田中角栄と戦後政治を学び直す

先週は後半に出張が入り、時間が取れなかったためブログの更新が滞ってしまったのですが、とにかく空港でも機内でも異様なマスク着用率で、一瞬のスキならぬセキも許されないような雰囲気の中、 どうにか無事に帰国いたしました。今のところ全くの健康体ですが、まだ潜伏期間が10日以上残っているのでしばらく気持ち悪い日々が続きます。ちなみに渡航地は中国ではありませんのでご安心ください。

さて、最近故田中角栄元首相の名前がふとした会話でよく出てきたり、 難問山積の政治状況で角栄的リーダーシップが待望される、といった論調を耳にしたりと、再評価とは言わないまでも、その人となりや政治信条に改めて光が当たっているように感じます。

ところが、小さい頃の記憶を遡ってみると、 一番古い政治に関する記憶は 現役であった大平首相(当時)の死であり、 自分は三角大福時代を全く経験していないことを今さらながら認識し、 政治オンチもそろそろ卒業したいと思っていたこともあり、とりあえず何冊か本を読んで勉強してみることにしました。とんだ深みにはまるとも知らず。。。

先ず読んでみたのが、「異形の将軍:田中角栄の生涯」(津本陽著 幻冬舎 上巻 / 下巻)です。 この本は伝記的な内容で、高等小学校卒という学歴とは全く関係無い明晰な頭脳、裸一貫から成りあがる金儲けのセンス、ずば抜けた行動力と政治的決断力、情にもろく人間関係で非情になれない性格など、人間田中角栄を知る上ではとても参考になり、導入としてはなかなか良いチョイスだったと思います。コンピューター付きブルドーザーという仇名、選挙での票読みの正確さ、娘真紀子の溺愛ぶりなどが印象に残りました。

ただ、この本を読んだだけでは戦後政治の全体像が今ひとつ掴めず、大作で読み通すのに時間がかかるとやや躊躇はしたものの意を決して「小説吉田学校」(戸川猪佐武著 角川文庫 全八部)を読むことにしました。

政策そのものやマクロ的視点での国際関係は徹底的に捨象して〈党人政治家〉と〈官僚政治家〉の対立を軸に自民党内の党内抗争を描いたこの本は、小説とあるだけにフィクション的内容も多いと思われますが、何と言っても物語が最高に面白いので、戦後政治の流れと主要登場人物を頭に入れる上ではこれ以上無い必読書と思います。明らかに〈党人〉に肩入れした視点で描かれているため、〈官僚〉組の吉田、池田、佐藤、福田がかなり性格悪い印象になっていて若干不憫ではあります(笑)。要所で登場する長老格による党内調整の場面が結構好きでした。川島正次郎、保利茂、椎名悦三郎、西村英一などですね。

第一部 保守本流

鳩山一郎と吉田茂の抗争が描かれ、党人vs官僚というこのシリーズを貫く構図が提示されると共に、吉田学校の異質なキャストである田中角栄にどうしても目が行く構造になっています。

第二部 党人山脈

とにかく自民党創設の立役者である党人三木武吉の迫力が凄まじいの一言。自主憲法、自主防衛という政治的信念のためには全く手段を択ばず。河野一郎も洋平、太郎はイメージ湧くので興味持って読めます。

第三部 角福火山

いわゆる〈角福戦争〉の激烈さが描かれます。しかし、佐藤、福田は本当に嫌な感じになってしまっていて、昭和の妖怪岸信介の方が随分まともに映ります。

第四部 金脈政変 

インフレ問題と金脈事件で田中内閣が退陣を余儀なくされた後の椎名裁定がクライマックス。行司がまわしを締めて相撲を取ろうとしている、という表現は笑えます。自分だけ目立って周囲を潰す〈ヤブガラシ〉と揶揄される中曽根康弘もここでは少しイケてる感じに描かれます。

