金次郎、たそがれ研修を受け定年後について考える

先日会社で研修を受け、一日半みっちりグループワークなどを通じて色々と考える良い機会となりました。どんな研修かと言いますと、あなたこのまま何も考えずに定年を迎えたらヤバいことになりますよ、という内容で、会社員生活の終わりがぼんやりと見え始める50歳前後で受けるため〈たそがれ研修〉と社内では呼ばれております(笑)。定年後あなたはだいたい17年生きる、あなたが死んでから奥さんは更に10年以上生きる、よっていくら必要になるが年金だけだとこういう感じになってゆとりの有る生活を送るにはこれだけ足りない、というようなシビアな話を突き付けられます。少し前に話題となった退職時に2000万円貯金が必要か否かという問題と基本的には同じような話なのですが、そもそも金次郎家が毎月どれくらい支出しているのかよく分かっていない体たらくにてスタートラインにすら立てていない不安感は否めません。

そして、ちょうど先日電話した際に父親も言っていたのですが、うまい具合にビンゴ的にきれいに金を使いきって死ぬのは不可能なために、常に預金が減っていくことへの恐怖と向き合わねばならず、それを避けるためにはやっぱりぎりぎりまで収入を得続けた方が良い、という当然の帰結となり、悠々自適の読書&ブログで余生を過ごそうと思っていた金次郎にはやや暗雲の切ない内容となりました。60歳過ぎでの再就職のハードルが高いというほぼ脅迫(笑)の説明を受け、将来を見据えた学び直しや準備を計画的に少しずつでも意識して実際に動き始めるべきタイミングと実感いたしました。ただ、働き続けるにしても、今の会社で40年前後がむしゃらに勤務した後の選択ということもあり、少しくらいは自分のやりたいことに寄せたいなと思い、研修でもさんざん問われましたので、改めて自分がハッピーだと感じるのはどういう瞬間かと自らを振り返ってみることとしました。こっ恥ずかしい自分探し作業でしたが、あれこれ考えているうちにこれまでの人生を通じて公私問わず仕事でも遊びでもオリジナリティのある金次郎らしい発信をして、それに対し面白かったやためになったなどのポジティブなフィードバックをもらった際にとても嬉しい気分になることを再確認することができ、そういうことならと、難易度は非常に高いと理解しつつも、現段階の夢として、このブログあるいはそれに類する発信を皆さんに楽しく読んでいただき、そこで僅かばかりでも稼げればいいな、とパイプドリームを掲げてみることにしました。研修では更に一歩進んで、その実現に向けた具体的なアクションも設定せねばならないということで、①ブログのみならず今後発信プラットフォームとなり得るsocial mediaについて行ってこれを活用できるようデジタルリテラシーを上げる、②このブログの文章をより分かり易く、読み易くてかつ面白いものにすべく心掛ける、③できるだけたくさんのことを経験すべく妻と色々なところに出かける、④もっと幅広く、かつ深い読書を意識する、そして⑤定年までの限られた時間にできるだけ密度の濃い経験を積めるよう、全力かつより広い視野で仕事を頑張る、という当たり前のステップを設定しました。先ずはとにかく妻の治療が最優先ですが、暫く時間が経過しても①~⑤ができていないぞ、とお気づきの際は是非叱咤激励いただけますようお願いいたします(笑)。

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金次郎、海外の文学賞についても少しだけ調べてみる

前回のブログに妻のことを少し書きましたが、読んでいただいた皆さんからたくさんの有用な情報をいただきました。お心遣いに大変感謝しております。どうもありがとうございました。できるだけ早くポジティブなご報告ができるよう夫婦二人で治療を頑張って参ります。

さて、海外の作品を読もうとして候補作の紹介文を眺めていると、○○賞受賞!という記載をよく目にします。そういった賞がたくさんあって何が何だか分からなくなりがちなので、思い立ってここで軽く整理してみたいと思います。(日本の文学賞についての説明はこちらで)

ノーベル文学賞は作品でなく作家に贈られるため奥が深すぎてここでの説明から除外しますが(苦笑)、その他の賞で最も目にする機会が多い印象なのはやはりブッカー賞でしょうか。イギリス連邦+アメリカの作家による長編小説が対象となるこの賞は厳正な審査が有名で様々な分野から選出された選考委員が多数のロングリスト作品を全部読んで、ショートリストした6作品の中から最終的に受賞作を選ぶ流れとなっているようです。賞金は5万ポンドとなかなか高額で、優れた作品を選ぶというコンセプトから芥川賞や直木賞と違って複数回受賞する作家も存在しています。金次郎は少なくとも以下の受賞作を読んでおり、いずれ劣らぬ面白い作品ばかりですので今後もこの賞は信頼して翻訳が出たらなるべく早めに読みたいと思います。

「日の名残り」(カズオ・イシグロ著 中央公論新社)1989年/「昏き目の暗殺者」(マーガレット・アトウッド著 早川書房)2000年/「パイの物語」(ヤン・マーテル著 竹書房)2002年/「グローバリズム出づる処の殺人者より」(アラヴィンド・アディガ著 文芸春秋)2008年/「七つの殺人に関する簡潔な記録」(マーロン・ジェームス著 早川書房)2015年(本ブログで紹介済み)

珍しいところを簡単に紹介しますと、「パイの物語」は本賞を取ったからか映画化もされています。16歳のインド人少年ピシル・モリトール・パテルが3歳のベンガルトラと7か月以上太平洋を漂流するという奇想天外なストーリーで、何と言っても狭いボートの上でのトラとの共生が生み出す極限の緊張状態がこれまでのサバイバル小説と一線を画していて新鮮です。漂流は第二部で描かれているのですが、一見意味の無さそうな第一部の内容が後になって非常に重要になってくる構造はなかなか手が込んでおり、クライマックスの第三部では人間性の限界が見事に描かれています。

「グローバリズム出づる処の殺人者より」はインド社会の現実と闇を、なんともリアルに描き出している秀作です。語り手の、淡々と皮肉っぽく悟ったような語り口が究極の格差社会の壮絶さを際立たせていて本賞受賞も納得です。気持ち悪いところも有りますが、読み始めたら止まりません。とある人がインド出張中に肥溜めに落ちたという話を思い出してぞっとしました(笑)。

このブッカー賞がお手本にしたというか、真似をしたとされるのがフランスのコンクール賞でフランスの作家による独創的な小説に贈られる賞です。こちらは賞金が10ユーロというのが笑えます。金次郎は、「地図と領土」(ミシェル・ウェルベック著 筑摩書房)2010年(本ブログで紹介済み)「天国でまた会おう」(ピエール・ルメートル著 早川書房)2013年、を読んでおり、どちらも独特の雰囲気の有る作品で印象に残っておりました。「天国で~」は戦争で下顎を失った悲しい男の物語です。

