さなどを考え合わせるともっと過酷だったかもしれません。

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金次郎、「プレバト!!」の俳句コーナーを絶賛する

テレビでニュースやアニメ、ドラマはそこそこ観る金次郎家ですが、最近めっきりバラエティ番組は観なくなってしまいました。読書やブログに割く時間が増えたこともありますが、とにかくクイズとカラオケ関連の似たような番組の多さに辟易してしまったというのが正直なところです。そんな中、録画してでも夫婦で欠かさず楽しみに観ているのが、以前このブログでも少しだけ書いた木曜夜7時TBSの「プレバト!!」内の俳句コーナーです。芸能人や有名人が番組独自の称号である永世名人を目指して昇級審査の結果に一喜一憂したり、季節毎に行われるタイトル戦で勝利すべく全身全霊で句作に臨む様子には、ネタ番組やトーク番組での視聴者にどう映るかという印象を意識しての演出的な振る舞いとは違い、純粋な俳句へのパッションを感じさせるところに結構心を打たれます。また、そういう著名人の意外な真摯さもさることながら、それを時にはバサバサと切り捨てる夏井いつき先生の明快かつ辛口な解説・添削の妙が本当に素晴らしい。30歳まで愛媛県で中学校の国語の先生をされていたという夏井先生ですが、一つ一つの助詞に至るまでの繊細かつ徹底した言葉選び、詠み手が描きたい情動を過不足なく表現しつつ読み手の多様なイマジネーションを喚起するという難題への飽くなき挑戦、俳句の詩的側面を捉えた韻律の美しさへの配慮など、十七音の可能性を見せつけられる伝道者ぶりに毎度圧倒されっ放しです。金次郎も仕事で同僚の文章に加筆、修正することが有りますが、偉そうに直している自分の未熟さに恥ずかしくなってしまい業務に支障をきたしそうです(涙)。まぁ業務上の文章で表現に拘り過ぎるとすぐに〈文豪〉とか〈格調高い表現〉とか言われてちょっとけなされ気味になるので会社では程々がよろしいのかもしれません。しかし、十七音+季語という制約条件が求める極限まで研ぎ澄まされた日本語表現の可能性への挑戦は、俳句という芸術の宿命であり、これを、〈有季定型〉、〈季語を主役に〉という基本に忠実に追及している夏井先生の俳句哲学が俳壇で左右両翼のどの辺に位置するものなのか、最近の動向と合わせ俳句王である宿敵Mに聞いてみたいと思います。そう言えばMはもうすぐ帰国されますね。

ちなみに、同コーナーは略略10年続いておりますが、永世名人は梅沢富美男(通称おっちゃん)、東国原英夫、フルポン・村上の僅か3名しかいらっしゃいません。おっちゃんの自意識過剰とキレぶり、東さんの創造への挑戦、村上さんの普通に喋るだけでウザくなれる才能には夫婦でいつも喝采を送っております。それに続く名人有段者はFUJIWARA・藤本、千原ジュニア、キスマイ・横尾(名人十段)、キスマイ・千賀(同八段)、中田喜子、立川志らく(同六段)、皆藤愛子(同三段)、ミッツ・マングローブ(同二段)、三遊亭円楽、岩永徹也、森口瑤子(同初段)と出演665名中永世名人と合わせたったの14名と狭き門ぶりがうかがえます。金次郎は千原ジュニアの作品が好きですが、同時に彼の才能に嫉妬してしまうので複雑です。そして、本業がそこそこしっかりされている他の有段者と比べ、その実力から俳句へのかなりの注力がうかがえる一方、王道アイドルというわけでも高MC力を見せつけるわけでもないキスマイの二人がこれからどうなっていくのか、心の片隅でいつも少し心配しつつ応援しております(笑)。

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ニックネームにも気を遣うご時世にそのパターンについて検証する

