読書家金次郎、文豪にあやかる初夏の伊豆行(中編)

前回は食事の前に足だけ部屋の露天風呂につかってリフレッシュしたところまで書きました。その後直ぐに夕食となり、身体ポカポカの状態で食事フロアに向かったところ、Aさんご夫妻と我々の4人のみという贅沢な個室が用意されており一気に期待が高まりました。全11品の盛りだくさんなメニューは、いきなり最初の箸付から、胡麻豆富・鮑・雲丹・キャビア・美味出汁・山葵、続く前菜が、魚素麺・いたや貝小柱・豚角煮・磯つぶ貝旨煮・紅葉南京・鯵手綱寿司・鱚南部揚げ・デラウェア霙和え(お料理の表記はメニュー通り)と大変豪華で驚きました。その後も桜海老や鮎など地元のものから和牛ステーキなどどれを取っても期待以上の満足のいくクオリティで、温泉旅館にありがちな単純に新鮮さと量とで勝負というような雑な感じでなく一品一品にきちんと仕事がしてあるところにも非常に好感が持てました。

また、食事の質もさることながら、給仕をしてくださったスタッフの方のつかず離れずのサービスも心地よく、普段小食な妻がめいっぱい食べてしまうほどで驚かされました。さて、大満足の食事の後はお楽しみの露天風呂です。こちらの温泉では部屋に付設されている露天風呂と時間帯で男湯と女湯が入れ替わる大浴場(世古の湯)の他に、時間毎に貸切となるお風呂が4か所用意されておりました。ゆったりした広さと森の景色を楽しめる山の湯〈かざはや〉、川を眺めながら楽しめる半露天の川の湯〈かわせみ〉と〈やませみ〉、そして我々夫婦が選んだのが、傍を流れる猫越川の川辺に設置された露天風呂で、雄大な自然に溶け込むような感覚を味わえるとのふれ込みの川の湯〈寝湯〉でした。食事から戻って直ぐに先ほどは足だけだった部屋の露天風呂につかり、ざばざばと溢れるお湯の音に贅沢感を満喫した後、いよいよ貸し切り風呂の予約の時間になりロビーに降りて行きました。すると、ソファーでくつろぐ宿泊客を見つけ、この宿をエンジョイしている人がここにもいるなと思いつつ親近感を感じながら近くを通ったところ、なんとその方々は貸切風呂〈かざはや〉と大浴場に連続で入りやや湯あたり気味のAさんご夫妻でした!すっかり満喫されているご様子に夫婦で少しニヤニヤしながら挨拶して、我々も温泉を楽しむぞと気合を入れて受付に向かいました。受付でお風呂の鍵を受け取った後、途中までスタッフの方に案内していただいたものの、そこは完全な屋外で僅かな明かりしかなく二人でかなり怖くなりましたが、余裕でたどり着けるとのお言葉を信じ恐る恐る夜の中を進んでいきました。すると、一応説明を受けてはいたものの、想像以上に険しい川辺に降りていく不規則石段が忽然と現れ、こんなところをこの下駄ばきで降りていくのかとおののきつつ、何度も訪れた踏み外しや転倒の危機をどうにか回避し、全身汗だくになりながらようやくお風呂の入り口に辿り着くことができました。ただ、その段階で貸切時間40分のうち既に10分強が経過してしまっており、これはやばいと慌てて脱衣所を探しましたがそこには小屋とも呼べぬ掘っ立て小屋があるばかりで、しかも足元は相変わらずぐらぐらする岩場というアスレチックぶりに作務衣を脱ぐのにすら難儀する有様で、全くリラックスどころではない切迫した状態にかなり焦りました(笑)。しかし、どうにかこうにか露天風呂本体に到達してみると、寝湯というだけのことはあり底面が斜めに傾いた岩風呂にほぼフラットに寝転ぶことができ、川の水面にかなり近いところでの横になりながらの入浴体験は、辿り着くまでの苦難を完全に忘れさせてくれる素晴らしいものでした。川のせせらぎというイメージよりはもう少し激しい水音と川からの風に包まれながら、夜だというのに時折聞こえてくる鳥のさえずりをBGMにしてのリラックスは、リアルに自然に溶け込むような最高の癒しとなりました。とは言え、少しお湯が熱かったためかさほどの長湯とはならず、帰り道の危険な石段も昇りのせいか行きよりは楽に戻れたので、なんとか貸切時間内ぎりぎりでお風呂の鍵を返却することができました。スタッフの方に聞いたところ、雨が降って川の水位が上がってしまうとお風呂自体が水につかってしまうため入れなくなるのだそうで、旅行当日は雨予報が晴天に代わって本当に良かったと心から思いました。またもや長くなってしまったので旅行最終日の観光についてはまた次回完結編で紹介いたします。

