「二重らせん 欲望と喧噪のメディア」を読み、意外な日本のメディア王の存在を知る

早くも10月に入り、金次郎は毎年恒例の人間ドック前スイーツ断ち期間に入っております。ここしばらく中央区・江東区界隈を散歩した後のスイーツ購入というカロリーのマッチポンプ状態を続けておりましたので正直非常に苦しいです。ただ、緊急事態も解除となりこれから年末にかけてカロリーマッチマッチモードに入ると懸念されますので、ここでぐっとこらえて体重を落としておくのが50代目前のオヤジとして取るべき道と歯を食いしばって耐えております。

さて、気分を変えて本の話です。「二重らせん 欲望と喧噪のメディア」(中川一徳著 講談社)は1959年にそれぞれ民放第三局、第四局として誕生したフジテレビとテレビ朝日(旧日本教育テレビ→NETテレビ)が生み出すカネと利権を我がものにしようと激しい抗争を繰り広げた人々の栄枯盛衰の歴史を綴った迫力のノンフィクションです。

フジテレビは日本放送と文化放送、テレビ朝日は東映、日本経済新聞社そして旺文社などが中心となって設立されましたが、この本の前半では文化放送の経営にも関与していた旺文社の創業一族である赤尾家の野望とカネへの執着を中心に描かれます。

赤尾といえば、金次郎は父から譲り受けた「赤尾の豆単」で英単語を勉強した記憶がありますが、旺文社初代社長の赤尾好夫氏こそこの豆単の考案者であり、英検の創始者であり、8チャンネルと10チャンネル(現在は5チャンネル)をめぐる初期抗争の主役なのです。フジテレビの31.8%を保有する文化放送の過半数を持つことで、同51%の日本放送の最大株主とはいえ約13%と同社支配権を持たない鹿内家とフジテレビの支配を巡ってわたり合った好夫氏は、NETテレビの旺文社持ち分である21.4%も駆使してフジテレビ、テレビ朝日双方に多大な影響力を行使し続けました。複数の大手メディアにこの規模で支配権を行使し操った存在は本邦史上赤尾一族しかおらず、知られていませんが(少なくとも金次郎は全く無知でした)日本にもメディア王と呼べる人がいたんだな、と功罪は別として感慨深いものがありました。

教育関連企業でかつあくなき支配欲を持つというのはちょっとイメージにギャップがありますが、このギャップはカネへの執着が際立つ二代目社長の赤尾一夫氏時代にどんどん加速していきます。そもそもテレビ朝日は教育関連コンテンツを50%以上放送することを条件に設立されていて最初は辻褄が合っていたのに、経営不振からアニメや映画(東映が配給)も教養番組というこじつけで放映し始めたあたりからやや様子がおかしくなっていて面白いです。その後東映持ち分を朝日新聞社が引き取って系列下していく流れなのですが、朝日は朝日で村山家と上野家という二大株主による支配構造となっており、そちらについても細かく記載されていて興味深く読めました。

“「二重らせん 欲望と喧噪のメディア」を読み、意外な日本のメディア王の存在を知る” の続きを読む

村上春樹先生の第8長編「ねじまき鳥クロニクル」と第12長編「1Q84」を読む

急激に気温が下がり特に夜寝る際は暖かいふとんが恋しくなってまいりました。うちは狭いくせに保温効果があきらめきれず、非常にかさばる羽毛ふとんを使用しておりますが、かさばり対策としてクリーニング店の洗濯&保管サービスを活用しております。しかし、なぜだか異常にフレキシビリティに欠けるこのサービスはなんとふとんの返却時期を10月末か11月末、あるいは12月末の3オプションしか設定しておらず、9月末の時点で涼しさを感じてしまっている我々夫婦はあと球のユーザーに我々のふとんをレンタルして儲けているのではないかとの疑念すら抱いてしまいます(笑)。ちなみに羽毛ふとんはハイイロガンを品種改良したグース(ガチョウ)かマガモを品種改良したダック(アヒル)の軸のある羽根(フェザー)と軸の無い羽毛(ダウン)が詰め込まれたものですが、羽根や羽毛が大きいほど軽く保温性に優れているということで、ダックよりはグース、フェザーよりはダウンが高級品とされています。羽根ぶとんというのはフェザー比率が高いものでややお求めやすい価格になっていますね。グースの中でも卵を産ませるために厳選され、冬を越えて成長した個体すなわちマザーグースの羽毛(ダウン)比率の高い製品には結構びっくりする価格が付いているのをデパートなどで見かけますが、アイスランドのアイダーダックという保護されている水鳥の羽毛で作られる製品は軽さと羽毛のかぎ状の形状が生み出す保温効果から最高級品とされており、ふとんの西川でお値段を見ると驚きの462万円!となっていました。アイダーダックがひな鳥が巣立った後に放棄した巣の中にしきつめてある羽毛しか使えないので稀少なことは理解できるものの、それにしても高い。色々調べていて最高級品を奮発してやろうかとだんだん妄想が膨らんできていましたが、あっさり撃沈して1ヵ月寒さに耐えることといたします。

今回はやや前段を軽めに終え、ちょっとヘビーめに本の感想を紹介することといたします。英会話の先生とのフリートークの話題にもし易いので、このところ調子に乗って読んでいる村上春樹作品ですが、先ずは第8長編の「ねじまき鳥クロニクル」(新潮社 )です。妻と二人、普通の生活を送っているように見えた失業中の岡田徹の人生の歯車が、飼い猫がいなくなったことが合図であったかのように少しずつ狂い始め、遂には愛する妻さえも突然失踪してしまう、という感じでスタートする物語は、なかなかストーリーの流れを捉えるのが難しく、渦に巻き込まれるような気分で読み進めさせられる作品です。場面は東京のあちこち、北陸のカツラ工場、大戦中の満州、はたまた村上作品ではお約束の井戸の中から繋がる異世界と飛びまくり、加納まるた・クレタ姉妹、赤坂ナツメグ・シナモン親子、気持ち悪い議員秘書の牛川をはじめキャラの強い登場人物多数で、相変わらず渦の中ではあるものの次第に物語に引き込まれていきます。春樹作品の例に漏れずしっかりと意味不明ではありますが、それぞれの人間存在は自らの認識によって構築された世界の中で、自分固有のエンジン(ねじまき鳥)により他者とは異なる時空で駆動させられていて、他者に対する認識というものは常に不確かで不安定なものである、そしてそれは総体としての歴史についても言えることである、というようなことがおっしゃりたいのではないかと感じました。自分の文章ですが読み返してみて意味不明ですね、すみません(笑)。最近頭髪ネタは許容されない方向となっておりますが、銀座でのかつら調査のアルバイトの件りは村上作品には珍しくくすっと笑える一幕で気に入りました。どこかの解説に、この「ねじまき鳥~」の原稿を推敲する中で大幅に削除された部分が第7長編である「国境の南、太陽の西」(講談社)のベースとなったとありましたが、一体どこにどういう形で組み込まれていたのか非常に気になるところです。

“村上春樹先生の第8長編「ねじまき鳥クロニクル」と第12長編「1Q84」を読む” の続きを読む

金次郎、妻と共に隅田川に架かる橋を渡る

最近は健康増進の目的で妻と共に家の近所をよく散歩しています。この地域に越してきてからもう15年になりますが、まだまだ歩いたことの無い路地がたくさんあったり、少し歩いているうちに意外な町に辿り着いていたりと結構新しい発見が多くて楽しいです。散歩ルートとしてはやはり近くを流れる隅田川近辺が解放感が有り、両岸に隅田川テラスも整備されていて歩きやすいのでよく行きますが、気合を入れて歩く際は隅田川に架かっている橋を渡ってどんどん進み、疲れてしまって帰りは地下鉄、ということもよく有ります(笑)。隅田川にはたくさんの橋が架かっていて、その日の気分と体調でどの橋を目指すかを相談するのですが、ちょっと我が家から徒歩圏内の橋について整理して書いてみたいと思います。興味の無い方には恐縮です。

上流から行きますと、中央区日本橋馬喰長で川を渡る浅草橋は隅田川でなく神田川に架かっており、この橋もよく渡るのですが今回は除外。ちなみに神田川は井の頭恩賜公園の井の頭池が源流でこの浅草橋を越えた直後に隅田川と合流して終わる全長24.6kmの一級河川です。井の頭池も小さくはないですが、神田川は水量も多いので枯れずに水をたたえ続けているのが不思議ではあります。

