文学女子とその母上に冬休みにじっくり読める本を紹介

金次郎はカラオケ好き&時には歳を忘れてロックバンドのライブに行く程度の音楽趣味で全く高尚な感じではないのですが、10年以上前にふと手に取った〈澤野工房〉という聞き慣れないレーベルのジャズアルバムが気に入って何枚か買い集めたり、そのアーティストの渋谷でのコンサートに夫婦で行ったりしていました。そこで見た主催者の澤野さんは、ごく短いスピーチの間にもそのジャズへの情熱とお人柄が滲み出る、大変魅力的な方だなと強く印象に残っていました。ここのところ読書三昧で音楽もあまり聴けておらず、コンサートにも足を運べていなかったのですが、「澤野工房物語 下駄屋が始めたジャズレーベル 大阪・新世界から世界へ」(澤野由明著 DU BOOKS)という澤野さんの活動を綴った本を見つけて読んでみて、100年以上続く下駄屋の四代目である澤野さんが、ジャズ好きが高じて〈聴きたいものが売っていなければ自分で作る〉の精神で自らのレーベルを立ち上げるまでのいきさつや、アルバム全体を一つの作品として髪の毛から足の裏まで全身で音楽を聴いて味わって欲しい、というジャズへの熱い思いに触れ、純粋に感動したこともあり、客席からとはいえ同じ空気を共有した親近感も手伝って、またCDを買って聴きたいなという気分になりました。

広告無し、ストリーミング無し、ベスト盤無し、とお金儲けセオリーとは真逆のやり方を貫いて、徹底的に品質に拘る澤野さんの信念が世界中のアーティストや顧客に確りと評価される様子は、現代の多様化を極める消費者マーケティングで生き残る一つの型を体現していると思います。残存者利益で下駄屋が盛り返してきている、というのも面白い。

さて、まだお会いしたことは有りませんが、このブログを支えてくれている弟子の文学女子ABさんに読書の秋以来の本の紹介です。先日、学校の先生から綿矢りさ作品を読みましょうとの課題が出たとのコメントを頂きましたので、簡単に「蹴りたい背中」(河出書房新社)、「手のひらの京」(新潮社)、「ひらいて」(新潮社)、「憤死」(河出書房新社)をコメント欄で紹介しましたが、今回は更に選りすぐりの5作品を捻りだしました。既に美容室図書館経由で読まれたと思うのでリストに入れていませんが、「和菓子のアン」(坂木司著 光文社)もきっと好みの方向ではないかと思います。

【文学女子ABさんへのおすすめ本5選】

「同姓同名」(下村敦史著 幻冬舎):下村先生ご自身が最高傑作と胸を張るこの作品は、ミステリーなので殆ど内容を紹介できないのが残念ですが、〈大山正紀〉が犯罪者となり、その実名がネット上で公開されてしまったことにより、同姓同名のたくさんの〈大山正紀〉たちが様々な迷惑を被った上に、より深刻な事件に巻き込まれて行く過程を、ミスリードやどんでん返し満載で描いた一気読み間違い無しの内容となっています。道尾先生ファンのABさんはきっと気に入ってくれると信じて選びました。SNSの怖さやネット情報に対する向き合い方についても考えさせられる社会派なところも下村先生らしさが出ています。とにかく〈大山正紀〉だらけなので登場人物の区別に混乱するかと思いましたが、団子っ鼻の〈大山正紀〉、中肉中背の〈大山正紀〉などの表現で全く問題無しでした。Eさんに紹介しておいたので、じきに美容室図書館に並ぶと思います。

「滅びの前のシャングリラ」(凪良ゆう著 中央公論新社):つい先日このブログでも紹介しましたが、どんな絶望を前にしても、小さな希望の光を糧にして人は変われるし前向きにもなれる、という思春期の皆さまにはぴったりのメッセージの作品ではないかと思い選出しました。凄惨な場面をあまり感じさせないユーモアの妙にも注目して読んでもらえればと思います。全くキャラは違いますが、主人公のお母さんが「さよなら、田中さん」ばりにエッジが立っていて個人的には好みです。

