金次郎、ダイムストアのドストエフスキーと称されるジム・トンプスン大先生に出会う

先日英会話のレッスンを受けたフィリピンのミンダナオ島在住アメリカ人の先生が週末に買ってきた新しい子犬が可愛いとご満悦の様子でした。ブリーダーのいる少し離れたダバオ市まで家族揃って子犬を買いにお出かけされたようで、うちの子は数万ペソだったが、別の犬種ならいくら、一番高いものは10万ペソ以上と、恐らく仕入れたばかりの情報を非常にテンション高く説明してくれました。お国柄なのか、そこはかとなくワンちゃんが粗雑に扱われている雰囲気を感じ悲しい気分となりましたが、更に突っ込んで何故新たに子犬を買うことになったかについて聞いてみたところ、悲しいだけでは済まされないホラーな現実を突きつけられる結果となりました。

レッスンは普通に天気の話から始まったのですが、先生の最近雨がたくさん降って本当に嫌だという嘆きのトーンが単なる雨嫌いで片づけてしまうにはややそぐわないシリアスなものでしたので、どうしてそんなに雨が嫌いなのかと尋ねてみると、雨が降るとカエルが出るから嫌なのだとの返答でした。確かに大量にいると鳴き声もうるさいし、あまり気分の良いものではないですが、とはいえたかがカエルにそんなに怯えるのは臆病過ぎるというか前世はハエだったのでは?といぶかしむ金次郎の内心が態度に出ていたのか、血相を変えてカエルはヤバいんだと訴えかけてきました。何をそんなに怯えているのかと聞いてみると、雨天になるとどこからともなくのそのそと現れるミンダナオ島のカエル(恐らくオオヒキガエル)はかなり強い毒を持っており、人間でさえ迂闊に触れてしまうと相当危険とのこと。直ぐに適切な処置をしなかった場合には、肌がただれてしまうのみならず、失明してしまったり、最悪は心臓マヒにより死に至るなどかなり重篤な中毒症状に襲われるらしく、そんなのが何百匹もゲゲゲと鳴きながら迫ってくる絵柄を想像してみると、確かにかなり恐怖でそんな中を外出する気分になれないのは理解できました。元々毒の有るカエルはフキヤガエルのように南米原産のものが多く、その名の通りモウドクフキヤガエルなどの毒は南米原住民によって吹き矢の先に塗られて狩猟に用いられていたようです。シャーロック・ホームズのシリーズにも南米の毒が使われる作品が有ったと思い調べてみると「サセックスの吸血鬼」では確かに毒が主要アイテムになっているのですが、こちらはつる植物を原料とするクラーレという別物の毒で惜しくもニアミスでした。フキヤガエルほど猛毒ではないにしろ立派なアルカロイド系の毒を持っているオオヒキガエルは、さとうきび畑の害虫駆除目的で人間の手によって原産地の南米から世界中に拡散されたとのことで、その繁殖力の強さからフィリピンにも根付いて大量に生息しているようです。また、日本でも沖縄の離島地域や小笠原諸島での繁殖が確認されていて、既に駆除の要否が取り沙汰されており、全く他人事ではないなと背筋が寒くなりました。話を何故子犬を買いに行ったかという本題に戻しますと、その先生が以前に飼っていたワンちゃんは、というかその前に飼っていた先々代も含めてだそうなのですが、ただの好奇心からかはたまた食べようとしたのか、そんなカエルに噛みついたために立て続けに中毒死してしまったという悲しくも恐ろしいストーリーでした。レッスンの前週にはその代わりの三代目を買いに行ったとの流れだったわけですが、カエルに噛みついた犬が次々と命を落としてしまう土地柄、更にはそんな状況を放置し、不幸な事故が発生する度に新たな子犬を笑顔で調達する英会話講師一家のいずれにもかなりホラーな印象を持ってしまうのは金次郎だけでしょうか。