さて、先ず最初は新大橋(170メートル)です。中央区日本橋浜町から橋を渡ると江東区森下で新しいマンション群に混じって昭和っぽいお店も立ち並んでいて懐かしい雰囲気のエリアです。先日歩いた際は清澄通りとの交差点にある町の鶏から揚げ屋さんで買い食いをしてテンション上がりました。その次の橋は清洲橋(186メートル)になります。中央区日本橋中洲と江東区清澄を結ぶ橋であり、なんと清澄と中洲からそれぞれ一文字ずつ取って清洲橋というネーミングになったようです。てっきり織田信長の清洲城と関係が有るのかと思っていましたが、よく考えるとそんな筈無いですね。清洲橋の中央区側の袂は「白鳥とコウモリ」(東野圭吾著)の殺人現場となっており(笑)、一方で江東区側の袂にはケーキ店アンテノールの工場が甘いニオイを振りまいていて、デパ地下などで買える通常のケーキに加え、規格外製品を安く売っていてオトクです。少し歩くと四季の移ろいを感じられる清澄庭園も有り風情が楽しめます。その次の橋は人形町通りから水天宮の交差点を越えた先の隅田川大橋(385メートル)で東岸は中央区日本橋箱崎町、西岸は江東区佐賀となります。橋の上層部は高速道路になっていて全体の構造も大きく橋長も他の橋と比較して長めで、高さも有って非常に見晴らしの良い立派な橋です。橋の両側に有る歩道も広くて歩きやすいので散歩ルートには好適でお気に入りの橋です。

更に下流に進むと永代橋(185メートル)で、中央区新川と江東区佐賀/永代を繋いでおり、その名に由来する永代通りが通っています。オリンピック期間中は五輪色にライトアップされていて写真を撮っている人が結構いました。直木賞作の「星落ちて、なお」(澤田瞳子著)に豪商鹿嶋家当主鹿嶋清兵衛の本宅が有ったということで永代橋の袂の描写がよく出てきていたのを思い出しました。江東区側は門前仲町で商店街には謎の演歌が流れるなど、森下同様昭和の雰囲気が残る地域になっています。次は中央大橋(211メートル)で、八重洲通を通しており、東岸は中央区新川、西岸は中央区佃となり、ここから両岸共に中央区となっています。なんと隅田川はフランスのセーヌ川と友好河川になっているようで、1993年に中央大橋が竣工した際に当時パリ市長であったジャック・シラク氏(のちに大統領)より記念の彫像が贈られたとのことです。今度探してみよう。ここから先はちょっと徒歩では辿り着けない距離なのですが、次は佃大橋(476メートル)となり、隅田川右岸は北が中央区湊、南が中央区明石町、左岸は中央区佃、南が中央区月島となります。近辺は高低差が大きく、東京マラソンの難所の一つともなっています。そして、勝鬨橋(246メートル)、築地大橋(245メートル)と続いています。折角なのでいつかこれらの橋も徒歩で渡って制覇してみよう。

“金次郎、妻と共に隅田川に架かる橋を渡る” の続きを読む

知念実希人先生の最高傑作ミステリー「硝子の塔の殺人」を堪能

今週定期健診で大学病院へ行った際に、次々と呼ばれる患者さんの名前を聞いていて、最近気づいた歴史についての情けない認識違いを思い出したのでそれについて書こうと思います。

その誤解とは、明治時代まで武家や公家、一部の有力農民を除いて日本人には名字が無かったというものです。なんとなく、そのように歴史の授業で習ったとの記憶をそのまま無批判に受け入れていたのですが、それが事実だとすると、明治になって一斉に人口の大半を占める農民が名乗り始めた名字の、一説には30万種有るとされる多様性に説明がつきません。

また、いかに日本最強の一族とはいえ公家であり人数的には限られている藤原氏関連の名字とされる佐藤さん、伊藤さん、加藤さんなどが名字ランキング上位に入るのはやはりおかしく、ボリュームゾーンを構成すると思われる農業関連とおぼしき小田さんとか山田さん、上田さんなどが日本中に溢れているはずです。

以前よりこの点は若干気になってはいたのですが、とりあえず名字ランキングワンツーを占める佐藤さん、鈴木さんについては、佐藤さんは「藤」原氏を補「佐」したことに由来するので数が多い、鈴木さんは、鈴木=ススキ、で稲穂や農機具に由来しており、よって農民層が明治になってこぞって鈴木姓を名乗った、との勝手な整理でぎりぎり辻褄が有っているということにして深掘りせずに済ませてしまっておりました。

ところが、ふと思い立ち調べてみると、佐藤さんは藤原氏そのものが左衛門尉などの官職名や佐渡や佐野などの任地名と合わせて名乗ったものとされていて、鈴木さんは稲穂に神が宿った状態を表すススキ(=鈴木)に由来していて熊野神社とその分社に関連する人々が名乗った名字とあり(本家は稲穂を積み上げた様子を表す穂積さんだそうです)、だいぶニュアンスが違っていることが分かりよく調べなかったことを反省しました。ちなみに伊藤さんは伊勢の藤原氏、加藤さんは加賀の藤原氏というのがその由来だそうです。

ただ、由来が明らかになっても、依然多数を占めている名字と農民の関係がいまひとつ整合的でないので、これは、もしかしてそもそもの前提がおかしいのではないかと思い更に調べてみると、やはり明治になるまで一部の特権階級を除いて日本人に名字が無かったわけではなく、名字的なものはあったがそれを公に名乗ることが許されていなかった、というのが正しいと分かり、間違っていたのは恥ずかしかったものの、ようやくすっきりと納得することができました。

(しかも禁止されていたのは1801~1870年の69年間のみでした!)

その名字的なものは、自らの領民の一部に領主が自分と同じ名字を名乗ることを許す習慣や、佐藤荘の太郎のように荘園名+名前で呼称していたものの荘園名の部分が名字化するなどのプロセスを通じて定着していったようで、荘園時代にその原型が構築されたとすると、佐藤さんや伊藤さんの上位進出も頷けます。ちなみにランキング上位の高橋さんは神様の世界に繋がる高い梯子に由来しており、大きくくくると鈴木さんと同じ成り立ちになるようです。

この大きな構造に、細かい地名や職業に由来する少数名字が加わって30万種を構成しているのだと思いますが、鍛冶屋を表すSmithさん、粉屋のMillerさん、仕立て屋のTaylorさん、目や髪が茶色でBrownさん、のような職業や見た目重視の名字が多い英米との違いを感じます。Johnsonさん(Johnの息子)、Jonesさん(Johnの息子)、Williamsさん(Williamの息子)、Davisさん(Davidの息子)、Wilsonさん(Williamの息子)のように~の息子を意味する父称が名字になっているのも欧米の特徴で、これはヒョードルビッチやイワノビッチでお馴染みのロシアの父称と同じ構造ですね。

“知念実希人先生の最高傑作ミステリー「硝子の塔の殺人」を堪能” の続きを読む

「灯火親しむべし」の読書の秋に文学女子に本を紹介

このところ突然めっきり涼しくなり、あっという間に夏から秋に季節が変わったことに慌てて、買ったのに着ていない半袖Tシャツをファッションショーのように次々と着用してそそくさと散歩に出たりしております。いつになったら制約無く外出できるようになるのか不透明な中、短い秋のために今年は秋服をどれだけ買うべきか、本当に悩ましい。

秋といえば、「○○の秋」が浮かびますが、いくつかアンケート結果をみてみると圧倒的に支持されているのが「食欲の秋」で日本人の6割以上が先ずはこれをイメージするようです。それに続くのが紅葉、行楽、実り、芸術、スポーツなどですが、「読書の秋」もバラつきは有るものの2位とか4位には食い込んでいます。そもそもなぜ読書の秋かというと、まとまった時間の取れる秋の夜長に、季節が良くなって高まった集中力を以て読書しましょう、ということのようで、8世紀中国の韓愈という人の符読書城南詩という漢詩に由来しており、「灯火親しむべし」(秋は夜が長くなったので明かりをともして読書にいそしもう)という句があるそうです。

ということで、突然秋になったので突然ではありますが、恒例の文学女子への本の紹介企画読書の秋編をやろうと思います。まぁ金次郎も読書の弟子の文学女子ABさん(中2)も本の虫ですので、盛夏だろうが秋だろうが正月だろうが本は読むわけですが(笑)。この企画もなんと第8弾となりますが、小学生から中学生となり、中2の夏も越えて成長するにつれ読書の趣味もどんどん変わっていると思われる弟子たちのニーズに応えられているか相当不安では有ります。また、この企画で紹介した本、ブログに載せた本、E美容師に紹介して美容室図書として並んでいる本を合わせるとかなりの量になるので、自分でも正直どの本が紹介済みなのかについてやや混乱してしまっているところもありますが、とりあえず開き直って面白かった本を以下に並べてみようと思います。

(最近のバックナンバーはこちら)

いつの間にか読書の秋が始まり、慌てて文学女子に本を紹介

文学女子とその母上に冬休みにじっくり読める本を紹介

金次郎、文学女子に緊急事態GWを楽しく過ごすための本を紹介

【文学女子ABさんへの2021秋の紹介本10選】

「琥珀の夏」(辻村深月著 文芸春秋):辻村先生の最新長編である本作は、大人がいかに子供と向き合うべきかという答えの無いテーマに挑んだなかなかに考えさせられる作品です。内容はやや重いですが、著者にしては珍しく子供の視点が中心の作品なので、ABさんは金次郎とは違う読み方をするのではないかと期待を込めて推薦しました。作中に登場する幼稚園児が大人過ぎると思うのですが、イマドキの園児はそんな感じなのでしょうか?