◆「新世界より」(貴志祐介著 講談社 上巻巻):読むべき本ランキングでも上位常連のこの本は、SF冒険小説としてハラハラしながら一気に読める面白さもあり、現代とのつながりを意識しつつ確りと作り込まれた近未来の世界から現代を見つめ直して考えさせられる側面もありで、ボリュームが気にならない(元々ABさんはぶ厚い本がお好きですが)、読み応えの有る重厚なエンターテイメント作品です。情報統制とマインドコントロール、そして異分子の徹底的な排除を通じた支配の仕組みにはぞっとさせられますが、実際そういうことも現実社会では起こり得るので、その怖さを小説世界でちょっとだけ垣間見るのは良い経験かなと思います。

◆「鹿の王」シリーズ(上橋菜穂子著 KADOKAWA):1作目の上巻が「生き残った者」、下巻が「還って行く者」で、2作目が「水底の橋」という構成になっており、とにかく長いので気に入ってもらえると思い選出しました(笑)。古代社会を舞台にした冒険的精霊ファンタジーの形式を取りつつ、深謀遠慮渦巻く政治の世界を医療の在り方を軸にして描き出す社会派小説となっております。全編を通じて、科学の無い世界で西洋医学的コンセプトを表現するというチャレンジがばっちり達成されている凄さにご注目下さい。謎解き要素も有り、魅力的な登場人物が多数な上に、何と言っても1作目では〈飛鹿(ピュイカ)〉の活躍が、動物はずるい、と思いつつ引き込まれますね。ちなみに2作目には鹿は全く登場しません(笑)。

「あの日の交換日記」(辻堂ゆめ著 中央公論新社):今時の中学生は交換日記などしないのでしょうが、デジタル全盛の時代にこそ見直されるべきアナログの価値を感じられる作品です。ABさんは紙の本が好きとのことなので共感してもらえるかな?交換日記でのやり取りを通じて謎が提示され解決するという構造の連作短編になっていますが、何度も何度もミスリードされつつ、この伏線と思われる違和感はどうなるのかと不安にさせられながら、最後には全てがすっきりと片付いて収束するという、高偏差値作家らしい練りに練られたプロットに技巧を感じるミステリーになっています。

今年の投稿はこれで最後になると思います。どうでもいいと思いますが(笑)、新年一発目には2020年に金次郎が何冊の本を読んだか発表します。果たして一日一善ならぬ、一日一冊は達成されたのか?

今年もお読み頂きありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎え下さい!

 

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

「文学女子とその母上に冬休みにじっくり読める本を紹介」への8件のフィードバック

  1. 金次郎さん、こんにちは。
    暮れのご挨拶も年始のご挨拶もしないまま、気づけば1月も下旬… 不義理にもほどがあって、わー申し訳ないですm(_ _)m
    ABちゃんに「師匠にご連絡できてなくて申し訳ない」と話したら「私たちが書く、任せておくれ」というので、それぞれのスマホでこちらのサイトをブックマーク。までは順調だったのですが「いちご大福か…」いや、読み進んだらちゃんと読書だから、っていうか読書の前のお話も面白いから笑
    時間があきすぎて、あれ書こうこれ書こうをためすぎてわからなくなってしまいました… 今回はお詫びだけにしよう…
    今年もよろしくお願いいたします。

    1. 恵子さん、A&Bさん、こんにちは。わざわざご連絡ありがとうございます。こちらこそ本年も宜しくお願いします。
      中学生にとって謎の読書おやじ宛てにコメントするのは、なかなかの難易度と思われますのでご無理なさらず(笑)。
      正直、あの読書感想以外のところを考えるのに吐きそうなほど苦しんでおり、楽しく読んでもらえているというのは大変嬉しく励みになります。
      美容室図書館にも紹介せず隠し持っているネタが貯まってきたら、またまとめて押し付け紹介させて頂きますね!

