金次郎、意外とドラマチックだった故郷の町に思いを馳せる

金次郎の生まれ育った町は福岡市内の何の変哲もない住宅地でしたが、振り返ってみると、そんな小さな町にも様々なスキャンダルというか事件というか、真偽の定かでない噂話は尽きなかったのかなと思ったりもします。当然といえば当然ですが、子供の頃はそういうことに全く興味が無く、街を飛び交う玉石混交(というか殆ど石)の情報へのアンテナが低すぎて、心に引っかかることもたいして有りませんでしたが、今にして思うと結構ヤバいことがたくさん起こっていたような気がします。先ずその中でも最たるものが、お隣に住んでいた方が刑務所から出てこられたばかりという噂というか事実です。勿論罪を償われているわけですからそれ自体はどうと言うことはないのですが、子供時代とはいえ高校生まではそこに住んでいたわけで、あまりにも無関心過ぎて、生来の軽はずみな性格のために知らぬ間に地雷を踏んでいたことが有ったのではないかと今更ながら反省しました。また、近所に住んでいてたまにその辺の空き地で遊んでもらったり、町内ソフトボールの監督をしてもらっていたおじさんが、家出少女を家に連れ込んで住まわせた挙句に子供をこしらえてしまっていたり、同級生の家に暴漢が侵入したり、かつて警察官だったものの盗みをはたらいてクビになったという噂で後ろ指を指されているおじさんがいたり、時々野球のボールを打ち込んでいたお屋敷が極道の方の住まいだったり、と書きながら思い出して意外にもドラマチックな刺激に溢れた町だったんだなと故郷を再発見した思いです。

母親が色々言っていたのを聞き流していましたが、小学校時代に同じ学年の別クラスの担任をされていた、いつも校内を裸足で歩き回っていたようなワイルドなイメージの先生が、同じく同学年別クラスの担任だった女性の先生にふられて深刻に心を病まれたというような悲しい噂を耳にした覚えも有ります。当時は野性的な見た目の記憶と聞かされた情報のギャップが埋められず思考停止してしまっていましたが、今なら彼のあの振る舞いはもしかしたら内面の繊細さを乗り越えるための演出だったのだろうか、優しそうという印象しか残っていないあの女性の先生は一体どういう人物だったのだろうか、などと想像を巡らせられるぐらいには歳を重ねてしまっていて、いたたまれない気分になりました。

母が町内会的な活動に熱心だったから意外と情報量が多いだけなのかもしれませんが、ちょっと思い出すだけでも限られた範囲の狭い町内で、しかも子供の金次郎の耳に入ったものだけで、こんなに多くの噂が有ったという事実に驚愕しますし、そんな噂話情報の伝播力の恐ろしさにも旋律いたします。中学生時分にはちょっと悪ぶっていた金次郎もどんな陰口をきかれていたかと思うと更に怖さ倍増です(苦笑)。また、母が亡くなってしまっていて確かめられませんが、生前に母がそんな町内会の謎の勢力・派閥争いに巻き込まれていたという未確認情報も有り、意外と金次郎の故郷は人間の感情の本質に迫るエピソードが集積するお土地柄なのかもしれず、コロナが落ち着き帰省した際には、このブログ、あるいは退職後に気が向いたら執筆するかもしれない小説のネタとして、そういう話が風化してしまわぬうちに柳田國男先生ばりにフィールドワークをしなければと決意いたしました。

そんな噂話を好む人々の醜悪さも含め、他人に対する様々な感情、ひいては自分の内面に閉じ込めている不都合な屈託について、これでもかと突き付けられるのが「OUT」(桐野夏生著 講談社 )です。弁当工場の深夜シフトで働くパート主婦4人が、そのうちの1人弥生が夫を絞め殺してしまうという事件をきっかけに、不満は有るものの絶望する程に不幸とまでは言えないありきたりな閉塞状態から一気に〈OUT〉し、戦慄の修羅道に足を踏み入れるという桐野先生らしいストーリーです。フィクションだ作り話だと思いながら読み進めているのに、登場人物が晒す不愉快な弱さや醜悪さが、自分の中にも存在する感情と時にシンクロしている事実に気づいた瞬間のリアリティがとにかく怖く、相変わらず嫌な気分にさせられます(苦笑)。主人公雅子が自分を殺して漫然と生きる暮らしと決別し、決然と退路を断って、道に外れ傷つきながらも自分として生きようとする姿には刮目させられました。この作品を読まずして桐野作品を語っていた自分を反省です。

