金次郎、懐かしの東京西部在住時代を振り返る

1991年の3月末に故郷の福岡を離れ上京してから既に32年が経過してしまっていて、そのスピードに慄然としますが、今回は金次郎がこの32年間に住んできた場所について振り返ってみることにいたします。何度か書いておりますが、金次郎が東京暮らしをスタートさせたのは渋谷区笹塚という京王線沿線の町でした。

新宿にも渋谷にもアクセスの良い好立地ながら、銭湯なども有り下町の雰囲気が残る佇まいは、地方から出てきたばかりの田舎者が都会に順応するにはぴったりの環境だったと思います。そんな笹塚の思い出として、生まれて初めてバイトをした商店街のレンタルビデオ店(死語)に「俺は高木ブーだ。まるで高木ブーだ。俺は高木ブーだ。まるで高木ブーだよ。」で有名な筋肉少女帯の大槻ケンヂさんが現れたかと思い興奮したのも束の間、他人の空似と分かり落胆しそうになったものの、よく見てみるとそれが微妙に売れ始めの斉藤和義さんだと気づき二度興奮したのを鮮明に覚えています。また、時々通っていた京王線ガード下のラーメン屋台の店主が客の男に刺殺されるという痛ましい事件が発生し、東京ってやっぱり恐ろしいところだなと実感したことも印象に残っています。ところで笹塚というのはかつては甲州街道の一里塚が有ったことに由来する地名だそうで、確かに調べてみると日本橋から約12kmでちょうど三里となり、当然なのですがなんとなく計算がぴったり合った時のような嬉しい気分になりました。少し東の幡ヶ谷方面に行くと甲州街道と中野通りの交わるところにかつて牛窪と呼ばれていた場所が有りますが、こちらは江戸時代に極悪人を牛裂きの刑に処した窪地がその名の由来ということで、東京には事故物件も真っ青の恐ろしい場所がナチュラルに結構有るのも特徴かと思います。各街道から江戸に入る直前の場所は江戸でひと暴れしてやろうと目論む悪人達への見せしめのため、幕府が政策的に刑場を配置している場合が多いのですが、ここもその一例ですね。その後1992年3月に笹塚の学生ハイツを度重なる規則違反で突然追い出されたために、全くお金に余裕が無く徒歩かつ人力で引っ越しできる場所という極めて狭い選択肢の中から家を探すことになってしまい、第二居住地は笹塚の隣駅である代田橋近辺の世田谷区大原に落ち着くこととなりました。選べなかったので仕方が無いのですが墓場の裏というロケーションで3年間気分の良くない思いで過ごしたことを覚えております。ただ、その墓場は少し大きなお寺に併設されていて、夏の縁日にお寺の境内で信じられないほど場末な、テレビでは絶対お目にかかれないような昭和というより寧ろザ・戦後の雰囲気を残す大道芸人の技を見られたのは良い思い出です。そんなに広くないお寺の本堂の中を猛スピードで走り回る一輪車の芸を見たのは一種異様な体験でした。そういえば、ここでも当時住んでいたマンションから徒歩30秒のミスド代田橋駅前店で殺人事件が発生し、今にして思えば完全に名探偵コナンの江戸川コナンばりに、金次郎の行くところ事件有りの状態になっていて呪われ感に震えてしまいます。ちなみに代田橋はTVドラマSilentで話題となった世田谷代田の近所ですが、この代田(だいた)という地名は、その窪地の地形が大きな足跡に見えることから、巨人妖怪であるだいだらぼっちにちなんで名づけられたということで、昔の人の想像力も感じられて非常に興味深いです。その後大学を卒業した金次郎は第三居住地として会社の寮が有る東京都府中市に引っ越しました。色々な事情からすぐに別の寮に移ることになってしまったため、殺人事件には遭遇しませんでしたが(笑)、近隣に府中競馬場が有り、大学時代からはまっていた競馬好きに拍車がかかるきっかけにはなりました。府中近辺は、東京23区とは違った非常に大きな作りの街並みで、広大な武蔵野台地の地形を実感できるような場所であり、雰囲気もかなり田園的だったことから、初めて訪れた際はこれも東京か、と都心とのギャップに驚きつつ寮までの徒歩20分の道のりをふーふー言いながら歩いておりました。府中の地名の由来は律令制度が取り入れられた7世紀にまで遡るようで、現在の東京・埼玉・神奈川を合わせた領域に相当する武蔵国の国府が置かれたことが起源のようです。武蔵国に広がる武蔵野台地は海抜80mにもなり、高い建物が無かった江戸時代までは、この国府から広大な支配領域を睥睨できたのだろうなと思いを馳せるとなんだか雄大な気分になりました。もう25年以上足を運んでおりませんが、競馬のついでにでもまた訪れてみたいなとこれを書きながら思いました。意外と長くなってしまったので、この続きの東京東部編はまた別途どこかで書こうと思います。