最近では友人や同僚にニックネームを付ける際にも細心の注意を要するご時世となってきていて、会社でもだいぶ口数が減ってしまう程息苦しい環境ですが、あまりにもネタが無いので思いつくニックネームのパターンについてつらつら書いてみようと思います。ファーストネームはバリエーションが多すぎるので先ずは名字編です。名字を縮めて○△さん→○ちゃん、〈っ〉を入れて石井さん→イッシーのようなシンプルなもの以外で考えてみました。ちなみにうちの妻は旧姓が○本さん→○もっちゃんのパターンで、その呼ばれ方はとても嫌だったそうです。これはどちらかと言うと呼び方なのだと思いますが、うちの会社で結構多いケースは名字に〈選手〉を付けて佐藤さん→佐藤選手と呼び、「佐藤選手の今晩の予定はどうなっているの?」のように使うパターンです。基本的には先輩が後輩を呼ぶ際に使うケースが殆どと思います。金次郎が入社した27年前にこう呼ばれて、自分は何のスポーツやるんだっけ?と戸惑った記憶が蘇りました。これに似たパターンが名字の後に〈氏〉を付けるやり方で、感覚的には女性が使うケースがやや多いように感じます。名字が藤原さんの場合はかなりの確率で藤原氏となり、これはメジャーなニックネームと言っても過言ではないと思います。4音の名字の場合に業界人のようにそれをひっくり返すパターンも結構多いです。なんとなくですが、〈山〉を含む名字で使われることが多いような気がします。山崎さん→ザキヤマ、山口さん→グチヤマ、という感じですね。3音でも松田さんはダーマツになり易いですが、山田さんや吉田さんはそうならないのが不思議です。その他によく有るのは固有名詞や地名の一部が名字となっている場合にそれが拡張されてニックネームとして使われるパターンです。岡山さん→岡山県、村田さん→村田銃、水戸さん→水戸納豆、田島さん→タージマハール、桜田さん→サグラダ・ファミリア、という感じです。これは直接呼びかけるというよりは、ご本人がいないところでの会話の中で使われるケースが多いように思います。その他にはちょっとした英語での言い換えや連想のケースもバラエティが多いと思います。栗田さん→マロン、星山さん→スター、佐藤さん→シュガー・塩、という感じで皆さんも活用された記憶が有るのではないでしょうか。勿論芸能人・有名人パターンもよく有りますが、長嶋さん→シゲオ、氷川さん→キヨシ、狭間さん→カンペイちゃん、斎藤さん→セイロク、そして最近は問題になっている坂田さん→アホノサカタなどが挙げられます。〈竹〉や〈武〉から始まる名字の方はかなりの確率で〈タケちゃんマン〉になるリスクが有りますね。外国人がローマ字を上手く読めないことに起因する、藤田さん→フヒータ(スペイン語系はjをhと発音する)、野瀬さん→ノーズ(=nose)、牛山さん→ユシヤマというパターンも時々有りますね。ちょっとレアですが逆から読んで意味の通る、例えば近藤さん→ウドンコというのも有り得ると思います。自分の名前を逆から読むというのはほぼ本人しかやらない行為なので、例えば大勢人がいる状況であっても、話したい人に当人の名前の逆さ読みで呼びかけると、その人だけに伝わって高い確率で振り向いてもらうことができます。金次郎はちょっと暗号的なのでこれ結構気に入っています。逆から読むということでは、金次郎は昔に名字をローマ字表記して後ろから読み、全く違う語感を楽しんでいた時代が有りました。田中さん→akanat=アカナット、吉田さん→adihsoy=アディーソイ、木村さん→arumik=アルミックというように異国情緒が漂います。ちなみに最近大流行している歌手のAdoさんはこのパターンでは小田さんということになります(笑)。

