ある意味フランスを代表する作家であるミシェル・ウエルベックの最新刊を読む

以前ブログでも紹介したストロベリーナイトシリーズのドラマ版で姫川玲子役が本当に素晴らしかった竹内結子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。悲しい気分にまかせて、本日はどちらかと言うとネガティブな気分になる本ばかりを集めて紹介します(苦笑)。

「その日、朱音は空を飛んだ」(武田綾乃著 幻冬舎)はスクールカーストという単純な言葉では全く表現しきれない高校生の込み入った人間関係を描きつつ、他人同士が分かり合うことの難しさを突き付けてくる、かなり怖い気分にさせられる青春ミステリーです。なぜ怒っているのか、なぜ悲しんでいるのか、実際に他人の心の底は分からない中で、相手を思いやることの本質についても考えさせられます。自分が高校生の頃は何も考えずに楽しく過ごしたと朧気に記憶していますが、無神経に多くの人を傷つけたのではと冷や汗ものです。女子高生の飛び降り自殺というモチーフは「冷たい校舎の時は止まる」(辻村深月著 講談社)と重なります。

「服従」で世界を騒然とさせたミシェル・ウエルベックの最新作である「セロトニン」(河出書房新社)を読んでみました。この小説は非常に難解なような、至極単純な失恋男のトラウマ話のような、ウエルベックらしい分かりにくい内容で、ウエルベック作品にはいつものことですが、理解が追い付かないので少し時間をおいてから再読させて頂きます。社会的地位も資産も有る主人公が統合失調症となり、蒸発した上に引きこもり生活をするのですが、彼の孤独への救いの無さが、沈みゆくフランス農業の現実と重なって、退廃的な読後感でいっぱいになる、ちょっと他人には薦めづらいお話でした(笑)。グランゼコール卒の農業技官であるウエルベックらしく、今後フランス農家の数は半分以下となるというフランス農業の現状がリアリティを持って迫ってきますが、この事実は〈黄色いベスト運動〉との関連が取りざたされており、ウエルベックの鋭い社会観察眼が発揮されている作品となっています。

今回読み直してみた「服従」(河出書房新社)では、極右政党との激戦の末にイスラム政権が誕生するという政治的な舞台設定で、服従すなわちイスラム教への帰依こそ幸福とされる、ヒューマニズムや自由主義が敗北した世界を描き、フランス的自由主義やアカデミズム及びインテリ層の脆さ、危うさを喝破しています。理屈をこじつけて自己正当化を図るインテリが残念な感じで描かれますが、そういうサラリーマンにならぬよう注意せねば(笑)。本作の発売日にシャルリー・エブド襲撃事件が発生したことから〈予言〉的な小説としてベストセラーになったこの本は、確かに統合から再分裂へ向かっているように見える欧州の現状を考える上で重要な視座を与えてくれる作品だと思います。

「地図と領土」(筑摩書房)も読んでみましたが、こちらは芸術家の思考の道筋を辿りながらの芸術論に加え、個人主義を突き詰めた結果としてのどうしようもない孤独が、家族関係や友情が内包する本質的な脆さの描写を通じて表現されています。著者自身が非常に気難しい人物として登場し、凄惨な事件に巻き込まれるというプロットで、現実とフィクションの入り混じった世界を描くウエルベックの特徴が表れており、やはり難解ではありますが他作品よりは分かり易いのではないかと思います。

出世作となった「素粒子」(筑摩書房)は西欧的合理主義、自由主義を拠り所とする社会に生きる人間の運命づけられた苦悩を描き出した問題作ですが、科学、哲学への深い造詣がその内容の過激さも含めた現実社会への洞察を支えていて、わけの分からない部分も多々有るわりには、意外と違和感無く読めました。とは言えかなりとっつきにくい内容なので、時系列とは逆になりますが、「服従」や「地図と領土」を読んでウエルベックの世界観に慣れてから読まれることをお薦めします。

Mが美味しいいちご大福を置き土産にドイツに旅立たれました。とろとろ食感がもっと食べたくなって妻と共に八丁堀まで買いに行ってしまいましたが、翠江堂の和菓子は本当に美味です。

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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