金次郎、FBI肝入りの情報収集術をじっくりと味わう

このメソッドは人間の本能を研究し、心理学の知見を活用して考案されたものであるため、情報を聞き出された対象者は自分が重要な情報を漏らしてしまったことにすら気が付かない、と宣伝してあったので、いったいどんな凄いことが書いてあるのかと興味が湧き、「元FBI捜査官が教える「情報を引き出す」方法」(ジャック・シェーファー著 東洋経済新報社)という本を読んでみました。魔法のような宣伝文句に煽られ、かなり期待しながら読み進めました。

色々と面白かったのでここで紹介されている全16種のテクニックの一部を共有したいと思います。いの一番に挙げられているのが〈推測を述べる〉という技で、これは人間がつい間違いを修正したくなるという性質に注目し、例えば結婚記念日を聞き出す際に「やはりジューンブライドですか」と微妙な推測を伝え、「いえ5月なんです」のような返答を得て情報を引き出す、という内容となります。これと似たテクニックとして〈特徴をわざと間違えて説明する〉なる技も紹介されていました。皆さん、モヤモヤされていますでしょうか。はい、金次郎もモヤモヤしながら読みました。そう、お気づきの通り、これは我々が時折用いる伝統的手法である〈鎌掛け〉以外の何物でも有りませんね(笑)。その他にも、おいおいFBI大丈夫か、というようなものも有りまして、相手を持ち上げて、現状と実体の間に〈認知的不協和〉の状態を作り出すことで、その不協和=ギャップを埋めるべく相手が背伸びをしてつい情報を漏らしてしまうという〈相手の格を上げる〉テクが紹介されているのですが、ごちゃごちゃと理屈をこねてはいるものの、そう、これは所謂〈よいしょ〉というあまりにもありふれた手法に他なりません。結構〈よいしょ〉は効くようで、この他にも〈相手の気分を良くする〉や〈共感を言葉で示す〉も挙げられていて、16種類しか技が無いのに随分〈よいしょ〉の比率が高いなと思いつつにやけながら読んでおりました。更に、〈信じられないというふりをする〉や〈無知なふりをする〉などの、特に昭和の先輩方が好んで用い、若かりし頃の金次郎にもその踏襲を迫ってきたテクが堂々と紹介されていたのにも微笑を禁じえませんでした。これらに加え、〈第三者を引き合いに出す〉や〈ネットやニュースの内容を引き合いに出す〉なども、相手の心理的ハードルを下げる効果を狙って、自分でもあまり意識せずに使っていた場面が有った気もして、〈ストーリーを語る〉や〈好奇心を刺激する〉などと合わせ、情報が命である商社パーソンとして叩きこまれたトーク術はFBIお墨付きの(笑)、理に適ったものだったのだなと納得いたしました。一方で〈言葉のエコー〉、すなわち相手の発言を繰り返すオウム話法も紹介されているのですが、これは最近でも使っている人が結構たくさんいて、やられた印象としては、ちゃんと人の話を聞いているのかな、それついさっき私が言ったことなんですけど、と不快な気分にさせられるというのが正直なところです。勿論この本の中では、あからさまで捻りの無い繰り返しはやめましょうと注意書きがされてはいるものの、分かる人には直ぐに分かってしまうと思いますので、やはりこの技はあまりお勧めできませんね。かつて同じ部署に、「この事業の収益性はどうでしょうか」という問いに「うーん、プロフィッタビリティね」と答えたり、「時間軸をどう考えますか」と聞くと、「タイムラインか」と返答してくる、単純なオウム返しではないものの、カタカナ英語に言い換えられたことで更に不快感が増すという寧ろ逆効果の技を使う先輩がおられたことを懐かしく思い出しました(笑)。面白おかしく書いてしまいましたが、役に立つ内容も多く、人は話す4倍の速度で考えるため、どうしても相手が話している間に他のことを考えがちになることから、アクティブリスニングの手法も取り入れながら徹底的に相手の話を傾聴する姿勢が大切との解説には腹落ちしましたし、返報性の法則を巧く活用してわらしべ長者的に情報を得るといった手法についても、金次郎の実体験とも整合的で納得感が有りました。