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金次郎、意外とドラマチックだった故郷の町に思いを馳せる

金次郎の生まれ育った町は福岡市内の何の変哲もない住宅地でしたが、振り返ってみると、そんな小さな町にも様々なスキャンダルというか事件というか、真偽の定かでない噂話は尽きなかったのかなと思ったりもします。当然といえば当然ですが、子供の頃はそういうことに全く興味が無く、街を飛び交う玉石混交(というか殆ど石)の情報へのアンテナが低すぎて、心に引っかかることもたいして有りませんでしたが、今にして思うと結構ヤバいことがたくさん起こっていたような気がします。先ずその中でも最たるものが、お隣に住んでいた方が刑務所から出てこられたばかりという噂というか事実です。勿論罪を償われているわけですからそれ自体はどうと言うことはないのですが、子供時代とはいえ高校生まではそこに住んでいたわけで、あまりにも無関心過ぎて、生来の軽はずみな性格のために知らぬ間に地雷を踏んでいたことが有ったのではないかと今更ながら反省しました。また、近所に住んでいてたまにその辺の空き地で遊んでもらったり、町内ソフトボールの監督をしてもらっていたおじさんが、家出少女を家に連れ込んで住まわせた挙句に子供をこしらえてしまっていたり、同級生の家に暴漢が侵入したり、かつて警察官だったものの盗みをはたらいてクビになったという噂で後ろ指を指されているおじさんがいたり、時々野球のボールを打ち込んでいたお屋敷が極道の方の住まいだったり、と書きながら思い出して意外にもドラマチックな刺激に溢れた町だったんだなと故郷を再発見した思いです。

母親が色々言っていたのを聞き流していましたが、小学校時代に同じ学年の別クラスの担任をされていた、いつも校内を裸足で歩き回っていたようなワイルドなイメージの先生が、同じく同学年別クラスの担任だった女性の先生にふられて深刻に心を病まれたというような悲しい噂を耳にした覚えも有ります。当時は野性的な見た目の記憶と聞かされた情報のギャップが埋められず思考停止してしまっていましたが、今なら彼のあの振る舞いはもしかしたら内面の繊細さを乗り越えるための演出だったのだろうか、優しそうという印象しか残っていないあの女性の先生は一体どういう人物だったのだろうか、などと想像を巡らせられるぐらいには歳を重ねてしまっていて、いたたまれない気分になりました。

母が町内会的な活動に熱心だったから意外と情報量が多いだけなのかもしれませんが、ちょっと思い出すだけでも限られた範囲の狭い町内で、しかも子供の金次郎の耳に入ったものだけで、こんなに多くの噂が有ったという事実に驚愕しますし、そんな噂話情報の伝播力の恐ろしさにも旋律いたします。中学生時分にはちょっと悪ぶっていた金次郎もどんな陰口をきかれていたかと思うと更に怖さ倍増です(苦笑)。また、母が亡くなってしまっていて確かめられませんが、生前に母がそんな町内会の謎の勢力・派閥争いに巻き込まれていたという未確認情報も有り、意外と金次郎の故郷は人間の感情の本質に迫るエピソードが集積するお土地柄なのかもしれず、コロナが落ち着き帰省した際には、このブログ、あるいは退職後に気が向いたら執筆するかもしれない小説のネタとして、そういう話が風化してしまわぬうちに柳田國男先生ばりにフィールドワークをしなければと決意いたしました。

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金次郎、バブル時代のビールかけの記憶を呼び覚ます

金次郎は1980年代後半は高校生でしたので、バブル経済というものの恩恵に浴した実感が有りません。父は銀行員でしたが当時も特段羽振りが良かったということは無く、日々の食事が豪華になったというような記憶も全く残っておらずで、辛うじて糸井重里率いるプロジェクトチームが高校生にも分かるレベルで大金を投じ徳川埋蔵金を見つけようと躍起になって赤城山中を掘り返しまくっていたテレビ番組(1990年6月~)を見て、景気がいいなぁと漠然と感じていた程度でした。