この他にもよく話題になるのはアメリカの報道、写真、小説、音楽など21部門で選出されるピューリッツァー賞かと思います。色々なメディアでこの賞のことを目にする機会が多いのはやはり21部門も有って濫発されているからでしょうか(笑)。電気屋さんなどでよく見かけるグッドデザイン賞が応募数の約30%に授与されるというのを少し思い出しました。ピューリッツァー賞のフィクション部門にはあまり縁が無く、調べた最近の作品では「地下鉄道」(コルソン・ホワイトヘッド著)2017年(本ブログで紹介済み)しか読んでおりませんでした。一方、ノンフィクション部門にはなかなか興味深い作品が多く、「石油の世紀」(ダニエル・ヤーギン著 日本放送出版協会 )1992年(本ブログで紹介済み)、「銃・病原菌・鉄」(ジャレド・ダイアモンド著 草思社 )1998年、「病の皇帝〈ガン〉に挑む 人類4000年の苦闘」(シッダールタ・ムカジー著 早川書房 )2011年(本ブログで紹介済み)「一四一七年、その一冊がすべてを変えた」(スティーブン・グリーブラッド著 柏書房)2012年と読んでおりました。中でも「一四一七年~」は、馴染みの無い年号が気になって読んだだけだったのですが、古代ローマの詩人ルクレティウスによって紀元前に著され、1000年の行方不明期間を経てブックハンターによってドイツの修道院でたまたま〈発見〉された「物の本質について」が世界に与えた影響を描くという笑えるほど壮大な内容でした。この〈発見〉がその後に起きる宗教改革、ルネッサンス、自然科学の進歩と深く結びついていたと知って、歴史の運命的なつながりはやはり奥が深いと思いました。トマス・ジェファーソンも愛読していたようで、独立宣言の〈幸福の追求を支援~〉の部分はこの本の影響だそうです。

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金次郎、COPについての恥ずかしい無知をあえて告白

非常に恥ずかしいことを告白しますが、世の中の流れで徐々に仕事での環境関連の会話が増えてきているにも関わらず、金次郎はこともあろうに正式名称を知らぬまま流行に呑まれCOPという略語を思考停止で使い続けておりました。グラスゴーでのCOP26は期待外れの内容で終わってしまいましたが、このままではいけないと日本語では気候変動枠組み条約締約国会議となるCOPが何の略なのかうんうん唸って考えてみました。当然気候が入っているので最初のCはClimateではないかと考えるもOPがどうにも分かりません。Oceanかな、Planetかな、などとモスバーガー的なイメージをしてみるもしっくりこず、OはともかくPは排出〈禁止〉でProhibition?、二酸化炭素が〈充満〉するからPervasion?、〈周期〉的に会議するからPeriod?とか無知なりに悩んでみたものの、結局力尽きあえ無く考えるのを断念してググることに。すると驚いたことに、なんと正解はConference Of the Parties!え?!ちょっと待ってよ、気候も変動も枠組みも条約も入ってないじゃないですか!あまりにも一般的かつシンプルな表現にかなり肩透かしな気分となりましたが、普通に辞書的に訳すと目的や行動を共にする団体の会議、ということで、そんなことなら結構様々な会議が全部COPとなってしまうのでは。。。町内会の集まりもCOP、部活の会議もCOP(笑)。どうやら、ある条約を批准した当事者(国)が参加する会議を一般的にCOPと呼ぶようで、例えば生物多様性条約締約国会議もCOP+回数で記載するのが慣わしだそうです。でも、このthe Partiesを締約国とは到底訳す自信は無く、英語って難しいなとつくづく思いました。ちなみに金融界でCOPというとコロンビアペソのことになります(笑)。

他にも、ATMがAutomated Teller Machine、USBがUniversal Serial Bus(busがそもそもomnibusの略)、PDFがPortable Document Format、MOTHERSがMarket Of The High-growth and EmeRging Stocks(かなりこじつけ)、LaserがLight Amplification by stimulated Emission of Radiationなど結構正式名称を知らない略語が多いなと反省です。こちらは日本語の略語ですが、食パンは主食用パン、教科書は教科用図書、経済は経世済民、合コンは合同コンパでそのコンパはcompany(交際)が縮まったものなど結構無意識に使っているものがかなり略されていて驚きます。確かにパンは基本食べるのでよく考えるとわざわざ〈食〉を前に付けるのは変ですね。また、ピアノはクラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ(強い音や弱い音を出せるチェンバロ)の略とのことで、え?ピアノってチェンバロなの??、とかなり困惑いたしました。まだまだ知らないこと多数で道のりは険しい。

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金次郎、シャインマスカットを食べつつドイツ現代史を学ぶ

今週は無事に年に一度の人間ドックを終え、コロナ禍においても体重微減、腹囲やや圧縮、悪玉コレステロール少し低下と最低レベルはクリアした結果で胸をなでおろしました。約20年前のシンガポール駐在時の美食がたたり、いつまでも脂肪肝が治らないのがノドに刺さったトゲとなっており、肝硬変などに悪化せぬようこの一年は牛豚を中心に食材から肉類を減らすと妻に宣言され、せっかく今半精肉店の近くに住んでいるのにと悲しい気分となりました。とは言え、スイーツ制限を全うしたことへのごほうびとして値段にこだわらず好きな食べものを買ってよしとのゴーサインが出ましたので、サモハン・キンポー(古い)ぐらい目玉が飛び出るほど高額のシャインマスカットを清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入いたしました@日本橋三越。

ご存知の通り一般にマスカットと呼ばれるぶどうの女王マスカット・オブ・アレキサンドリアとアメリカ栽培種のスチューベンを交配させたものに更に白南を混ぜてできあがったシャインマスカットは甘さと香りが素晴らしい人気ぶどう品種ですが、お高いイメージを裏切らぬ高額ぶりに売り場でビビって、店員さんに「その隣のやつでいいです・・・」とワンランクダウン(笑)。この高価格には、1.2006年に登録されたばかりの品種で相対的に栽培農家が少なく供給量が多くない、2.種なしにするためのジベレリン処理が他品種より大変で生産コストが高い、という背景があるようです。中でも岡山産は安定した気候がこの品種に好適なため皮が薄くエグ味も少ない出来栄えとなるようで、山梨産や長野産が高地での栽培となり気温の変化から若干皮が厚めとなる傾向のため、これらと比較してやや高値で取引されているようです。シャインマスカットは皮まで食べても美味しいのが利点ということで、気合でこれ以上のレベルダウンには踏みとどまり岡山産を購入いたしました。また、種がなく食べやすいのも無精者の金次郎には大きな魅力であるシャインマスカットですが、そもそもデラウェアに代表される種なしぶどうはそういう品種だと思い込んでいて、ぶどう農家の皆さんが植物ホルモンであるジベレリンを使って一房一房丁寧に処理して下さっていることを恥ずかしながら初めて知った金次郎は、非常に情けない気分となった一方で、舞台から飛び降りる値段を支払ったことで少しでもその手間暇に報いることができれば良いなと感じた次第です。

ただ、シャインマスカットのラグジュアリーなイメージに反し、高額ぶどうランキングではなんと第三位ということで、上には上が有るようです。気になる第二位はシャインマスカットの親品種であるマスカット・オブ・アレキサンドリアでジベレリン処理ができず種なしにならない不利にも関わらず、日本での生産が気候の関係で難しいことから、需給バランスが反映されて高額で取引されているようです。勿論、麝香(=ムスク)のような芳香と満足感の高い甘さはお値段に見合うクオリティであることは間違い無しです。とは言ったものの、金次郎が紀元前から続く由緒正しい本物のマスカット・オブ・アレキサンドリアを食したことが有るのかについては甚だ疑問ではありますが(笑)。

そして、栄えある高級ぶどう第一位は石川県の戦略商品となっていて、初セリ価格が今年は一房140万円(!)を付けたルビーロマンという品種です。ほとんどマグロの世界ですね。一房が約400グラム、中には一粒が30グラムを超えるものもあるそうで、巨大なのに味は繊細という魅力的な品種のようです。こちらも2007年登録と歴史が浅く流通量も少ないため、通常時でも一房1万円以上を支払う覚悟をしても入手が容易でないとのことで、そこまで言われるといつかどうしても食べてみたいと中年の夢が一つ増えました(笑)。

