金次郎、謎の漂泊民に興味を持つ

30年来の競馬好きの金次郎ですが、今年はオークス、ダービーと5月のクラシックレースを連敗して悲しい気分になっております。ただ、イギリスのエプソムダービーで三冠馬ディープインパクトの子供であるオーギュストロダンが勝利するという嬉しいニュースが入ってきたり、マイル王決定戦の安田記念では予想が的中したりと、徐々に運気は上向いているような気がしておりますので春シーズンを締めくくるグランプリレースである宝塚記念では必勝を期したいと思います。英会話のレッスンでそんな競馬の話をしていたところ、イギリス人の講師が自分の家はダービーが開かれるエプソム競馬場の近所だったが、あの辺りには法律やルールを超越した警察にも手が出せないアイリッシュ・トラベラーズという漂泊民が住んでいるから結構危ないという話をしておりました。

ヨーロッパで漂泊民というと、先ずはジプシーが思い浮かびますし、様々な小説にも登場しますので、それはジプシーのことか?と尋ねてみたのですが、アイリッシュ・トラベラーズはアイルランド系でありジプシーとは違うグループとの返答でした。無知ゆえに違いがよく分からなかったので調べてみると、所謂ジプシー(Gypcy)はその名の通りエジプトに起源を持つと一般的に誤解されている人々で、実は5~10世紀の間断続的に北インド地方から西北方向に移住し、ルーマニアやバルカン半島を中心とする中東欧からイギリスやイベリア半島に至る広範囲の地域に広がった人々の総称とのことでした。勿論金次郎にそういう意図は皆無ですが、ジプシーという呼称には若干の差別的意味合いが込められる場合が有るため、最近ではロマという呼び方で統一され始めているようです。このロマと呼ばれる人々は、古代インドのサンスクリット語やヒンディー語を源とするロマニ語がそれぞれの地域で変化した方言や特殊な符丁を使用しているのが特徴で、元々は移動の民とされますが、最近では移動をやめて定住するケースも増えてきているとのこと。また、ロマの人々は独自の民族音楽を有しており、スペインにおけるフラメンコとの融合は有名です。フランスのロマのスーパースターであるジプシーキングスの奏でるメロディには正に漂泊という表現がぴったりの物悲しさが溢れていて、改めて聴いてみるとやたらと心がざわついてしまいます。かなり昔にドラマ「鬼平犯科帳」の時代劇らしからぬエンディングで、物語の余韻と鬼平の優しさに意外にも奇跡的にフィットしていて印象的であった彼らのInspirationという楽曲を聴いた際の衝撃を思い出しました。ロマの人々とその音楽については「ジプシーを訪ねて」(関口義人著 岩波書店)に詳しいです。話が大幅にそれましたが、結局謎の集団アイリッシュ・トラベラーズについては、ロマの人々とは別系統ということは分かりましたが詳細までは調べきれず今後の英会話レッスンのネタとして色々な講師の方に聞いてみようと思います。さすがに日本にはロマの人々は辿り着いていませんが、似たような漂泊民としてサンカと呼ばれる人々の存在が戦前から戦後しばらくの期間を舞台とした小説には時々登場します。山から山へと渡り歩き、川で漁をしたり竹細工を売るなどして生計を立てていた人々とのことですが、忍者を起源とするという説も有り、民俗学では謎の多い存在とされているようです。サンカについては「サンカと説教強盗」(礫川全次著 批評社)で65件の強盗を実行して帝都東京の西部を震撼させた〈説教強盗〉との関連を軸に詳述されていて面白いです。この〈説教強盗〉というのは、盗みに入った際に被害者家族に、お宅の防犯はなっていない、と散々説教をしてから逃亡するという謎行動にちなんで名づけられたとのことで不謹慎とは思いつつも笑えます。