金次郎は1991年4月に大学入学のためバブルの本場東京にやってきたのですが、やはり当時はそういう感覚は無く、後になって振り返ってみて初めて、あれはバブルあるいはバブルの残滓と呼べるものだったのではないか、と感じる経験を幾つか思い出す程度です。そんな数少ない記憶の中でも一番印象に残っているのは、ある大会の打ち上げで催された大々的なビールかけ宴会です。今もやっているのかどうか分かりませんが、プロ野球選手が優勝すると嬉々としてやっているあの大騒ぎです。あんなお祭り騒ぎに大学生の身分で気軽に参加していたことに当時は全く違和感を感じませんでしたが、あの非常識ぶりは完全にバブルに踊らされていた異常事態であったと今では理解できます。絶え間なく降り注ぐビールの雨、まさに泡まみれとなる身体、ビールの海と化した床を泳ぐたくさんの人々、痛過ぎて開けていられない目、要領良くゴーグルを準備してニヤついている先輩、日焼けした肌にとにかくしみまくるビールと、あの阿鼻叫喚の食堂はあまりにもヤバい非日常な空間でした。しかし、その頃の若かりし金次郎にはそれを客観視することは全くできず、ひたすら楽し過ぎて大はしゃぎし、その後も夜通し遊んだ挙句に、乾いていたとはいえビールまみれの状態で山手線始発に乗り込み、そのまま爆睡してしまうという醜態ぶりでした。このブログを書いていると封印していた記憶が蘇ってしまうことがよく起こるのですが、目を覚ました時間から逆算すると寝ている間に山手線を5周もしてしまっていたようで、うっすらと覚醒した際に感じた、通勤されている方々からの迷惑千万という痛い視線のイメージが鮮やかに思い出され、若気の至りとはいえ、申し訳ない&恥ずかしい気持ちでいっぱいとなりやや凹みました。

その他にも、殆どまともに教えなかった個別指導塾講師バイトの時給が有り得ないほど良かったり、同僚のバイト講師の先生が株で大儲けしてベンツを乗り回していたり、大学の学費はぎりぎりまで支払わず株で運用して利益を出している学生がいるなど、不相応に金回りの良い話が多く、田舎者の金次郎は純朴に東京って凄い所だなと思っておりましたが、単に世の中全体がバブルで異常な雰囲気に覆われていただけだったという話なのだと思います。今も都心の不動産は当時を彷彿とさせる上がりっぷりですが、浮わついた雰囲気は無く、寧ろコロナ、ウクライナ侵攻、米中対立、景気後退懸念などからほんのり暗い停滞感が有り、これはこれでどうなのかなとも感じますが、悲惨だったバブル崩壊後のような状況にはならなさそうなので取り合えず良しといたします。ここでまた封印記憶が蘇りましたが、バブル崩壊後の不良債権処理で深刻に苦しんでいたであろう父に無配慮に「なんで世の中の人は異常なバブルがいずれ弾けることに気付かんかったんやろうね?考えれば分かりそうなもんたい。」と傷口に塩を塗るようなコメントをしたことを思い出し申し訳ない気分になりました(涙)。

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金次郎の妻、猛暑に軽症熱中症で苦しむ

このところ連日の猛暑が続いておりますが、先日一緒に外出していた妻が少し気分が優れず動悸がすると不調を訴えておりました。その後なるべく涼しいところで過ごし水分もある程度は摂取していたのですが、帰路の田園都市線の中で気分の悪さが頂点に達し、途中下車を繰り返しながらたまたま持っていたエチケット袋に嘔吐し続けるという悲惨な状況に陥ってしまいました。やむを得ず途中でタクシーに乗ったりしながら、想定の3倍ぐらいの時間をかけてようやく帰宅したのですが、OS-1を飲んでも体を冷やしても嘔吐は治まらず、そうこうしている間に手足に痙攣のような症状も現れ始め、顔面蒼白で立ち上がれなくなったことから流石にこれは熱中症で不味いぞと軽いパニック状態に陥り、50年の人生でもほぼ初めての119番に電話をかける事態となってしまいました。いよいよ救急車のお世話になるのかと漠然と考えながらコール音を聞いていたのですが、待てど暮らせど全く電話がつながる気配が有りません。ふと我に返り、これが世に言う医療崩壊か!とようやく実感し、緊急事態に救急車が来ないという状況の恐ろしさに直面し戦慄いたしました。ただ、無機質なコール音を聞いているうちに少しだけ冷静になり、週末夜間でも診てもらえる聖路加国際病院の救急外来に向かおうという正しい判断が働き、念のため事前に電話連絡をして来院OKとの確認を取り再度妻を抱えてタクシーに乗り込み土曜日の20時頃病院に到着しました。コロナ疑いの人で溢れかえっている事態を危惧していたのですが、そういう患者さんがビニールカーテンの向こう側のスペースに押し込められていたからか、意外とそこまでの混雑ではなく安堵しましたが、やはり夜間だけあってゼーハーという呼吸を繰り返している深刻そうな病状の方やこれまた深刻な雰囲気の付き添いの方が多く、非常に気分の滅入る空間ではありました。中でも悲しい気持ちにさせられたのが、金次郎の電話での問い合わせにも対応して下さった夜間受付担当の方で、繰り返される深刻あるいは理不尽な電話攻勢に心を無にして淡々と人間AIであるかのように応答されている様子が大変印象的でした。そんな殺伐とした空間でしたので、突如受付の方が「○○さん~」と何の抑揚も無く絶対に聞き間違えることのない超有名ハーフアスリートの名前を呼んだ際は時間が止まったような静けさが一瞬訪れました。ゼーハーも止まった気がします。特に具合も悪くなさそうな感じでキャップとマスクを装着しスマホを軽快に操作しながら颯爽と去っていった彼はいったい何の急病だったのか今でも謎です。