読書ブログとしては著しく分量配分がおかしいですが、ようやく本の紹介です(笑)。「タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース」(窪美澄著 筑摩書房)では、都心ではあるものの、古ぼけてしまい不名誉にも自殺の名所となっている団地で姉と暮らす15歳のみかげが、母親に捨てられた心の傷と周囲の荒んだ雰囲気に影響され、次第に〈死〉というものに惹きつけられるところから物語が始まります。そんなみかげを〈生〉の世界に繋ぎ止めたのが、自称団地警備員の怪しげな老人ぜんじろう、夜学に通うようになって初めてできた友達でコミュ障の倉梯くんや在日コリアンのむーちゃん、そして文字通り献身的にみかげを支える姉の七海といった所謂〈社会的弱者〉達の思いである点に感動しますし、そんな思いに後押しされたみかげが少しずつ生来の純粋さを育み成長していく姿にも落涙を禁じ得ない良書だと思います。ネグレクトに加えて貧困や高齢化、いじめやヘイトなど社会課題を詰め込み過ぎとも思いましたが、普通に現代社会を描こうとするとデフォルトでこのぐらいの多重問題を取り上げる必要が有るのだと気づき悲しい気分となりました。

「20の古典で読み解く世界史」(本村凌二著 PHP研究所)は、ローマ史研究の大家である著者が「イリアス」、「オデュッセイア」、「デカメロン」、「神曲」、「ファウスト」、「ドン・キホーテ」「戦争と平和」など古典文学の名作を世界史的な視点で読み解き、5000年の人類の経験を自らの教養として活用するヒントをくれる素晴らしい内容でした。紹介される20作品の中には未読なものも複数有りましたし、既読のものも再読したい気分にさせられて、読書のモチベーションをぐんと上げてくれる一冊で、手に取って良かったと思う本でした。有名ではあるものの意外と読み通した人が少ない名作の筆頭は「カラマーゾフの兄弟」だと思いますが、同じく上位にランクされそうな「ドン・キホーテ」が未読であったことに気づき、様々な作品での引用頻度も高く気になっていたこともあり、GWにでも読んでみたいと思います。

「江戸の怪談がいかにして歌舞伎と落語の名作となったか」(櫻庭由紀子著 笠間書院)では「四谷怪談」、「皿屋敷」、「牡丹灯籠」、「累」といった〈江戸の四大怪談〉を中心に、元ネタや作品ごとの変化の過程と歌舞伎や落語に取り入れられた具体例、更にはそれらを受け入れた観客のニーズや社会背景などが解説されており非常に面白い志向の本となっています。「四谷怪談」のお岩さんは怪談界のトップスターですが、鶴屋南北による「東海道四谷怪談」の歌舞伎での初演は我が人形町に有った中村座で「仮名手本忠臣蔵」との二本立てだったそうです。忠臣蔵では四十七士が忠義を貫く様が描かれますが、四谷怪談では色狂の伊右衛門の悪行をはじめとして正義も忠義も無いおぞましい世界が描かれており、同じ役者に光と闇を演じさせる演出で観客にギャップを楽しんでもらう狙いだったようです。封建制度が破綻寸前となり、荒む一方の社会に対し人々が溜め込んだ鬱憤を、元ネタでは単に失踪して生死不明になっただけのお岩さんをパワーアップした復讐に燃える化物として暴れ回らせることで、少しでも晴らそうとした南北の思惑が透けて見えて面白いと思いました。

さて!次回のブログではいよいよ本屋大賞2023の予想を発表します!恒例である宿敵Mとの予想対決も勿論やりますので、ぜひご期待下さい。本屋大賞の発表は4月12日(水)となります。最近は緊張で夜も眠れません(笑)。


読書日記ランキング

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA