「興亡の世界史」シリーズ(全21巻)を遂に読了~後編

「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(ブレイディ・ミカコ著 新潮社)は今とても売れている、と言うか売れ続けているノンフィクション作品ですが、とにかく本書の主役である中学生の息子くんが最高なのです。

アイデンティティの定まらない、東洋系で時には差別の対象にもなりかねないいたいけな中学生が、日本とは比較にならない多種多様な人種や階層、価値観のるつぼであるイギリス社会で、勿論本人なりには悩んでいるのだとは思うものの、我々大人が分別くさく難しい顔で理屈をこねながら、我が身やその言動を縛ると嘆いてみせるしがらみの数々を、 いとも簡単に、屈託無く、素知らぬ様子で軽やかに飛び越えて見せる姿に、 本当に胸のすく思いがする、そして我々が暗いと思い込んでいる世界の未来に希望を持たせてくれる本です。

自分の子供の頃を振り返ると、現代イギリスほどでは無いものの、当時の小中学校には確かに色々なバックグラウンドの子供たちが通っており、勿論そんな背景は気にせず日々の生活を送っていたわけですが、そういう違いに少年金次郎がただの無知だったのに対し、この息子くんはかなり分かっている、分かっているのにひょいと前に進んでいるところが本当にすごいと思います。

著者ミカコさんは金次郎と同じ福岡出身で年代も近いので、なんとなくギャップへの戸惑いというか驚きに共感するところ大ですが、 そのポジティブな驚きが成長する息子くんの姿への〈母ちゃん〉のなんとも言えない眼差しを通じて描かれている本作は、さすが売れているだけのことはある面白さでおすすめです。

そして、前回に引き続き、「興亡の世界史」シリーズ読破記念として、以下11~20巻の感想です。 (00~10巻の感想はこちらです→「興亡の世界史」シリーズ(全21巻)を遂に読了~前編

◆11巻:「東南アジア 多文明世界の発見」(石澤良昭著)

東南アジアと言いながら、本書の大部分を馴染みの無いカンボジア史が占めておりかなり新鮮です。 インド文明の影響下でヴィシュヌ神(平安)やシヴァシヴァ神(創造と破壊)、その2神が合体したハルハラ神などと王権が結合したヒンズー教王国だったというのはよく分かっていませんでした。

◆12巻:「インカとスペイン 帝国の交錯」(網野徹哉著)

まず、著者が日本史界のスターであり〈網野史観〉の生みの親である網野義彦先生のご子息という時点で読む前から感動します。 レコンキスタの完成、 宗教的ナショナリズムの高揚の中でのホブロム(=ユダヤ教徒迫害)、迫害の中で生まれたコンベルソ(=改宗ユダヤ教徒)の大西洋奴隷交易や南米植民地支配での活躍、 とこれまでの認識以上に複雑な気分になる内容でした。 インディオ社会の丁寧な記述はさすがのDNAだと思います。

◆13巻:「近代ヨーロッパの覇権」(福井憲彦著)

カバーしている範囲が広すぎて感想が書きづらいのですが、 ヨーロッパ諸国が領域国家・国民国家へまとまって行く一つの重要な軸を提示したという意味で、 宗教改革は非常に大きなイベントであったと改めて感じました。 また、要因は種々有るものの、この時期のヨーロッパが移民の一大供給地域であった点は現在の状況と対照的で興味深いです。

◆14巻:「ロシア・ロマノフ王朝の大地」(土肥恒乃著)

ノルマン系民族の侵攻、モンゴルの支配を経て、ロマノフ朝に至るやや馴染みの薄いロシアの歴史がこのシリーズらしいマニアックさで詳述され、満足度の高い内容です。 フランス革命後にフランス貴族の逃亡先になったり、 エカチェリーナ2世がほぼドイツ人だったりと、 ロシアとヨーロッパとの微妙な関係の背景が垣間見え、 またトルストイを読まねばという気分になりました。

◆15巻:「東インド会社とアジアの海」(羽田正著)

植民地主義の先兵的なイメージの強い東インド会社ですが、 インド・ムガル帝国が安定している間は寧ろ収益の上がる交易に集中する体制であり、 ムガル帝国の衰退による陸側の不安定化に伴い、 やむを得ず〈儲からない〉軍備拡張をせざるを得ない状況に至った、 というのは興味深いです。 香辛料は保存用と思い込んでいましたが、 実は医薬品として重用されていたと知り、認識を新たにしました。

