サソリの毒でひと山当てようとする謎の英会話講師は成功するのか?

先日エジプト在住アメリカ人講師から英会話のレッスンを受けていた際に、金次郎が化学品業界で働いていると自己紹介したところ、化学品ならスコピオバナーを取り扱えないか検討して欲しい、と授業そっちのけで熱心に語りかけられました。スコピオバナーという謎の単語がいったい何なのかを理解するまでに25分しかないレッスン時間のうち10分程度を無駄に消費してしまいましたが、よくよく聞いたところそれはスコーピオンベノム(scorpion venom)のことだと判明いたしました。

これはサソリから採取される毒素成分のことだそうで、最近では医療用や美容医療用に活用されている物質らしく、なんと1リットルで4440万円と牛乳の17万倍のお値段がする高額商品なのだそうです。特に美容分野で、しわが取れるとか、お肌がなめらかになるとか、つやが出るなどの効き目が期待できるようで、その効用からはそんな高値での取引も理解できなくはないのですが、起業家講師にそんなに簡単に入手できるような物なのかと聞いたところ、「俺がどこに住んでいると思っているんだい。エジプトだぜ。サソリはそこら中で捕り放題さ!」との力強いコメントで、始める前から次のフェイズを見据え既にサソリの養殖も視野に入れ準備を始めつつあるとやる気満々の様子でした。そのあたりまで話したところで英語の指導も無いままにタイムオーバーとなり、シーユーアゲインとなったのですが、流れ者のあんちゃんに簡単に手に入れられる物質がそんな高価になる筈が無いとのビジネスパーソンとしてのカンが働いたので(笑)、ちょっと調べてみることにしました。そうすると、やはりサソリの毒素は様々なペプチド(アミノ酸の結合体で分子量は2000~9000)の混合物で、現在2000種類程度確認されているサソリのそれぞれが100種程度の異なったペプチドから成る毒を持っており、単純計算でも20万種のペプチドが存在する中から安全で効果の高い物を同定し、その厳選された有効成分を大量に抽出するのはほぼ不可能という事実が明らかとなりました(涙)。ちなみにサソリの毒は神経毒ですが、哺乳類を殺せるほど強い毒を持つサソリというのは実は殆どいないのだそうで、せいぜい倒せてもコオロギと知りやや拍子抜けでした。サソリはブラックライトに当たるときれいに発光するので、サソリの活動が鈍る夜間に、砂漠でブラックライト光源を抱え補虫網を振り回しながら獲物を求めて彷徨うアメリカ人の姿を思い浮かべると、なんとなく微笑ましく、可能性は相当低いですが何とか彼の起業が成功して欲しいと祈る気持ちでいっぱいとなりました。ところで、神経毒で美容と来れば大流行中のボトックスかとも思いましたが、こちらはボツリヌストキシンという分子量15万程度のペプチドよりもっとサイズの大きなタンパク質を用いる美容医療で、毒は毒でもサソリの毒とは全く別物でした。神経節に作用して神経伝達物質の分泌を抑え、その結果として筋肉を麻痺させることで、眉間など顔面のしわを取る効果が有るボトックスは、なんとわき多汗症やわきがの治療にも使われているのだそうです。また、中年には心配の種である過活動膀胱の治療にも効果が有るとのことで、流石に美容目的での利用は無いと思いますが、頻尿の方はお世話になるかもしれずやや身構えました(笑)。

