金次郎、ギャンブル依存症の研究に失敗

金次郎は巨額の違法スポーツ賭博により世間を騒がせている水原一平容疑者について細かく状況をフォローしているわけではないのですが、ギャンブル依存症のことを知るにはこの本が好適という評判にて、「熔ける 大王製紙前会長井川意高の懺悔録」(井川意高著 幻冬舎)と「熔ける 再び そして会社も失った」(同)を読んでみました。二代目となる父親からの厳しい叱咤を受けつつ学歴的にはエリートコースを歩み、家業である大王製紙に入社後も与えられた課題をクリアしながら実績も残し、若くして社長、会長と上り詰める様が企業小説的に描かれている部分も有り、徹頭徹尾ギャンブル関連のヒリヒリする内容を想定して読み始めたのでそこはポジティブなサプライズでした。

会長就任後にマカオやシンガポールでのギャンブルにのめり込む生活が始まるわけですが、業務上での強いストレスに加え、カジノで何かと身の回りの世話を焼いてくれるコンシェルジュの存在がギャンブル依存を深めていく要因であったとのシンプルなまとめになっていて、徐々に依存度が増し一平のごとく賭け金が指数関数的に跳ね上がっていくプロセスでどういう精神的、内面的な変化が起こったのかについての詳細は語られておらずこちらはネガティブサプライズでした。そういう意味で一平の心の内を知るヒントにはなりにくいのですが、逆に言うと、特段のきっかけや精神状態の大きな変化が無かったとしても、いつの間にかギャンブル依存に陥り抜け出せなくなってしまうというぞっとする事態が誰にでも起こり得るということでもあり、時々競馬を楽しんだり、〈愚か者の税金〉と呼ばれている宝くじを買ったりしてしまっている金次郎としても注意しなければと気を引き締めました。また、きっかけはよく分からないものの、ギャンブル依存症の人がどんなボロボロな状況になるかの描写は実体験だけに生々しく、金曜に仕事を終えて夜行便でシンガポールに飛び、日曜の夜までカジノで勝負し続けた後にまた夜行便で帰国して月曜の朝から業務を開始するという爛れた状況がずっと続くというのは尋常でなく、一平の数万回というベット数についてもなんとなくこういうことかとイメージは湧きました。「再び~」の方で語られていますが、井川さんは最終的にシンガポールで不眠不休で1週間ほど賭けを続けた結果ギャンブルへの情熱が燃え尽き、意図せずして依存症は完治したようですが、そんなショック療法は普通の人には全くお薦めできません(汗)。ちなみに井川さんは総計106億8千万円を失ったとのことで、現在60億円程度をすったとされる一平に対し、「まだまだ俺の半分を少し超えたレベルで小さいものだ。」と異次元のコメントをされているようです(笑)。井川さんはこの金額を大王製紙の系列会社から借り受けた形になっており、最終的には持ち株の代物弁済を通じた全額返済の意思表明をしており特別背任罪では不起訴となる可能性が有ったものの、当時の経営陣の井川一族排除策のために起訴、実刑判決となり収監されたと恨み節で書かれていて、この辺りは企業小説としてもなかなか面白く読める作品だと思います。収監された者同士で、ホリエモンとの温かい友情が育まれているところも笑えます。

