アメリカで500万部売れた「ザリガニの鳴くところ」を読む

コロナで家にこもる毎日が続いており、さぞやオンライン英会話のニーズが増えて懐が潤っているだろうと思い、授業中に先生に聞いてみたところ、「私もそう思っていたんだけど、生徒以上に先生が増えてるみたいで授業の予約が減っている。」と言われてしまい、なるほど&悲しい気持ちになりました。

同じくコロナも影響して昨晩WTI原油価格がマイナス圏に突入し、世界のマーケットを騒然とさせたアメリカですが、駐在経験の有る会社の先輩が、アメリカでは日本にいると想像もできないようなことがたびたび起こる、と言っていたことを改めて思い出しました。恐るべしアメリカ、ということで、取って付けたような感じとなりましたが、本日はアメリカが舞台の小説をご紹介です。

先ずは、会社の同僚に薦められて読んだ「ザリガニの鳴くところ」(ディーリア・オーエンズ著 早川書房)です。

〈ザリガニの鳴くところ〉というのは人が足を踏み入れない原生的な湿地のことをそう呼ぶとのことで、 まさに、1952年から1969年のノースカロライナ州のそんな場所を舞台に、わずか6歳の〈湿地の少女〉カイアが、偏見や差別、そして孤独と必死に折り合いを付けるサバイバルの中で、〈孤高のヒロイン〉へと成長する生き様を描いた、全米500万部のベストセラー小説です。

ノースカロライナの美しい風景や多様な植生、自然界・生物界の懐の深さとその冷徹なルール、黒人や貧乏白人階層への根深い差別、 アメリカ小説ではお馴染みのアル中とDV、当時の習俗や食事、 はたまたミステリー要素も盛り込まれており、非常に栄養価の高い内容となっております(笑)。

それだけに、きちんと消化するためには、どういう小説としてこの作品を読むかの視点を定めることが重要で、 金次郎は、動物行動学者という異色の著者の手による鮮やかな自然の描写と、 その自然に抱かれながら葛藤し、苦悩しつつ成長するカイアの姿に集中して読む、つまりはミステリーやステレオタイプの差別とかには目をつぶって読む、のがおすすめと感じます。

人生100年時代を迎えまだまだいけると思うので偏見は全く無いものの、70歳で小説デビューという著者には、若者の微妙な恋愛感情は流石に完璧に描きこなすのは難易度高かったかな、とは感じました。

次に、最近アメリカ史に興味が湧いていることもあって、ずっと気になっていたのに読めずにいた「ハックルベリー・フィンの冒険」(マーク・トゥェイン著 講談社)も読了です。

舞台は南北戦争以前のアメリカで、 宿無しハックが黒人奴隷ジムと共にミシシッピ川をいかだとカヌーで下る間に経験する様々な冒険を描いたお話ですが、こちらも当時のアメリカ社会の価値観や混沌とした様子を感じられる内容で興味深いです。

泥棒、人殺しに詐欺師、よく分からない理由でいがみ合い数十年も殺し合いを続ける一族同士、ここでも登場する大酒のみの父親によるDV、 意味不明ですが体中に熱いコールタールを塗り付け、鳥の羽を貼り付けるリンチ、などなどこれぞアメリカという感じが伝わってきます。

更に、著者トウェインの水先案内人としての経験が存分に活かされているミシシッピ川に連なる水系の雄大さやバラエティに富む行き交う人々の描写は素晴らしく、こちらも、これぞアメリカ、だと思います。

そして本作の最大のテーマである黒人差別問題については、差別することが当たり前、と言うか、差別という概念すら無い当時の価値観との葛藤に悩みながら、ハックが奴隷ジムの尊厳を認め、その人間性をリスペクトし、 いつしか生まれた友情を育んで行く様を描くことで、著者の痛烈な批判が表現されています。どの白人登場人物よりも黒人ジムが立派な人間として描かれている点が印象深いですね。

本作は「トム・ソーヤの冒険」の続編としての位置づけであり、最期はトムが登場して、彼一流の美意識というか妄想でストーリーをかき乱すのですが、どんなに奇抜に見えてもトムはあくまで中流以上の白人階級の子供であって保守的、 一方ハックは貧乏白人として徹底的なリアリストであり、リベラルな視点を有している点が対照的で非常に面白かったです。

「神の水」(パウロ・バチガルピ著 早川書房)は近未来のアメリカ南西部を舞台としたSFディストピア小説です。

稀少となったコロラド川の水資源をめぐる抗争や謀略が殺伐とした世情の中で描かれていますが、 温暖化に伴う砂漠化、砂漠の都市化という構造問題、 帯水層からの過剰な地下水汲み上げ、カリフォルニアをはじめとしたアメリカ各州の強い自立性などの設定は現実でありフィクションとは思えないリアリティを感じさせる部分が多々有ります。水利権の強弱や売買、過去に囚われない進取の気性などはアメリカらしいテーマで興味深かったです。

「花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」 (デビッド・グラン著 早川書房)はディカプリオ主演で映画化される話が出るのも納得の抜群に面白いノンフィクション作品です。

開拓白人によってオクラホマ州の居住区に追い込まれた ネイティブアメリカンのオセージ族が、 油田の発見でとんでもない金持ちになるのですが、その利権に群がる白人たちが非道なやり方でオセージの人々を搾取する構図が、ある連続殺人事件とその捜査を通じて浮き彫りになります。

この事件の解決を足掛かりにFBIを創設し、数十年もそのトップに君臨し続けた フーバー長官の若かりし姿が描かれていたり、「石油の世紀」に出てくる20世紀前半の米国石油開発ブームが垣間見えたりと、 本筋以外にも興味深い内容が多々有ります。 金次郎にとって開拓白人と言えば、善良以外の何者でもない〈大草原の小さな家〉のインガルス一家でしたが(一瞬本編にも登場します)、 あの感動のお話の影の部分を知ってちょっといたたまれなくもなりました。

最後にうまい具合に原油の話に戻って終われていい感じとなりました。しかし、早川書房さんの翻訳出版活動は本当にありがたいです。 次回はまたまた文学少女へのおすすめ本紹介記事となります。お楽しみに!

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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