第五部 保守新流 

ロッキード事件と三木おろし、が中心。粘る三木武夫が主役ですが、どうにもクリーン三木というのはしっくりきません。

第六部 田中軍団

大角連携で大平政権ができるのですが、このあたりからキングメーカー、闇将軍と言われた田中角栄の片鱗が見え始めます。

第七部 四十日戦争 

大角vs三福中の抗争が中心です。 大平の粘り腰は凄いですが、このシリーズを読んでいると本当に権力を握った人の権力への執着の凄まじさを感じます。

第八部 保守回生

大平の弔い合戦となった史上初の衆参ダブル選挙での自民党大勝、あれよあれよという間に伏兵鈴木善幸が首相になるまでが描かれます。

大作を読み終えた満足感に浸りつつも、ロッキード事件、の詳細が未だよく分からず、「冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相」(石井一著 産経新聞出版)を読むことに。このあたりから、戦後政治史という大それたテーマを簡単に勉強しようとした暴挙に気づき始めやや不安になりますが、もう後の祭り。

日米繊維交渉で実力を示し、日中国交正常化と独自資源外交で米国の、と言うかヘンリー・キッシンジャーの虎の尾を踏んだ田中が、事実のでっち上げと嘱託尋問という超蜂起的措置で無理やり有罪にされたという主張が中心の内容になっています。田中角栄当人は無罪を信じて疑っていなかったようですが、そろそろ50年が経過して外交機密が公開される時期でもあり、真相がどうだったのかかなり興味が湧きました。

毒皿ということで(笑)、「小説吉田学校」では体系的に触れられていない政策もかじろうと、 「自民党政治の変容」(中北浩汝著 NHKブックス)も読んでみることに。

高度経済成長の終焉が、自民党のお家芸であった利益誘導型政治の限界を示し、農村から都市部へ支持基盤を拡げる試みとしての日本型多元主義の進展、その過程での党内リベラル派の台頭、という流れは比較的理解し易いと思います。

一方、賛否の有る派閥政治からの脱却を目指した小選挙区制の導入が、二大政党化という形でリベラル民主党を生み出し、 党内リベラル敗北の反動としての小泉政権による新自由主義という形の右傾化と、 民主党への対抗策として〈右傾化〉そのものを目的とするナショナリズム偏重という二つの右旋回が同時進行するねじれ構造、のあたりは少し理解するのに時間が掛かりました。 どうにもピンときていなかった、中選挙区制が派閥を産む元である点や、 派閥の弱体化と党執行部への権力集中構造と現在の安倍一強体制の因果関係が漸く腹に落ちました。アカデミックな内容で、筋道立った理解が進むという点でかなりの良書と思います。

期せずして長々と書くことになってしまいましたが、 ここまで読んでようやくだいぶ分かった気になりつつあった金次郎、 「嘘だらけの~」シリーズの倉山先生の本なのでちょっとヤバいかもと器具しつつも、 おまけのつもりで読んでみた 「自民党の正体 こんなに愉快な派閥闘争史」(倉山満著 PHP研究所) に、ある意味予想通り、かなりの精神的ショックを与えられました。

しょっぱなから「小説吉田学校」は必読の悪書と書いてあるわ、美談と共に語られてきた殆どの政治家がコキ下ろされているわで、とりあえず脳内がシェイクされます。 ただ、日本の政治を眺める視座としての〈アメリカ〉・〈参議院〉・〈大蔵(財務)省〉の提示と、この視点での歴代主要政権の権力構造の分析はあまり考えたことの無いポイントだったので非常に興味深かったです。 英国議会との比較分析や日銀を中心とした金融政策の是非等にも言及有り、包括的に政治を勉強するには良い本でした。 少なくとも、同時に読んだ 「自由民主党の深層」(大下英治著 イースト新書)よりは頭にすっと入りました。

勿論、著者一流のコミカルな表現も笑わせますし、大臣ポストに対する慢性的飢餓状態の存在、とか、田中派末期の新参者へのポスト分配が譜代忠臣のクーデターを招いた、とか、見た目と違って竹下登は恐ろしい政治家であった、とか素人には面白い話がたくさん紹介されています。しかし、小沢一郎・菅直人のご両人はどの本でも評価が低いですね。

ここまで勉強にお付き合い頂きありがとうございました!たまに政治家向いてるんじゃない?と言われることがあるのですが、全く無理であることがよくよく理解できました。 これからも政治に失望することなく、足しげく選挙に通おうと思います(笑)。

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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