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「二重らせん 欲望と喧噪のメディア」を読み、意外な日本のメディア王の存在を知る

早くも10月に入り、金次郎は毎年恒例の人間ドック前スイーツ断ち期間に入っております。ここしばらく中央区・江東区界隈を散歩した後のスイーツ購入というカロリーのマッチポンプ状態を続けておりましたので正直非常に苦しいです。ただ、緊急事態も解除となりこれから年末にかけてカロリーマッチマッチモードに入ると懸念されますので、ここでぐっとこらえて体重を落としておくのが50代目前のオヤジとして取るべき道と歯を食いしばって耐えております。

さて、気分を変えて本の話です。「二重らせん 欲望と喧噪のメディア」(中川一徳著 講談社)は1959年にそれぞれ民放第三局、第四局として誕生したフジテレビとテレビ朝日(旧日本教育テレビ→NETテレビ)が生み出すカネと利権を我がものにしようと激しい抗争を繰り広げた人々の栄枯盛衰の歴史を綴った迫力のノンフィクションです。

フジテレビは日本放送と文化放送、テレビ朝日は東映、日本経済新聞社そして旺文社などが中心となって設立されましたが、この本の前半では文化放送の経営にも関与していた旺文社の創業一族である赤尾家の野望とカネへの執着を中心に描かれます。

赤尾といえば、金次郎は父から譲り受けた「赤尾の豆単」で英単語を勉強した記憶がありますが、旺文社初代社長の赤尾好夫氏こそこの豆単の考案者であり、英検の創始者であり、8チャンネルと10チャンネル(現在は5チャンネル)をめぐる初期抗争の主役なのです。フジテレビの31.8%を保有する文化放送の過半数を持つことで、同51%の日本放送の最大株主とはいえ約13%と同社支配権を持たない鹿内家とフジテレビの支配を巡ってわたり合った好夫氏は、NETテレビの旺文社持ち分である21.4%も駆使してフジテレビ、テレビ朝日双方に多大な影響力を行使し続けました。複数の大手メディアにこの規模で支配権を行使し操った存在は本邦史上赤尾一族しかおらず、知られていませんが(少なくとも金次郎は全く無知でした)日本にもメディア王と呼べる人がいたんだな、と功罪は別として感慨深いものがありました。

教育関連企業でかつあくなき支配欲を持つというのはちょっとイメージにギャップがありますが、このギャップはカネへの執着が際立つ二代目社長の赤尾一夫氏時代にどんどん加速していきます。そもそもテレビ朝日は教育関連コンテンツを50%以上放送することを条件に設立されていて最初は辻褄が合っていたのに、経営不振からアニメや映画(東映が配給)も教養番組というこじつけで放映し始めたあたりからやや様子がおかしくなっていて面白いです。その後東映持ち分を朝日新聞社が引き取って系列下していく流れなのですが、朝日は朝日で村山家と上野家という二大株主による支配構造となっており、そちらについても細かく記載されていて興味深く読めました。

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「灯火親しむべし」の読書の秋に文学女子に本を紹介

このところ突然めっきり涼しくなり、あっという間に夏から秋に季節が変わったことに慌てて、買ったのに着ていない半袖Tシャツをファッションショーのように次々と着用してそそくさと散歩に出たりしております。いつになったら制約無く外出できるようになるのか不透明な中、短い秋のために今年は秋服をどれだけ買うべきか、本当に悩ましい。

秋といえば、「○○の秋」が浮かびますが、いくつかアンケート結果をみてみると圧倒的に支持されているのが「食欲の秋」で日本人の6割以上が先ずはこれをイメージするようです。それに続くのが紅葉、行楽、実り、芸術、スポーツなどですが、「読書の秋」もバラつきは有るものの2位とか4位には食い込んでいます。そもそもなぜ読書の秋かというと、まとまった時間の取れる秋の夜長に、季節が良くなって高まった集中力を以て読書しましょう、ということのようで、8世紀中国の韓愈という人の符読書城南詩という漢詩に由来しており、「灯火親しむべし」(秋は夜が長くなったので明かりをともして読書にいそしもう)という句があるそうです。

ということで、突然秋になったので突然ではありますが、恒例の文学女子への本の紹介企画読書の秋編をやろうと思います。まぁ金次郎も読書の弟子の文学女子ABさん(中2)も本の虫ですので、盛夏だろうが秋だろうが正月だろうが本は読むわけですが(笑)。この企画もなんと第8弾となりますが、小学生から中学生となり、中2の夏も越えて成長するにつれ読書の趣味もどんどん変わっていると思われる弟子たちのニーズに応えられているか相当不安では有ります。また、この企画で紹介した本、ブログに載せた本、E美容師に紹介して美容室図書として並んでいる本を合わせるとかなりの量になるので、自分でも正直どの本が紹介済みなのかについてやや混乱してしまっているところもありますが、とりあえず開き直って面白かった本を以下に並べてみようと思います。

(最近のバックナンバーはこちら)

いつの間にか読書の秋が始まり、慌てて文学女子に本を紹介

文学女子とその母上に冬休みにじっくり読める本を紹介

金次郎、文学女子に緊急事態GWを楽しく過ごすための本を紹介

【文学女子ABさんへの2021秋の紹介本10選】

「琥珀の夏」(辻村深月著 文芸春秋):辻村先生の最新長編である本作は、大人がいかに子供と向き合うべきかという答えの無いテーマに挑んだなかなかに考えさせられる作品です。内容はやや重いですが、著者にしては珍しく子供の視点が中心の作品なので、ABさんは金次郎とは違う読み方をするのではないかと期待を込めて推薦しました。作中に登場する幼稚園児が大人過ぎると思うのですが、イマドキの園児はそんな感じなのでしょうか?

「白いしるし」(西加奈子著 新潮社):少し大人の恋愛小説ですが、芸術家同士の恋愛の感性が鋭過ぎてもはや異次元の世界の話であり、よく理解できないという意味では金次郎も中学生も同レベルかと思います(笑)。そんなにお互いの気持ちを分析しまくって、やたらと言葉にしてしまったら辛くてたまらなくなると思うのですが、どんなに傷ついても目の前の現実を魂で感じて自分なりのやり方で表現するのが芸術家の業なのだとしたら本当に凡人でよかったなと思います(笑)。

「砂漠」(伊坂幸太郎著 実業之日本社):金次郎が最初に読んだ伊坂作品であり、今に至るまでずっと一番好きな伊坂作品であり続けている本作は、5人の大学生の成長を描いた青春小説です。社会という砂漠を目前にした大学生の不安定な心の内を理解するのは中学生にはやや難易度高いようにも思いますが、とにかくぶれない西嶋の生き様など心に残る場面の多い名作です。

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金次郎、アイドル山P並みにアメリカにかぶれアメリカ史関連書籍を読み漁る

ほとんど外出も外食もしておらず、本当にここに書くネタに欠乏している今日この頃ですが、こんな時には昔の記憶を搾りに搾ってネタを見つけるしかないということで、時代を40年ほど遡って小学生時代の金次郎の悲しいストーリーを披露することにします。別に最初から読書の話でいいんですけど、と言われそうですが、今回は特に後半の読書関連の内容が固くなりそうなので柔らかいお話に少しお付き合い下さい。飲み会などでたまに話しているので、またそのパンツの話か、と眉をひそめておられる読者もいらっしゃるかと思いますがどうかご容赦下さい。