さて本の紹介です。「ラストエンペラー」(楡周平著 KADOKAWA)はEVの普及が進む自動車市場で、日本のトップメーカーであるトミタが社運を賭けてモニュメントとなるべき最後のガソリン車である最上位車種〈エンペラー〉の最新モデル開発に挑戦するというほんの少し近未来を描いた経済小説です。市場のトレンドに従って多くの経営資源をEV関連事業に投入してしまった結果、必要なエンジニアも技術も社内で充分に確保できない状況において、最後にして最高級のガソリン車モデルをどのようなウルトラCを用いて開発するのか、非常に面白い展開ですのでご興味有る方は是非お読みいただければと思います。また、イタリアの老舗高級車メーカーとのコラボや日本の伝統文化を活用する手法、この開発案件をEV市場での巻き返しに活かしていく発想の転換などは、楡先生一流のアイデアが詰め込まれた内容でビジネス的にも勉強になる一冊でした。序盤が社長交代を巡る場面から始まるので、社内政治や権力闘争を描く企業小説かと思いきや、その後一気に新車開発中心のストーリーとなり若干のちぐはぐ感は有ったものの、終盤の新モデル完成のシーンでは車にほぼ興味の無い金次郎ですら臨場感とリアリティに感動するほど、高級車の最上級の乗り心地が表現されており、文章を通じた疑似体験としてはなかなかお目にかかれない水準と感じました。

「トリガー」(真山仁著 KADOKAWA )は、東京オリンピックが開催されている日本を舞台に日朝韓米が入り乱れて繰り広げる諜報戦を描いたサスペンス小説です。東京オリンピック馬術競技の韓国代表であり、大統領の伯父を持つスーパーウーマンの検事キム・セリョンがなんとその大統領の不正を調査しているという情報量の多い冒頭から、日本での米国軍人や北朝鮮工作員の殺害と続き、更に凄腕諜報員であり合気道の達人でもある冴木父娘や工作員の元締めである和仁など様々な背景や思惑を抱えた登場人物が出てくる序盤は話の筋が全く見えず混乱しながら読み進めることとなりました。中盤にショックな事件が起こるのですが、その辺りから複雑に絡まった一見無関係に見える複数の事件の筋が少しずつ解きほぐされ、終盤にかけてドミノ倒しのように次々と矢継ぎ早に真実が明かされる怒涛の展開でラストに向けページをめくる手が止められませんでした。アクションシーンでは、とにかく冴木父娘の強さが際立ちますが、彼らについての謎は殆ど開示されずに話が終わってしまうので、真山先生が手掛けられた「ハゲタカ」シリーズ同様に、本格的なシリーズ作品化も期待できると思います。

「レインメーカー」(同 幻冬舎)は高熱を発して病院に運び込まれた幼児の死亡事案について、一旦は不幸な病死と納得した両親が紆余曲折を経て医療過誤と訴え出るところから物語は始まります。全編を通じて医療過誤訴訟とはどんなものか、医師の責任と家族の責任の線引きとは、そして、医療とはどうあるべきかという本質的な問いに迫る重厚な内容でした。喫緊の課題である疲弊する医療現場の現状についても勿論語られますが、採算が取れていても取れていなくてもM&Aの対象となる病院事業についての新たな視点と、それに伴う地域医療の脆弱化についても大変考えさせられる一冊でした。しかし、怪しげなコンサルと呼ばれる人々はどこの世界でも暗躍しているのですね(笑)。

今週末は再び肉の聖地である金竜山に行ってまいります。またあの感動を味わえるかと思うと胸のときめきが止まりませんが、改めて結果をレポートいたします。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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