「トランプ自伝」(ドナルド・トランプ著 早川書房)は何かとお騒がせなドナルド・トランプ前大統領が40代前半に著した、彼の前半生の成功譚を描いた自伝で、原題は「The art of the deal」とかなりの自意識を感じさせます(笑)。どちらかと言うと低所得者層向けの住宅開発をクイーンズやブルックリンなどの地域で手掛けていた父親が、政府による家賃上限設定で苦しむ様子を目の当たりにし、マンハッタン中心部の高級物件で儲けようと大型ホテル開発やハドソン川沿いの広大な用地買収を20代後半で手掛けるあたりから彼のサクセスストーリーが始まります。勿論鼻につく部分は多いですし、書かれていることが全て真実とも思えませんし、闇に葬られている不都合な話も多々存在するであろうことに目をつぶり続けるのにはなかなかの精神力を必要としますが、彼の金の匂いを嗅ぎ取るセンスやしぶとい交渉力、後に起こることをイメージする想像力とそれに従って適切な打ち手を迅速に講じる行動力はなかなかのものだと感心させられ、ビジネスパーソンとして参考になる箇所は存外多いと感じました。何よりも、難しい取引にチャレンジしようとする貪欲さは見習うべきだなと思います。

ティファニーのオーナーからビルの空中権を購入してトランプ・タワー建設を成功させたエピソード、ニューヨーク市が6年という歳月と巨額の費用をかけても完遂できなかった市営アイススケート場の工事をわずか3か月かつ予算内で達成した話などまだまだ自慢話は続きますが、プラント建設に携わった経験の有る身としては後者で見せた彼のディベロッパーとしての手腕は相当なものと感じます。しかし、当時は最悪の暗黒時代だったとはいえ、ニューヨーク市のずさんな工事管理もかなりひどい。その他にもUSFLというアメフトリーグを作ってNFLに反トラスト訴訟を仕掛け対抗しようと試みたり、先行して設けている巨大カジノ業者に戦いを挑んだりと、金を稼ぐためにはどんなことでも先ずはやってみる姿勢は凄いです。と言うか、誰かが金儲けをやれているなら自分にも絶対できる、と信じられるハートの強さが異常です(笑)。有り得ないほど自己顕示欲が強いだけなのかもしれませんが、政治家時代にも遺憾無く発揮された、メディアに露出して知名度を上げ美名・悪名を問わず世間の評判を得ることの価値を最大限に活用する技術は天才的だと思います。(言わずもがなですが、政治家としての彼を高く評価している、ということでは有りませんのであしからず。)

くどいので簡単にしておきますが「万年東一」(宮崎学著 KADOKAWA )は最近はまっているアウトロー作家宮崎先生が心酔した〈愚連隊の神様〉と呼ばれた男、万年東一、についての伝記的作品です。一応宮崎先生は万年の最後の舎弟という触れ込みで、彼の語った思い出話や主戦場であった新宿で語り継がれている伝説が小説仕立てで描かれています。戦時中の上海の雰囲気、右翼の大立者である児玉誉士夫との因縁、万年の群れない規格外で筋の通ったワルぶりなどなかなか読み応えの有る内容でした。新宿鮫シリーズ「風化水脈」(大沢在昌著 光文社)で語られる新宿の歴史とシンクロしてこちらも読み直したくなりました。(紹介はこちらです。

新宿といえば紀伊国屋書店の地下に有った博多うどん店が懐かしいですが、だいぶ昔に閉店してしまいました。学生時代によく友人と行っていたとんかつ店の豚珍館はまだ存在しているのでしょうか。。。当時はお金が無くてチキンカツ定食しか食べられませんでしたが。


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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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