さて気を取り直して本の紹介に参ります。先ずは「ポップ1280」(ジム・トンプスン著 扶桑社)です。タイトルのポップ1280の意味するところは町の人口が1280人しかいないというものですが、この本では100年ほど前の米国南部のそんな小さな田舎町ポッツヴィルを舞台にダメ人間保安官であるニック・コーリーが繰り広げるドタバタが描かれます。ニックのダメぶりが、最初はただの下品でとぼけたいい加減な感じだったために、物語はこのままコミカルな雰囲気で進んでいくのかと思いきや、そのくそ野郎ぶりが徐々に表情一つ動かさずに自分の都合だけで殺人を繰り返す非道かつ狡猾なサイコに変貌を遂げるにつれて否が応にも緊迫感が高まり、流石は最高のノワール小説の一つに数えられるだけのことは有る透徹した狂気の表現に魅了されます。人生で大切なのは、必要なことは何もしないことと嘯くニックが放つ下品な冗談の合間に深い深い内面の洞察が忍ばせてあったり、キリスト教への辛辣な皮肉が盛り込まれていたりとダイムストア(安物雑貨店)のドストエフスキーとも評される著者トンプスンの筆が冴えわたる傑作だと思います。方向性はまるで違いますが、主人公をキリストになぞらえるあたりは、いずれもドストエフスキー作中のムイシュキン(「白痴」)やアリョーシャ(「カラマーゾフの兄弟」)と重なる部分も有って興味深く読みました。また、マイラ、ローズ、エミリーという主要な女性登場人物が揃いも揃ってろくでもない悪女である点も見逃せない面白ポイントですし、黒人差別主義者として登場するトム・ハウクの名前がマーク・トウェインのトム・ソーヤとハックルベリーフィンに因んでいる点もニヤリとさせられます。そんなトンプスン先生にすっかりはまってしまい、「天国の南」(同 分遊社)も読んでみました。こちらはノワールという程ではなくハードな青春小説という感じです(笑)。1920年代のテキサス西部で活況であった油田開発に付随するパイプライン敷設工事の職にありつこうと集まって来る放浪者、浮浪者そして前科者たちのタフな社会を著者の実体験に基づき描く内容となっています。不正と暴力が横行し、偽造酒と賭博が蔓延する社会の底辺でその日暮らしに生きる労働者の姿からは、「蟹工船」的なプロレタリア文学の匂いすら感じますが、そんな殺伐とした経験が後に数々のノワールを生み出す原動力になったのだろうと思うと平凡な人生を送って来た自分にはやはりエッジの立った小説は書けないのかと始める前から諦めモードに入ってしまいいけません(汗)。ストーリーとは関係有りませんが、この物語の舞台となっているパーミアン盆地は、一旦石油掘削が終了した後80年を経て、最近再び石油開発ブームの中心地となっている仕事上馴染み深い場所なのでなんとなく親近感と共に読むことができました。

もう一冊簡単に。「墜落」(真山仁著 文藝春秋)は、貧困、基地、軍用地主といった現代沖縄の課題に光を当て、綿密な取材に基づいて沖縄の真の闇に踏み込もうとした、真山先生ならではの問題作です。DV夫を妻が刺殺した事件と、自衛隊エースパイロットが操縦していた戦闘機の墜落事故という一見何の関係も無さそうな出来事が、アメリカ政府の思惑なども絡みつつ思いもよらない角度で結びついていくサスペンス感はなかなかに読み応え有りました。ほぼこじつけですが、最近尚巴志による琉球王国統一を描いた「琉球三国志」(加藤真司著 ヒロイックノベルズ )を読んでいたので、タイムリーだったこともあり沖縄の社会に没入することができました。

週末にE美容師が暫定的に面貸しを受けている渋谷のサロンに初めてうかがったのですが、一つ下の階に悪の巣窟のような音楽が流れるお店が入っていたり、サロン内の雰囲気が過度にイケてる感じだったりと、中年夫婦の我々は完全に借りてきた猫と化しました。


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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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