直木賞作である「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」を読む

アンジャッシュWさんの問題で、美味しいものを食べに行くのが好き(=グルメ)と何となく胸を張って言いづらい世の中になってしまいましたが(苦笑)、かつては金次郎も無難な中の上ぐらいのグルメを自負しておりました。ただ最近はコロナ騒ぎの再燃でお気に入りのお店に行けず不義理をしてしまっており、非常に心苦しい状況です。特に仕入れのリスクが大きいお寿司屋さんはどうされているのか心配なのですが、行く予定も無いのに「調子どうですか?」と電話もかけづらく悶々としております。最近全くお小遣いを使っておらずお財布に少しだけ余裕が有りますので、感染状況が少し落ち着いたら少人数早帰りベースで週一ぐらいはひいき店巡りを始めたいと思います。なんだか先日のケーキの話もそうですが食べることばかり書いている気がします(笑)。

さて、ずっと気になっていた昨年の直木賞作である「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」(大島真寿美著 文芸春秋)をようやく読みました。本作は人形浄瑠璃(文楽)作者である近松半二の人生を通して、虚実入り乱れる人間世界の形を結ばぬ曖昧さ、時空を超えて流れる魂の表出としての物語、といった著者が一貫してこだわり続けてきたテーマを描く内容になっています。文楽や歌舞伎の世界で多くの演題が伝統芸能の垣根を越えてリメイクされ続けている事実や、創作活動がゾーンに入った状態では具体的に表現せずとも共同作業の中でイメージを共有できるといった描写からは、この世界に流れている〈念〉によって作者は動かされ物語を表現させられている、という著者の思いがよく伝わってきます。主人公の半二が近松門左衛門の硯を受け継ぐ者、という設定もなかなかにくいですね。半二のライバルである弟弟子の屈託の無さや、半二が〈浄瑠璃はもっと良くなる〉の一心で素直に創作することを通じて成功する様からは、著者のクリエイティビティの源泉についての強い思いが感じられます。

現実、劇中を通じて様々な女性が登場しますが、それぞれの思いの輪郭が丁寧に描かれており、女性の自由が大きく制限された時代を舞台に男社会の文楽や歌舞伎を題材にしながらも、本格フェミニズム小説の性格を持つという多面性も本作の魅力と言えるでしょう。勿論、文楽と歌舞伎が拮抗した時代から歌舞伎全盛の時代への移り変わりといった演芸史としても、人形と人間で表現できるものの違いなどの文化的側面でも面白く読める秀作だと思います。

大島先生の小説世界は原点と言えるデビュー作の「宙の家」KADOKAWA)によく表現されていると思いますが、人間世界の虚実の境界線の曖昧さが、危い女子高生を主人公に鮮やかに描かれています。淡々と人生における〈喪失〉を描いた「水の繭」KADOKAWA)もそうなのですが、描き込み過ぎないことによって読者に余韻を感じさせたり、色々な想像を惹起させたりするのが巧い作家さんだと思います。ここまで直木賞が取れていなかったのがやや不思議ですね。

こちらは歌舞伎がメインですが、「国宝」(吉田修一著 朝日新聞出版 上巻下巻)は読み始めると止まらない最高のエンターテインメント小説でした。美を表現するという意味で、歌舞伎の女形を主役にするというのはこの上無い演出ではある一方、小説表現の限界に挑戦する試みでもあり文芸としてはかなり野心的な内容だと感じます。講談調の文体にも工夫が感じられますし、作者もかなり歌舞伎の世界に入り込む努力をしたんだろうなと思える意欲作です。色々なタブーをストレートに描く姿勢にも覚悟が感じられますし、個人的には九州の方言も懐かしく、おすすめの作品です。

日本の伝統と言えば、以前後輩(宿敵M)に紹介されて「俳句という遊び:句会の空間」「俳句という愉しみ:句会の醍醐味」(いずれも小林恭二著 岩波書店)を読んだのを思い出しました。徹底した対象の客観視、物事の本質に迫る意識、それらを可能にする微妙な間合いや距離感への拘り、形式美の追求と垣間見える遊び心、温故知新の精神などなど知性の真髄に触れる感覚でとてもおすすめの作品です。

今週末はE美容師を訪問です。毎回本を紹介するのですが、今回は上記の「国宝」にします!

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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