さて、本題の本の紹介です。「ハヤブサ消防団」(池井戸潤著 集英社)は都会での暮らしに見切りを付け、亡くなった父親の故郷である山村に移住することにした売れないミステリー作家三馬太郎が地元ハヤブサ地区の消防団に成り行きで入団し、村の人々との関りを深めていく中で、ある放火事件をきっかけに思いもよらない騒動に巻き込まれていく、というお話です。ミステリーなので物語の核心にはあまり触れられませんが、地方に残るしきたりや持ち回りでやらなければならない村の雑務、村民同士の密な関係の良し悪しなど田舎暮らしのリアルが想起されて金次郎は正に父親の故郷の雰囲気を思い出しました。正直ミステリーとしての完成度についてはどうかなと思う部分も有りましたが、謎が謎を呼ぶエンタメ小説としては充分楽しめる内容になっているかと思います。ネットで調べてみるとこの7月からのクールでドラマ化されるようで、主人公三馬を中村倫也さん、謎の美人映像ディレクターを川口春奈さんが演じるとのことで、ちょっと観てみてもいいかなと思いました。

「火の粉」(雫井脩介著 幻冬舎)は、大量殺人事件を裁く法廷で証拠不十分として死刑ではなく無罪を言い渡した裁判長梶間が退官後に建てた一戸建ての隣に、その裁判で無罪放免となった元被疑者の武内が引っ越してくるというなんとも不穏なところから始まるサスペンスです。何となく怪しい雰囲気を漂わせる武内ですが、梶間は自らの下した判決に捉われそんな懸念を認めることができず、読んでいてなんとももどかしい。平穏だった梶間一家の生活の歯車が少しずつ乱れ始める中、果たして武内は殺人者なのか、彼が無罪とされた一因である真犯人に殴打された傷跡の謎は解けるのか、自らの決断により家族に降りかかることになった火の粉を梶間は打ち払うことができるのかが気になりまくり、気持ち悪い登場人物が何人も出てきて怖いのにページをめくる手が止められないリーダビリティーの高い作品でした。老境に片足を突っ込んだ梶間の人間的成長が清々しく感じられる読後感でした。

「栞と嘘の季節」(米澤穂信著 集英社)はタイトルの通り、図書館に返却された本に遺されていた超危険な栞の謎と、嘘をつきまくる登場人物により引き起こされる混乱で読者を引っ張っていく青春ミステリーとなっています。「本と鍵の季節」(同)の続編となる図書委員シリーズの第二弾で、達観した堀川次郎と皮肉屋の松倉詩門の仲がいいのかどうなのかよく分からない謎のバディも健在です。大好きな米澤作品でもありますし、ブランチBOOKコーナーでも紹介され面白そうだったのでずっと読みたいと思っていた本でしたが、あまりにもたくさん嘘をつかれてちょっと食傷気味になったのと、連作短編であった「本と鍵~」と比較してややテンポが悪くキレに欠けた点が残念ではありました。

最後に簡単に。「江戸の御触書」(楠木誠一郎著 祥伝社)は江戸時代に幕府によって出された御触書の内容を紹介し、○○を禁ズとの記載から、○○する人が多数いたことをイメージしながら当時の江戸での暮らしぶりを検証するというなかなか面白い視点の本となっています。倹約せよとか初物は高いから売買してはいけないなどの生活感が感じられるものから、子供を捨ててはいけないといった当時の貧窮ぶりがうかがえるもの、将軍の鷹狩の前に獲物がいなくなっては困るので町人は狩りをしてはいけないという忖度に思わず笑ってしまうものまでたくさんの命令が紹介されていて非常に興味深いです。時代劇ではよく出てくるそばやうどんの屋台は防火的な観点で禁止されていたとのことで驚きました。粋が身上の江戸っ子はかえって幕府からの締め付けには反発したんだろうななどと想像を巡らせながら読むと更に面白さが増すと思います。

英会話では勿論アイリッシュ・トラベラーズについて聞いて回る予定なのですが、アイアムウェアリング!でイギリスで大ブレイク中のとにかく明るい安村についてもぜひ聞いてみたいと思います。うちの妻がかなり気になっているようですので(笑)。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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