さて、本の紹介です。本屋大賞ノミネート作品熟読中の気分転換として読んだ「企業と経済を読み解く小説50」(佐高信著 岩波書店)には興味をそそられる本が多数紹介されていて大収穫だったのですが、中でも「炎熱商人」(深田祐介著 文藝春秋 )は総合商社のフィリピン事務所を舞台にした作品ということで、金次郎も何度も訪問したマニラが懐かしく思い出され、真っ先に読んでみることにしました。物語は日本人の母とフィリピン人の父を持つフランク佐藤という現地社員が体験した太平洋戦争末期フィリピンでの惨禍と、そこから25年が経過した現代の日比を巡るビジネスの成り行きが交互に語られる構成になっています。戦後の日本での住宅ブームを受け、日本の商社が南方ラワン材を求めリスクを抱えながら僻地での商売に挑んだ様子には同じ商社パーソンとして胸が熱くなる部分も有り、パートナー探しに始まり、輸送やファイナンスをアレンジするというビジネスの原点に触れ基本に立ち返る気持ちにもなりました。また、赤ラワンと呼ばれるルソン島のラワン材は台風の影響で形が良くないのに対し、緯度的に台風が直撃しないミンダナオ島の白ラワン材は真っ直ぐに成育しサイズも大きいというディテイルには、様々な切り口で商品価値のギャップを見出しそれを平準化することで収益を上げるビジネスのエッセンスを感じ、そこはかとなく承認魂を刺激されました。ふとしたはずみで広がった人脈が大きなビジネスに繋がっていく展開も、商社パーソンにとっては仕事において感じる醍醐味の一つでありかなりわくわくいたしました。戦中の大本営と前線部隊、戦後の総合商社本店と支店との関係がアナロジーとして描かれ、現地の事情はお構い無しに、机上で練り上げられた一見美しく見える戦略・戦術を押し付けようとする本部の姿勢に対するフランク佐藤の批判的な眼差しにも学ぶべき点が有ったと思います。日本人ともフィリピン人とも見られず、まだ12~3歳で大人の兵隊としても認められない中で、アイデンティティーを定めることができず複雑な屈託を抱えることになったフランク佐藤が、どの時代にも存在する立派な理想主義者に共感を覚えながらも、死んでしまっては元も子も無いという圧倒的な現実との狭間で葛藤する姿は単なる企業・経済小説の枠を超えて人間を描いた本書の魅力の一つになっていると思います。金次郎がマニラ出張をしていた頃にも華僑はローカルのフィリピン人からは嫌われているという話をよく耳にしましたが、ここではそんな華僑商人の気概や守るべき矜持がしっかりと描かれていて、その反骨精神にも感動いたしました。ちょっとボリューミーでは有りますがお薦めの作品です。

「キングメーカー」(本城雅人著 双葉社)は新聞記者でありながらその情報力と裏社会との繋がりを駆使して多くの政治家を思うままに操り、自らの画策したシナリオ通りに一国の総理すら決めてきた〈キングメーカー〉の剛腕ぶりとその汚いやり口を描き出す、某新聞のあのお方を想起せずにはいられない内容となっています。あのお方だけでなく登場する主要な政治家はなんとなく実在のモデルが想像できてしまって生々しくリアリティが有るため、かつての永田町劇場の内幕を覗き見ている気分にさせられ、ストーリー的にややサスペンスタッチでもあることから、先が気になってページをめくる手が止まりませんでした。政治家が記者に何かを話す際は必ず何らかの裏の意図が有り、発言を真に受けてはいけないという場面が何度も出てきますが、金次郎はこういう腹の探り合い、裏の読み合い的な会話は嫌いではないので物語に思いっきり没入しながら読むことができました。そんな悪徳記者すら操る闇のフィクサーが登場するのですが、その事務所がうちの近所の小網神社近辺と設定されていて親近感が湧くと同時に、ついつい家の近所で怪しげなおじさんを探してしまう今日この頃です(笑)。近所と言えば清張先生の名作クライムサスペンスである「告訴せず」(松本清張著 光文社)では、表に出せない裏金であることを逆手に取って政治資金を持ち逃げした主人公木谷がその資金を増やそうと小豆相場に手を出す場面が出てくるのですが、その仲買をするのがこれまた近所の蛎殻町に店を構える平仙物産という設定になっております。そこに出入りしている大場という胡散臭い相場師の爺さんが何とも薄気味悪く異彩を放っているのですが、近所にこんな人がいたら嫌だなと思いつつもいつの間にか探してしまっている自分が笑えます。50年前に書かれた作品ですがよく練られたプロットは現代でも充分読むに堪えますし、やや寂しい今の町の佇まいからは想像できない当時の蛎殻町の活況や、日本列島改造に沸く地価上昇のうねりのような雰囲気も感じられ、こちらもなかなかお薦めの一冊です。

昨夏の旅行は伊豆でしたが、今夏は一転北上して郡山となりました。温泉でのんびりできるのが今から楽しみです。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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