「白いしるし」(西加奈子著 新潮社):少し大人の恋愛小説ですが、芸術家同士の恋愛の感性が鋭過ぎてもはや異次元の世界の話であり、よく理解できないという意味では金次郎も中学生も同レベルかと思います(笑)。そんなにお互いの気持ちを分析しまくって、やたらと言葉にしてしまったら辛くてたまらなくなると思うのですが、どんなに傷ついても目の前の現実を魂で感じて自分なりのやり方で表現するのが芸術家の業なのだとしたら本当に凡人でよかったなと思います(笑)。

「砂漠」(伊坂幸太郎著 実業之日本社):金次郎が最初に読んだ伊坂作品であり、今に至るまでずっと一番好きな伊坂作品であり続けている本作は、5人の大学生の成長を描いた青春小説です。社会という砂漠を目前にした大学生の不安定な心の内を理解するのは中学生にはやや難易度高いようにも思いますが、とにかくぶれない西嶋の生き様など心に残る場面の多い名作です。

“「灯火親しむべし」の読書の秋に文学女子に本を紹介” の続きを読む

投稿前半のよもやま話を書きながらさくらももこ先生の凄さを思い知る

コロナ禍の生活でずっと出社もせず家からのリモートワークを継続している環境では、相変わらずブログに書く新ネタが生まれてまいりません。ということで、もう人生終わりなの?と思ってしまうほど、走馬灯に映る昔の記憶を振り返ってここで書き留めることが増えていますが、今回もそんなお話です。

金次郎の実家が福岡ということで、その昔会社の同期と九州縦断ドライブ旅行を企画したことがありました。その旅程は、羽田→鹿児島、福岡→羽田の航空券のみ購入し、鹿児島からレンタカーでいきあたりばったりに北進し実家のある福岡市南区を目指すというラフなものでした。GW期間中という日程であり、無計画過ぎることに一抹の不安を抱えつつも、20代後半の忙しい盛りでもあり、仕事にかまけ二人ともほぼノー準備で鹿児島空港に降り立つこととなりました。同行した同期のTはオシャレで拘りの強い人物でしたが、よく見ると金次郎よりだいぶ大荷物を抱え、重そうにそれを持ち運んでいました。その荷物について尋ねたところ、自分の好きなイケてる音楽を聴きながらドライブしたいと、当時はまだメジャーであった媒体のCDを大量に持参してきたとの説明でした。彼が滔々と語った旅の青写真は、カッコいい外車をレンタカーし(できればオープンカー)、最高の音楽を鳴らしつつ、ナンパなどにも挑戦しながら、九州を縦横無尽に荒らしまわる、という魅力的な(?)もので、20代で血気盛んであった金次郎も一も二もなくそのワイルドなプランに賛同しました。もともと宮崎でゴルフをすることは予定されていて楽しみでしたし、ついでにバブルの遺産シーガイアにも行こう、鹿児島では砂蒸し風呂の指宿温泉を訪問し特産の黒豚トンカツを食べよう、熊本ではこむらさきのラーメンを食べよう、などと夢は膨らみ二人のテンションは最高潮となりました。さて、そんな二人が鹿児島市内は女性比率が高くて楽しい、などと呑気に会話しながら辿り着いたレンタカー店で悲劇は起こりました。

金&T:「すみません、外車のレンタカーを見せてもらえますか。」

店員:「外車はご用意がございません。」

金&T:「それは残念ですが仕方が無いのでイケてる国産高級車をお願いします。」

店員:「あいにくGWで立て込んでおりご用意するのが難しい状況です。」

金&T:「普通の車でいいので空いている車でお願いします。」

店員:「大変申し上げにくいのですが、予約がいっぱいでご用意がございません。」

金&T:「そこをなんとかなりませんか。」

店員:「有るには有るのですがご要望に沿えるかどうか。。。」

そんなやり取りを経て提示された車とは、なんと、自動車から見栄えやステイタスという要素を徹底的にそぎ落とし、まさに我々の求めるスペックと対極の存在ともいえる、カローラライトバン!緑ナンバーの商用車で明らかにこのレンタカー店の営業用の車としか思えぬ薄汚れたたたずまいにしばし呆然としました。革命的なコンセプトの変化に直面し、二人で大変葛藤しましたが、他に選択肢が無いということで、自分たちの準備不足を呪いつつ苦渋の決断で加齢臭の漂うそのカローラライトバンをレンタルさせていただくこととしたのでした。

読者のみなさん、そうです、もうお気づきとは思いますが、そんな究極のビジネスライク車には当然の如くイケてるオーディオシステムは搭載されておらず、CDはおろかFMラジオすら聴くことができず、悲しい二人の青年は大量のCDをライトバン後部に収納し(収納は広い)、AMラジオから流れるワイドショー的なトークや歌謡曲・演歌などを聞きながら九州珍道中に向かうこととなりました。我々は完全に営業の人となり、当然ナンパなどはもってのほかという状況でしたが(涙)、一つだけメリットがあったのは、商用車ゆえに当時はどこにでも自由自在に路駐可能であったという点で、GWで混雑していた熊本の市内観光においては大変威力を発揮しましたし、喜入の巨大な原油タンクを見に行った際も風景の中に自然と溶け込むことができ、若干留飲を下げられたのはせめてもの救いでした。みなさん、旅行の前にはしっかり下調べや予約をするなど準備を怠らないようにしましょう(苦笑)。

“投稿前半のよもやま話を書きながらさくらももこ先生の凄さを思い知る” の続きを読む

金次郎、「アンダーグラウンド」(村上春樹著)のリアルと自らの無知に驚愕する

8月といえば帰省の季節です。コロナ禍のため金次郎は故郷福岡にしばらく帰れておりません。先日中山七里先生の人気シリーズである御子柴弁護士ものの最新刊「復讐の協奏曲」(講談社)を読んだ際に、主人公御子柴の故郷が金次郎と同じ福岡市南区で、いつも使っていた西鉄大牟田線の大橋駅が頻繁に出てきたために、郷愁の思いが募りました。

帰省して父親や妹家族と会うのは勿論楽しみではあるのですが、懐かしい地元フードを食べるのがやはり重要なイベントですので、郷愁ついでに今回は金次郎が帰省したら絶対に食べたい福岡の地元グルメをご紹介させていただきます。

先ずは何と言っても吉塚うなぎ屋ですね。ふっくらと蒸してある上品な東京のうなぎも良いのですが、やはり西日本のパリッと焼いた上に若干ジャンキーな甘しょっぱいタレをたっぷりかけた蒲焼は最高です。そんな中でもこの店のうなぎは群を抜いて美味でコロナ前は中国人観光客が押しかけて入店が相当困難だったようです。今なら予約も取れるのにコロナのせいで帰省できない・・・、なんとも忸怩たる思いです。ただこれを書くためにネットを観たらお取り寄せ可能とのことなので、ちょっと妻と交渉してみようと思います。ちなみに東京ではひつまぶし名古屋備長で比較的近い味が楽しめます。

次に帰省したら確実に食べたいものが回転焼き(東京では今川焼)の蜂楽饅頭です。亡くなった母が若い頃に西新本店でよく食べていたそうなので歴史は相当古いこのお店は、たかが回転焼きと侮れぬ信じられないクオリティの美味スイーツです。皮も旨いし黒あんも白あんも甲乙つけがたい旨さです。金次郎家ではいつも東京に戻る直前に天神岩田屋店で数十個を購入し(黒あんと白あんの比率をどうするかでいつも10分程悩みます)、腕がちぎれそうになりながら有り得ない回転焼き臭をただよわせつつそれらを飛行機内に持ち込み、羽田到着後は脇目も振らずに自宅に戻り即行で冷凍保存にします。そうするとレンジで表を1分、裏を0.5分チンすることでかなりしばらくこの美味を楽しめるという幸福な時間が続きます。冷凍庫のキャパを食いつぶしてしまうためにその他の冷凍食品はあまり入らなくなってしまいますが(笑)。

最近行けていないので味がどうなっているか未確認ですが、機会が有れば食べたいのが一九ラーメン老司本店です。実家の近所ということもあり、とにかく上京するまでの十数年間食べ続けたお店で、濃厚なとんこつスープ、真っ直ぐな細麺と白ごまのバランスが最高の一品だと思います。こうして書いていると耐えられない程食べたくなってきました(涙)。

あと、あまりにもジャンクなソースと脂マヨネーズのかたまり過ぎて、妻からダメ出しをされるケースが殆どですが、やはりソウルフードとしてお好み焼きのふきやは外せないと思います。確かに美味しいかどうかは賛否の分かれるところかとは思いますが、若かりし頃の舌の記憶がどうしてもあの味を求めてしまいます。あー食べたい。しかも大橋店できてる!

“金次郎、「アンダーグラウンド」(村上春樹著)のリアルと自らの無知に驚愕する” の続きを読む

金次郎、アイドル山P並みにアメリカにかぶれアメリカ史関連書籍を読み漁る

ほとんど外出も外食もしておらず、本当にここに書くネタに欠乏している今日この頃ですが、こんな時には昔の記憶を搾りに搾ってネタを見つけるしかないということで、時代を40年ほど遡って小学生時代の金次郎の悲しいストーリーを披露することにします。別に最初から読書の話でいいんですけど、と言われそうですが、今回は特に後半の読書関連の内容が固くなりそうなので柔らかいお話に少しお付き合い下さい。飲み会などでたまに話しているので、またそのパンツの話か、と眉をひそめておられる読者もいらっしゃるかと思いますがどうかご容赦下さい。

あれは忘れもしない小学3年生の夏、水泳の授業の後の着替えが終わった直後の出来事でした。当時水泳は2クラス合同で行われ、男子と女子に分かれて着替えを行っておりました。ちょうど男子が着替え終わった金次郎少年のクラスに女子がぞろぞろと戻って来たタイミングで、教室の床にポツンと落ちている男子用ブリーフパンツが発見されました。当時非常にお調子者であった金次郎少年は、チャンス到来とばかりにすかさずそのパンツを拾い上げ、男女を問わずその辺りにいた級友たちに投げつけ始めました。当然教室は阿鼻叫喚の騒ぎとなり、金次郎少年は事件の中心人物となったことに非常に悦に入り満足な状態となりました。小3ながらこざかしいことに、そのカオスを演出する前に、そのパンツが万が一にも自分のものであってはならぬと、きっちり自らの水泳バッグの中身をチラ見し、水泳の前にはいていた白いパンツが正しく収納されていることを瞬時に確認し、パンツを落とした愚か者を嘲りつつ一点の曇りもない気持ちでパンツ投げにしばらく興じておりました。

10分ほど経過したところに激怒した担任の先生が登場し、教室は一気にお通夜ムードとなり、うつむく生徒、怒る担任、その担任の前の教卓におかれた白いパンツ、というシュールな構図となり無言で数分の時間が流れました。その後担任からパンツを投げることの罪についてひとしきり説教をされ、「君たちはなぜパンツを投げるのか。」との本質を衝く問いかけに、生徒たちは反省の沈黙状態に。そして、その沈黙を破り担任が「そもそもこれは誰のパンツだ。」と当然の疑問を投げかけますが、この状況では流石に名乗り出られないのか誰もパンツの所有権を主張しません。担任に促されるままに生徒全員が改めて自らの持ち物を確認することとなりましたが、それでも持ち主は判明せず、沈鬱な雰囲気はなおも続きました。既に確認済みということで周囲の観察に集中していた金次郎少年でしたが、何もしないのも怪しいということで、形式的に水泳バッグの中身を改めるふりだけすることに。当然そこには既に目視済みのはきかえた白いパンツが、白い、白い?、白い水泳キャップがひっそりと鎮座していたのでした!

そうです、なんと、金次郎少年は丁寧に確認することなく、水泳バッグの中の白色の存在を、実はキャップであったそれを、拙速にパンツと勘違いし、自らのパンツを投げ散らかして教室を阿鼻叫喚のカオスの渦に叩き込んだ、信じられない変態小僧となってしまった自分に驚愕することとなったのです。

試験でマークシートの記入が一段ずれていたのを見つけた時も、業務上大きな損失の危機に見舞われた時も、個人的な内容のメールを顧客のグループアドレス宛に誤って送信したと気づいた時でさえも、あの9歳の夏に経験した頭の中が真っ白になるパニック状態とは比較すべくもなく、あんな恐ろしい体験をしてよくちゃんと大人になれたなと自分をほめてあげたいと心から思います(笑)。

その後、有り得ないことに金次郎少年は、パンツを失くして母親に怒られる怖さと、パンツを取り戻すべく名乗り出て変態の誹りを受ける不名誉を量りにかけ、結果おずおずと小さな手を挙げパンツを取り戻す選択をしました。その後の記憶は完全に欠落していますが、よほど母親が怖かったのだな、と思う一方、厳しい躾が金次郎少年を正直者に育ててくれたのだとすると感謝せねばならない、とも思います。できればお調子者にならぬよう躾てほしかった。。。

“金次郎、アイドル山P並みにアメリカにかぶれアメリカ史関連書籍を読み漁る” の続きを読む

金次郎、なぜ相撲がオリンピック種目になれなかったかに興味を持つ

心の狭い金次郎はオリンピック陸上男子4×100mリレーのバトン失敗を観て、あやうく本も読まずに23時まで長々と待ったのに・・・、と思ってしまうところでしたが、佐藤多佳子先生のノンフィクション作品である「夏から夏へ」(集英社)で2007年大阪世界陸上での塚原・末次・高平・朝原の同種目でのアジア新記録樹立のドラマを感動しつつ読んでいたため敬意をもってメンバーに拍手を送ることができました。ちなみに金次郎は見た目が第三走者の桐生選手に似ているようで、同じマンションに住むおじいさんからよく「桐生くん、速かったね。」などと声を掛けられ、複雑な思いを脳内で交錯させた後に「あざっす。」と返答したりしております(笑)。

そんなオリンピックも閉会し、パラリンピックが始まるまで一休みという感じですが、様々な必ずしもメジャーとはいえない競技がオリンピック種目となっているのを観て、せっかく東京開催だったのにどうして相撲は正式種目にならなかったんだろうと思い、今更ながらネットで少し調べてみました。

やはり正式種目を目指す活動は存在しているようで、その主体となる国際相撲連盟(International Sumo Federation)という組織もちゃんとあり、そのISFの下で世界相撲選手権、世界女子相撲選手権もそれぞれ定期的に開催されていて、男女両方で実施できることというIOCの基準も充足しているように見えます。ではどうして正式種目になれないかといいますと(東京大会は追加種目の1次書類選考で落選)、色々な理由が考えられますが、①恐らく競技人口が絶望的に少ない、②IOCがこのところ推奨しているプロ選手、すなわち日本では大相撲、参加のハードルが高い、③そして何より相撲を最も推すべき日本が金メダルを取れるか微妙なので国を挙げて相撲をよろしくという雰囲気にならない、という感じかと思います。①については、世界での相撲競技人口は分かりませんが、例えば日本の高校生の部活データではサッカー、野球、バスケが20人に1人、バドミントン、陸上、テニス、バレーボールが30人に1人程度の規模である一方、ややマイナーな弓道が50人に1人、水泳が100人に1人、柔道が150人に1人であるのに対し、なんと相撲は4000人に1人と圧倒的に少ないのが現状です。勿論部活という意味では300人に1人しかいない空手が世界競技人口では7000万人とされ同130万人にすぎない柔道をはるかに凌駕しているケースもあり一概にはいえないものの、相撲がこれに当てはまるとも思えず道は険しそうな感じです。②もアマチュア選手ならいざしらず、日本古来の神事の担い手たるべき力士がグローバルに標準化された格闘技としてのSumo競技の場に参加するということになると相当な議論を惹起するでしょうし、そういう国技としての大相撲の文化的意義もさることながら、絵柄的にちょんまげの人が普通の髪型の人と闘うイメージも湧きません。また、③とも関係しますが、結構モンゴルに金メダルを持っていかれる懸念もあり、やはり難しいか、というところですね。アマチュアが参加する世界選手権でもかなり外国人に優勝をさらわれていると知りやや残念な気分となりました。開催国推薦枠が使える次回の日本開催はまた50年ぐらい先になると思いますので、それまでにこれらの課題が解決できるのか、微かに注目していきたいと思います。もしかしたら30年後ぐらいにウランバートルオリンピックが開催され、晴れて正式種目入りというシナリオも有るかも?

“金次郎、なぜ相撲がオリンピック種目になれなかったかに興味を持つ” の続きを読む

金次郎、ワクチン副反応に苦しみつつ「白鳥とコウモリ」(東野圭吾著)を読む

実に成人の75%が37.5℃以上の発熱をするとされる恐怖のモデルナワクチン2回目接種がとうとうやってきました。このブログでも書きましたが、7月1日に受けた1回目接種で早くも副反応の洗礼を受けた金次郎は戦々恐々としつつ当日とぼとぼと会社に向かいました。会社では、既に2回目接種後副反応が出た同僚の話がちらほら聞かれ、そうしている間にも近くに座っていた前日接種を受けた後輩が悪寒を発症するなど緊迫感は高まります。自分は副反応体質と諦めて翌日は休暇を取得しつつも25%の確率に望みをつないで7月29日(木)14時45分に無事接種を完了しました。

前回は接種後に若干運動してしまったのがまずかったかと今回は運動も控え、腕の腫れもたいしたことなく、当日は何事も無く、選ばれし25%に入ったかと期待しつつ普通に9時頃就寝いたしました。しかし、翌朝5時頃目覚めてみると、残念ながら身体の背中側というか後ろ半分に認めざるを得ない違和感を確認し、確率はウソをつかないと思い知り絶望的な気分になりました。その後の経過は以下の通りです。今後2回目を受けられる方の心の準備に役立てばと思います。

7月30日(金)午前7時(接種後約16時間):体温は37.4℃。まだ辛いというほどではないものの身体の後ろ半分に痛み有り、軽い全身倦怠感。若干の食欲減退で朝食はいつもの半分程度しか食べられず。

午前10時(接種後約19時間):体温は38.3℃。体温の上昇が始まり、背中、腰、ふくらはぎの痛みが悪化、頭はまだ働いておりぎりぎり読書は可能な状況。血迷って「白鳥とコウモリ」(東野圭吾著 幻冬舎)を読み始める。ポカリやOS-1を飲むために起き上がるのも一苦労。

午後0時(接種後約21時間):体温は38.2℃。昼食は全く取れず、とにかく全身倦怠感と痛みがピークの辛さ。さすがに読書はもう無理でひたすら横になっている状態が継続。何より眠れないのが辛く、当然寝ている間にいつの間にか回復する、という奇跡は起こらず。ダンゴ虫のように丸まって耐える。

午後4時(接種後約25時間):体温は38.7℃。少し発汗し一瞬楽になったと思い喜んで体温を測ったところこの最高体温を見て唖然とする。その後身体が急激に重くなり全く力が入らずダウン。しかるべき筋で言われている接種後24時間がピークという情報を実感する時間帯。

午後6時(接種後約27時間):体温は38.7℃。まだ身体がだるく起き上がるのも厳しい状況。うっすら聞こえる6時のNHKニュースがいつまでも終わらない、時間が経過しないもやもやする感覚。インフルエンザ感染の際に時間の流れが遅く感じるのと同じ症状で脈拍が速くなることと関係していると思われる。NHKニュース7が始まったところで意識が途切れる。

午後10時(接種後約31時間):体温は37.4℃。午後7時頃からようやくまとまった睡眠が取れ、起きてみると身体がかなり楽になっていて非常に嬉しい。急激な回復と同時にワクチン接種完了による強い達成感と万能感有り。30分おきに体温は37.1℃、36.9℃、36.6℃とみるみる低下。調子に乗って12時まで読書した後就寝。翌朝起きた段階ではほぼ完治しており万能感継続。

普通の病気と違う点は、終わりがはっきり見えているところで、精神力の弱い金次郎もそういう状況なら頑張れることを実感しました。ブログでありのままの症状を紹介するためにあえて解熱剤を服用しなかった金次郎は真面目なのかアホなのか。。。ちなみに妻はまさに金次郎が苦しんでいるその日にファイザーの2回目接種を完了し、しっかり翌日に自身初の副反応を経験していました。体温は38.3℃程度まで上がったようですが、我が家ではモデルナの方が副反応は重篤という結果となりました。

“金次郎、ワクチン副反応に苦しみつつ「白鳥とコウモリ」(東野圭吾著)を読む” の続きを読む

金次郎、遂に「孔子」(井上靖著)の壁を越える

アメリカ人の英会話の先生が、あの日本人のスモールガールは凄い、リスペクトだ、アンビリーバブルだ、と激賞しているので、それはいったい誰のことかと思ってよく聞いてみると、スケートボードの13歳金メダリストのもみちゃんこと西矢椛選手のことでした。何故そんなに肩入れしているのかと聞くと、アメリカ人は子供の頃からみなスケボーをやっている、どの通りでも公園でもみなスケボーしかやっていないぐらいの勢いだ、スケボーばかり20年も30年もやっている人もざらにいる中でたった13年しか生きておらず当然スケボー歴も圧倒的に短い筈のしかも日本人の西矢選手が金を取るのは有り得ないほどすごいことなんだ、とのこと。アメリカ人ってそんなにスケボーばかりやってるのか、と若干の違和感は覚えつつも、本場の人がそう言うのだからそうなのだろうと納得し、ちょっとスケボーがオリンピック種目ってどうなの、と思っていた認識を改め、もみちゃんスゴイ!と心からの賞賛を送ることとしました。珍しいお名前だと思い調べてみると、椛は樺(カバ)のつくりの華を同じ読みの花に変化させて作られた〈国字〉という日本独自の漢字で本場中国には存在しないそうで、なんと2004年に人名として使えるようになったばかりとのこと。もみちゃんは2007年8月30日生まれですので、ご両親の新しいものを取り入れる姿勢が素晴らしいと変なところで感心しつつ、目新しいのにDQN的な印象にならないのも素敵だなと思いました。

ところで、アメリカ人発言について改めて考えてみると、20年も30年もスケボーばかりやっている人の日本代表が恐らくパワーワードで話題のNHKの中継でスケボー解説を務めた瀬尻稜さんということになるのだと気づきちょっと笑えました。正統な日本語の最後の砦であるNHKであまりにも自由に繰り出される、ゴン攻め、びたびたにはまっている、鬼やばい、との異次元のワードチョイスは、スケボーと一体化する達人の境地で得た身体感覚をニュートラルに素直に言語化する力なのだなと感心し妙に納得しました。邪念無く素直な心で一つのことに継続的に取り組むことの奥深さを感じたスケボー競技でしたが、一点だけ付け加えると、もみちゃんは、ごん攻め、について聞かれ、どういうことか分かりません、と答えたそうで、やはり素晴らしいと思いました(笑)。

本題の本の話ですが、今回は「孔子」(井上靖著 新潮社)の紹介です。高校生の頃、書店に並ぶ重厚なたたずまいのこの本を目にして、自分にはまだこれを読みこなす力量が備わっていないと勝手に怖気づき、父親が購入して机上にあったものも見ないふりをして、その後読書からも遠ざかってしまい手に取る機会が無かったのですが、今に至るまで心のどこかにずっと引っかかっている本でした。この10年ほどはかなり大量の本を読んでいたわけで、本来はすかさず読了してもおかしくなかったのですが、やはりなんとなく気おされて読めずにいた金次郎にとっての〈大人の壁〉となっていたこの名著を遂に読むことができました。きっかけは、ネットで聞いていたBBCラジオで井上先生の芥川賞作である「闘牛」(新潮社)の英訳版「Bull Fight」が朗読されているのを聞いて井上靖著作リストで「闘牛」を眺めていた際にたまたま「孔子」が目に入り、なんとなく今でしょ、と思ったという他愛ないものでしたが、読後感はちょっと運命的な感じでした。

“金次郎、遂に「孔子」(井上靖著)の壁を越える” の続きを読む

金次郎、佐藤正午作品にはまりつつ英語スラングに興味を持つ

まともな英語もおぼつかないのに、英会話の授業や教材ではスラングや省略語が題材になることがそれなりにあります。外国人のインスタやFBを観たり、SMSでの会話を頻繁にしているとそういった表現に触れる機会が増えて慣れるのでしょうが、金次郎は引きこもって本ばかり読んでいるためになかなか上手く使いこなすことができません。ということで今回はよく出てくる英語の省略語を中心に(正確か自信無いですが)紹介してみたいと思います。

先ずは王道のOMG。これは説明するまでもなくoh my god!の略ですが、日本人にはどういう場面で使うのが適切かイマイチよく分からない言葉ではありますね。ちょっと似た感じの軽い表現にSMH=shaking my headがあります。これは頭を左右に振って、やれやれ、あきれた、などの気持ちを表す言葉ですね。ジョジョ的に言うなら、「SMHだぜ。」となります。

こういう表現はSNS上のカジュアルなやり取りで使われることが多く、結果として友達関連の語彙が多くなります。メジャーなものではBFF=best friend foreverで一番の親友、があり、略語ではないですがFAMも大親友を意味します。最近の流行ではbefore anyone elseの略で、大親友や最愛の人を意味するBAE(読み方はベイ)もよく使われているようです。これもしかして間違ってバエとローマ字読みした日本人がいて、それがインスタ映えのバエと繋がって普及しているのだろうか、と一瞬邪推しました。あ、ちなみにSNSという言葉は日本でしか通用せず、海外ではほぼsocial mediaという表現で統一されているとの話です。英会話の授業ではこのSNSが伝わらずかなり困った記憶があります。

我々の業界ではIMOといえばInternational Maritime Organization(国際海事機関)ですが、スラング界ではin my opinionすなわち、私の考えでは、個人的には、というような意味で使われます。もう少しびびっておずおずと言い出す場合は、謙虚のhumbleをつけて、IMHO=in my humble opinionと切り出すようです。外国人は自分の意見をとにかく主張する、と刷り込まれてきた我々世代には、外国人のそういうおずおず感は俄かにはピンと来ませんが。

最近は(笑)と使うと即オジサン扱いのようですが、だいたいそんな意味で用いられているのがLOL。これはlaughing out loudの略でloudという言葉から連想する爆笑のイメージよりは(笑)に近い感覚で使われるようです。もう少し爆笑的な表現がROFLで、これはrolling on the floor laughingの略となり直訳すると笑いながら床を転げまわる、となりニュアンスは伝わるかと思います。なんと、このROFLはroflとして通常の英単語化しているようで、愉しみながら時間が過ぎている様子を表すようですね。just rofling on You-Tubeみたいな感じでしょうか。

ネットっぽい表現ではIRLというのがよく使われていて、これはin real lifeでネット上でないリアルな生活では、という意味になります。またハッシュタグでも使われているのがTBTで、これはthraw back Thursdayの略で過去を回想する際の用語で、昔の写真などと一緒に記載されますね。

ばらばらと書いてしまいましたが、この他にもJKは女子高生ではなく冗談だよのjust kidding、be right backですぐ戻るを意味するBRB、すごい!のgreatはGR8(あまり省略されてない)、I don’t knowはIDK、let me knowはLMKなどなど無数に有ります。若者しか使ってはいけない言葉のようですが、金次郎はYOLOが気に入ったのでどこかでこの表現を使いたいと思います。You only live once(人生一度きり)。

“金次郎、佐藤正午作品にはまりつつ英語スラングに興味を持つ” の続きを読む

「寿司屋のかみさん さよなら大将」を読み、改めて会ったことの無い大将を偲ぶ

前回のブログでワクチン接種副反応について書いたところ、複数の方からご心配のメッセージをいただきました。どうもありがとうございます。一般に出回っているデータ通り約2日経過後は若干胃の違和感が残っている以外はすっかり回復いたしました。これから2発目に向けメンタルを整えていきたいと思います(涙)。

「寿司屋のかみさん」シリーズを読んで2019年12月に高校時代の友人と東中野の寿司の名店である名登利寿司を訪問した話はこのブログを始めた頃に書きましたが、最新刊「寿司屋のかみさん さよなら大将」(佐川芳枝著 講談社)が出ていたので読んでみました。もうあのお店でお寿司をいただいてから1年7か月も経っているのかと思うと恐ろしいですが、うかがった際もエッセイの中で大変魅力的にいい味を出されていた初代大将が前年に亡くなったと聞き、本シリーズを愛読し過ぎてすっかり知り合い気分になっていたためとても悲しい気持ちになったのを改めて思い出す、大将とのお別れを中心に綴られている一冊です。

いつもの日常が突然奪われる当惑、闘病中の家族の不安と負担、大将の職人魂、亡くなった後の喪失感、が淡々とした文章から伝わってきて、寂しくてたまらないけど大将のことを書いて思い出を形に残そうという著者である女将さんの強い思いが溢れています。そして、これを書けるようになるまでにはたくさんの気持ちを整理されたのだと思いますが、その辿り着いた前向きさが読者にも伝わるからなのか、ただ悲嘆にくれるというのではなくて、寧ろこのコロナ禍に立ち向かおうという元気をもらえるほっこりとした読後感で何かと刺々しいこのご時世におすすめの本でもあります。季節の移り変わりと共に旬のタネを提供し続けるというお寿司屋さんの営みが否応も無く気持ちを前に向かせる部分はあるのかな、と少し思いました。

勿論、常連さんを中心としたお客さんとの関りも大きな力になっていて、金次郎も早くワクチン接種を終わらせて末席ながらその輪に加わりたいと意を強くいたしました。ただ、故橋本元首相が「寿司屋のかみさん」シリーズを読んで読者カードはがきを送ったのをきっかけに通い始め、その後常連になったとのエピソードが紹介されており、若輩者の常連への道は果てしなく遠く険しいですが。。。お店のHPを見ると緊急事態宣言下でも頑張って営業されているようなので、前回また来ますと言ってお店を出たのを有言実行すべく、できればシンコがある間に伺いたいところです。これを書いていると有り得ないほどお寿司が食べたくなり非常に辛いです(笑)。

“「寿司屋のかみさん さよなら大将」を読み、改めて会ったことの無い大将を偲ぶ” の続きを読む

金次郎、ワクチンの副反応にやや苦しむ

いよいよ職域接種も本格的に始まり、金次郎も7月1日の14時に会社でモデルナ製ワクチンの1回目接種を受けました。当日は体温、体調共に全く問題無く、お昼に同僚とかつ丼を食べやる気満々で接種に臨みました。利き腕でない左手のかなり上の方に注射するということで、当日は推奨の半袖Tシャツで出社し、キャプつばの日向くんのように袖をまくり上げて待機。ガチ日向くんにするためには、左右両方の袖をくるくると折り上げてノースリーブ状態にまで持っていく必要があり、金次郎はやる気だったのですが、それは不要ですと一緒にいた後輩にたしなめられるというお恥ずかしいやる気の空回りとなりました。

接種そのものはほとんど痛みも無く、アナフィラキシー確認の15分も無事終了して業務に復帰、夕方から夜にかけても左腕が軽くピリピリするぐらいの症状しかなく、いつもの踏み台昇降運動も少しやってワクチン恐れるに足らずと勝ち誇って就寝しました。

2日目(7月2日)も午前中はやや眠かったものの、もはや持病である不眠症による睡眠負債と判断し普通に家で仕事をしていましたが、接種からちょうど丸一日経過したあたりから眠気がひどくなり頭が全く働かない状態となります。

どうしようも無いので、やむを得ず1時間ほど仮眠をすることにしたのですが、そこそこ熟睡したにも関わらずその後も眠気は取れず、昼に食べたおむすびも消化できないほど胃が硬直した感じのもやもや感に苦しみ、加えて接種した左腕の筋肉痛は増すばかり、ということで、これはまさか?副反応なの?という悲しい状態に陥ってしまいました。

結局その日は運動はおろか、食欲も湧かず、本も1ページも読めずブログも書けぬまま、夕食も抜きで午後7時に就寝。そして、うまく眠れず午後10時頃覚醒した際には37.5度の発熱と全身倦怠感という状態に。そこから浅い眠りと覚醒を繰り返し、全身の不快な鈍痛に耐えながら3日目の7月3日土曜日を迎えますが、午前中は引き続き症状全部乗せの状態で何も手につかず、お昼にパンを少し食べられるようになったあたりから徐々に回復し、だいたい接種後54時間程度経過したその日の夜には若干の頭痛と肩の痛みを残して他の症状はほぼ解消し漸く普通の生活に戻ることができました。

Twitterからの情報で自称ワクチン博士となっている妻によると、モデルナの1回目接種で発熱する人は4%だそうで、不運を嘆くと共に2回目を受けるのがやや怖くなりました。1回目と2回目の副反応は独立事象であるとの博士コメントを信じつつ、面倒なので予め接種翌日はお休みを取った上で、びびりながら運命の2回目接種に望むことにしたいと思います。皆さんの参考になるかと思いややだらだらと書いてしまい失礼しました。

“金次郎、ワクチンの副反応にやや苦しむ” の続きを読む

いま読書界で噂の「スモールワールズ」(一穂ミチ著)を読み感想を紹介

 

仕事はオンライン中心のご時世となり、金次郎の会社ではMicrosoft Teamsを使ったコミュニケーションが急速に普及していますが、そんな中やたらと使われるようになった言葉にメンションがあります。勿論英語の~の名を挙げるという意味のmentionからきておりますが、なんとなくカタカナで表記すると情けない感じになるなと思っているのは金次郎だけでしょうか。

さて、このメンションと切っても切れないのがご存知@(アットマーク)です。これまではメールアドレス上や@渋谷のような形で場所を表す意味で使われたり、金次郎@悲しいや金次郎@陸上部のように状態や所属団体を表したり、また、(@o@)のように絵文字でつぶらな瞳を表現するというのがメインだったように思います。更に、面白いところでは、@30分、@5人のように〈あと〉の代わりに制限の意味でつかわれたり、@=なると=なるほど、ということで〈なるほど〉の代わりに使われたりもするそうです。

そんな@ですが、今やチームにメンションで@Team、Aさんにメンションで@Aさんのように使う機会も急増し、非常に頻繁に使う記号に成長していることから当然万国共通だろうと思い込み、何かのはずみで英会話の講師に対して使ってみたところアットマークではちょっと通じていない雰囲気でした。まさかと思い調べてみると、なんとこの記号の正式名称はcommercial at(コマーシャルアット)またはat sign(アットサイン)というそうで、英語圏ではat symbol(アットシンボル)と呼ばれることもあるようです!しかも、他の国では、以下のような全く違う呼ばれ方をしているとのことで、@はどう観ても誰が見てもアットマークだろう、と信じて疑わなかった金次郎は目からウロコの発見でした。しかし、思い込みとは恐ろしい。

@の呼称:かたつむり(イタリア語)、エスペラント(ウクライナ語)、サザエ(朝鮮語)、ねずみ(台湾の中国語)、小さな犬(ロシア語)、ゆれる猿(オランダ語)、猿の尻尾(ドイツ語)、ミャウ(猫の鳴き声(フィンランド語)、シナモンロール(スウェーデン語)

Adという言葉が合体して@になった説をはじめ、由来には諸説あるようですが、一般には16世紀から普及し始めたと言われている、古いような新しいようなこの記号@について、引き続き注目していこうと思います。というか、新しい使い方を考えてみました。@驚く(あっとおどろく)、@u間(あっというま)、な@う(なっとう)、などどうでしょう。ただのオヤジギャグですね(笑)。

さて、予告通り今回は直木賞候補作であり、早くも本屋大賞2022での上位進出が噂される「スモールワールズ」(一穂ミチ著 講談社)を紹介します。連作短編というほどではないのですが、微妙に関係する六つのお話が世間は狭い=スモールワールズ的な感じで展開していきます。どれも力作なので、珍しく1話ずつ観て行くことにします。

“いま読書界で噂の「スモールワールズ」(一穂ミチ著)を読み感想を紹介” の続きを読む

金次郎、佐藤優先生に刺激され高校時代を回想する

先輩に薦められ佐藤優先生の「国家の罠:外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社)を読もうとしていたのに、以前紹介した「十五の夏」の影響か手が滑り「友情について 僕と豊島昭彦君の44年」(講談社)を読みました。佐藤先生の浦和高校時代以来の親友である豊島昭彦さんが膵臓ガンで余命宣告されたことを契機に編まれた、言ってしまえば〈市井の人〉の来し方を描いたこの本は、その出版に至る経緯も影響しているのかもしれませんが、山あり谷ありの人生を投げ出さずに、自分の生きた証を刻むべく地に足を付けて日々の生活を送ることの大切さを実感させられる、50歳目前の金次郎の心にずっしりと響く内容でした。豊島さんの日債銀の破綻からあおぞら銀行での苦労や転職先のゆうちょ銀行での不遇の記述を読み、自分の環境は恵まれているなと感謝しつつ、それに甘えていることへの自覚と反省を新たにする良い機会ともなりました。でも、若い人にはちょっと実感が持てない内容かもしれないですね。人生の証を刻むことに加え仕事以外の生活を充実させることの大事さが作中で語られていますが、そういう意味ではこのブログもちっぽけではありますが、書き続けていて良かったなと思いました。これからも頑張ります。

ところで作中に佐藤先生と豊島さんとの浦和高校時代のエピソードについての回想が頻出するのですが、よくこんなに高校時代の出来事を覚えているなぁと感心しました。と言うのも、金次郎は高校時代の友人に会うたびに、自己中、周囲に興味が無かった、傍若無人、などと辛辣に非難されがちで(冗談交じり、と信じたい)、身に覚えはないものの本人も高校時代の記憶が曖昧なために、そんな筈は断じてない、と言い張ることもできず、とにかくすみませんでしたとよく覚えてもいないかつての自分の言動に謝罪することしきりであり、そんな自分と比較しての感心というわけです。

そこで、現代にネタが非常に乏しい金次郎として、今回は佐藤優ばりに高校時代の記憶を掘り起こして書いてみることにします。

しかし、いざ書こうとすると、入試、合格発表、入学式と一応経験した筈なのに全く記憶が無く、なんとなく校歌や応援歌、学校伝統の体操などを異常に練習させられたことを覚えている程度です。あ、その後応援団に入れと先輩から強要(?)され、泣きながら当時所属していた陸上部の先輩に断ってくれと頼んだ意味不明の記憶がいま蘇りました(笑)。学年10クラスのうち1年の時は1-7組で共学なのに男子クラス(ちなみに3年間男子クラス)、ちょっと癖のある字を書かれる国語のS先生が担任をされていたことは覚えているものの、そういうざっくりとした枠組み以外のディテイルが記憶障害のように思い出せません(苦笑)。

“金次郎、佐藤優先生に刺激され高校時代を回想する” の続きを読む

金次郎、「世界標準の経営理論」でビジネス気分(後編)

先日ある先輩の壮行会を開催しようということで、かつてよく集まって騒いでいたメンバーと久々に初のオンライン飲み会という試みで再会しました。相変わらずのバカ話の連続で、その内容は当然ここで共有できる代物ではございませんが、皆でゲラゲラとしつつ楽しく時は流れました。

しかし、お腹を抱えて笑いつつも、なんとなく一抹の違和感がずっと払拭できず、色々とその理由を考えて辿り着いた答えが、参加者Aさんの得意技であるおやじギャグすなわちダジャレが全く聞こえてこないという事実でした。

以前のAさんは、5分に一度程度は脈絡が有るもの無いもの、面白いものそうでないもの、直ぐに分かるもの完全にスルーしてしまうもの、などなど玉石混交ではあるものの非常に多彩かつ臨機応変なダジャレをその会合の通奏低音よろしく奏で続けるまさにダジャレのファンタジスタだったのですが、今回は15分経過しても30分が経っても一言のダジャレも放ちません。

ようやくその違和感の原因に気づいた我々は、体調でも悪いのかとAさんにその変容の理由を尋ねたのですが、Aさんの返答は「ダジャレはねぇ、もう無理なんだよ。」という哀愁漂うものでした。

よくよく背景を聞いてみると、リモートワークが導入されたこの1年は、ダジャレがもたらす場の空気感のリアルな変化を鋭敏にかぎ取りながら、独自のダジャレ世界を構築するスタイルのダジャレファンタジスタAさんにとっては、まさに地獄の日々だったそうです。

どういうことかと言うと、リモートワークあるあるではあるのですが、接続不良による言い直し、ダジャレ発言に対する真剣な質問、場が凍ったのかPCがフリーズしたのか判断できないもどかしさ、などダジャレ使いにとっては恐怖以外の何物でもない多くの不運を経験してしまったAさんは次第に心をすり減らし、遂には我々の会話にテンポと緊張感、そして何よりたくさんの笑いを提供してくれたあのダジャレを封印するに至ったとのことでした。オンライン許すまじ!

金次郎は意外とリモートワークには順応し、それなりに楽しく大過無く仕事もプライベートもオンラインでこなしているつもりでしたが、ようやく人生のスパイスたるユーモアを我々からいつの間にか奪うこのオンライン生活の恐ろしさを実感し、とにかく元のリアル面談、リアル飲み会生活に早く戻りたいと切実に願った瞬間でした。そう考え始めると、オンラインに蝕まれて自分がすごく口下手、トーク下手になってしまったのではないかというネガティブな気持ちが膨らんでくるから恐ろしい。読者の方で金次郎を直接ご存知の方は「トークまだまだいけますよ。」と嘘でも言って慰めてあげて下さい(笑)。

“金次郎、「世界標準の経営理論」でビジネス気分(後編)” の続きを読む

金次郎、「世界標準の経営理論」でビジネス気分(前編)

このブログを始めて約1年半、投稿数も100件を超え、意外と飽きずに読んで下さる方もいらっしゃって、ネタ切れの恐怖に怯えつつもどうにか細々と続けられております。皆さまどうもありがとうございます。

こんなブログをやっているんです、と知り合いに披露していると、以前にも少し触れたかもしれませんが、どうやって読む本を選んでいるのかとの質問を受けることが多いので、今回は改めてその辺りについてまとめてみようと思います。

先ずはやはり売れ筋チェックということで、①読書メーターの週間・月間ランキングを常に確認して上位に入っている本をじっくり眺める、が基本です。読書メーターは自分の読んだ本を登録して読書記録がつけられるサイトですが、入力がちょっと面倒くさいのでそちらの機能は使わずにもっぱらランキング確認目的で見ております。5年前ぐらいまでは文芸書をあまり読んでおらずその重要性を感じていませんでしたが、本屋大賞予想を始めてしまった頃から逆にこちらが気になって仕方がありません。完全にキャラ変です。

そして、気に入っていつも観ているのが②TBS王様のブランチのBOOKコーナーです。毎週土曜日の11:20頃から、LiLiCoさんの映画コーナーの後に始まる同コーナーは小特集、ランキング、特集という三部構成になっていることが多く、有名作家が出演する機会も結構あるので、なかなかに充実しています。よく出演されるクレイジーサヤカで有名な「コンビニ人間」の村田沙耶香先生がしゃべっているのを見ると、やはりアチャーと思いますが楽しいですね。後に本屋大賞で上位に進出することになる作品を先見の明で紹介していることも多くチェック必須の番組となります。写真集やグルメ本などが小特集で取り上げられると若干がっかりの気分になりますが、気づけば毎週欠かさず見ているバラエティ番組はこのブランチと木曜日TBSのプレバト俳句コーナーだけとなっているテレビ離れぶりです(笑)。

あとは、③日本最大級のオーディオブックサイトであるAudiobook.jpの新刊とランキングは定期的にチェックするようにしています。ちょっと他のランキングと趣が違うので面白いと思っています。ビジネス書が結構多いのが特徴です。その他には、④気になる作家の本を集中して読む、⑤興味の有るキーワードで検索して引っかかった本を読みまくる、⑥本の最後にだいたい載っている参考文献を読み漁ってその分野を深掘りする、⑦書評家と呼ばれる人々の紹介コーナーを見る(杉江松恋さん・松井ゆかりさんなど)、⑧読書好きな友人から紹介を受ける、⑨文学賞のノミネート作・受賞作を読む、という具合でしょうか。

そこに最近情報ソースとして加わってきたのが、⑩Twitterの読書好き界隈から情報を得る、です。トランプがアカウントを凍結されたちょうど半年前ぐらいからやり始め、全くTwitter界のプロトコルが分からず今でも勉強中ですが、なかなかの情報量な上に、どうやら読書好きの皆さんのコミュニティは、時には激しいやり取りが繰り広げられると聞き及ぶ他の界隈と違い、のんびり寛容な文化のようで金次郎のような初心者にも優しく「いいね」を気軽にくれたりして心が安らぎます。読書垢の皆さんが書いている#名詞代わりの小説10選、は結構面白く参考になりますし、自分のツイートにも#読了、#読書好き、#読書好きと繋がりたい、などのタグを付けると有用というのがようやく分かってきて、感想つぶやきも少しずつ楽しくなっております。ただ、140字で題名、著者名、上記タグと併せて感想を書くのは非常に難易度が高く、結果推敲に推敲を重ねたツイートとなり、単なるつぶやきとは思えぬ堅苦し過ぎる仕上がりになってしまい、ちょっと浮いているなと悲しくなることも多々有ります(苦笑)。あれ、いつの間にか情報収集でなくツイートがメインになってしまってますね(笑)。沼にはまらぬよう気を付けます。

その他には、非常に邪道で全くなんのお役にも立たないと思いますが、⑪読書冊数を稼ぐためにシリーズ化作品の文庫版を読む、という意味不明なもの、あまり新聞を読んでいないのでたまにということで⑫新聞の書評欄を参考にする、というぐらいでしょうか。皆さんの本選びの参考になればと思いますが、とりあえずこのアフター4読書を読んでおいてもらえれば、そんな①~⑫のエッセンスが堪能できる仕組みになっている、との手前味噌アピールでした(笑)。

“金次郎、「世界標準の経営理論」でビジネス気分(前編)” の続きを読む

ディストピア小説「日没」は桐野夏生版の「1984年」!

英会話の授業の中で使うマテリアルとして、日々のニュースを題材とするものがあるのですが、通常は読むことの無い海外のニュースを見ていると結構心に引っかかる内容のものがあります。

例えば、小学生のクラスでの人気は生まれ月が早ければ早いほど高い、という薄々気づいていたもののはっきり言わないでよと思う統計データの紹介などです(笑)。愛想が良くて良心的に振る舞う生徒に教師がより高い成績を付ける傾向が強い、という微妙な研究結果の紹介もその類ですね。ちなみにそのニュース内ではナルシストの生徒は嫌われ者だが成績が良い傾向にある、とも書かれていてちょっと笑いました。

また、ルーマニアでは小説「吸血鬼ドラキュラ」の舞台となった古城がワクチン接種センターとなり、吸血鬼デザインのユニフォームを着た医療従事者がワクチンを打ってくれる上に、城内にある〈拷問部屋〉に無料で入れる特典までついているようです。わりとシュールで好きですが、そんなことでワクチン接種が喚起される気は全くしませんね(笑)。

このように基本的には気にはなるけど役には立たないトリビア的なものが殆どで、どうやってニュースを選定しているのかの方が寧ろ気になりますが、時々面白いものもあります。

中国では、今年1月から離婚届を二度提出するシステムが導入されたようで、一時提出後30日経過した時点で二次提出をしてreconfirmをしないと離婚が無効になる仕組みになっているとのこと。面白いのはなんとこの〈クーリングオフ〉制度を導入して以降離婚数が72%も減少したとのデータで、これまで離婚がいかに感情の勢いで実行されていたかが分かって興味深いです。冷静に考える時間が持てて良かった、というポジティブな意見がある一方で、生き地獄が30日余分に続いただけ、という悲しいコメントも紹介されていて悲喜こもごもの様子がうかがえますね。中国政府は最近権力集中=独裁の度を強めていますので、こういう制度ができるということは政府が離婚を望んでいないのではないか、という忖度から離婚数が減少した、と考えるのは穿った見方過ぎるでしょうか。

最後にもう一つ、米国アラバマ州では保守的キリスト教徒の反対により長らく公立学校でヨガを取り入れることが禁止されていたとのことです。最近はマインドフルネスの流行もあり、健康に良くストレス解消にもなるヨガが漸く取り入れられるようになったものの、エクササイズの名将は全て英語とする、〈オーム〉や〈ナマステ〉などの言葉を使ってはいけない、親はヨガがヒンドゥー教の一部であることを理解していることを示す文書に署名する必要がある、催眠術や宗教的トレーニングなどをヨガのクラスに含めることはできない、などのおよそ理解に苦しむ規則の順守が義務付けられているそうで、米国のかなりの部分の人が宗教的保守派層に属していることを改めて実感させられる情報でした。

上にも書いたように、中国はジョージ・オーウェルの「1984年」的なビッグブラザー国家に向かっている気がしてなりませんが、まさに「1984年」を彷彿とさせるディストピア小説を読んだので紹介します。その本とは桐野夏生先生の「日没」(岩波書店)です。金次郎は読書初心者の頃、大変申し訳ないことに桐野先生を勝手にオジサンだと思い込み、「路上のX」(朝日新聞出版)を読んだ際に、なんでオジサンがJKの気持ちを不安定さとか未熟さとか真っ直ぐさとか含めて、こんなに鮮やかにリアルにぎりぎりの筆致で描けるのだろうと驚愕してしまっておりましたが、後になって女性だったと知り恥ずかしいというか、あの驚きを返してくれという気分になったのが第一印象です(苦笑)。その後、直樹賞作の「柔らかな頬」(講談社)も読み、人間の弱さの表現に改めて感服すると共に、結果的に共感しづらい嫌な奴がたくさん登場し、読後になんとも言えない気分になる桐野作品の傾向もしっかりと理解しました。

“ディストピア小説「日没」は桐野夏生版の「1984年」!” の続きを読む

金次郎、2010年に48歳で早逝された民俗学ミステリーの鬼才北森鴻先生を偲ぶ

最近歯医者さんにお世話になる機会があり、その後お決まりコースの歯のクリーニングとなりました。そんな中で感じた違和感が、歯科衛生士さんにより何度も繰り返される「あいてください」というフレーズ。口を開けなければ治療はできないので、合図は別にどんな言葉でも良いのですが、さすがに「あいてください」は違うんじゃないのと気になって気持ちよい筈のクリーニングに全く集中できません。

そもそも「あいて=開いて」は「開く」というさ行五段活用動詞の連用形「開い」に接続助詞(補助)である「て」が連なっている形で、「開く」は自動詞なので、「あいてください」で省略されている「開いて」の主語は「口」ということになります。つまりこの歯科衛生士の方は、金次郎の「口」に向かって開けゴマ的に「あいてください」と指示を出している構図になっており、いやいや「口」に指示を出すのは持ち主たる金次郎なので、先ずはこちらに話を通して下さいよ、という気分になります(笑)。

正解としては、「金次郎さん、お口をあけて下さい」の省略形である「あけてください」だと思うのですが、よく考えると主語である金次郎の顔面はタオルで覆われており、タオルに向かってお願いするのもなんなので、表に出ている「口」さんに「あいてよ」とお願いしたくなるのもちょっと分かるような分からぬような。ちなみに「あける=開ける」はか行下一段活用動詞(他動詞)である「開ける」の連用形+「て」ということになります。

もしかしてだけど(♪ドブロック)、衛生士の方のマニュアルには「ひらいて=開いて」を使い「金次郎さん、お口を開いてください」と記載されていたものを読み違えて「あいてください」になってしまったのか、とも一瞬思いましたが、「口をひらく」となるとどちらかというとしゃべることを意識した口開けの意味が強くなり、「心をひらいて」とか「手術で胸をひらく」のような意志をともなう状況を叙述する表現と思われ、やはりただの覚え間違いかな、と非常にどうでもいい結論に到達してしまいました(苦笑)。以前のブログでご紹介した、内館先生のようなちょっとややこしいうるさ型にならぬよう気を付けねば。

さて今回は、非常に残念ながら11年前に48歳の若さ(現在の金次郎と同じ歳)で早逝された民俗学ミステリーの鬼才北森鴻先生の代表作である蓮丈那智フィールドファイルシリーズについて紹介します。

「凶笑面」「触身仏」「写楽・考」「邪馬台」「天鬼越」(いずれも新潮社)の5作から成るこのシリーズは、孤高の民族学者である蓮丈那智が助手の内藤三國と共に、古くからのしきたりに関連して日本中で発生する事件を民俗学的な視点と膨大な知識で解決に導くというお話が多数収められている作品群です。記紀にはじまり、習俗や宗教、中国の史書にいたる広範な知識を自由自在に組み合わせて納得感の高いストーリーを構成する北森先生の博覧強記ぶりとクリエイティビティには畏敬の念すら感じます。特に繰り返し出てくるモチーフのたたら(=製鉄業)を鉄器(=軍事力)という観点から列島内の支配階層と結びつけて、製鉄民族の移動(燃料である木材を使い果たすため)と支配体制の推移を関連付ける考え方には非常に腹落ち感が有りました。

“金次郎、2010年に48歳で早逝された民俗学ミステリーの鬼才北森鴻先生を偲ぶ” の続きを読む