金次郎、寿司職人M男さんの人間国宝への道程に思いを馳せる

先日の投稿で焼肉の聖地金竜山に再訪した日のことを書きましたが、その中で人間国宝級の寿司職人M男さんという方が何度も出てきます。青森から上京されて60年以上も寿司をにぎり続け、六本木に店を構えて40年になるM男さんの職人の技は正に国宝と呼ぶにふさわしく、歴代首相をはじめとした数多の著名人とのエピソードをうかがっていてもその技術の素晴らしさが広く認知されていることは論を俟たないと思います。またM男さんのにぎるお寿司が食べたいなと食欲を刺激されつつふと思ったのですが、安易に人間国宝という言葉を使ってしまっておりましたが、そもそもその定義は何で、どうすれば人間国宝になれるのかもよく分かっておらず、M男さんの人間国宝認定に向けどういった応援ができるのかも含め少し調べてみることにいたしました。

どうやら人間国宝という表現は俗称で、正式には文化財保護法によって定められた無形文化財のうち、特に歴史上並びに芸術上の価値が高いものが重要無形文化財として指定され、文化審議会文化財分科会の審査を経て文部科学大臣の認定を各個で受けた重要無形文化財の〈技〉の保持・体現者を通称として人間国宝と呼んでいるようです。この辺まで調べてきて若干嫌な予感はしていたのですが、オリンピックの正式種目の競技者でなければオリンピックへの参加が難しいのと同様に、人間国宝となるためにはその携わる技術が重要無形文化財として指定されていなければならず、残念ながら現状それは音楽、芸能、工芸などの分野、すなわち歌舞伎、能楽、文楽、陶芸、漆芸、金工などの領域に偏っており食に関するものはリストに入っておりませんでした(涙)。と言うことで、現段階で如何にM男さんの寿司が卓越した技術に基づく比類ない味わいを提供していても残念ながら人間国宝にはなれません。ただ、ネットで調べていると、〈和食:日本人の伝統的な食文化〉がユネスコ世界無形文化遺産に登録されたからなのか、文化庁が〈すし・てんぷら・うなぎ・そば〉の無形文化財登録に向けた調査を実施したというような情報も見つかり、無形文化財指定→重要無形文化財指定とまだまだ道のりは長いですが、なんとかM男さんには長生きしていただいて人間国宝への道を歩んでいただきたいと思います。ちなみに人間国宝には一人当たり年間200万円の助成金が支給され、その国家予算が2億3千2百万円と決まってしまっているため理論上存命の人間国宝は最大116名なのだそうで、この枠がいっぱいになるとどんなに卓越した技術を有していても人間国宝の誰かが亡くなるまで次の人が認定されないということで、非常に厳しいサバイバル競争を生き抜く力も人間国宝認定には必要になりそうです。その点M男さんは現在77歳ですが、あと30年は現役でにぎるとおっしゃっていますので十分に期待できると信じております。一縷の希望で文化審議会文化財分科会のメンバーに金次郎が選ばれ、そこでM男さんを強烈にプッシュするという策も検討しましたが、委員の顔ぶれを見ると国立大学の名誉教授や国立博物館の館長など早々たる人々が名を連ねており、この可能性は瞬殺で消えました。これから注意してそういうポジションに就かれる方とお近づきになるべく精進したいと思います(笑)。

さて本の紹介です。「ラザロの迷宮」(神永学著 新潮社)はミステリー作家の月島が友人と共に湖畔の洋館で開催される犯人当てミステリーイベントに参加したところ、実際に殺人事件が起こってしまうという比較的ありふれた展開で幕を開けます。更に、序盤で血まみれな上に記憶喪失というミステリーとしてはステレオタイプ過ぎる登場人物まで現れ、非常にがっかりなストーリーを想定してしまったのですが、その後の展開は、そんな早計な判断を下した金次郎の浅はかさを神永先生に深くお詫びしなければならないと思わされる、カオスのように散らばった伏線の鮮やかな回収と怒涛のどんでん返しに彩られ、予想を次々と裏切られ続けながらも深く納得してしまう快感を充分に堪能できる秀作でありました。物語の冒頭から事件として提示されていたので重要であることは理解しつつも、本筋とどう絡んでくるのか全く分からなかったキャバ嬢失踪事件が終盤でしっかりと効いてくる展開には本当にぞくぞくさせられました。

「あなたに心はありますか?」(一本木透著 小学館)はAIが進化した先に人間同様の〈心〉を獲得する存在が現れるか、というテーマを深く掘り下げた読み応えの有る近未来小説でした。主人公は事故で家族を失い自身も車いす生活となった東央大工学部の胡桃沢特任教授で、彼はAIロボットに心を持たせる一大プロジェクトを推進していましたが、あるイベントのパネルディスカッションでパネリストの一人が倒れてそのまま亡くなるという悲劇をきっかけに彼の周囲で不穏な出来事が多発するようになります。AIの軍事利用に強く反対する立場を取る胡桃沢はそのことがロボット兵器の普及を推し進める闇の勢力の虎の尾を踏むことになってしまったのではないかと恐れ苦悩しつつも、信頼できる同僚と共に信じた道を進んでいこうと決意します。ところが、そんな同僚にも疑念を持たざるを得ない事件が出来し、同僚である女性研究者が絡んだ三角関係にも苦しみつつ、命の危険にも相対せねばならないという八方塞がりの状況に追い込まれた胡桃沢の驚くべき運命は彼だけでなく我々読者をも茫然と立ちすくませる衝撃のラストに導いていくことになります。AIが心を持ち得るかを巡る学生間で繰り広げられる議論も興味深いですが、何よりもこの物語そのものがそのテーマに解を与えてくれており、色々と考えさせられる面白い本でした。

「知能犯」(翔田寛著 KADOKAWA)はなかなかに凝ったミステリーでしたが、それ以上に金次郎が入社後数年間の寮生活を送っていた西船橋で事件が起こるため親近感による評価の積み増しが抑えきれない一冊でした(笑)。20代の金次郎が通勤時に走り抜けていた裏路地で起こった刺殺事件とその容疑者となった男の死に始まり、そこに当時は無かったコンビニでの立てこもり事件が絡んでくる展開で、イメージが湧きまくり、あまり共感できていなかった聖地巡礼に躍起になる人々の気持ちが少し分かるようになりました。小さな可能性を少しずつ潰していく警察の地道な事件捜査が思いもよらぬ真相をあぶり出す展開が爽快な一冊でしたが結末は少し悲しかったですね。

「ブラック・ショーマンと覚醒する女たち」(東野圭吾著 光文社)はブラック・ショーマンシリーズの第2弾です。エンターテインメントの本場アメリカで鳴らしたマジシャンの神尾武史が引退後に恵比寿で開いたバー〈トラップハンド〉を訪れるクセの有る客たちと関わりながら、予想もつかない展開を見せる事件を解決に導いていくというストーリーになっています。連作短編集の形式で描かれていますが、複数のエピソードにまたがる登場人物もおり、一つの長編として捉えじっくり読むのも一興と思います。前作で大活躍であった神尾の鮮やかなマジックの技は鳴りを潜め気味ですが、その代わりに相手のふとした言動から嘘を見抜き真相に迫る彼の卓越した観察力と洞察力、そして巧みに相手を誘導するマジシャンのテクニックが遺憾無く発揮されていて痛快です。上質なミステリーなので内容は書けませんが、金次郎としては、そもそもタイトルが気になる「相続人を宿す女」と「リノベの女」が好きでした。それぞれのエピソードの主役の女性たちが、冒頭と結末で全く違う印象になる点に注意しながら読まれるとより楽しめるかと思います。

金次郎が住む人形町の牛丼チェーン吉野家が休業してから2か月ほどが経過しておりますが、吉野家様には人形町・水天宮地域住民の魂の叫びを真摯に受け止めていただき、一日も早い営業再開に向け善処いただきたいと切望しております。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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