さて、本の紹介です。先ずは最近かなり売れていてノンフィクション大賞受賞が濃厚な「くもをさがす」(西加奈子著 河出書房新社)です。この本は、言葉もロクに通じないカナダのバンクーバーでの家族3人の暮らしのさ中に、しかもコロナパンデミックで移動もままならない状況で乳ガンに罹患した西先生が、抗がん剤治療、手術(なんと日帰り!)、放射線治療を経て寛解するまでの8か月を綴ったノンフィクションとなっています。非常に読みどころの多い本ですが、ガン闘病記としては勿論のこと、日本とかなり違うカナダ人の価値観やライフスタイルについても大変印象に残る内容でした。移民の国として周囲と当たり前のように助け合う社会、命という唯一の物差しを基準としたフェアネスにこだわる医療、その医療に関わる人々の驚くべきカジュアルさとプロフェッショナリティ、そして何より「加奈子の身体のボスは加奈子自信やで。」という患者の自主性を尊重する哲学の徹底ぶりには感銘を受けました。医療スタッフの発言が柔らかい関西弁になっていて内容のシリアスさをやや薄める効果を発揮しているとはいえ、深刻なガン闘病の話であり、しかも苦しい副作用の中コロナにまで感染してしまうという最悪の事態が出来した際には正直読んでいてとても苦しくなりました。それでもこの本を最後まで読み通せたのは、西先生の持ち前のポジティブさもさることながら、闘病中に考えられないレベルで他人に頼ることができるシステムというハード面と、それを当たり前のように受け入れる周囲の懐の深さというソフト面の双方に勇気をもらえたからだと思います。一方で、自分の性格上どんなに苦しくても楽になれるほどは他人を頼れないだろうと考えてしまって結構不安な気分にもなりました。そもそも論として西先生は助けてくれる友人が有り得ないほど多く、その凄まじい人間力は金次郎とは比べるべくもないのですが(笑)。更に、ガン・サバイバーとなった後に人生の目標を失って気持ちが滅入るというのは、これまで認識していなかったこの病気の怖さだなと思うと同時に、人生において常に自分の拠り所となる何かを持つことの大切さを痛感いたしました。西先生の場合は紛れもなくそれが文章を書くことであり、たくさんの本を読むことであったわけですが、まさに闘病中に書き起こされたこのノンフィクションから溢れるエネルギーと、本書内に収められたたくさんの書物からの引用文のパワーがそのことを証明していると感じました。病気の怖さを突きつけられつつも、病気と向き合う心構えと勇気をもらえますので非常におすすめの一冊です。

ガンつながりというわけではないですが、「砂の宮殿」(久坂部羊著 KADOKAWA)は、最先端の抗がん剤、放射線、ロボット手術を組み合わせて、他の病院がさじを投げた海外のガン患者たちに高額の自由診療を提供するという究極の医療ツーリズム施設を立ち上げた外科医才所が主人公の医療サスペンス小説です。物語は彼の周辺で次々と起こる変事と共に進んでいきますが、どんどん深まる謎と頻繁に感じる違和感や引っかかりが気になる一方で、ガン患者と向き合う医師の苦悩が、絶望的な真実か希望的な嘘かという究極の選択を突きつけられる中で描かれていて緊迫感も有り、大変readabilityの高い作品でした。しかし、高額治療の費用が数千万円の上の方と知り僅かずつでもお金を貯めなければと思い暗い気分にもなりました(涙)。また、BNTC(ホウ素中性子補足療法)というガン治療法については聞いたことが有ったのですが、この小説を読んで少しだけ内容が理解できたので勉強にもなり読んで良かったと思いました。

7月14日でいよいよ51歳となりました。金次郎の誕生日を聞いた会社の同僚が、当日に計画出産で第三子が生まれるとのことだったのですが、同じ誕生日になることを心なしか嫌がっていたのが若干気にかかりました(笑)。金次郎と51歳違いとなるEさんご子息の健やかな成長を心より祈念しております。

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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