あれは忘れもしない小学3年生の夏、水泳の授業の後の着替えが終わった直後の出来事でした。当時水泳は2クラス合同で行われ、男子と女子に分かれて着替えを行っておりました。ちょうど男子が着替え終わった金次郎少年のクラスに女子がぞろぞろと戻って来たタイミングで、教室の床にポツンと落ちている男子用ブリーフパンツが発見されました。当時非常にお調子者であった金次郎少年は、チャンス到来とばかりにすかさずそのパンツを拾い上げ、男女を問わずその辺りにいた級友たちに投げつけ始めました。当然教室は阿鼻叫喚の騒ぎとなり、金次郎少年は事件の中心人物となったことに非常に悦に入り満足な状態となりました。小3ながらこざかしいことに、そのカオスを演出する前に、そのパンツが万が一にも自分のものであってはならぬと、きっちり自らの水泳バッグの中身をチラ見し、水泳の前にはいていた白いパンツが正しく収納されていることを瞬時に確認し、パンツを落とした愚か者を嘲りつつ一点の曇りもない気持ちでパンツ投げにしばらく興じておりました。

10分ほど経過したところに激怒した担任の先生が登場し、教室は一気にお通夜ムードとなり、うつむく生徒、怒る担任、その担任の前の教卓におかれた白いパンツ、というシュールな構図となり無言で数分の時間が流れました。その後担任からパンツを投げることの罪についてひとしきり説教をされ、「君たちはなぜパンツを投げるのか。」との本質を衝く問いかけに、生徒たちは反省の沈黙状態に。そして、その沈黙を破り担任が「そもそもこれは誰のパンツだ。」と当然の疑問を投げかけますが、この状況では流石に名乗り出られないのか誰もパンツの所有権を主張しません。担任に促されるままに生徒全員が改めて自らの持ち物を確認することとなりましたが、それでも持ち主は判明せず、沈鬱な雰囲気はなおも続きました。既に確認済みということで周囲の観察に集中していた金次郎少年でしたが、何もしないのも怪しいということで、形式的に水泳バッグの中身を改めるふりだけすることに。当然そこには既に目視済みのはきかえた白いパンツが、白い、白い?、白い水泳キャップがひっそりと鎮座していたのでした!

そうです、なんと、金次郎少年は丁寧に確認することなく、水泳バッグの中の白色の存在を、実はキャップであったそれを、拙速にパンツと勘違いし、自らのパンツを投げ散らかして教室を阿鼻叫喚のカオスの渦に叩き込んだ、信じられない変態小僧となってしまった自分に驚愕することとなったのです。

試験でマークシートの記入が一段ずれていたのを見つけた時も、業務上大きな損失の危機に見舞われた時も、個人的な内容のメールを顧客のグループアドレス宛に誤って送信したと気づいた時でさえも、あの9歳の夏に経験した頭の中が真っ白になるパニック状態とは比較すべくもなく、あんな恐ろしい体験をしてよくちゃんと大人になれたなと自分をほめてあげたいと心から思います(笑)。

その後、有り得ないことに金次郎少年は、パンツを失くして母親に怒られる怖さと、パンツを取り戻すべく名乗り出て変態の誹りを受ける不名誉を量りにかけ、結果おずおずと小さな手を挙げパンツを取り戻す選択をしました。その後の記憶は完全に欠落していますが、よほど母親が怖かったのだな、と思う一方、厳しい躾が金次郎少年を正直者に育ててくれたのだとすると感謝せねばならない、とも思います。できればお調子者にならぬよう躾てほしかった。。。

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金次郎、ワクチン副反応に苦しみつつ「白鳥とコウモリ」(東野圭吾著)を読む

実に成人の75%が37.5℃以上の発熱をするとされる恐怖のモデルナワクチン2回目接種がとうとうやってきました。このブログでも書きましたが、7月1日に受けた1回目接種で早くも副反応の洗礼を受けた金次郎は戦々恐々としつつ当日とぼとぼと会社に向かいました。会社では、既に2回目接種後副反応が出た同僚の話がちらほら聞かれ、そうしている間にも近くに座っていた前日接種を受けた後輩が悪寒を発症するなど緊迫感は高まります。自分は副反応体質と諦めて翌日は休暇を取得しつつも25%の確率に望みをつないで7月29日(木)14時45分に無事接種を完了しました。

前回は接種後に若干運動してしまったのがまずかったかと今回は運動も控え、腕の腫れもたいしたことなく、当日は何事も無く、選ばれし25%に入ったかと期待しつつ普通に9時頃就寝いたしました。しかし、翌朝5時頃目覚めてみると、残念ながら身体の背中側というか後ろ半分に認めざるを得ない違和感を確認し、確率はウソをつかないと思い知り絶望的な気分になりました。その後の経過は以下の通りです。今後2回目を受けられる方の心の準備に役立てばと思います。

7月30日(金)午前7時(接種後約16時間):体温は37.4℃。まだ辛いというほどではないものの身体の後ろ半分に痛み有り、軽い全身倦怠感。若干の食欲減退で朝食はいつもの半分程度しか食べられず。

午前10時(接種後約19時間):体温は38.3℃。体温の上昇が始まり、背中、腰、ふくらはぎの痛みが悪化、頭はまだ働いておりぎりぎり読書は可能な状況。血迷って「白鳥とコウモリ」(東野圭吾著 幻冬舎)を読み始める。ポカリやOS-1を飲むために起き上がるのも一苦労。

午後0時(接種後約21時間):体温は38.2℃。昼食は全く取れず、とにかく全身倦怠感と痛みがピークの辛さ。さすがに読書はもう無理でひたすら横になっている状態が継続。何より眠れないのが辛く、当然寝ている間にいつの間にか回復する、という奇跡は起こらず。ダンゴ虫のように丸まって耐える。

午後4時(接種後約25時間):体温は38.7℃。少し発汗し一瞬楽になったと思い喜んで体温を測ったところこの最高体温を見て唖然とする。その後身体が急激に重くなり全く力が入らずダウン。しかるべき筋で言われている接種後24時間がピークという情報を実感する時間帯。

午後6時(接種後約27時間):体温は38.7℃。まだ身体がだるく起き上がるのも厳しい状況。うっすら聞こえる6時のNHKニュースがいつまでも終わらない、時間が経過しないもやもやする感覚。インフルエンザ感染の際に時間の流れが遅く感じるのと同じ症状で脈拍が速くなることと関係していると思われる。NHKニュース7が始まったところで意識が途切れる。

午後10時(接種後約31時間):体温は37.4℃。午後7時頃からようやくまとまった睡眠が取れ、起きてみると身体がかなり楽になっていて非常に嬉しい。急激な回復と同時にワクチン接種完了による強い達成感と万能感有り。30分おきに体温は37.1℃、36.9℃、36.6℃とみるみる低下。調子に乗って12時まで読書した後就寝。翌朝起きた段階ではほぼ完治しており万能感継続。

普通の病気と違う点は、終わりがはっきり見えているところで、精神力の弱い金次郎もそういう状況なら頑張れることを実感しました。ブログでありのままの症状を紹介するためにあえて解熱剤を服用しなかった金次郎は真面目なのかアホなのか。。。ちなみに妻はまさに金次郎が苦しんでいるその日にファイザーの2回目接種を完了し、しっかり翌日に自身初の副反応を経験していました。体温は38.3℃程度まで上がったようですが、我が家ではモデルナの方が副反応は重篤という結果となりました。

