金次郎、「アンダーグラウンド」(村上春樹著)のリアルと自らの無知に驚愕する

8月といえば帰省の季節です。コロナ禍のため金次郎は故郷福岡にしばらく帰れておりません。先日中山七里先生の人気シリーズである御子柴弁護士ものの最新刊「復讐の協奏曲」(講談社)を読んだ際に、主人公御子柴の故郷が金次郎と同じ福岡市南区で、いつも使っていた西鉄大牟田線の大橋駅が頻繁に出てきたために、郷愁の思いが募りました。

帰省して父親や妹家族と会うのは勿論楽しみではあるのですが、懐かしい地元フードを食べるのがやはり重要なイベントですので、郷愁ついでに今回は金次郎が帰省したら絶対に食べたい福岡の地元グルメをご紹介させていただきます。

先ずは何と言っても吉塚うなぎ屋ですね。ふっくらと蒸してある上品な東京のうなぎも良いのですが、やはり西日本のパリッと焼いた上に若干ジャンキーな甘しょっぱいタレをたっぷりかけた蒲焼は最高です。そんな中でもこの店のうなぎは群を抜いて美味でコロナ前は中国人観光客が押しかけて入店が相当困難だったようです。今なら予約も取れるのにコロナのせいで帰省できない・・・、なんとも忸怩たる思いです。ただこれを書くためにネットを観たらお取り寄せ可能とのことなので、ちょっと妻と交渉してみようと思います。ちなみに東京ではひつまぶし名古屋備長で比較的近い味が楽しめます。

次に帰省したら確実に食べたいものが回転焼き(東京では今川焼)の蜂楽饅頭です。亡くなった母が若い頃に西新本店でよく食べていたそうなので歴史は相当古いこのお店は、たかが回転焼きと侮れぬ信じられないクオリティの美味スイーツです。皮も旨いし黒あんも白あんも甲乙つけがたい旨さです。金次郎家ではいつも東京に戻る直前に天神岩田屋店で数十個を購入し(黒あんと白あんの比率をどうするかでいつも10分程悩みます)、腕がちぎれそうになりながら有り得ない回転焼き臭をただよわせつつそれらを飛行機内に持ち込み、羽田到着後は脇目も振らずに自宅に戻り即行で冷凍保存にします。そうするとレンジで表を1分、裏を0.5分チンすることでかなりしばらくこの美味を楽しめるという幸福な時間が続きます。冷凍庫のキャパを食いつぶしてしまうためにその他の冷凍食品はあまり入らなくなってしまいますが(笑)。

最近行けていないので味がどうなっているか未確認ですが、機会が有れば食べたいのが一九ラーメン老司本店です。実家の近所ということもあり、とにかく上京するまでの十数年間食べ続けたお店で、濃厚なとんこつスープ、真っ直ぐな細麺と白ごまのバランスが最高の一品だと思います。こうして書いていると耐えられない程食べたくなってきました(涙)。

あと、あまりにもジャンクなソースと脂マヨネーズのかたまり過ぎて、妻からダメ出しをされるケースが殆どですが、やはりソウルフードとしてお好み焼きのふきやは外せないと思います。確かに美味しいかどうかは賛否の分かれるところかとは思いますが、若かりし頃の舌の記憶がどうしてもあの味を求めてしまいます。あー食べたい。しかも大橋店できてる!

いつも英会話の話で恐縮です。先生たちと読書の話をよくするのですが、驚かされるのは村上春樹先生の海外での知名度の高さです。と言うか相手がよほどの文学好きでない限り他の日本人作家の名前が出てくることはほぼ皆無と言っていいと思います。そういう意味では毎年やや残念なネタと化してしまっていますが、きまってノーベル文学賞受賞への期待が高まるのも至極当然なのだなと納得しています。あるインテリオーストラリア人の先生が「アンダーグラウンド」(村上春樹著 講談社)の冷静な描写は素晴らしい、と絶賛されていて、未読であった金次郎は日本人としてshameな気分となり、1995年のオウムによる地下鉄サリン事件を描いた決して軽い内容ではない700ページ超の大作ノンフィクションに挑戦することとしました。

