金次郎、シャインマスカットを食べつつドイツ現代史を学ぶ

今週は無事に年に一度の人間ドックを終え、コロナ禍においても体重微減、腹囲やや圧縮、悪玉コレステロール少し低下と最低レベルはクリアした結果で胸をなでおろしました。約20年前のシンガポール駐在時の美食がたたり、いつまでも脂肪肝が治らないのがノドに刺さったトゲとなっており、肝硬変などに悪化せぬようこの一年は牛豚を中心に食材から肉類を減らすと妻に宣言され、せっかく今半精肉店の近くに住んでいるのにと悲しい気分となりました。とは言え、スイーツ制限を全うしたことへのごほうびとして値段にこだわらず好きな食べものを買ってよしとのゴーサインが出ましたので、サモハン・キンポー(古い)ぐらい目玉が飛び出るほど高額のシャインマスカットを清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入いたしました@日本橋三越。

ご存知の通り一般にマスカットと呼ばれるぶどうの女王マスカット・オブ・アレキサンドリアとアメリカ栽培種のスチューベンを交配させたものに更に白南を混ぜてできあがったシャインマスカットは甘さと香りが素晴らしい人気ぶどう品種ですが、お高いイメージを裏切らぬ高額ぶりに売り場でビビって、店員さんに「その隣のやつでいいです・・・」とワンランクダウン(笑)。この高価格には、1.2006年に登録されたばかりの品種で相対的に栽培農家が少なく供給量が多くない、2.種なしにするためのジベレリン処理が他品種より大変で生産コストが高い、という背景があるようです。中でも岡山産は安定した気候がこの品種に好適なため皮が薄くエグ味も少ない出来栄えとなるようで、山梨産や長野産が高地での栽培となり気温の変化から若干皮が厚めとなる傾向のため、これらと比較してやや高値で取引されているようです。シャインマスカットは皮まで食べても美味しいのが利点ということで、気合でこれ以上のレベルダウンには踏みとどまり岡山産を購入いたしました。また、種がなく食べやすいのも無精者の金次郎には大きな魅力であるシャインマスカットですが、そもそもデラウェアに代表される種なしぶどうはそういう品種だと思い込んでいて、ぶどう農家の皆さんが植物ホルモンであるジベレリンを使って一房一房丁寧に処理して下さっていることを恥ずかしながら初めて知った金次郎は、非常に情けない気分となった一方で、舞台から飛び降りる値段を支払ったことで少しでもその手間暇に報いることができれば良いなと感じた次第です。

ただ、シャインマスカットのラグジュアリーなイメージに反し、高額ぶどうランキングではなんと第三位ということで、上には上が有るようです。気になる第二位はシャインマスカットの親品種であるマスカット・オブ・アレキサンドリアでジベレリン処理ができず種なしにならない不利にも関わらず、日本での生産が気候の関係で難しいことから、需給バランスが反映されて高額で取引されているようです。勿論、麝香(=ムスク)のような芳香と満足感の高い甘さはお値段に見合うクオリティであることは間違い無しです。とは言ったものの、金次郎が紀元前から続く由緒正しい本物のマスカット・オブ・アレキサンドリアを食したことが有るのかについては甚だ疑問ではありますが(笑)。

そして、栄えある高級ぶどう第一位は石川県の戦略商品となっていて、初セリ価格が今年は一房140万円(!)を付けたルビーロマンという品種です。ほとんどマグロの世界ですね。一房が約400グラム、中には一粒が30グラムを超えるものもあるそうで、巨大なのに味は繊細という魅力的な品種のようです。こちらも2007年登録と歴史が浅く流通量も少ないため、通常時でも一房1万円以上を支払う覚悟をしても入手が容易でないとのことで、そこまで言われるといつかどうしても食べてみたいと中年の夢が一つ増えました(笑)。

今回紹介するのは、ドイツやイギリスで活躍した評論家のセバスチャン・ハフナーの著作です。前回のブログで佐藤優先生の「悪の処世術」を紹介しましたが、取り上げられた独裁者の中にヒトラーがおり、興味をそそられ関連書籍をざっと眺めておりました。そんな中に、湯河原別荘が有名になってしまいましたが、そういえば国際政治学者が本業だった舛添要一先生の「ヒトラーの正体」(小学館)を見つけ、それなりになるほどと感心しながら読了。しかし、同書の巻末に参考文献3として挙げられていた「ヒトラーとは何か」セバスチャン・ハフナー著 (草思社)を読んでみると、こちらの内容の方が圧倒的に面白く舛添先生が完全に霞むほどのクオリティで、あまりにこの本が面白かったので、同じ著者による「ドイツ現代史の正しい見方」(同)というエッセイ集にも続けて挑戦してみたのですが、これがまた目からうろこの連続の素晴らしい内容で更に感動し、今回こちらをお薦めすることといたしました。

