〈軟禁生活〉を軽やかにやり過ごす「モスクワの伯爵」に感銘を受ける

以前このブログで紹介しました趣味がマラソンの友人はシンガポール在住で、「人権より検疫」、「自粛しないと粛清」のお国柄の下、軟禁生活にストレスを溜めている模様です。(関連はこちら→ダイヤモンドプリンセスは呪われているのか?

日本もそこまでは厳しくないものの、それなりに不自由を強いられ、やりたいことが存分にできない環境ですので、ある意味軟禁に近い状態とも言えると思います。

そこで、世界中でマラソンレースも中止となっていて活躍の場が無く可哀そうなランナー友人(しかもありがたくもご夫婦でこのブログを読んでくれている)にエールを送る意味も込め、フィクションではあるものの、気の遠くなるような〈軟禁生活〉を大らかに、明るく、そして前向きに過ごした元ロシア貴族を描いた小説をご紹介します。

「モスクワの伯爵」(エイモア・トールズ著 早川書房)では、貴族の身分で名門ホテルであるメトロポールの最高級スイートの宿泊客であったアレキサンドル・ロストフ伯爵が、革命後に堕落した階級としてそのホテルの屋根裏部屋に押し込められ、32年にわたって軟禁生活を送るストーリーになっています。

こう聞くと、悲惨で鬱々とした内容のお話と思われる方も多いと思いますし、金次郎もそう思いながら読み始めたのですが、不思議なほど悲壮感とか暗さを感じない作品で、最初は意外な感じで、その後はどんどん引き込まれて読み進めることになりました。

とにかく伯爵が貴族ならでは、なのかは分かりませんが、細かいことにくよくよしない性格で、常に美意識とユーモアを忘れず、「自らの境遇の奴隷となってはならず、常に境遇の主人となるべし。」との金言に従って前向きに尊厳を保って生活する姿が非常にチャーミングで、自然と自分も気持ちの持ち方を工夫しようという気分にさせられます。また、詳細は書けませんが、伯爵が監視をものともせずホテルを出る場面では、のほほんと鷹揚なだけでない貴族の矜持というか高潔さを見せつけられ感動しました。

また、個性の強い他の登場人物との心温まる交流も癒しポイントとして重要で、一流ホテルを行き来する国籍や職業、身分の違う様々な客人との出会いも物語にしっかり奥行きを与えています。最高の料理人による食欲をそそるメニューの数々も彩を添えていると思います。

レフ・トルストイの名作「アンナ・カレーニナ」の有名な冒頭である「幸せな家族はどれもみな同じように見えるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形が有る。」は数多くの小説に引用される定番フレーズですが、この作品にもご多分に漏れず使われていますし、他にも多くの著名ロシア文学が引かれていたり、〈パン〉に関連するフレーズが様々な作品からピックアップされていたりと、一応ヒョードル・ドストエフスキーの五大長編を読破したロシア文学好きの金次郎にとっては読んでいてとても楽しみの多い現代ロシア文学、ではないアメリカ作品です(笑)。

ただ、この作中には同時代の現実であるスターリンによる粛清の嵐(1937年)という現代ソ連の闇の部分は具体的に記載されておらず、作中にも言及有る通りこの軟禁が必ずしも不幸のどん底と呼べるかは微妙で、人間万事塞翁が馬と言うか、改めて気持ちの持ちようが重要とも感じる作品でした。

ちょっと気分を変えるのに良いエンタメ小説としては、最近読んだ「正義の申し子」(染井為人著 KADOKAWA)がおすすめです。

ヘタレなカリスマユーチューバーと、不正請求業者のチンピラが巻き起こす騒動がなかなかに読んだことのない感覚で引き込まれます。著者は舞台芸術も手掛けていたとのことで、ビジュアルが浮かんでストーリーに没入しやすいのが特徴で、会話のテンポもセンスも良く笑えますし、特にマスクを脱いだり着けたりする場面は面白い。大衆エンタメ小説ではあるものの、著者の得意とする社会派な部分もあり、笑って終わりプラスαなところがお得な感じがする作品です。

染井先生は、「悪い夏」(KADOKAWA)では生活保護を切り口に人間の弱さ、もろさを全体的にそこはかとなく恐ろし気なトーンで描いていますし、「震える天秤」(KADOKAWA)では多発している老人による自動車事故の問題かと思いきや、職業倫理と自らの良心の間で葛藤する記者の姿を丁寧に描写していて注目の作家さんです。ちなみに、最新刊の「正体」(光文社)は先日購入しようとしましたが手に入りませんでした。読むのが楽しみです。

今月も順調に読書できており、来月も連休が有るので目標の25冊は行けると思いますが、5月末から部署が異動になるので、ペース掴めるまでちゃんと読書できるか不安です。頑張ってアフター4は維持しよう!と勝手に決意する金次郎でした。

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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