読み通してみて真っ先に感じたことは、自分がいかにこの事件の内容に無知であったかという反省です。事件当日の1995年3月20日は大学卒業前後で淋しいような浮かれたような不安定な状態で社会人へのカウントダウンを飲み会三昧で過ごしていた時期であり、こんな大事件が起こっていたことにほぼ注意を向けていなかった自分を振り返り本当に情けない気分となりました。

本作は、著者が60人超の被害にあわれた方並びにその関係者の方に直接インタビューして聞き取った内容を整理してまとめたものとなっています。多数の被害者の方々の記憶をなぞることで、読者の頭の中に立体的なリアルな形で、千代田線、丸ノ内線、日比谷線のそれぞれで起こった地獄絵図のような出来事が再構成される緊迫感に読みながら息苦しさを覚えます。

被害者の方々の大半は朝8時台の満員電車に乗り込まれていることからも分かる通り非常に真面目な勤め人であり、驚くべきことにほぼすべての方が被災後もとりあえず会社に向かわれています。思えばバブルが崩壊し激動の21世紀を目前にした1995年は、終身雇用と年金システムに支えられた会社中心の世界観が顕在であった最後の時期といえるかもしれません。村上先生が巻末の随想で語り警鐘を鳴らした日本社会とオウムの〈寄らば大樹〉というアナロジーが、その後の失われた20年(30年?)とグローバル化、デジタル化あるいはネット社会の到来という荒波の中で、必ずしも望まれない形で超克されていくことになったのは皮肉だなと思います。

また、危機の只中にいる人は、よほど事前に想定しシミュレーションしていないと、直接目の当たりにしている事象でさえもその重大性を正しく理解するのは難しいという事実にも驚かされました。電車の中で、あるいはホームの上で明らかに異常事態が発生しているにもかかわらず、殆どの方がその深刻さを過小評価され、無意識のうちに無理矢理その事実を日常のひとコマとして消化しようとされており、地上に出て大勢の人が地面に倒れているのを見て初めて尋常ならざる事態を認識するという状態でした。大きな地震も懸念されている昨今、それが人間の通常の反応であることを理解した上で、改めて日ごろの情報収集、想像力を働かせての危機の想定、そしてそれに対処する訓練あるいはイメージトレーニングの必要性を実感した次第です。

何よりも衝撃だったのは、日ごろよく散歩している小伝馬町から人形町にかけての地域が本当に悲惨な事件の現場になっていたという事実を今の今まで知らなかったという自分の無知ぶりでした。事件後既に26年が経過し、街並みからはその残滓を感じることはありませんが、少なくともこの本を読んだ身として近辺を歩く際は厳粛な心持ちでありたいと思います。被害にあわれ後遺症に苦しまれている方々のご快復と残念ながら亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

かなり一冊の紹介が長くなってしまいましたので、少し軽めの本をもう一冊だけ紹介します。「神田川デイズ」(豊島ミホ著 KADOKAWA)は、「夜ふかしの本棚」(朝井リョウ、円城塔、窪美澄、佐川光晴、中村文則、山崎ナオコーラ著 中央公論新社)で朝井リョウ先生が紹介されていたので読んでみました。ちなみに、この紹介本そのものも有名作家が自らの作品を紹介したりもしていてかなり面白いです。なんとなく大学生活を謳歌できない若者の葛藤と成長を描いた青春小説ですが、大学入学を機に18歳で上京し住民票的には東京人になり、都会での生活をそれなりには楽しんでいたものの、やはり田舎者の金次郎には敷居が高く〈真に東京的なもの〉には触れることも近寄ることすら叶わぬと怖気づき、必死で自分の居場所を定めようともがいていたあの頃の胸苦しさを思い出す作品でした。まぁ30年以上経った今でも同じような気後れを感じることは多々あり、それはそれでいいやと思えるようになったのが50歳を目前にした成長ということでしょうか(笑)。

8月25日にThe Rolling Stonesのドラマーであるチャーリー・ワッツが亡くなったとのニュースを目にしました。旧メンバーのブライアン・ジョーンズが亡くなったのは1969年で当然リアルタイムでは知りませんので、初めてメンバーの訃報に接しショックを受けました。こちらもご冥福をお祈りいたします。


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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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