金次郎、ケーシーの謎を解いたもののゼロックスの恐怖を思い出す

お正月に妻側の親戚が集まる機会が有ったのですが、大学で薬学を専攻している姪が今度病院研修で着用するケーシーを買ったという話をしておりました。その瞬間はケーシー高峰しか思い浮かばず、会話の文脈が全く掴めずに困惑したのですが、親戚筋では地蔵キャラの金次郎ですので、静かに脳内の調べる物リストにメモして笑顔で頷いておきました。後で調べてみて、外科医や歯科医など外科系の医師が着用している上着の丈が短いセパレート型の診療衣が〈ケーシー〉と呼ばれていることを知り意味は分かったのですが、どうしてケーシーなのだろうと興味をそそられ更に調査してみました。

すると、1960年代に大流行したアメリカの医療ドラマ「ベン・ケーシー」で主人公が着用していたタイプの白衣を世界的にケーシーと呼ぶようになったとのことで、ケーシー高峰の白衣もその芸名もベン・ケーシー由来かと思うと、その影響力の凄まじさに驚嘆しました。こういう固有名詞が一般名詞や動詞として使われるパターンは結構有りますが、金次郎の記憶に最も残っているのは、ベタですがやはり新入社員時代に呆然とさせられた「ゼロックスしといて」を挙げざるを得ません。複合機メーカーであるゼロックス社の名前がコピーを意味する動詞に転じてしまったわけですが、輸出入関連書類作成のためにゼロックスならぬコピー業務が多い部署であったというのも有り、朝からずっと、ゼロックスしといて、ゼロックス足りない、ゼロックスまだ?、ゼロックス上手いね、と高齢の先輩からゼロックスで責め立てられ、どうしても言葉のニュアンスと行動を頭の中で整合させられなかった金次郎は一時ゼロックス譫妄症になるかと本気で悩みました。ホッチキスしといて、もEHホッチキス社製のステイプラーに由来しているのにそっちは平気だったのは不思議です。ちなみにXeroxの由来は特に無くKodak社のように最初と最後のアルファベットが同じで力強い印象になるような造語として生み出されたとのことです。重機や戦車で使われるキャタピラーもゼロックスやホッチキス同様メーカー名が一般化しているケースで、キャタピラー社以外のあのぐるぐる回るやつは商標上キャタピラーとは呼べず〈無限軌道〉と鬼滅の刃の〈無限列車〉風に呼んであげねばならないようです。同じような一般化としては文学の登場人物が元になっているケースも多く、のぞき屋の意味のパパラッチはフェリーニの小説「甘い生活」の登場人物であるゴシップ誌のカメラマンの名前に由来しているようです。また、妖少女を意味するロリータがナボコフの小説に由来していることは著名ですが、小説に登場する女の子の名前はドロシアであり、ロリータは主人公が彼女に勝手につけた呼称である点が更に屈折していて面白いです。ちなみに水死体を意味するどざえもんは、江戸時代の相撲取り成瀬川土左衛門が水死体のようにぶくぶく&ぶよぶよに太った体型をしていたことから始まった呼称とのことで、よく考えると非常に不名誉かつかわいそうなネーミングで現在では全く許されないパターンだと思います。ゴルフを始めた頃に朝イチのティーショットをミスした先輩が「マリガン!」と高らかに宣言して何食わぬ顔で打ち直すのを見て驚いた記憶が有りますが、これもゴルフが下手くそなアメリカ人マリガンさんが毎回朝イチのショットで失敗するのを見かねた友人が無罰打で打ち直すことを許してあげたお話に由来するそうで、土左衛門ほどではないですが不名誉な一般化の一例として挙げられると思います。と言うか、こちらはグローバルに広まってしまっているので土左衛門より恥ずかしいかもですね。

さて本の紹介に参ります。「犯罪は老人のたしなみ」(カタリーナ・インゲルマン=スンドベリ著 東京創元社)は入居している老人ホームの運営母体が変わり、コスト削減目的で新たに設定された細かなルールで雁字搦めに縛られる生活に不満を募らせた合計年齢392歳の仲良し老人5人組が主人公です。たまたまテレビで見た刑務所での暮らしが自分たちの現状よりよほどマシという事実誤認に動機づけられ寧ろ刑務所に収監されたいと希望して犯罪を計画するという奇想天外なストーリーになっております。作品の舞台である北欧スウェーデンでは福祉はかなり手厚いとの認識でしたので意外でもあり、刑務所にはそれなりにお金を使っているという行政の行き届かなさへの皮肉も効いていて興味深いです。老人ならではの忘れっぽさや偏屈さが様々な場面で犯罪計画遂行の障害になる一方、老人であるが故に誰からも警戒されないメリットが有ったりして、一般的な計算され尽くした犯罪小説とは趣がだいぶ違って楽しいですし、コミカルな中にもサスペンス要素もしっかり盛り込まれておりなかなか充実した内容でおすすめです。金次郎は、こっそりジムで身体を鍛えまくってスタスタ歩けるのに、よぼよぼの偽装で杖を突いたり歩行器を使ったりしている様子や美術館での絵画窃盗時の手違いが巻き起こす混乱にはしっかり笑わせてもらいました。

「地図と拳」(集英社)で直木賞を取り、「君のクイズ」(朝日新聞出版)で本屋大賞にノミネートされ乗りに乗っている小川先生の初期の作品である「ゲームの王国」(小川哲著 早川書房 )を読んでみました。サロト・サル(ポル・ポト)率いるクメール・ルージュによる革命前後の、秘密警察が跋扈し、強制労働や大量虐殺がまかり通る救いの無いカンボジアで二人の天才ソリアとムイタックが出会う前半と、その50年後の近未来を描く後半に大きく分けられる作品です。筋はちょっと追いづらいですが、定められたルールの中でゲームに勝利することを潔癖に追及する少年ムイタックと、目的のためには手段を選ばず勝利を目指す少女ソリアという二人の天才のどちらが長い長い頭脳戦を制するかの勝負にほんのり恋愛要素が加わるという変則的ボーイミーツガールのストーリーになっていると思います。ガルシア=マルケス的なマジカルリアリズムの表現やそれにまつわる有り得ないホラ話の数々にはフィクションなのにカンボジアの土の臭いを感じさせる奥深さが有りますし、そういう土俗的なものを破壊しつくすクメール・ルージュによる原始共産主義の極端な思想も怖いもの見たさで興味深く読めました。そして、何と言ってもこの作品で金次郎が楽しんだのは、会話の中で随所に出てくる小難しく理屈っぽいインテリ風のやり取りですね(笑)。日常生活でも気を抜くと屁理屈をこねそうになるので気を付けなければと自戒いたしました。ソリアが質問が発せられる前に答えを言う場面や、ゲームを人生と捉えるくだりなどには「君のクイズ」の原点が見え隠れしていますので読み比べるのもきっと楽しいと思います。

いつも気に入って日本橋高島屋の京都雲月で小松こんぶという商品を買っているのですが、これが髪の毛程度の僅かな昆布に有り得ないほどの旨味が凝縮されている奇跡の食べ物で病みつきになります。短めの髪の毛3本程度の量でご飯一膳は食べられる優れものですのでぜひ試していただければと思います。先日試しに買ってみた鰹のふりかけも絶品でした。


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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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