病院あるあるなのですが、診療を待つ間に妻の容体は少しずつ改善の兆しを見せ、吐き気が有ったため念のためCT検査もしてもらいましたが、軽症熱中症との診断で、お願いした点滴処置さえしてもらえませんでした。まだまだ嘔吐感に苦しんでいた妻は、思わず席から立ち上がる勢いで、こんなに辛いのに軽症なんですか!と担当医師に詰め寄ったものの、早速カルテに「意識明瞭」、「完全自立歩行」と記載され軽症との診断を自ら証明する形となり敢え無く撃沈しておりました。そこで初めて、重症というのは意識朦朧でしゃべれない&立ち上がれない人のことを言うのだと気づき、医療崩壊に拍車をかけかねなかった119コールをしたことに二人で心から恥じ入り反省いたしました。振り返って、電話がつながらなくて良かったと胸を撫で下ろせる状態まですぐに回復して本当に良かったです。調べてみると、当時妻が歯科治療の痛みを抑えるために服用していたロキソニンは腎臓の働きを低下させるリスクが有るようで、今回の熱中症はどうもこれが原因のようでした。皆さんも痛み止めを飲みながらの夏場の外出にはくれぐれもお気を付けください。

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金次郎、はじめましての高校同級生と銀座でおでんを食べる

先日、高校時代の友人M君と、そのM君の知り合いで、金次郎が高校時代に一度も話したことの無かった同じく高校同学年のKさんと3人で飲むというなかなか珍しい会が有りました。高校は一応共学だったのですが、金次郎は3年間男子クラスという運命のいたずらにより、今回はじめましてと挨拶を交わしたKさんは勿論、在学中ほぼ女子と会話をしない青春時代を送るという悲しい高校生活でございました。その悲しみ故か当時の記憶がかなり薄く、M君からは成績のことにしか興味が無かった薄情者とのレッテルを貼られ未だにイジられておりますが(苦笑)、当日はそんな記憶の空白を埋めるべく同級生や先生たちの様々な情報を教えていただき、自分が如何にマイナーな存在であったかを再認識して悲しくなりつつも、大変有意義な会となりました。中でも、英語のK先生がそんなにモテモテだったとは大変意外で驚きましたし、最近ご結婚されたお相手が金次郎の印象にも残っている同級生の女子と聞かされ二度びっくりいたしました。