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金次郎、遂に「孔子」(井上靖著)の壁を越える

アメリカ人の英会話の先生が、あの日本人のスモールガールは凄い、リスペクトだ、アンビリーバブルだ、と激賞しているので、それはいったい誰のことかと思ってよく聞いてみると、スケートボードの13歳金メダリストのもみちゃんこと西矢椛選手のことでした。何故そんなに肩入れしているのかと聞くと、アメリカ人は子供の頃からみなスケボーをやっている、どの通りでも公園でもみなスケボーしかやっていないぐらいの勢いだ、スケボーばかり20年も30年もやっている人もざらにいる中でたった13年しか生きておらず当然スケボー歴も圧倒的に短い筈のしかも日本人の西矢選手が金を取るのは有り得ないほどすごいことなんだ、とのこと。アメリカ人ってそんなにスケボーばかりやってるのか、と若干の違和感は覚えつつも、本場の人がそう言うのだからそうなのだろうと納得し、ちょっとスケボーがオリンピック種目ってどうなの、と思っていた認識を改め、もみちゃんスゴイ!と心からの賞賛を送ることとしました。珍しいお名前だと思い調べてみると、椛は樺(カバ)のつくりの華を同じ読みの花に変化させて作られた〈国字〉という日本独自の漢字で本場中国には存在しないそうで、なんと2004年に人名として使えるようになったばかりとのこと。もみちゃんは2007年8月30日生まれですので、ご両親の新しいものを取り入れる姿勢が素晴らしいと変なところで感心しつつ、目新しいのにDQN的な印象にならないのも素敵だなと思いました。

ところで、アメリカ人発言について改めて考えてみると、20年も30年もスケボーばかりやっている人の日本代表が恐らくパワーワードで話題のNHKの中継でスケボー解説を務めた瀬尻稜さんということになるのだと気づきちょっと笑えました。正統な日本語の最後の砦であるNHKであまりにも自由に繰り出される、ゴン攻め、びたびたにはまっている、鬼やばい、との異次元のワードチョイスは、スケボーと一体化する達人の境地で得た身体感覚をニュートラルに素直に言語化する力なのだなと感心し妙に納得しました。邪念無く素直な心で一つのことに継続的に取り組むことの奥深さを感じたスケボー競技でしたが、一点だけ付け加えると、もみちゃんは、ごん攻め、について聞かれ、どういうことか分かりません、と答えたそうで、やはり素晴らしいと思いました(笑)。

本題の本の話ですが、今回は「孔子」(井上靖著 新潮社)の紹介です。高校生の頃、書店に並ぶ重厚なたたずまいのこの本を目にして、自分にはまだこれを読みこなす力量が備わっていないと勝手に怖気づき、父親が購入して机上にあったものも見ないふりをして、その後読書からも遠ざかってしまい手に取る機会が無かったのですが、今に至るまで心のどこかにずっと引っかかっている本でした。この10年ほどはかなり大量の本を読んでいたわけで、本来はすかさず読了してもおかしくなかったのですが、やはりなんとなく気おされて読めずにいた金次郎にとっての〈大人の壁〉となっていたこの名著を遂に読むことができました。きっかけは、ネットで聞いていたBBCラジオで井上先生の芥川賞作である「闘牛」(新潮社)の英訳版「Bull Fight」が朗読されているのを聞いて井上靖著作リストで「闘牛」を眺めていた際にたまたま「孔子」が目に入り、なんとなく今でしょ、と思ったという他愛ないものでしたが、読後感はちょっと運命的な感じでした。

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金次郎、ワクチンの副反応にやや苦しむ

いよいよ職域接種も本格的に始まり、金次郎も7月1日の14時に会社でモデルナ製ワクチンの1回目接種を受けました。当日は体温、体調共に全く問題無く、お昼に同僚とかつ丼を食べやる気満々で接種に臨みました。利き腕でない左手のかなり上の方に注射するということで、当日は推奨の半袖Tシャツで出社し、キャプつばの日向くんのように袖をまくり上げて待機。ガチ日向くんにするためには、左右両方の袖をくるくると折り上げてノースリーブ状態にまで持っていく必要があり、金次郎はやる気だったのですが、それは不要ですと一緒にいた後輩にたしなめられるというお恥ずかしいやる気の空回りとなりました。

接種そのものはほとんど痛みも無く、アナフィラキシー確認の15分も無事終了して業務に復帰、夕方から夜にかけても左腕が軽くピリピリするぐらいの症状しかなく、いつもの踏み台昇降運動も少しやってワクチン恐れるに足らずと勝ち誇って就寝しました。

2日目(7月2日)も午前中はやや眠かったものの、もはや持病である不眠症による睡眠負債と判断し普通に家で仕事をしていましたが、接種からちょうど丸一日経過したあたりから眠気がひどくなり頭が全く働かない状態となります。

どうしようも無いので、やむを得ず1時間ほど仮眠をすることにしたのですが、そこそこ熟睡したにも関わらずその後も眠気は取れず、昼に食べたおむすびも消化できないほど胃が硬直した感じのもやもや感に苦しみ、加えて接種した左腕の筋肉痛は増すばかり、ということで、これはまさか?副反応なの?という悲しい状態に陥ってしまいました。

結局その日は運動はおろか、食欲も湧かず、本も1ページも読めずブログも書けぬまま、夕食も抜きで午後7時に就寝。そして、うまく眠れず午後10時頃覚醒した際には37.5度の発熱と全身倦怠感という状態に。そこから浅い眠りと覚醒を繰り返し、全身の不快な鈍痛に耐えながら3日目の7月3日土曜日を迎えますが、午前中は引き続き症状全部乗せの状態で何も手につかず、お昼にパンを少し食べられるようになったあたりから徐々に回復し、だいたい接種後54時間程度経過したその日の夜には若干の頭痛と肩の痛みを残して他の症状はほぼ解消し漸く普通の生活に戻ることができました。

Twitterからの情報で自称ワクチン博士となっている妻によると、モデルナの1回目接種で発熱する人は4%だそうで、不運を嘆くと共に2回目を受けるのがやや怖くなりました。1回目と2回目の副反応は独立事象であるとの博士コメントを信じつつ、面倒なので予め接種翌日はお休みを取った上で、びびりながら運命の2回目接種に望むことにしたいと思います。皆さんの参考になるかと思いややだらだらと書いてしまい失礼しました。

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金次郎、佐藤優先生に刺激され高校時代を回想する

先輩に薦められ佐藤優先生の「国家の罠:外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社)を読もうとしていたのに、以前紹介した「十五の夏」の影響か手が滑り「友情について 僕と豊島昭彦君の44年」(講談社)を読みました。佐藤先生の浦和高校時代以来の親友である豊島昭彦さんが膵臓ガンで余命宣告されたことを契機に編まれた、言ってしまえば〈市井の人〉の来し方を描いたこの本は、その出版に至る経緯も影響しているのかもしれませんが、山あり谷ありの人生を投げ出さずに、自分の生きた証を刻むべく地に足を付けて日々の生活を送ることの大切さを実感させられる、50歳目前の金次郎の心にずっしりと響く内容でした。豊島さんの日債銀の破綻からあおぞら銀行での苦労や転職先のゆうちょ銀行での不遇の記述を読み、自分の環境は恵まれているなと感謝しつつ、それに甘えていることへの自覚と反省を新たにする良い機会ともなりました。でも、若い人にはちょっと実感が持てない内容かもしれないですね。人生の証を刻むことに加え仕事以外の生活を充実させることの大事さが作中で語られていますが、そういう意味ではこのブログもちっぽけではありますが、書き続けていて良かったなと思いました。これからも頑張ります。

