読書家金次郎、文豪にあやかる初夏の伊豆行(後編)

今回で伊豆旅行記は完結です。前回は川辺の〈寝湯〉を満喫したところまで書きました。その後あっという間に眠くなり楽しかった旅の初日が安らかに終了し、気付けば翌朝爽やかな日の光を浴びて心地よい目覚めを体験しておりました。妻と共に畳敷の居間から早朝の森の景色を眺めながら気づいたのですが、ベッドの置いてある空間が2段ほど下げてある効果でベッドの圧迫感が全く気にならず、視界を遮る物が室内に無いので景色を存分に楽しめる構造になっていてよく考えられているなと改めて感心いたしました。

引き続きの貧乏性を発揮し朝食前にもこれでもかと部屋の露天風呂を堪能し、非常にポカポカでコロナ発熱扱いされるのではないかというぐらいの状態で朝食に向かうこととなりました(笑)。昨晩と同じく快適な個室でいただいた朝食は冷製茶碗蒸し、鮪のとろろがけ、牛肉時雨煮、焼き魚2種、玉子焼きなど朝とは思えぬ盛りだくさんな内容でとても食べきれなかったのですが、量に頼っての手抜きも無く、炊き立てのご飯も最高でその美味しさに両夫婦共に大満足でした。心の底から名残惜しい気持ちでいっぱいでしたが、いよいよチェックアウトのお時間となり、再訪を期して11月の20日過ぎから紅葉シーズンが始まることを宿の方に確認し、谷川の湯あせび野を後にいたしました。宿の入口でAさんご夫妻と一緒に撮っていただいた記念写真が良い思い出です。往路は修善寺駅でレンタカーを借りましたが、復路は三島駅で返却する予定にしており、半日ほどかけていくつか近傍の観光地を巡ることといたしました。先ずは、観光地というわけではないですが、本当にこんなところに有るのだろうかと不安になるほどの、少しでも運転をミスったら冗談抜きに崖から転落してしまう細過ぎる山道を抜けたところの開けた高台にそびえたつ、大名のお墓と見紛う立派さの井上靖先生墓所にお参りし読書家らしいところを示しておきました(笑)。お墓に至る山の中腹に700平米弱の土地が20万円ほどで売地となっているのを見つけ、5分ほど購入を検討しましたが、確実に座礁資産になると思い直し、文豪に見守られながらの執筆用別荘地取得を断念いたしました(涙)。その後、さすがに昼間は営業していた道の駅でお土産を調達することができ、旅の大きな使命を果たし一息ついて、いよいよ歴史に名高い修善寺に向け出発いたしました。北条得宗家を持ち上げるためにことさらに源氏将軍には厳しい記述の多い「東鑑」では蹴鞠に興じる暗君の極みとして描写されている源頼家が謀殺されたこのお寺は、手水が温泉かつ温水でやや面食らったものの、禅宗らしく静かで落ち着いた佇まいが非常に印象的な空間でした。最近の歴史学では朝廷貴族社会との関係維持における蹴鞠の重要性が再認識され、史料考証も進んで結構ちゃんとした人物であったと見直されている頼家は比企氏と北条氏の権力闘争の中で命を落としたわけですが、実母北条政子にも弟実朝側につかれ、さぞ無念かつ淋しかったろうと彼の800年前の悲憤に思いを馳せた修善寺でございました。お寺の近辺はちょっとした温泉街となっていますが、その昔に弘法大師が親孝行の息子のために温泉を噴出させたとされる由緒正しい場所を拝んだり(その際に使われたとされる木槌が残っているようです!)、名物の黒ゴマ饅頭を買うかどうか悩んだりしつつ修善寺を後にし、暑さと空腹に耐えながら次の目的地である韮山反射炉に向かいました。日本に現存する近世の反射炉は、この韮山反射炉と山口県の萩反射炉のみなのだそうですが、実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉として世界で唯一現存する遺構が韮山反射炉で世界遺産にも登録されています。ただ、平日だったせいか訪問客が殆どおらず、恐らく世界遺産登録の条件となったと思われる広大な駐車場にぽつりぽつりと車がまばらに駐車されている景色には、世界遺産って本当に必要なの?という切ない気分にさせられました。熱中症寸前の大変な暑さの中でしたが、そんな厳しい環境でも溌溂と楽しそうに反射炉について説明されている公認ガイドのおじいさん達の元気さと前向きさ具合の方が寧ろ日本が世界に誇れる財産なのではないかと真面目に考えてしまいました。いよいよこの旅も最終盤、美味しいもので締めようということで、三島名物で検索すると圧倒的に鰻推しでしたので、駿豆線三島広小路駅前の桜家というお店で鰻をいただくことにしました。13時過ぎだったのも幸いし直ぐに席に通されましたが、お店の方に聞いたところいつもはこの時間でも行列しているとのことで、期待を高めつつ皆で鰻重と鰻丼を注文いたしました。重と丼の違いに老舗の技が垣間見えるかと興奮したのも束の間、お店の方にあっさりと入れ物が違うだけですと言い放たれ若干がくっとしたものの、出てきた鰻はほくほく&とろとろの柔らかさで、どぎついタレでごまかすのではなく国産鰻の味で勝負する姿勢が潔い素晴らしいクオリティで、大充実であった今回の旅の最高の締めくくりとなりました。記録に残す日記のつもりで書いてしまったため殆どの読者の方にとってはつまらない内容となったことをお詫びいたします。次回より通常モードに戻ります!