◆16巻:「大英帝国という経験」(井野瀬久美恵著)

カトリック・フランスとの対立軸によるブリテン人アイデンティティの創出、 スコットランドの野望と挫折、 アメリカの喪失と他植民地への関与強化、 と複雑な大英帝国史を分かり易く解説してあります。 産業革命が生み出した失業者が共産革命につながらなかったのは、そういう人々を移民として国外に出すという安全弁が存在していたから、 とか、 「高慢と偏見」(ジェーン・オースティン著)で語られる女性の結婚への執着は移民奨励や戦争による圧倒的な男性不足と労働すべきでないミドルクラスという階級意識によるものだったという事実、 王室と女性そして労働者階級がそれぞれ主導した英国特有の喫茶習慣の普及(他国ではコーヒーが主流)、 など知識を繋げてくれる情報満載でためになる本です。

◆17巻:「大清帝国と中華の混迷」(平野聡著)

万里の長城を越え、異民族でありながら漢人・朱子学・華夷思想が支配した明の後継国家となった清が、朝貢国としてチベット・モンゴルを従え、東アジア国家から内陸アジア国家に転換しつつ版図を拡張していく中で、仏教の保護者、騎馬民族のハン、そして中国皇帝という性格の異なる統治者という矛盾を内包していたこと、やがて朱子学の引力が満州人の漢人化をもたらし、19世紀後半から再び東アジア国家となって西欧列強と日本を含む帝国主義抗争に巻き込まれたとの流れが分かりやすく解説してある本作は、このシリーズの特徴である教科書に無い歴史における視座を与えてくれるという意味で非常に面白いと思います。物理的な版図は現代の中国が受け継いでいるものの、チベット仏教の影響を受けた中外一体思想や一君万民のある意味での平等主義は現代と大きなギャップが有り、中国によるチベットの完全支配への拘りの背景が少し理解できた気がして興味深いです。

◆18巻:「大日本・満州帝国の遺産」(姜尚中・玄武岩著)

五族協和・王道楽土の理想郷として日本、続いて挑戦半島から多くの移民が流入した満州国が産み落とした、昭和の妖怪岸信介と独裁者朴正煕が、大戦後の高度成長を主導した歴史に光を当て、それぞれの統治理念、統治手法における戦前、戦後の連続性を浮かび上がらせる姜尚中先生の力作です。 左右両翼を包含する保守合同の理念が象徴する岸の国家社会主義と官僚主導の統制経済、 朴の革命思想、自主国防と重化学工業化はいずれも満州時代に育まれたものであり、 現代までつながるこれらの体制を思うと、遠い昔の話と考えていた満州国時代が目を背けず学ぶべき対象として改めて認識され、良い刺激になりました。

◆19巻:「空の帝国 アメリカの20世紀」(生井英考著)

両大戦や冷戦う、ベトナム戦争といった国際関係では頻出するアメリカですが、意外とその国内事情を詳しく学ぶ機会は無かったと改めて気づかされる内容です。ライト兄弟、リンドバーグに始まる、アメリカ人の〈空〉への思い入れを切り口に、孤立主義から軍事主義へ、そして パクス・アメリカーナに至るアメリカの20世紀が記述されていますが、海に護られた約束の大陸、から、翼の福音と共に空を支配する帝国、に変貌する様子が大変興味深いです。このシリーズの後はいくつか「アメリカ史」関連の本を読んでみようと思います。

◆20巻:「人類はどこへ行くのか」(復位憲彦ほか著)

最終巻にふさわしく、世界史全体を〈人口〉、〈海〉、〈宗教〉、〈世界史と日本史〉などの大きなテーマで捉え直す意欲的な取り組みで、紙幅の制限も有ったためかやや内容が掴みづらい部分も見られましたが、歴史に横軸を通してみるという視点は新鮮だったと思います。特に第5章のアフリカ関連では、アフリカスキーマと言われる、部族=アフリカ=未開、という構図が帝国主義諸国によって植え付けられた虚構であり、部族社会のステレオタイプとして刷り込まれている閉鎖性、排他性、忠誠と服従、などのイメージは実は真逆で完全に誤りとの解説が心に刺さり、グローバルビジネス人として、アフリカの抱える500年の歪みと200年の負債を真に理解しようとしていなかった自分に猛省です。

またもや大変長い記事となってしまいました。最後まで読んで頂きありがとうございます。

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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