ところで作中に佐藤先生と豊島さんとの浦和高校時代のエピソードについての回想が頻出するのですが、よくこんなに高校時代の出来事を覚えているなぁと感心しました。と言うのも、金次郎は高校時代の友人に会うたびに、自己中、周囲に興味が無かった、傍若無人、などと辛辣に非難されがちで(冗談交じり、と信じたい)、身に覚えはないものの本人も高校時代の記憶が曖昧なために、そんな筈は断じてない、と言い張ることもできず、とにかくすみませんでしたとよく覚えてもいないかつての自分の言動に謝罪することしきりであり、そんな自分と比較しての感心というわけです。

そこで、現代にネタが非常に乏しい金次郎として、今回は佐藤優ばりに高校時代の記憶を掘り起こして書いてみることにします。

しかし、いざ書こうとすると、入試、合格発表、入学式と一応経験した筈なのに全く記憶が無く、なんとなく校歌や応援歌、学校伝統の体操などを異常に練習させられたことを覚えている程度です。あ、その後応援団に入れと先輩から強要(?)され、泣きながら当時所属していた陸上部の先輩に断ってくれと頼んだ意味不明の記憶がいま蘇りました(笑)。学年10クラスのうち1年の時は1-7組で共学なのに男子クラス(ちなみに3年間男子クラス)、ちょっと癖のある字を書かれる国語のS先生が担任をされていたことは覚えているものの、そういうざっくりとした枠組み以外のディテイルが記憶障害のように思い出せません(苦笑)。

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金次郎、文学女子に緊急事態GWを楽しく過ごすための本を紹介

会社でかなり若手の同僚と何気なく昔住んでいた笹塚の話をしていた際に、以下のブログで紹介している通り、金次郎がかつて暮らしていた学生ハイツはパチンコ・カラオケ・サウナが揃った最強のビルの中に入っていたという話題となりました。

学生ハイツの話①

学生ハイツの話②

もう30年も前の話ですし、そのビルがまだ存在しているかどうかも自信が無かったのですが、なんと後輩はその建物を知っており、しかも有名だとのこと。どうやら、当時は非常に怪しげな空間と感じていたそのビルの上層階のサウナが、最近〈天上のアジト〉として意識の高いヤングエグゼクティブ(死語)の間で、心身の状態を整えるのに良い、とブームになっているのだそうです。トレンドは巡るといいますが、ここ数十年サウナブームが来た記憶は無く、一つのことを粘り強くやり続けることの力を垣間見たエピソードでした。

学生ハイツでの楽しかった思い出は後から後から浮かんでくるものの、どうもいざブログで詳細を書こうとすると不適切な内容を含むものが多く(笑)、マズい部分を削除してしまうと全然面白くないお話になってしまうので悩ましいところです。最近は女帝ゆりこをTVで見ない日は無いですが、都知事を見ると時々あの頃まだできたばかりの都庁の中にあったバーでバイトをしていた学生ハイツの仲間が持って帰ってくる豪華な残飯を晩餐会と称して賞味するのを毎週楽しみにしていたのを思い出します。学生時代ということで舌の記憶には自信が無いですが、それなりのクオリティだったとの印象で、やはりまだまだ世の中はバブルの只中だったのだなと思います。バブルと言えばトレンディドラマを連想してしまいますが、東京ラブストーリー後の織田裕二全盛期だった当時、俺は電車の中で織田裕二と何度も間違えられ声をかけられたと自慢気に語っていたハイツの先輩であるM本さんがジミー大西にしか見えなかったのを思い出して懐かしくなりました。すぐに裸になっていたM本さん元気かなぁ。

さて、前回のブログでの予告通り、駆け込みとなってしまいましたが、緊急事態宣言下のGWに向け、文学少女ABさんに本の紹介です。ABさんも中学2年生となり、そろそろ金次郎を含めたおじさん全般への嫌悪感が高まり始めるお年頃かと思いますが、そこは仮にも師匠ということで、他の一般おじさんとは一線を画したいところにて、師匠の威厳を保つためにも面白い本を紹介せねばとプレッシャーに負けそうです。

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「四十八の冬」の金次郎が佐藤優先生の「十五の夏」に感銘を受ける

3月は本屋大賞の予想をする月のため読書スケジュールがかなりタイトなのですが、そこに「闇の自己啓発」関連の課題図書が加わり非常に厳しい状況です。そして更に、読み始めてしまったら止めるのは難しいと分かっていたのに、田中芳樹先生の「アルスラーン戦記」シリーズにまで手を出してしまいもはや瀕死の状態です。ぶり返している睡眠障害のおかげで何とかなっているという八方ふさがりでそこそこ辛いです。

さて、以前もこのブログに書きましたが、〈知の巨人〉としてリスペクトしている佐藤優先生の本は知的好奇心から常に読みたいと思っている一方で、自分の浅学さを突き付けられるのが辛いので若干躊躇する気持ちも否定できず、アンビバレントな葛藤の中で著作リストを眺め続けているうちにかなり時間が経過していて、この悩んでいる時間に100ページぐらい読めたのに、と後悔することがかなり有ります。

そんな中、少し前に入社当時よりお世話になっている大先輩の方から「十五の夏」(佐藤優著 幻冬舎 上巻下巻)をご紹介いただく機会が有り、金次郎の心のシーソーが、読む、の方に傾き久々に佐藤先生の本を手に取りました。

この本は、埼玉県立浦和高校に合格した優少年が、合格のご褒美として高1の夏に行かせてもらった東欧から当時のソ連への40日間の一人旅について綴った旅行記です。ハンガリーにペンフレンドがいたことや違う社会体制の国々の実情を見聞することに意義を見出したこと、という背景は勿論理解可能ですが、1975年の冷戦のさ中に15歳の息子にそういう旅をさせるご両親、それは人生を変える経験になる、と前向きに送り出す周囲の大人たちの感覚はやはり現代とはだいぶ違うと感じます。

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金次郎、「うっせぇわ」を聞き、「ロッキード」を読む

最近、異常に耳に残ってしまい、どうしても頭の中から消せないメロディが有ったので、調べてみると、それはAdoさんという高校生シンガーの「うっせぇわ」という曲でした。どうやら、親として子供に覚えて歌って欲しくない曲ナンバーワンということのようで興味が湧いたので歌詞をじっくり読み、YouTubeを観てみたりもしました。

まず何より臆病な金次郎としては、これまで48年間積み重ねてきたもの全てを否定されてしまう勢いの「はぁ?」のところでびびってしまい、序盤でかなり押し込まれている感じになります。そして、会話でのテクニックと思って常用しているパロディ的なネタについても、二番煎じ言い換え、もう見飽きたわ、と一蹴されてしまい、昔の面白話の思い出を語る技も、何回聞かせるんだそのメモリー、嗚呼つまらねぇ、と完全否定され、心を叩き折られた気分になりました。

うちには子供はいませんが、確かに、親:「手を洗いなさい」子:「うっせぇわ」、親:「宿題しなさい」子:「うっせぇわ」、親:「スマホの見過ぎ気を付けなさい」子:「うっせぇうっせぇうっせぇわ」とあの曲の節で言われる場面を想像するだけでぞっとします。世のお父さんお母さん、ご愁傷さまです。

ただ、親子ほども年の離れた若手社員と一緒に働く機会も増えているわけで、言葉遣いが悪いとか、良識が無い、などのそれこそAdoさんから言葉の銃口を突き付けられてしまうこと間違い無しの頭ごなしの説教はできるだけ封印して、入社当時に抱いていた因習、慣習やしきたりへの反骨心をどうにか思い出して、無意味に惰性でやっている仕事を押し付けて「クソ、だりぃな」と言われぬよう、本質を外さず時代に沿ったメッセージを伝えることで、極力円滑に仕事を進められるよう努力してみたいと思います。サラリーマンつらい。

