今回はいきなり本の話です。「幽霊の脳科学」(古谷博和著 早川書房)は古い物から新しいものまで様々な幽霊目撃譚の類型を整理し、それぞれを最新の脳科学の知見を基に科学的アプローチで検証するという面白いコンセプトの本でした。幽霊の発現パターンとしては、就寝中というのが結構多いと思いますが、寝不足などで睡眠サイクルが乱れている場合は、入眠直後にノンレム睡眠を経ずに一気にレム睡眠に移行してしまうことが有り、夢と現実の区別がつかずに〈入眠時幻覚〉としてリアルに幽霊を見たという記憶になってしまうようです。
江戸時代の怪談話などで夏の夜に幽霊が出やすいのは、日の入りと共に眠り日の出と共に起きるという当時の生活習慣において、夜間が短い夏にはどうしても寝不足になりがちで睡眠サイクルが乱れる傾向に有ったからだと解説されていて納得いたしました。風通しの悪い蚊帳の寝苦しさも睡眠障害に拍車を掛ける要因となったようです。真昼間に出る幽霊についても、突然急激な眠気に襲われる病気であるナルコレプシーと入眠時幻覚の組み合わせで説明されていてすっきりいたしました。
また、結構多くの人が経験しているという金縛りについては、レム睡眠時に夢に合わせて身体が動いてしまわぬよう筋肉が弛緩しているという安全弁の機能が災いし、脳が一部覚醒した状態でレム睡眠に入ってしまった場合に身体が動かせない状態を体感することで発生するのだそうで、科学的な仕組みを理解できたので金縛りになっても多分もう怖くありません(笑)。高速道路などで乗せた客が気付くといなくなっているという幽霊の話もよく聞きますが、これは単調な道を運転している際に発生する高速道路催眠現象という一気に寝落ちしてしまう危険な状態で、こちらも夢と現実の区別がつかなくなり、夢の中で乗せて覚醒してそれが消えると認識するメカニズムで発生するのだそうです。見方によっては幽霊より怖い状態のような気もしますね(汗)。
神隠し的に突如山の中で姿を消すような怪奇譚については、けいれんを伴わないてんかん発作による一時的な認知障害のために、通常では考えられない方向にどんどん進んでしまい、合理的な推定に基づいて捜索する捜索隊には発見できないというパターンが確認されているようです。当人はその間記憶障害にもなってしまっているために、仮に発見されてもどこで何をしていたのか明確には覚えていないという状態となり〈神隠し〉のストーリーが完成するという構造になっています。幽霊の話には、幻覚や幻聴だけでなく、窓が開いたとかふとんが動かされたのような物理的な変化を伴うものも報告されていますが、これはレム睡眠行動異常症やノンレム睡眠パラソムニアといった睡眠時に体を動かしてしまう夢遊病のような症状と関連しており、つまりは当人が自分で窓を開けたり布団を動かしたりしていることを覚えていないことと上述の入眠時幻覚などが複合して起こる現象だそうです。この他にも、昼間に出る幽霊は子供が見るケースと大人が見るケースでは発生源が違い、前者は脳神経の発達段階で起こる認知のバグ、後者は高次脳機能の障害に起因するハードウェアの問題という説明も非常にしっくりきて納得感有りました。金次郎の拙い説明ではこの本の面白さを充分に語り切れておりませんので、ご興味有る方はぜひ一読されることをおすすめいたします。しかし、江戸時代の女の幽霊が青白い姿で両手を下に垂らして描写されるのは、おしろいに含まれる鉛による中毒により末梢神経に異常をきたした人が多かったためというのは二重に怖いと思いました。
発売直後から絶賛されている「失われた貌」(櫻田智也著 新潮社)は、物語中にこれでもかと散りばめられた大量の伏線が見事に回収される快感を楽しめるミステリーの秀作です。顔を潰され、歯を抜かれ、徹底的に身元を隠蔽された遺体が不法投棄の粗大ごみに混じって発見された事件が、一見無関係な様々な出来事と絡み合いながら二転三転のどんでん返しが待つラストに向け突き進んでいく勢いに完全に飲み込まれながら一気に読了いたしました。伏線回収の妙というミステリー要素のみならず、主人公である日野刑事を中心とした人間ドラマも読みごたえ十分な一方で、警察小説は一大ジャンルとして確立しており作品の層が厚いだけに、他作品と比して細部のリアリティがもう一歩であったところは少しだけ残念に感じました。櫻田先生の先行作の魞沢泉シリーズである「サーチライトと誘蛾灯」(東京創元社)、「蝉かえる」(同)、「六色の蛹」(同)も勢いで読んでみましたが、こちらは昆虫好きのコミュ障である魞沢がその観察眼と洞察力で事件の謎を解き、鈍感力でずけずけと真相を犯人に突き付けるという新感覚連作短編ミステリーで楽しめました。シリーズが進むにつれてミステリーとしての完成度が上がり、最初は捉えどころの無かった魞沢の人物像も次第にくっきりしてきてどんどん没入感が高まりました。「六色の蛹」から「失われた貌」の間の作風転換はなかなかのチャレンジでしたが、僭越ながら見事に成功されていると思います。勿論、魞沢泉シリーズの次作も楽しみにしております!
昆虫と言えば金次郎イチ推しの「法医昆虫学捜査官」シリーズですが、待ちに待った新作の「18マイルの境界線」(川瀬七緒著 講談社)が出たので早速読みました。なんと奇遇なことに、物語冒頭で発見された遺体の状況が「失われた貌」のものと酷似していて、顔は潰され、歯は抜かれ、髪も切られた上に指紋が判別できないように損壊されているというシンクロぶりに驚きつつ読み進めました。高級ゴルフ場とスクラップヤードという全く異質の二か所で発見された遺体が同様の特徴を示している謎が、様々なミスディレクションを経て辿り着いた真相によって見事に説明され、昆虫もミステリーも両方楽しめました。今作でも、法医昆虫学の権威である赤堀涼子の天真爛漫さや、遺体の側の虫の状態から死亡推定時刻や遺体の置かれていた状況などを精緻に割り出す能力は健在でしたが、ストーリーとしては岩楯や深水といったお馴染みの刑事たちの活躍に重点が置かれた構成になっていたとの印象で、非常に魅力的な人物である赤堀先生が若干脇役気味で正直ちょっと寂しかったです。前作の「スワロウテイルの消失点」(同)から6年経ってのようやくの新作でしたので、彼女の大活躍を次に読めるのが2030年以降かと思うと気が遠くなりそうです(汗)。
現在テレビアニメ「ONE PIECE」のオープニング曲となっているELLEGARDENの♪カーマインに夫婦揃ってはまっており、カラオケで歌うべく二人で練習しております(笑)。しかし、細美さんは中年の星です。
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