銀座の雑居ビルの地下に有る謎のおでん屋ゆうゆうじてきというお店のカウンターで日本酒をちびちび飲みながらお互いの近況などを取り留めなく話していたのですが、金次郎同様M君もやっているオンライン英会話レッスンについて話していたところ、同じくカウンターで近くに座っていた常連っぽいお客さんが自分も英語が上手くなりたい、とかなりの勢いで会話に参加してこられました。なんとその方は10年以上外資系の半導体関連の会社にお勤めのようなのですが、その間ずっと英語での社内会議の内容が殆ど分からない状態を継続しているという鋼メンタルの持ち主で、いったいどうやって乗り切っているのかと尋ねたところ、タイミングを見計らってアイシー、アンダストゥッドを適当に繰り出してお茶を濁してやり過ごしているそうで、中途半端に勉強している我々からすると寧ろリスペクトしたくなるような強者ぶりに驚愕しました。それで10数年やってこられたのなら今更勉強せずとももう大丈夫なのでは?と聞いたところ、いや最近さすがに厳しくなってきてストレスだ、とのことで、その辺の微妙な線引きの基準が全く理解できなかったものの、金次郎のやっているDMM英会話はとてもフレキシブルだしレッスンマテリアルも充実しているのでいいですよ、とお薦めしておきました。そんなマテリアルの中にちょっと面白いものが有ったので紹介します。ネットでよく使うwwwを英語のスラングではLOL(laugh out loud)と表現する話は以前このブログでも書きましたが、他の言語バージョンも最近解説されていました。フランス語ではMDRとなるようで、これは笑い死にしたという意味のmort de rireの省略形、ポルトガル語では、笑う・笑い声を意味するrisosの略でRSを使うようです。ペルシャ語圏のイランでは、私は笑っている、という意味のman khandeh mikonam」の省略のMKM、スウェーデン語では激しく笑うを意味するasgarvの省略形であるASGを使うとのこと。また、笑い声を表すhahahaはスペイン語ではじぇじぇじぇ風のjajajaとなり、なんとタイ語ではその発音から555と書くとのことで、当然ですがwww以外のどれを見ても全く面白い気がしないのに外国人はそれらの省略形を見てニヤっとするのかと想像するとちょっと笑えるなと思いました。

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金次郎、50歳を迎えるも未だ天命を知らず

金次郎はさる7月14日に誕生日を迎え遂に半世紀を生き抜き50歳となりました。定年退職まであと10年、死ぬまでだいたい30年という節目を越えなんとなく先が見えてくるポイントに到達したにもかかわらず、気分的には驚くほど成長が停止してしまっており、中二病ならぬ中堅病という感じで、自分は未だに30代半ばだという妄想が重症過ぎてヤバいです(苦笑)。そんな金次郎の実状を知ってか知らずか、誕生日に75歳の父が心配そうに電話をかけてきて、お前は俺に似てふざけて人をからかう(=あだ名を付けるなどしてイジる)悪い癖が有るので、50歳になったのを機会にそれはもうやめろ、と真剣に諭されました。最近は心を入れ替えて気を付けているので心配無い旨伝えながら、いくつになっても子供は子供なんだなと感じつつ、やはりこの性格は父親譲りの遺伝でありどんなに気を付けても根治はしないのかもと若干怖い気分になりました。しかし、うちの父はいったいいつまで部下をイジっていたのだろうかと思い記憶を辿っていると、だいぶ昔ですが当時銀行の支店長だった父が部下とともに製作した面白動画を見せられたのを思い出しました。細かい内容は忘れてしまいましたが、覚えている限りでは部下の方はふざけつつもそれなりに体を張っていたような印象で、現在の基準ではややグレーゾーンに入ってしまうかもしれない悪ノリ上司によるオモシロ行為の強制にあたるのではないかという気がして、動画の雰囲気から父は支店の皆さんからきっと愛されていたと信じつつ、自分の身体に刻まれているDNAが引き起こしかねない問題行動のリスクに震撼いたしました。金次郎を直接知る読者の方は、もしそういう場面に遭遇したら、「金次郎さん、そういう性格なのは分かるけど、お父さんも心配しているからやめましょうね。」と優しく窘めていただけますと助かります(苦笑)。しかし、かの孔子先生は50歳にして天命を知る(=知命)とおっしゃったわけですが、あまりのレベルの違いに情けなさがハンパございません。

ちなみに誕生日当日は休暇をいただきまして、我々夫婦が東京ナンバーワンパティスリーだと愛してやまない目白のエーグルドゥースに大量のスイーツを求めに参りました。なぜ不謹慎にも休暇を取ったかといいますと、このお店は週末に行くと心が折れるほど長蛇の列に並ばされる可能性が有り、我が家からあまりアクセスの良くない目白まで行って、駅から10分歩いた末に炎天下で更に1時間とか並んで待つのは50代には耐えられないと思ったためです(笑)。目白駅からお店に向かっている途中で行列が見えたので、平日のくせに並んでいるじゃないか!と暗澹たる気分になりましたが、それはちょっと手前にあるつけめん 丸長の行列で一安心、目指すエーグルドゥースは3人待ちですぐに入店できました。ケーキ6点、焼き菓子16点、クッキー1点を買い求め会計が1万円ぐらいになりびびりましたが、昨今のスイーツ値上げトレンドと何より商品のクオリティを考えればそれでもまだかなり良心的な価格だと思い直しました。随分大量に買ってしまったなと感じたのは一瞬で、食べ始めると美味し過ぎてどんどんたいらげてしまい、二人で数日で完食いたしました。文字通りの中年太りが本当に気になります。