さて、この時点で既にうっせぇのですが(笑)、「うっせぇな」と響きが少しだけ似ている「ロッキード」(真山仁著 文芸春秋)を読んでみました。以前このブログでも書いたように、故田中角栄元首相とロッキード事件には興味があり、そのテーマを「ハゲタカ」シリーズで大ヒットした真山先生が初ノンフィクション作品として手掛けられたと聞いてはもう我慢できず、早速購入したものです。

これまで何度も検証が重ねられてきた事件ということもあり、また金次郎自身が、この事件の定説について正しく理解できていないのも手伝って、正直どの部分が新たな論点、解釈なのかを明確に認識できたわけではないのですが、これが面白い本でお薦めであることは間違いありません。

詳細については是非中身をお読み頂きたいところですが、現金受け渡しのやり方や場所の不自然さ、全日空ルートの金額と目的の中途半端さ、そもそも総理大臣には機体選定の決定権が有ったのかという根本的な問題、など挙げだすと辻褄の合わぬ点はどんどん出てきます。

本書はそのような数ある不整合の中でも、とりわけ児玉ルートの資金使途が不明である点に着目し、かなりリアリティの有る陰謀シナリオを終盤で提示する構成になっていて、最後まで読み通すと、ヘンリー・キッシンジャーの策謀やリチャード・ニクソンの色濃い影の部分が浮かび上がってくると同時に、この本のタイトルが「ロッキード」とされた理由がお分かり頂けると思います。

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金次郎、福岡県出身のブレイディ・ミカコ先輩を再認識+30年前の思い出を語る

金次郎の住む東京は2000人を超える新規感染者が発生し先週から緊急事態となってしまいました。基本は在宅勤務となり、飲み会も自粛となってしまい、読書感想以外でブログに書くネタを見つけるのに一苦労です。新しいことと言えば、英会話のレッスンを入れまくって、コロナ関連の英単語の知識が増えたことぐらいがせいぜいですね。例えばcurfew(夜間外出禁止令、門限)、new strain(新変異種)、jab(皮下注射、ワクチン予防接種)などですね。早くこんな単語をまた忘れてしまえる日常が戻ることを祈ります。ちなみに全く関係有りませんが、ニュージーランド人の先生と本の話をしていた際に、小説の主人公はprotagonist、敵役はantagonistと教えてもらいました。

新しいネタが無いのでぐーんと過去のネタで(笑)。前回のブログで金次郎が上京1年目に住んでいた学生ハイツについて書きましたが、そこは大学生だけでなく、専門学校や短大で学んでいる人、東京の予備校に通う地方出身の浪人生などもいて、更にフロアは分かれていましたが男女の共同生活という、ちょっと前に流行ったシェアハウス的な刺激的空間でした。各フロアのメインの入り口から入ると、その近辺にいずれも共同の洗面所、冷蔵庫、トイレ、コイン洗濯機&乾燥機、コインシャワーが有り、各部屋はビジネスホテルのような感じで内廊下を中心に左右3~4部屋ずつというレイアウトだったと記憶しています。本当に色々なことが有ったのですが、一例を挙げると、金次郎のいた6Fでは、(若気の至りとは言え大変反省しております)洗面所でゆで卵を爆発させる行為が一瞬ブームとなりました(苦笑)。今にして思うとなぜそんな事を面白がったのか全く理解できませんが、飽きるまで数回やったように思います。ブームも去り、その後しばらくして、洗面所に一番近い601号室に住むOちゃんのところに遊びに行くと、なんだか床が脂っぽくベトベトしていました。Oちゃんにその床の違和感について尋ねたところ、口数は少ないものの芯の強いナイスガイのOちゃんがぼそりと言いました。

「バルサンだよ。」

そうなんです。気持ち悪い話で恐縮ですが、ゆで卵の残骸は東京ど真ん中の雑居ビルに大量のGを発生させ、その被害を最も受けたのがOちゃんの601号室だったのでした。寝ている間に枕元でGの動くカサカサという音がしていたそうで身の毛もよだちます。Oちゃんごめんね。最近会えてないけど元気かな?トラウマ化していないことを祈ります。ちなみにこのOちゃんは後に〈あいのり〉に出演することになります!

これを書いている間にも色々思い出してきましたので、また折に触れて書きますね。

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あけましておめでとうございます!2021年こそは質の高い読書を目指します

金次郎家評では、さだまさし、玉置浩二、superflyのパフォーマンスが素晴らしく、想定外に良かったのがミスチルとYOASOBI、という感じの無観客をものともしなかった紅白歌合戦でしたが、氷川さんの美川憲一化が既定路線入りしたこととYOSHIKIさんのメイクが違った意味で印象に残りました。

総合司会のウッチャンが老けたね、と妻と話していた際に、そう言えば30年前金次郎が上京してきた頃住んでいた学生ハイツの目の前の部屋に、ウッチャンナンチャンが上京したばかりの学生の部屋訪問という番組の企画でやって来たことをふと思い出しました。テレビに出たその部屋の友人が、あのコンビかなり仲が悪い、と言っていたのが懐かしい(笑)。その学生ハイツは、1~2Fがパチンコ、3Fがカラオケ、9~11Fがサウナというビルの4~8Fという素晴らしい環境で、そこでは不思議な仲間たちとのバカ過ぎるハイティーン生活が繰り広げられたのですが、楽しかった思い出を忘れてしまわないようこのブログでもぼちぼち書いていこうと思います。

年男だった2020年は感覚的にはあっという間に過ぎ去りましたが、家にいることが多かったからか読書は随分とはかどり、この1年で374冊読むことができました。結果としては一日一冊を達成でき人生最多の読書量となったのですが、やはり量を追いかけ過ぎたきらいが有り、去年のお正月のブログで掲げた一冊一冊をじっくり読み込むとの目標が今一つ達成できなかったと反省してます。

リストを眺めてみると、本屋大賞の予想をいつの間にか意識していたのか、小説の新刊に偏った本の選択になっており、50代目前となる今年は哲学や科学関連、歴史的名著などを厚めにじっくり読んで、どうにか人間の幅を広げて年相応になれるよう頑張ろうと思います。

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【アフター4読書一周年記念】人気記事ランキング発表!(6~10位)

昨年12月に始めたこのブログですが、試行錯誤しながらどうにか一年続いて参りました。ストックしていたネタの枯渇懸念により、途中からやや更新ペースが落ちてしまったものの、前回分までで計72投稿とそれなりに頑張れたかなと思います。とりあえず、目つきの悪いヤンキーが公園のゴミを拾っているのを見た時のような、あの飲み会担当の金次郎さんが真面目に文章を書いている!、というポジティブギャップによる好印象戦略を継続する意味でも、二周年に向けて楽しんで頂ける記事を書いていこうと思います。引き続き宜しくお願いいたします。

と言うことで、前回のブログの最後に予告しました通り、一周年を記念して、これまでに読んで頂いた回数の多い記事のランキングを作成してみました。金次郎(とその妻)以外にこの順位に興味を持たれる方はそんなにはいらっしゃらないと思いますし、記事の最後に〈いいね!〉ボタンを付けているわけでもないので、どちらかと言うとたくさんクリックされたタイトルランキングのような気もしてきましたが、あまり細かいことにはこだわらず、先ずは以下6~10位の発表です。

6位:ダイヤモンドプリンセスは呪われているのか?(2020年2月21日)