さて本の紹介です。「教養としての芥川賞」(重里徹也・助川幸逸郎著 青弓社)は長い歴史を誇る芥川賞受賞作の中から23作品を厳選し、あらすじと概説を記した上で、文芸評論家と文学研究者の対談という形式でそれら作品の評価に加え、作家の内面や課題についてまで幅広く掘り下げて解説してある有難い本となっています。宮本輝先生や中上健次先生といった読んでおかなければと思いながら少し敷居が高くて手が出せていなかった巨匠の作品を読むきっかけとなり、早速「蛍川・泥の川」(宮本輝著 新潮社)、「岬」(中上健次著 文藝春秋)を読破することができました。「蛍川」は宮本先生の実体験に基づいた内容で後に代表作となる大作「流転の海」シリーズ全9巻に繋がる作品ですが、身近な人々の死や同級生への仄かな恋情を経験した主人公が思春期の扉をくぐって成長していく様子が、北陸のほの暗い冬の風景の中で鮮やかに描かれています。特にクライマックスの蛍が乱舞する情景の描写は大変に生々しく、そして必ずしも美しいだけでなく、ちっぽけな人間を圧倒する生命というか自然の凄まじい力を感じさせる迫力に溢れていて衝撃的でした。「岬」は紀州新宮の〈路地〉と呼ばれる閉鎖的な地域で、濃密な血縁が織りなす複雑で屈託だらけの人間関係の歪さと、土方仕事に象徴される自然が織りなす調和に富んだ美とを対比させて描き出した〈秋幸三部作〉の第一作です。自らの出自に悩み、父親を憎む主人公秋幸は、周囲で発生する様々な問題を全てその血に纏わるしがらみに帰し、〈あの男〉と軽侮する父親への憎悪を募らせていきます。最終的に秋幸が娼婦となっている異母妹との近親相姦を通じてオイディプス的な父殺しを試みる衝撃的な場面で本作は終わってしまうので、流石に続編の「枯木灘」を読まないと迂闊に感想も書けないなと今回はこの辺にしておきます(笑)。これらの作品以外にもニヒリズムが横溢する「猟銃・闘牛」(井上靖著 新潮社)や生命への憎悪の形を借りて姉への深い愛情を描いた「妊娠カレンダー」(小川洋子著 文藝春秋)などの未読作品も「教養としての~」を読んで湧いた興味の勢いで読破することができ、形だけでも芥川賞というか文学が分かったような気分になり高い満足感を得られる一冊でした。次はいよいよ難解とされるノーベル賞作家大江健三郎先生の作品に挑戦できそうなところまでモチベーションが上がってきており自らの成長を感じます(笑)。その他にも、なぜ村上春樹先生は芥川賞に届かなかったのか、綿矢りさ先生の今後の課題は何か、宇佐見りん先生はどこが凄くて今後どう成長していくのかなどなどを激しく放談されていて読書家としては興味が尽きない内容でした。以前このブログでも触れましたが、芥川賞、三島由紀夫賞、野間文芸新人賞それぞれの立ち位置の違いなども解説してあり非常に面白かったです。

「時空旅行者の砂時計」(方丈貴恵著 東京創元社)は王様のブランチBOOKコーナーで方丈貴恵先生の最新刊が紹介されていたのを観て、先ずはデビュー作を読んでみようということで手に取ってみました。第29回鮎川哲也賞受賞作なのでクオリティは折り紙付きでしたが、時空旅行というSFというかファンタジーを想起させるタイトルからちょっと苦手意識は有ったものの思い切って読み始めてみると、主人公の加茂が瀕死の妻を救うために約60年前にタイムトラベルし、そこで起こった惨劇を食い止めようとするとのストーリーで、なんという定番展開かと心が折れそうになりましたが、鮎川鮎川と脳内で繰り返し自分を鼓舞して何とか読み進めました。すると次第に京大ミステリー研究会出身という著者の本領が発揮され始め、特殊設定もきちんとはまり、不可能殺人の謎も解決して終盤ではどんでん返しも炸裂する展開となり、上質な本格ミステリーだったと満足して読み終えることができました。どうやら本作から〈竜泉家シリーズ〉という作品群が続いているようなので、続編もきちんと読破した上で評価を定めたいと思います。

台湾在住のイギリス人英会話講師が大阪に旅行中に膝の靭帯を損傷し、救急病院で簡単な治療を受けた後いったん台湾に戻ったが、台湾では治療は全く受けず、来週イギリスに帰国して手術するが、その後約半年続くリハビリ中はドンキで働いている日本人の彼女がイギリスにやって来て世話をしてくれる、という何ともカオス的な話を聞いて混乱しました(笑)。恐るべし流れ者西洋人英会話講師たちのポジティブ生命力。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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