着せ替えかかしの金次郎、ファッションを語る

金次郎はセンスが無い上に忍耐力が弱いせっかち野郎でもあり、それらを必要とする私服の買い物が絶望的に苦手です。よって会社のドレスコードは限りなくカジュアルになっているのに、きちんとした人のふりをしながら基本的に毎日スーツで出勤し、オフィスでやや浮いてしまっております(涙)。ただ、そんなに頻繁に外出するわけでもないので、スーツはほぼ季節無関係にスリーシーズンのものをローテーションさせていて、人間ドックの恨みを原動力に頑張って体型を維持していることもあり、2パンツにして購入したスーツは5年ぐらいは着続けられます。そして、5年着用の前提で計算すると、少し値の張るスーツを買っても、シーズン毎に流行の様子に怯えながら大嫌いな買い物に行って私服を調達しなければならないカジュアル中心の着回しと比較して、コスパ的にもタイパ的にもかなりメリットが出ていると信じこのスタイルを定年まで貫こうと決意しております。

とは言え、一部ネットでの購入を取り入れるなどしてどんなに逃げ回っても、微妙な色合いと生地感、そしてパンツの裾だけはどうにもならず、やはり1年に数回はお店に出向いて私服を調達せねばならず、これが大変苦痛です。しかも、金次郎とは真逆で、お洋服大好き&お買い物大好きの妻がほぼ100%の決定権を持つ服選びの場面での金次郎は、妻と店員さんの激論をぼんやり眺めるだけの無口で無貢献の着せ替えかかし状態となり果て、割とおしゃべりな金次郎の姿を直接ご存じの方がそんなシーンを目撃したらドッペルゲンガーと見紛われるかもしれません。目の前の棚にバサバサと容赦無く並べられる莫大な量の服、〈流れを作る〉や〈抜け感を出す〉のような意味不明の業界的表現、どんなに頑張っても理解することができない〈かわいい〉と〈かっこいい〉の違い、延々と繰り広げられるパンツの裾を巡るミリ単位の攻防などに翻弄されながら、金次郎は心を無にして遠くに気持ちを飛ばし、寸暇を惜しむ日常では有り得ないボーっとした時間を過ごしております。さすがに金次郎レベルに対する服選びでは以前書いたイエベやブルベのレベルまで踏み込んだ話にはなりませんが、例えばネイビーにするか黒にするかであまりに議論が紛糾しているのを見かねて恐る恐る「両方買えばいいじゃん」と口出しをして激しく怒られたり、去年購入したものと寸分違わぬように見える品物に対しての「すごく今年っぽい!」との絶賛にこっそりと首をかしげねばならず、タイパという概念の存在を完全に無視してゆっくりと進んでいく買い物には心を削られます。そんな買い物の時間をもう随分長い間やり過ごしてきましたが、どうしても慣れないのが、ショップではどんな老人でも呼称が〈お兄さん〉、〈お姉さん〉であること、そして、何故それで接客が成立しているのだろうと疑問に思わずにはいられない、店員さんのペラペラに薄っぺらい〈ザ・愛想笑い〉の凄まじさでしょうか。あの顔面に張り付いた笑顔もどきの表情と、オズの魔法使いのブリキ並みに心がこもっていない乾ききった「ははは」の響きは不思議と他のサービス業では経験したことが無いので、それがアパレル産業のブラック的な労働環境の産物なのか、はたまた目まぐるしく移り変わる流行を追い続けることの空虚さに起因するものなのか、もう少し深掘りして研究してみたいところです(笑)。

さて気を取り直して本の紹介です。「地球行商人 味の素グリーンベレー」(黒木亮著 中央公論新社)は、問屋などを経由しない直販を良しとする味の素の営業部隊が、文字通り世界の果てまで赴いて独自のマーケティングを推し進める様子を詳らかに描いたノンフィクション作品です。地域毎に特徴の有る味に対する嗜好を細かく研究し、現地社員に販売のいろはを徹底的に叩きこみ、品質と宣伝広告両面で紛い物との差別化を図りつつ販売地域を拡大し数量を伸ばしていく様は圧巻です。その製品特性故に市場開拓は途上国となり、ここではフィリピン、ベトナム、中国、ペルー、インド、エジプト、ナイジェリアそれぞれでの苦労話や課題を乗り越える創意工夫が臨場感抜群で語られておりビジネス書としても参考になること間違い無しの内容だと思いました。味の好みを知るために出張者も含め常にホテルのレストランではなく市井の食堂に足を運んでローカルフードを食べまくる姿勢や、広告で使う味の素とベストマッチする料理を求めて、あらゆるローカルフードを食べ続ける執念にはマーケティングというものの原点を見た思いで、ずっとコモディティの原料商売に携わってきた金次郎としては目から鱗で大変勉強になり、さすが黒木先生と唸らされる満足感でした。

「煌夜祭」(多崎礼著 中央公論新社)は、「レーエンデ国物語」(講談社)で本屋大賞にノミネートされた著者の出世作ということで、順位予想に向けた研究目的で読んでみました。架空の島々を舞台に人間を喰らう不死の魔物と冬至の夜にそんな魔物の物語を口承する語り部たちが織り成す、ミステリー要素を含む不思議ファンタジー連作短編となっています。17年間作品を描き続けて漸くデビューに辿り着いた多﨑先生の思いの丈が、このメタストーリーのプロットや設定の細部に感じられる内容でなかなか読み応えが有りました。間違いを犯したとしてもその罪と向き合い悔い改めて生きる子と、そしてその生きざまを伝え続けることの意義を感じ考えさせられる一冊でした。ヒーローものや勧善懲悪のハピエンものは描けず、時に間違い醜悪ですらある人間の生々しさを描きたいという著者が「レーエンデ国~」で何を伝えてくれるのか、読むのが益々楽しみになりました。

「777 トリプルセブン」(伊坂幸太郎著 KADOKAWA)は人気の殺し屋シリーズ第4作です。第2作の「マリアビートル」(同)同様に、とにかくツキに見放されやることなすこと上手く行かない殺し屋の七尾(天道虫)が、あるホテルの一室に荷物を届けるだけというシンプルかつ低難易度の依頼を引き受けたものの、案の定様々なトラブルに巻き込まれ大変な目に遭うというテンポの良いコメディになっています。「マリア~」ではひたすら東北新幹線の車内が舞台で東京―盛岡間の道程で本当に色々な事件が起こるのですが、本作の舞台は高級ホテルで、概ね物語はこのホテル内で完結しており、であるが故に読者を退屈させぬよう随所に施されている間延び防止の工夫が巧いと感じました。多数の登場人物の様々な思惑が錯綜し、ストーリーの先が全く読めず、どんどんおかしな方向に話が転がっていくスリルと伊坂作品らしい上質の伏線回収は「マリア~」以上の出来栄えと感じましたし、アクションシーンの数も多く読みどころだらけで大変楽しんで読めました。ただ、脇役という点では「マリア~」の殺し屋キャラである蜜柑と檸檬、特に全ての事象を機関車トーマスのお話に擬えて理解しようとする檸檬のキャラが余りにも素晴らしかったので、正直本作では質より量で勝負したとの印象は否定できずやや残念でした。本シリーズでは様々な登場人物が作品をまたがって活躍するので、すっかり内容を忘れてしまった第1作の「グラスホッパー」(同)、第3作の「AX アックス」(同)を改めて再読するのも楽しみになりました。

前回のブログに書いた週休3日制が早くも千葉県で導入されるというタイムリーなニュースを見て、これはうちの会社の導入も間近かと期待感が高まっております(笑)。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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