思えばまだこの頃は日本国内での感染者も少なく、他人事感満点の内容となっておりますね。最近レースの機会も無く、目標を見失って料理にはまっている海外準エリートランナー友人へのエールが今は昔、という雰囲気です。最後まで読まないと出てきませんが、マリファナの本についての感想はなかなか良いですね(自画自賛)。

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「イモータル」(萩耿介著)は何度読んでも意味不明

ネットで見つけた記事ですが、なんとアメリカ人の14%がパスワードにcovidを使っているとのこと!毎日10万人以上感染しても気にせずマスクレスの人も多いアメリカらしいと言えばらしいですし、目的不明のフェイクニュースかもしれませんが、その記事にはtrumpが12%、bidenが9%使われているとも記載有り、こちらはなんとなく信じられるような気がします。誕生日やペットの名前を押さえてのパスワードトップは万国共通で鉄板の123456とのことで、やはり人類みな兄弟ですね。

アルツゥール・ショーペンハウエルの「読書について」(PHP研究所)を読み、読書は他人の頭を借りているだけなのでその後の反芻やoutputをしないと無意味、紙の上に書かれた思考とは砂の上の足跡以上のものではない、などなどの厳しいお言葉を頂戴し、本日非常に真面目にこのブログに取り組んでおります(苦笑)。カントを師とし、〈超人〉ニーチェに多大な影響を与えたショーペンハウエルはその後一世を風靡したヘーゲルと激しく対立して不遇をかこうこととなります。彼の〈認識論〉がインドのウパニシャッド哲学から影響を受けたというのはなんともグローバルですが、そういえばそんな小説が有ったなと思い「イモータル」(萩耿介著 中央公論新社)を読み返してみました。現代日本とインド、17世紀のムガール帝国、そして革命期のフランスを舞台に、宇宙普遍の原理であるブラフマンへの思いや憧れに衝き動かされて生きる魂=本質の表象としてのアートマンを描く、古代インド起源のウパニシャッド哲学を題材にした非常に壮大かつよく分からないお話です(笑)。内なる自我の本質たるアートマンを突き詰める中で、真理ブラフマンとの融合〈梵我一如〉を追求する物語が綴られていると思うものの、自分でも何を書いているかよく分からないので、全くナイスな紹介になっておらず恐縮ですが、もう少し修行して三度目読んだら理解できることを信じ、今回はこの辺にしておきます。

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〈板垣死すとも自由は死せず〉の嘘!

(前回の 「二人のカリスマ」(江上剛著)を読みセブン&アイを改めて学ぶ が読めないケースが有ったようなので、宜しければこちらからお願いいたします。)

相棒シーズン19が遂に始まりましたが、何と言っても先日亡くなられた芦名星さんが出演されており、これまでと変わらぬ好演をされていたのを観て非常に悲しい気持ちになりました。初回は全く違和感無かったですが、第二回の放送では声が少しいつもと違うかな、という印象で、後付けではありますが色々と悩まれていたのだろうか、と思ったりして更に悲しくなりました。心よりご冥福をお祈りいたします。

さて、門井慶喜先生は歴史上の人物を主人公としたフィクションをよく書かれていますが、ヒーロー化するようなデフォルメをされておらず、筋の通らないところや、意地悪で嫌な奴なところもそれなりに描かれているので、読後の痛快感は強くないのですが、人間くさいリアルさが感じられるところがだんだん癖になってきます。以前のブログで紹介した作品では徳川家康と宮沢賢治が主人公でしたが、今回は板垣退助と辰野金吾という渋いところを攻めています。

「自由は死せず」(門井慶喜著 双葉社)は、幕末の志士、維新の元勲、自由民権運動家、憲政の父、とめまぐるしくキャラ変を繰り返す、ある意味捉えどころの無い板垣退助の半生を、特段美化することもなく、淡々と描いた作品です。

教科書的には、立志社から国会期成同盟、そして自由党と他に先駆けて本格政党を立ち上げ、〈自由〉の概念を国民に根付かせた民権運動家として記憶している部分が大きいですが、薩土密約から土佐軍の近代化、甲府での新選組撃破、会津城攻略など、幕末の激動期にもかなり活躍していたと知ってやや意外でした。武市半平太、中岡慎太郎、後藤象二郎ら土佐藩出身者との縁が面白く描かれていますが、同じ土佐出身でも坂本龍馬や岩崎弥太郎との関わりは薄かったようで扱いは小さめです。

 

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〈知の巨人〉佐藤優を読んで相変わらず傷心+楡周平のビジネス小説を読む

コロナ禍でみなさん大変かとは思いますが、金次郎は用心しながら少しずつ夜の会食を再開し始めております。感染対策がそれなりに整ったお店に少人数で行くことを励行しておりますが、行きつけのお寿司焼き鳥イタリアン和食のお店がしっかりと対策をされ、元気に営業されている姿を見ることができて本当に良かったと嬉しく思っております。しばらくは頻度を上げるのは難しいですし、忘年会という感じでもないですが、地味にgo to eatと言うかgo out to eatしようと思います。

こじつけと思われるかもしれませんが、はい、こじつけです(笑)。「食王」(楡周平著 祥伝社)は食をテーマにした新しいビジネスモデルを世に問う内容となっていますが、オーナー企業や老舗料亭、築地仲卸を取り上げながら〈後継者問題〉にも焦点を当てる構成となっています。エンタメ小説としてそれなりに面白く読めるのですが、既に懐かしい外国人観光客へのB級グルメも含めた地方の売り込み、復興が進まない津波被災地の問題等も欲張って盛り込んでしまったために、本題のビジネス部分がややぼやける結果となりちょっと残念でした。あと150ページぐらい紙幅が有ればもう少し練られた感じが出せたのに。

さて、蔵書量が数万冊と圧倒される佐藤優先生は、著書のかなりの部分が参考文献からの引用という一見省エネ作家ですが、数万冊の中から文脈に沿って適切に抜き書きし、自分の主張を伝えるだけでも十分に凄いので、私は佐藤先生を〈知の巨人〉とリスペクトしております。かつてヨーロッパでは自由七科を入り口に哲学、神学とステップアップするのが学問を究める王道だったわけですが、神学部卒の佐藤先生による宗教関係の本は非常に勉強になる一方、当然ですがレベルが高すぎて理解できない部分が多く、自らの教養不足に頻繁に悲しい気持ちになります(苦笑)。今回読んだ「宗教改革の物語 近代・民族・国家の起源」(佐藤優著 KADOKAWA)もまさにそういう本で、頑張って500ページ以上も読んだのに打ちのめされる結果となってしまいました。14世紀から15世紀にかけて、分裂時代のカトリック教会、教皇の在り方を批判し、信仰に基づく見えざる教会、聖書至上主義を掲げ、最終的には異端として処刑されたチェコ人ヤン・フスの思想に焦点を当て、聖書を中心に様々な文献を引きながら、カトリックとプロテスタントの違いや、共同体の中に埋め込まれ、その後19世紀に芽吹くことになる民族国家の源流について解説しているこの本は、宗教改革と言えば1517年のマルチン・ルターによる95か条の論題に端を発すると勉強した金次郎世代にとってはなかなかにショッキングな内容です。ポストモダンと言われますが、依然として近代は続いているという立場で、寧ろプレモダンの視点で近代的現象である民族主義の動きを捉え直し、そこから現代起こっている事象への示唆を得ようとする見方は佐藤先生の一貫した姿勢であり、大いに参考になるとも言えますし、ちょっと意味が分からないとも言えます(笑)。ローマ教皇の生前退位の戦略性についての言及はなかなか興味深かったですね。

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