シェエラザードとシンガポール

先週久々に大学のゼミの友人と会って食事をしたのですが、 学生時代の記憶はカラオケとボーリングと飲み会とテキスト丸写しのプレゼン、 足元の興味は80歳まで続く借金返済と税金対策とサラリーマンシップということで、 高尚な経済学とか国際金融とかの話題は一切出ず、 ゼミの先生には本当に申し訳ない不真面目さだったという認識を共有して肩を叩き合う、大充実のひとときでした。

そんな楽しい会話の中、銀行員の友人が、ちょっと体調の悪いマーライオンぐらいの勢いで唾を飛ばしながら浅田次郎先生を推奨していたので、とりあえず「シェエラザード」(講談社 上巻 / 下巻)を読んでみました。

太平洋戦争最終盤に連合軍捕虜向けの物資輸送を委託され、攻撃を受けない安導権を付与されていた、世界有数の美しさと航行性能を誇る徴用豪華客船の阿波丸が疑惑の〈誤爆〉により撃沈された実際の悲劇をモチーフに、月並みですが戦争によって〈普通の人びと〉の人生がなす術無く翻弄されてしまったことへの悲しみ、〈運命〉を引き受けて生きて行くことの重み、等が描かれる内容です。

命の危険に晒されながら、一縷の希望を繋ぐために物語を紡ぎ続けた千一夜物語の王妃シェヘラザードと、絶望的な戦況においても明日へ続くポジティブな希望を求め続けた当時の人々の思いが重なります。文中に出てくるので、リムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」も聴いてみると更に雰囲気盛り上がりますね。

金次郎がかつて駐在していたシンガポールが重要な舞台となっていて、クラークキー、ブキティマ、そしてラッフルズホテル等の懐かしい風景が思い出され望郷の念をかきたてられました。

望郷心が高まったところで、これまで読んだものの中でシンガポールが登場する小説を思いつくまま紹介します。

「タックスヘイブン」(橘玲著 幻冬舎) は、税逃れというよりは、金に目がくらんだ金融マンの末路、 裏の金を仕切るフィクサーの謎に迫るサスペンス的要素など、リアリティと言うよりはエンターテイメント色が強く、 どんどん読み進めてしまう内容です。シンガポールの街並みと蒸し暑さが懐かしく思い出される一冊です。

橘先生と言えば、デビュー作の「マネーロンダリング」(幻冬舎文庫)が香港を舞台にした資金洗浄のリアルを垣間見られる経済小説で、マネロンのスキームや実際の手続きが丁寧に解説してあったり、 金融ハブ香港の活気に溢れた日常も体感できたりとなかなか面白いです。

そして、放浪のバイブル「深夜特急」(沢木耕太郎著 新潮文庫)でも第2巻終盤でシンガポールが登場します。著者イチ押しの香港との比較でやや退屈な街として語られていますが、旅人である著者が無意識に設定していた、愛する香港に似た街を求める旅、という 枠を乗り越える本紀行文後半に向けた重要な契機の場面としても描かれています。

お馴染みのアラブストリートやチャイナタウン、がらくた市が紹介される一方、私も行ったことの無い日本人墓地についても記載有りました。

「ラッフルズホテル」(村上龍著 集英社)は映画のノベライズということで、映画の方を調べてみると藤谷美和子・本木雅弘で1989年に公開とあり、かなりのバブル作品と思われます。シンガポールの場面は主人公の映画女優萌子が泊まったラッフルズホテルが中心になりますが、女性は常に女優という構図の極致のような萌子のキャラが難解かつ奇抜過ぎて、残念ながらシンガポールはややかすんでしまっています(笑)。

世界10大小説の選者でもある小説家・戯曲家のサマセット・モームがラッフルズホテルを激賞してスイートに長期滞在したエピソードは色々な本に出てきますが、MRT駅名のサマセットもモームに由来しているとは知りませんでした。

「プライベートバンカー」(清武英利著 講談社)は現代のシンガポールを舞台に大金持ちの節税対策についてのあの手この手が描かれます。〈プライベートバンカー〉と呼ばれる人々の金儲けにまつわるドロドロもなかなか興味深いですが、この著者どこかで聞いたこと有るな、との印象強かったので調べたところ、何と元読売巨人軍代表でした。

駐在していたのは15年ほど前ですが、 当時から住み続けている友人も多く、妻も懐かしがっているので、この機会にシンガポール旅行を検討してみようかな、とちょっと考え始めた4連休でした。

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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