まだ東西ドイツ分裂時代の1985年に初版が発行された本書はトゲの有るアイロニカルな表現で意外な歴史の本質を衝く筆致が大変印象的です。第二章「人工国家プロイセンの興亡」では、世界史の教科書的にはいきなり登場したなという印象であったプロイセンについて、国民国家ではなく純粋に自己保存という目的のみを追求する理性国家と評し、その歴史をナポレオンに敗れるまでのイケイケ拡張期、軟弱なロマン主義期、ビスマルク主導からドイツ帝国建設期に分けて分かり易く解説してあります。戦争に勝ち領土を拡げるために軍拡を進め、軍事力強化の目的で見た目は非常にリベラルにそして実態はマキャベリズム的にあらゆる難民を受け入れた、という歴史は、バイエルンやザクセンと違い現代の政治からプロイセンの名前や存在が完全に消失している事実と符合していて大変興味深いと思いました。

第三章「ビスマルクのドイツ帝国建設」で面白いのは、ドイツ帝国建設にあたり強いリーダーシップを発揮し名宰相と評価の高いビスマルクがなかなかまとまらない帝国建設交渉に右往左往し、最後にはバイエルン王ルートビッヒ3世を買収し、権謀術数を弄して嫌がるプロイセン王ヴィルヘルム1世を漸くドイツ皇帝の地位に上らせる経緯が金次郎の歴史知識と全く整合しない点です(笑)。野心いっぱいの皇帝だったと金次郎が思い込んでいたヴィルヘルム1世は自分が皇帝になるにも関わらずドイツ帝国にプロイセンが併合される構造を嫌気していた、というのは全くもってドイツらしいエピソードだな、とは思いました。

第五章「ベルサイユ条約の逆説」では1次大戦後の講和条約であるベルサイユ条約が、民族自決、国民国家、国家による勢力均衡の否定というウィルソン構想の美名に酔い、その理想遂行がもたらすリスクに対処するシステムを全く有していなかった点を鋭く批判し、ドイツは大半の政治家や国民が抱いた直感に従ってこの条約の受け入れを拒絶するべきであったと結論しています。この条約がヒトラー台頭から1938年のニュンヘン協定、そしてその後の大戦へと至る流れを作ったという視座は非常に示唆に富んでいると思います。フランスが、国民国家の名のもとに大ドイツ主義を掲げ拡張の一途をたどる隣国ドイツへの対応に戦勝国としてのプライドの裏で疲弊し絶望していった様子が目に浮かび、歴史を違った視点で眺める興奮を感じました。

第六章「ヒトラーはなぜ権力を手にできたのか」ではヒトラーが台頭するに至った要因を分析してありますが、そもそも共和主義者がほとんどいなかったというワイマール共和国の構造矛盾には、歴史の表面だけを見て本質を考えない姿勢ではいけないと改めて刮目させられるものが有ります。その他にも、国民の困窮による絶望に加えベルサイユ条約への遺恨、ワイマール憲法が有事に大統領独裁を許すという欠陥、ヒンデンブルク大統領、パーテン・シュライヒャーの確執とヒトラーの過小評価など色々挙げられており面白い。非常に優秀な政治家でありノーベル平和賞も受けたグスタフ・シュトレーゼマンが経済恐慌期を前に急死し、舵取りを失ったドイツ経済が破綻の際まで追い込まれたことも要因の一つとして説明されていて、歴史のあやを感じる内容です。

第九章「ワイマール憲法が失敗してボン基本法が成功した理由」における、楽天主義的で理想的民主主義的国民の存在を前提として作成されたワイマール憲法に対し、名称も謙虚な当時の西ドイツのボン基本法が徹底的な人間不信と前体制との断絶を企図して制定され、前者は失敗に終わり後者は時代の荒波に揉まれつつも強靭にその機能を発揮し続けているとの対比は、日本における二つの憲法についての議論と重なるところもあり面白く読めました。歴史の授業で民主的で非常に進んだ内容の素晴らしい憲法であったとワイマール憲法について習った記憶が有りますが、無知、特に歴史についての無知は恐ろしいと重ね重ね思います。

第十章「奇跡の老人アデナウアー」では日本人にはよく知られていない(と思うのですが)、西ドイツ初代首相であるコンラート・アデナウアーについて論じられており、70歳を過ぎて政治家としての実力を漸く発揮しはじめ、1949年に首相となった後80代半ば過ぎまで14年間も統治を続けた彼を〈奇跡の老人〉として湛えています。バイデン米大統領のように、今でこそ長寿の政治家は珍しくないですが50年前に80を越えて西側の防波堤として共産主義体制と対峙し続けた胆力には恐れ入ります。アデナウアーに対する批判としては西側陣営に完全に組み入れられることでドイツ統一の可能性を潰してしまったというものが有りますが、統一が成りヨーロッパの盟主となった現在のドイツを知る我々から見ると、その功績だけが際立ちますね。

元々は「ヒトラーとは何か」についてもそれなりに触れるつもりでいたのですが、あまりにも「ドイツ現代史の正しい見方」への思い入れが強くなってしまい偏った感想となりました。すみません。でも、歴史に興味が有る方にとっては絶対面白い本なのでぜひご一読下さい。


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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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