さて本の紹介です。「赤い月の香り」(千早茜著 集英社)はこのブログでも軽く紹介した渡辺淳一文学賞受賞作の「透明な夜の香り」(同)の続編で千早先生の直木賞受賞後最初の作品となります。相変わらずの超絶嗅覚で相手の体調から食べた物まで見通し、感情を喝破し嘘を見破る天才調香師の朔が顧客の執着をあぶり出しその悩みを香りで解決していくお話となっております。前作同様麗しい天然ハーブの数々や美味しそうな自然派料理が魅力的なのは勿論、朔のコミュ障変人ぶりも健在で、繊細めな金次郎としては、「お前の口は臭い」的な発言にそんなことまで言っちゃうの、と心拍数が上がる展開も多く、物語全体の雰囲気は静かで落ち着いているのに変な緊迫感が有りそのギャップが面白いです。本作では過去の記憶とそれにリンクした衝動を抑えられないことに苦悩する朝倉を朔がレストランでスカウトするのですが、ちょっと不自然なそんな始まりの場面が後々伏線として効いてくる展開なので乞うご期待です。「透明な~」からいい味を出している庭師(?)の源さんの過去も明らかとなり、勿論前作の主役であった一香も少々微妙な感じではあるもののきちんと存在感を発揮していて、更なる続編(たぶん完結編)に向けた重要なステップという位置づけの作品になっていると感じました。早く続きが読みたい。

「真夜中の密室」(ジェフリー・ディーヴァー著 文藝春秋)は四肢麻痺の凄腕捜査官リンカーン・ライムが微細証拠の徹底的な分析とニューヨークという街についての豊富過ぎる知識を総動員して推理を行い、犯罪者の先の先を読んで事件を解決するお馴染みのシリーズの第15作です。金次郎は本シリーズ作品はかなり読んでいますが、ちょっと記憶に無いライムの法廷での敗北から始まり、追い打ちをかけるようにニューヨーク市警との顧問契約打ち切りと逆境が続く中、宿敵ウォッチメーカーに匹敵する周到な犯罪者でありどんな鍵でも破ってしまうロック・スミスを相手に、アメリア・サックスをはじめとしたいつものチーム・リンカーンがどう立ち向かうかという展開で目が離せません。今回はプロットがやや複雑で最初はちょっと戸惑いますが、読んでいるうちに筋がクリアになってきて、中盤から終盤にかけては丁寧に伏線回収が実行されつつストーリーが二転三転する巧みな構成となっており、他シリーズ作同様時間を忘れて一気に読める秀作となっております。ニューヨークの街並みの素敵な描写にまた旅行に行きたくなりました。

「カレーの時間」(寺地はるな著 実業之日本社)は高度経済成長期を生き抜いてきたモラハラ祖父と所謂今時の若者男子である孫との噛み合わない同居生活を軸に物語は展開します。現代の価値観で過去の言動を評価するのはフェアではないと思いますが、過去それで良かったから現在もそれが正しいというわけでは勿論なく、当たり前のように移ろう価値観の変遷の中で生じる対立や葛藤にどう向き合うかを考えさせられる非常に現代的な小説であったと思います。ただ、なんとなくモラハラと不器用がごちゃ混ぜとなり、社会課題への解決策が提示されるわけでもなくうやむやになった感は否めず、まだまだ寺地先生の社会派としての挑戦は続きますね。

Aさんご夫妻もこのブログを読まれていますが、二日間のみならず旅の計画から予約まで大変お世話になりありがとうございました。夫婦共々心から感謝しております。またご一緒できる機会を楽しみにしております!

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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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