日本では未だかつてないほどのクマの大量出没により多くの被害が出ており、秋田と岩手ではなんと11人もの方がクマ被害で亡くなられる異常事態となっております。こんなに突然日本中で一斉にクマが山を下りてくるというのは、これまで徐々に進行してきた環境変化がある閾値を越えて不可逆な構造変化に至ってしまったのではないかと恐ろしい気分になります。温暖化による山中の餌の減少、保護政策とハンター不足、クマ生息領域のシフトに伴う果実や生ごみなどへの恒常的なアクセスが要因として挙げられているようですが、ハンター不足は過疎化、高齢化、人口減少といった日本の抱える課題を象徴しているとも言え、クマ問題の構造化が懸念されるところです。
全く根拠は無いですが、山中を切り拓いての太陽光パネル設置ブームなども影響しているのかななどとも考えてしまい、いったい我々は何を得ようとして何を失っているのかよく分からない気分になります。クマ問題は日本だけの話ではなく、温暖化による森林火災の頻発もあいまって世界中で発生している一大トレンドと知り驚きました。日本のクマとしては何といってもヒグマが最も危険なわけですが、この名前は褐色や赤褐色の毛色から赤系の色を表す〈緋〉の字を用いて緋熊=ヒグマとなったという説や、網で捕えるクマを表す〈羆〉という漢字をシクマあるいはシグマと呼んでいたものが訛ってヒグマとなったという説などが有るようです。ヒグマは褐色な一方、北米に生息するグレーのクマはグリズリーと呼ばれ、日本ではクマがたくさん出て大変だという話をカナダ在住の英会話講師にしたところ、グリズリーは時々見るけど、うちの近くに出ていたやつは熟して地面に落ち発酵したリンゴを食べまくって酔っ払っていたよとかわいいエピソードを共有してくれましたが、ヒグマの亜種であるグリズリーはそんなにほのぼのとした存在ではない筈と不思議に思いました。調べてみると、やはり果実を主に食べるのはアメリカグマと呼ばれるブラックベアで、こちらはくまのプーさんのモデルであるテディベアのそのまたモデルとされていて、かわいらしいイメージ通りで腑に落ちました。出会ってしまったブラックベアをグリズリーと間違えるのは百歩譲っていいけど、その逆は死を招くよといつかレッスンで当たったらアドバイスしてあげようと思います(汗)。ちなみに、荒々しくアザラシを食べる様などは極地の王者の風格すら漂うホッキョクグマは約15万年前にヒグマから進化した新しい種で、氷河期という環境圧が寒冷地で生息可能な種を生み出したということなのだそうです。温暖化が進む中で人間と共生できるクマへの進化が見られるのか、それとも極端な駆除によって絶滅の危機に瀕するのか、今後どうなるのかちょっと気がかりです。
さて本の紹介です。「シークレット・オブ・シークレッツ」(ダン・ブラウン著 KADOKAWA 上・下)は、「天使と悪魔」に始まるロバート・ラングドン教授シリーズ最新作で、前作「オリジン」から約7年半ぶりとなる刊行を楽しみにしておりましたので11月6日の発売当日に早速購入し、全800ページ超を数日で読了いたしました。「インフェルノ」でのパンデミック、「オリジン」でのAIなど、振り返ってみて改めて著者の先見性に驚愕する本シリーズですので、今回はどんな未来を見せてくれるのかと大変期待しながら読みました。今回の舞台はチェコのプラハで、なんとなくこの都市が醸し出す薄暗いイメージと冒頭のおどろおどろしい描写があいまって、ややオカルト寄りの展開かと勘繰ったのも束の間、物語が進むにつれ内容は徐々に科学的色彩を強め、最終的には我々がよく耳にする世界の不思議な現象に見事に説得力の有る解答を与えてくれる爽快感に興奮しました。英語版が刊行されてから翻訳版が出るまでの約2か月の間、情報漏洩を徹底的に防止するため訳者陣は厳しい缶詰環境での作業を強いられたようですが、その労に報いる意味でもネタバレをできるだけ避けようとすると内容について殆ど語れずもどかしい限りです。いつの間にかラングドン教授の恋人になっているキャサリン・ソロモン博士による人間の意識についての恐るべき発見と、その内容を詳述した著書の原稿をめぐって様々な謀り事が巡らされますが、〈人間の意識〉の仕組みやその本質については、過去にこのブログでも紹介した本の知識が理解に役立ちました。特に量子の振る舞いのニュートン・アインシュタイン物理学との不整合が予知と関連付けて語られているところや、なぜ天災が存在するのかの理屈が明示される部分などは読んでいて震えるほどの刺激でした(笑)。ただ、ここで描かれるような未来が近々実現すると考えるとそれはそれで恐ろしく、人間とは生命とはを問い直すという重い課題を生きているうちに突きつけられると思うと少し気が滅入りました(汗)。本シリーズの特徴であるラングドン教授のうんちくの数々は本作でもプラハの歴史や象徴学について存分に発揮されますが、他のシリーズ作との比較ではやや抑え気味のボリュームとなっており、知識の泉としての主役をソロモン博士に譲った感も若干有り、クライマックスの後の長めのエピローグ的な部分などこれまでとは違う構成も見られ著者の工夫を感じました。
「〈幕府〉の発見」(関幸彦著 講談社)では、我々が当たり前のように使っている〈幕府〉という用語は鎌倉から江戸に至る武家政権が続いている間は実はあまり使われておらず、江戸後期から明治、昭和にかけて、為政者の思惑や時代の雰囲気によって幅広い意味で使われるようになったと解説してあり、武家政権=幕府という図式を当たり前と捉えずっと思考停止してきた金次郎にとっては大変刺激的な内容でした。易姓革命論的に朝廷と武家政権を対立軸として捉える考え方においては、ある意味で〈調教された謀反勢力〉との位置づけに繋がる〈幕府〉という呼称は相容れないとか、逆に皇室を易姓革命の埒外に置く国学的な思想体系の中で敢えて後付け的に〈幕府〉の用語を定着させようとする企みなどについても解説してあり奥が深いと感じました。明治以降の脱亜入欧イニシアティブにおいて、武家政権を打倒した新政府が、欧州封建制における騎士団と対置される日本の武家を、地方あるいは民衆の躍進の象徴として位置付ける際に、入欧の基盤として過去の武家政権をリスペクトする必要を迫られたというアンビバレントさの記述は新しい視点で面白いと感じました。鎌倉政権が謀反政府から朝廷に取り込まれた存在になるまでの約10年という期間の中で、何を画期として鎌倉幕府の成立年とするか、すなわちイイハコVSイイクニ論争の背景とその深淵さの一端を垣間見た気分で新鮮でした。また、江戸幕府の15代将軍慶喜が朝廷の一部としての幕府を自認する方向に振り切れることで、大政奉還という〈名誉ある撤退〉の正当性を確保したという論理展開にも納得感が高かったです。小難しい言い回しが多く決して読み易い本ではないので積極的におすすめはしませんが(笑)、歴史に興味の有る方には興味深く読んでいただける本ではないかと思います。
約3年3か月の建て替え期間の休業を経て遂に人形町の老舗である親子丼で有名な玉ひでが11月から本格営業を再開しました!懐かしの行列が戻ってきた光景には感無量です。でも近所だと並んでまで食べる気分になかなかならず不義理しがちですみません(汗)。
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