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金次郎、「峠」(司馬遼太郎著)を読んで新潟に出陣

先週機会が有り人生で初めて新潟県を訪問いたしました。浅学で恥ずかしいのですが、新潟については田中角栄元首相、上杉謙信、米どころ、ぐらいしか知識が無く、そもそも上越新幹線で東京駅からわずか2時間で新潟駅までたどり着ける距離感に驚かされるところから始まる素人丸出しの旅となりました。新潟に行くならと、会社の先輩に薦めていただいた司馬遼太郎大先生の「峠」(新潮社 )を事前に読んでいたおかげで、辛うじてこの新幹線が進んでいるあたりを主人公河井継之助が歩いていたのかなとイメージすることぐらいはできましたが、それ以上何かを考えて掘り下げる取っ掛かりも無く、間抜けのように東京駅のホームで買った駅弁を食べ、ぼーっとしながら越後湯沢、燕三条、長岡といった途中の駅の風景を眺めつつ、長岡から新潟は意外と遠いなというようなことを道中考えておりました。

そういえば、「峠」も幕末の長岡藩で下級武士から筆頭家老へと異例の出世を遂げ、戊辰戦争最大の激戦とも言われる北越戦争において新政府軍との闘いを指揮した異才河井継之助の人生を描いた物語で、越後の話ではあるものの微妙に新潟ではないな、と準備の不備にやや悲しくなったりもしました(苦笑)。勿論そんな金次郎の落胆とこの名作の価値は無関係で、発想や思想の幅は同時代人随一と呼べるほど開明的であったにも関わらず、信奉する陽明学の影響からか、重要な局面で継之助が見せる自らの長岡藩士という立場に拘る頑迷固陋ぶりはそれと非常に対照的で、坂本龍馬のようにシンプル&ストレートでないこの人物の複雑な多面性が伺え、それを苦心して描いている司馬先生のイメージも浮かんできて非常に面白く読めました。継之助がかなり偏屈で面倒臭い天才であったことは間違いなく、周囲の人はさぞや苦労しただろうと同情しますし、お墓が作られては壊されるというのを何度も繰り返しているエピソードが彼に対する賛否両論の激しさをよく表していて、そんな個性的なキャラの人に会ってみたかったような絶対に関わりたくないような少し不思議な気分にさせられる読後感でもありました。

若干話がそれましたが、いや読書ブログなのでそれてないのですが(笑)、旅の話に戻りますと、新潟と長岡は新幹線で20分ぐらい離れているちょっと違う場所だぞと最後に気づいた金次郎の絶望は結果的に杞憂となり、奇跡的にクライアントが長岡出身の方で、この本を読んでいたことが奏功したのか(先輩、ありがとうございます)、仕事の話はスムーズに進み、その後の飲み会も盛り上がった楽しいものとなりました。新潟は冬は寒く年中風が強く吹く土地柄で、女性が気もお酒も強くしっかりされていることから、〈新潟の杉と男は育たない〉、というのが新潟の特徴を端的に示す有名な表現だというようなお話をうかがいながら地元の特産品や美味しい日本酒をたらふく食べて飲んだのですが、中でも名物の油揚げは美味でしたし、北雪酒造の純米大吟醸YK35というお酒は芳醇かつフルーティーで、たくさん日本酒を飲んだ一週間にあっても最高の逸品だったと思います。そして、何の変哲も無くさらりと供される締めの白飯の旨いことといったらなく、普通の牛丼チェーン店でも米が不味いとすぐ潰れるという米どころ新潟の底力を垣間見た気分でした。唯一の心残りは、名物茶豆の季節に少しだけ早かった点で、何とか近いうちにまた機会を作って再訪したいところです。

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