金次郎、かつてお世話になった方も五十肩だったのではとの閃きに打たれる

五十歳になったからというわけではないのでしょうが、半年ほど前から五十肩が私の左肩をむしばんでおり、この病が全くバカにできない辛さで苦しんでおります。とにかく寝ている間も容赦なく痛みが襲ってくるために、特に眠りが浅くなった時は目が覚めがちでなかなか熟睡できません。また、左を下にして寝るのは以ての外ですが、痛くない右を下にする場合にも微妙な左肩の位置調整が必要で寝返りのフレキシビリティが極端に落ち、棺桶の中の死体のようにまっすぐな状態で横になり続けねばならず全然リラックスできず眠っても疲れが取れません。起きている間も、髪を洗っている時、洗顔している時、お風呂掃除をしている時、タクシーでお金を払おうとする時、電車でつり革につかまろうとする時、会社執務室に入る際に社員証をセンサーにかざそうとする時、などなど生活のふとした場面で想定外かつ30秒ほど持続する激痛に襲われうずくまりたくなることもしばしばで、もうだいぶ慣れたとはいえなかなかに厳しい状況です。数年前の右の五十肩の際は人生50年弱にして初のレフトハンドお尻拭きという事態となり、足の指にペンを挟んで字を書くレベルの不便を味わいましたが、今回その点だけは影響出ず良かったなと思っております(苦笑)。妻と共に通っている整体での施術、その先生の薦めで毎晩やっているお灸、耐えられない程痛くなった際の最後の手段である整形外科での注射を組み合わせてなんとか早く治そうと頑張っている今日この頃です。そんな中、ある朝スーツのズボンをはこうとしていた際にどうにも右側のシャツがズボンに上手くインできず、このままではだらしない中年になってしまうと焦っていたのですが、ふと20代の頃にお世話になったお客さんでいつもシャツがはみ出していたO部長のことを思い出しました。駆け出しの金次郎を可愛がっていただきましたし、尊敬もしていたものの、正直心の中でこの人いつもよれよれだなぁ、と思いながら打ち合わせなどに臨んでいたのですが、まさかOさんは、五十肩が痛すぎてシャツをインできなかっただけなのでは、という突然の閃きに打たれ、自らの浅はかさを呪いました。Oさん、申し訳ございませんでした。でも、よくよく思い出してみると、Oさんはシャツをインできない重症五十肩の患者にはイメージするだけで激痛が走るゴルフを頻繁にプレイされていた記憶が蘇り、やっぱりだらしないだけだった可能性が非常に高いと思い直しほっといたしました(笑)。会社や町中で通常でない行為をしている人がいるぞ、と思っても、そのような隠れた事情をお持ちの可能性も有り、危ない人がいるから逃げろ!と決めつける前にもう少し想像力を働かせる必要が有るなと気づいた朝でした。

さて本題の本の話です。先ずはちょっと古い本になりますが「明治六年政変」(毛利俊彦著 中央公論社)が非常に面白かったので紹介します。一般的に明治六年政変は、征韓論が容れられなかった西郷隆盛、江藤新平、板垣退助、大隈重信ら政府参議が一斉に下野し、西郷、江藤は不平士族と共に反政府実力行使に向かい、板垣、大隈は自由民権運動に走ったという近代日本政治の重要な契機となった事件であると同時に、この事件をきっかけとして、内政重視の大久保利通が征韓論をめぐり盟友西郷と袂を分かったともされており、維新から続く薩摩藩指導体制にほころびが生じたという意味でも見逃せないポイントとなっています。ところが、この本の面白いところは、それらの歴史的通説が実は必ずしも正しくない、という主張を資料に沿って淡々と述べている点で、井沢先生の「逆説の日本史」シリーズ的な目から鱗感が有りました。具体的には、征韓論に隠れてあまり語られていないこの政変の背景、即ち①不平等条約の改正を目指した岩倉使節団の失敗と使節として成果を上げられなかった大久保の焦り、②山縣有朋、井上聞多の不祥事を追求する江藤及び司法省に対する長州閥の反感と策士伊藤博文の謀略、③激動の時代には向かなかった三条実美を中心とする公家勢力の日和見主義、について詳説し、全く朝鮮半島への武力行使を念頭に置いておらず、純粋に平和を希求していただけであったと思われる西郷が面目を失い政府を去るに至った経緯が解説されており非常に興味深いです。征韓論を政争の具として、大久保と木戸孝允以下の長州閥が私利私欲のために次代を担うべき俊英であった江藤を追い落とし、ろくに詮議もせずに佐賀の乱の首謀者として彼を瞬く間に処刑してしまった執拗さは見るに堪えません。西南戦争での西郷横死と併せ、この時期に明治以降の日本をけん引する政治家のレベルが一段下がったという気がしてならなくなる少し悲しい読後感でした。

「うつくしが丘の不幸の家」(町田そのこ著 東京創元社)は、近所の人から〈不幸の家〉と呼ばれている新興住宅地にたたずむ一軒家を舞台に、この家に関わった人々の人生劇場を描く連作短編集です。現在から過去に遡る形で物語が進んでいくので大きなストーリーの展開は想定できるのですが、予想外の展開有り、小さな謎が少しずつ解き明かされていくサスペンス有りで、「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」でミステリーの才能を垣間見せた町田先生の筆力が十二分に発揮されている作品だと思います。ビワの葉や実にそんなに薬効が有るとは全く知りませんでしたが、ビワの木が有る家は不幸になるという噂が、そういう薬効を求めてその家に出入りする病人の様子を一面的に捉えた誤解によるものだという話から、物事の目につく部分だけを基に軽々に判断を下してはいけない、という教訓につながり、結局自分の人生の評価は誰よりもそれをよく知る自分が定めればいいこと、というポジティブなメッセージに帰結しております。

「オリーブの実るころ」(中島京子著 講談社)は家族と愛のリアルを中島先生らしいやわらかなタッチで描いた短編集です。人は誰しも長い人生のうちにドラマと悲哀を抱えていることがしみじみと実感される表題作と、登場人物たちの得手勝手な独白からこんなにも人の思いとはすれ違ってしまうものなのかと寒々しい気持ちにさせられる「家猫」、白鳥と人間との奇妙で複雑でちょっと悲しい三角関係がしみる「ガリック」が好みでした。「ローゼンブルグで恋をして」では、都道府県名をドイツ語直訳で言い換えてみると無駄にカッコいい、という本筋ではない内容にはまってしまいました(笑)。個人的にはブラウヴァルト(青森)、ロスカスタニエ(栃木)、フリーデンスリートベルク(和歌山)などがイケてると思いました。ちなみにローゼンブルグは茨城のことで、確かに数段カッコ良くなったと感じるのは金次郎だけでしょうか。

シルバーウィーク真っただ中ですが、我が家では10月から始まる第5期に向けひたすら「弱虫ペダル」を観まくっております。涙が枯れそうです(笑)。

 


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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

「金次郎、かつてお世話になった方も五十肩だったのではとの閃きに打たれる」への2件のフィードバック

  1. 肩甲骨周りの筋肉が固まっているのではないでしょうか?
    YouTubeで肩甲骨 ストレッチを検索して試してみたらいかがでしょうか。

    1. アドバイスありがとうございます!確かに固くなってしまっています。。。色々試してみますね。

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