      1. 金次郎さん、こんにちは。そんな、産みの苦しみがあるとは。さらっと書いてらっしゃると思っておりましたが。
        あれもこれもと思っていたこと… 師匠に「戦力外捜査官」を紹介したかたちになっていたことが、嬉しいです。ABちゃん、やったね!
        そのABちゃん、1月6日から部活予定でしたが、区として全停止に。8日に学校始まりましたが、びっくりする早帰宅をしました。委員会を含む全ての活動が停止となり、昼休みなどカットして15時05分下校、と。それは本読みですな、かと思いましたが学校図書室が封鎖に。えー…
        でも、読んでいます。そして教師に興味関心のないAちゃんが教師に話しかけた模様。担任に、綿矢りささんの「ひらいて」を読んだことを報告。さらに国語担当の、以前「神様のカルテ」について語り合った先生に「新章 神様のカルテ」読んだよ、と話しかけたようです。「えー、買いにいかなくちゃ」と焦っていた、と。「ふん、遅いな」と見下しておりました笑
        美容室図書館からは「水を縫う」がまわってきました。いつもありがたいです。

        1. 恵子さん、こんにちは。はい苦しんでおります(笑)。特に出社や会食が無く、ネタの仕入れどころが無いのが辛い。。。
          今年に入ってあまり外出しておらず、Eさんのところにも行けておりません。薦める本は決まっているので、2月のどこかでは新刊が入荷すると思います!
          中学生の頃、私はよく生徒指導室に呼び出され、強制的に先生とコミュニケーションを取らされておりました(苦笑)。それに比べるとAさんはかなりハイレベルですね^^

  2. 金次郎さん、思い出しました!
    箱根駅伝をめっちゃ熱心に観たのですよ。何区は誰だっけ?とか話しながら。「風が強く吹いている」読み返さなくちゃ、という結論になりました。
    昨日、野暮用があって神保町へ行きました。指定の時間までに少々早かったので、ぶらぶらと。ABちゃん、入る勇気も興味もなかったようですが、普通の本屋さんとは違う、専門店感は感じ取った模様。まあ、私も入ったことがないのですが… そして普通に三省堂書店さんへ行き、「神様のカルテ」を買い揃えました。我が家は読み終わっているので、Eさんに押しつけます笑

    1. 恵子さん、ご連絡ありがとうございます。今年の箱根駅伝はまさに小説的なドラマチックな展開でしたので、あの勝負を思い出に残せたのはラッキーでしたね。勢いに乗って「チーム」(堂場俊一著)を読まれると良いかもです。
      週末にEさんのところに行くので、また何かしらおすすめしておきますね、お楽しみに!
      関係無いですが、神保町と聞いて、ふと「神田ぼたん」を思い出しました。あー、あの鶏すきやきが食べたい。

  3. あっ、金次郎さんと入れ違いにEさん訪問… ABちゃん、学校の振休で今日、月曜に訪問でした。残念。
    そういえば、EさんのブログにABちゃんが登場していました。後ろ姿ですが。どんな生き物か興味がございましたら、ご覧くださいませ。
    そんなABちゃんも、はれて13歳になりました。誕生日はウルフギャングのステーキでした。オバチャンは、次回からはお留守番でお茶漬けがいいかも… あの雰囲気は楽しかったけど…

    1. ABさん、お誕生日おめでとうございます!中学生で高級熟成肉ステーキが食べられるとはなんとも羨ましい。と言うか、確かにお肉をじゃんじゃん食べられるのは若いうちだけなので、中学生こそ肉を食べるべき、かもですね^^
      私が13歳の頃は坊ちゃん刈りからサイドバックに微妙に色気づいた、髪型の乱れは心の乱れ、の時期でしたが、今どきの若者がどんなことを考えているのやら、Eブログの後ろ姿からは全く推しはかれず、でした。現代の若者の気持ちをずれずに描けている中年の作家さんたちは本当に凄い!
      また緊急事態解除後ぐらいにE美容室にうかがう予定です。今回は「架空の犬と嘘をつく猫」、「いつの空にも星が出ていた」を紹介しておきましたのでいずれ本棚に並ぶと思います。

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