金次郎、「峠」(司馬遼太郎著)を読んで新潟に出陣

先週機会が有り人生で初めて新潟県を訪問いたしました。浅学で恥ずかしいのですが、新潟については田中角栄元首相、上杉謙信、米どころ、ぐらいしか知識が無く、そもそも上越新幹線で東京駅からわずか2時間で新潟駅までたどり着ける距離感に驚かされるところから始まる素人丸出しの旅となりました。新潟に行くならと、会社の先輩に薦めていただいた司馬遼太郎大先生の「峠」(新潮社 )を事前に読んでいたおかげで、辛うじてこの新幹線が進んでいるあたりを主人公河井継之助が歩いていたのかなとイメージすることぐらいはできましたが、それ以上何かを考えて掘り下げる取っ掛かりも無く、間抜けのように東京駅のホームで買った駅弁を食べ、ぼーっとしながら越後湯沢、燕三条、長岡といった途中の駅の風景を眺めつつ、長岡から新潟は意外と遠いなというようなことを道中考えておりました。

そういえば、「峠」も幕末の長岡藩で下級武士から筆頭家老へと異例の出世を遂げ、戊辰戦争最大の激戦とも言われる北越戦争において新政府軍との闘いを指揮した異才河井継之助の人生を描いた物語で、越後の話ではあるものの微妙に新潟ではないな、と準備の不備にやや悲しくなったりもしました(苦笑)。勿論そんな金次郎の落胆とこの名作の価値は無関係で、発想や思想の幅は同時代人随一と呼べるほど開明的であったにも関わらず、信奉する陽明学の影響からか、重要な局面で継之助が見せる自らの長岡藩士という立場に拘る頑迷固陋ぶりはそれと非常に対照的で、坂本龍馬のようにシンプル&ストレートでないこの人物の複雑な多面性が伺え、それを苦心して描いている司馬先生のイメージも浮かんできて非常に面白く読めました。継之助がかなり偏屈で面倒臭い天才であったことは間違いなく、周囲の人はさぞや苦労しただろうと同情しますし、お墓が作られては壊されるというのを何度も繰り返しているエピソードが彼に対する賛否両論の激しさをよく表していて、そんな個性的なキャラの人に会ってみたかったような絶対に関わりたくないような少し不思議な気分にさせられる読後感でもありました。

若干話がそれましたが、いや読書ブログなのでそれてないのですが(笑)、旅の話に戻りますと、新潟と長岡は新幹線で20分ぐらい離れているちょっと違う場所だぞと最後に気づいた金次郎の絶望は結果的に杞憂となり、奇跡的にクライアントが長岡出身の方で、この本を読んでいたことが奏功したのか(先輩、ありがとうございます)、仕事の話はスムーズに進み、その後の飲み会も盛り上がった楽しいものとなりました。新潟は冬は寒く年中風が強く吹く土地柄で、女性が気もお酒も強くしっかりされていることから、〈新潟の杉と男は育たない〉、というのが新潟の特徴を端的に示す有名な表現だというようなお話をうかがいながら地元の特産品や美味しい日本酒をたらふく食べて飲んだのですが、中でも名物の油揚げは美味でしたし、北雪酒造の純米大吟醸YK35というお酒は芳醇かつフルーティーで、たくさん日本酒を飲んだ一週間にあっても最高の逸品だったと思います。そして、何の変哲も無くさらりと供される締めの白飯の旨いことといったらなく、普通の牛丼チェーン店でも米が不味いとすぐ潰れるという米どころ新潟の底力を垣間見た気分でした。唯一の心残りは、名物茶豆の季節に少しだけ早かった点で、何とか近いうちにまた機会を作って再訪したいところです。

「スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件 440億円の借金帳消しを勝ち取った男たち」(大下英治著 さくら舎)は非常に面白いノンフィクション作品なのですが、タイトルを読んだだけでは何が書いてあるのかがよく分かりません。最大の謎は〈かぼちゃの馬車〉という言葉ですが、これは地方から出てきた女性を対象に部屋を貸し出すシェアハウスサービスの商標でベッキーさんを起用して大々的にコマーシャルもやっていたのが微かに思い出されます。コロナ感染が急速に拡大した時期と本件が社会問題化したタイミングが重なっていたためか全くどんな事件だったのか知りませんでしたが、稀代の詐欺師、シェアハウス運営会社、不動産会社、建築業者、そして銀行がぐるになって一般人に高値でシェアハウスを売りつけるという、昔よく会社の固定電話にかかってきていたマンション経営押し売り営業の進化版のような詐欺事案だったとのことで、自分も被害に遭っていたかもとぞっとしながら読み進めました。シェアハウス運営会社が長期でサブリース支払いを保証すること、金融庁長官にも褒められた優良地銀が経済性を評価した上での資金融通であること、女性の社会進出という社会貢献にも繋がる事業であること、などをうたい文句にしたシェアハウスは売れに売れ、需要とは無関係にどんどん建築されピーク時には都内で1000棟に達したようです。当然こんなに無計画に供給が増えれば部屋は余剰となり、入居率は想定通りには全く上がらず、運営会社はあっさりと破綻して逃げのポジションを決め込む中、シェアハウスのオーナーたちは業者に中抜きされて高値掴みとなった物件と数億円にも上る多額の負債を抱え込むという悲惨な事態に陥って〈経済的な死〉に追い込まれていきます。被害者に自己破産する人や自殺する人まで現れる中、被害者の一人である富谷さん(仮名)が被害者同盟を立ち上げ、凄腕弁護士である河合先生を仲間に引き込み、デモやスルガ銀行株主総会への出席などの手段を用いて、通常では考えられない代物弁済という形で借金の帳消しを勝ち取るまでの経緯が事細かに描かれていて非常にエキサイティングな内容で一気に読めました。金融投資の失敗は単なる自己責任だとの批判に耐え、詐欺の主犯ではあるも弁済が期待できない運営会社の追求は諦め、戦う相手をスルガ銀行に絞ったことが成功の鍵であったとの振り返りも紹介されていますが、とにかく冨谷さんのリーダーシップと河合弁護士の信念と手腕が傑出していて素晴らしいと思います。こんな苦しいところから戦略を練り始めるのは辛すぎるので避けたいですが(苦笑)、ビジネスでの戦略を考える上でも学ぶところの多い作品であることは間違い無いと思います。

「俺ではない炎上」(浅倉秋成著 双葉社)は〈伏線の狙撃手〉と評判の著者が、全く身に覚えの無い自分っぽいツイッターアカウントからのつぶやきをきっかけに、あろうことか殺人犯として特定されてしまう男の悲劇を描いた傑作ミステリーです。彼は一瞬で身分や住居を特定され、誰にも信じてもらえないどころか日本中を敵に回してしまった現実に戦慄し、奮起しそして絶望するわけですが、そんな彼の運命が気になり過ぎてどんどん読めてしまいます。フィクションですが自分の身にも降りかかり得る災難だというリアリティは勿論、著者一流のミスリードも伏線回収も完璧で2023年度の本屋大賞でも間違い無く上位進出が見込まれる注目作だと思います。

新潟でお土産に購入した河川蒸気というお菓子が地味に美味しく帰京してなお新潟の底力を見せつけられました。新潟の女性が気が強いかどうかは分からなかったのですが、E美容師のかつての同僚のKちゃんもそういえば新潟だったなと思い出し納得しました。


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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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