長い間離れていた二人は幸福になれるのか、小説に例を探してみる

最近あのお二人が話題ですが、婚約中とはいえ、3年2ヵ月も会っていないのにいきなり結婚してしまうという荒業が可能なのだろうか、とどうしても思ってしまう今日この頃です(笑)。3年といえば、中学生は高校生になり、大学新入生が上手くいけば就職が決まってしまうほどの期間ですし、企業では中期経営計画の期間として一般的で、何が言いたいかというと、だいたい物事に一区切りを付けて次の新たな展開に進んでいこう、というぐらいの長さなわけです。そんな長い間、リモートでのコミュニケーションはあったにしろ全く直接会うことなく、ちゃんと関係が維持できて上手くいく話なんてご都合主義の小説でも滅多にお目にかかれないような・・・、と思いつつ記憶を掘り起こしてみました。

時間的空間的遠距離恋愛小説として真っ先に思いつくのが、「流沙」(井上靖著 文芸春秋)です。西ドイツのボンで暮らす考古学者とパリを拠点にしているピアニストが出会って直ぐに結婚を決めるものの、若さというか未熟さゆえに、あっという間に問題が発生し、お互い海外在住ということもあり、2年半も離れ離れで暮らした後破綻寸前までこじれるものの、どういう訳かインドというかパキスタンのモヘンジョ・ダロ遺跡(インダス文明!)で奇跡的に復縁するというお話です。全体的なストーリーの雰囲気がお二人の図式と似ていると思ってしまうのは金次郎だけでしょうか。気になったので、最後のところだけ読み返してみると、エピローグ的に終章として書き込まれている恋愛を終わらせた別の登場人物女性の手紙が非常に印象的でした。その手紙の中ではちょっとネガティブな意味で〈凍れる愛〉というドキりとする表現が使われていましたが、お二人は3年前にフリーズドライして保存してきた(?)愛情をうまく溶かしてホカホカにしていただければ良いな、と思いました(意味不明)。

次に思いつくのは、なんと足掛け6年で3回しか会えなかった二人の悲しい大人の恋を描いた「マチネの終わりに」(平野啓一郎著 文芸春秋)ですね。最近映画化もされましたのでご存知の方も多いかと思います。主役は男性が天才クラシックギタリスト、女性がPTSDを抱えるジャーナリストということで共通点があるような無いようなですが、王子と王女のラブストーリーという感じでは全くなく、なんとももどかしい上にドロドロの展開も入り込んでくることに加え、必ずしも誰もが認めるハピエンというわけではないのでやはり参考文献としてはやや不適切かなとも感じました。しかし、奇しくもラストシーンはニューヨークとなっておりやっぱりちょっと奇遇かも。二作ともボリューミーではありますが面白いお話なので、今回の騒動を機に、長い間会えない二人の恋愛模様というテーマで秋の夜長に読書してみるのも一興かと思います。

前回やや重めの内容でしたので、今回はエンタメ寄りの本を特にテーマ無くバラバラと紹介してみたいと思います。先ずは、「アクティベイター」(冲方丁著 集英社)です。羽田空港に核兵器を積んだ中国のステルス戦闘機が飛来するというド派手かつ衝撃的な事件で幕を開けるこの物語は、中国、アメリカ、ロシア、日本の表裏様々な組織の複雑な思惑や陰謀が錯綜し、誰が何の目的で何を起こそうとしているのかも把握できない混沌に読者を引き込む抗えぬ吸引力が特徴的です。エリート警察官僚の弟と最後まで意味不明の職業であった〈アクティベイター〉の兄という異色義兄弟バディの連帯感が微笑ましいのもさることながら、何と言ってもこの吸引力の源はアクティベイター真丈の無類かつ異質の強さとそれを支える緻密な格闘理論の面白さにあると思います。古武術の技が取り入れられているそうなのですが、地面を最強の武器として最大限活用するという発想は全く意識したことが無く非常に新鮮でした。現代社会でのリアルな戦闘シーンを意識したという著者渾身の地下鉄半蔵門線内での激しい格闘の描写は、いつも使っている路線ということもあってか、圧巻の出来栄えでした。人形町駅も出てきてちょっと嬉しかったりもしましたね。まだ真丈の妹(=鶴来の妻)の死の真相が明かされていないので、続編執筆からのシリーズ化に大いに期待しています。

「インドラネット」(桐野夏生著 KADOKAWA)は、コンプレックスまみれの八目晃の主体性も責任感も無く情けないダメ人間ぶりにイライラする序盤、旅行が恋しいこのご時世に「深夜特急」を彷彿とさせるカンボジアでのバックパッカーサバイバルの描写に気分が高揚する中盤、そしてやっぱり桐野作品らしく、いい人と思っていた登場人物が裏切ったり、悪い奴が想像以上に極悪だったり、人生は思い通りには全く進んで行かないと思い知らされたりと重苦しい気分必至の終盤と一冊で様々な感情を喚起してもらえる読み応えの有る作品でした。何冊も読んでくると、桐野作品を貫く〈反体制〉の信念が結構心に響いてきてヤバい(笑)。

こちらはエンタメではなくバリバリのノンフィクションですが「ヤクザと過激派が棲む街」(牧村康正著 講談社)は日本最大の寄せ場であった山谷(さんや)地区で長きにわたり続いたヤクザと日雇い労働者の抗争を老境に入った当事者たちへのインタビューをベースに綴ったアウトローというかピカレスクな作品です。70年代初頭まで続いていた左翼過激派の活動家が簡易宿泊所の集積地となっていた山谷に流れ着き、そこで本当の底辺の苦しい生活を送る労働者と結びついて地べたの活動を続けていたというのは衝撃的でしたし、金次郎が上京した頃までヤクザや警察も巻き込みながらそういう活動が継続していた事実を全く知らなかった自分が情けなくなりました。上京したての頃よく浅草近辺には行ったのですが、まさかそこで交番での警官刺殺、山谷ドキュメンタリー映画撮影に携わった監督2名殺害、数千人規模の衝突などの事件が起こっていようとは夢にも思いませんでした。高校生の頃は今より新聞を読んでいたつもりだったのですが(笑)、地方紙には出てなかったのか。

ドヤ街という呼称は宿(=やど)を業界風にひっくり返して簡易宿泊所を蔑む意味合いで使われた言葉というのも初めて知りました。うちからもそんなに遠くない泪橋がよく出てきますが、記憶の底で何かが引っかかると思ったら「あしたのジョー」の舞台の一つでした!懐かしい。そんな山谷も今ではその地名も無くなり、日雇い労働者もいなくなって、安くて便利ということで外国人観光客ご用達の人気宿泊地になっているようです。確かに夜になるとそっちの方に歩いていく外国人をたまに見ますね。

「自転しながら公転する」(新潮社)が前回の本屋大賞2021でノミネート作品になっていたので初めてしっかり作品に触れたばかりなのに、直木賞作家山本文緒先生が58歳の若さでお亡くなりになりました。非常に残念です。心よりご冥福をお祈り申し上げます。


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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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