金次郎、いま売れている「法廷遊戯」(五十嵐律人著)を読んで翻弄される

先日友人が、火鍋の天香回味(テンシャンフェイウェイ)が閉店したらしい、と不吉なことを言ってきたので、慌てて食べログを見てみると、9月16日から全店舗で感染対策・営業時間短縮の上で営業再開する、というお知らせが出ており心から安心しました。通常は火鍋の締めで食べるラーメンをランチではメインとして出してくれるこのお店は、二日酔いの時や、ちょっとピリッとしない午前中にもってこいのランチスポットでしたので、コロナに負けずに頑張ってくれて本当に良かったです。早速9月中旬に応援も兼ねて訪問しようと思います。

さて、前回フィクションとノンフィクションについて書きましたが、ちょうど同じタイミングでその両方に長けた稀代のversatilistである松本清張先生の作品を解説した「「松本清張」で読む昭和史」(原武史著 NHK出版)を読みました。不朽の名作「点と線」や「砂の器」の時代背景の説明や著者の鉄道へのこだわりについての解説なども非常に興味深いのですが、何より以前このブログでも紹介した「昭和史発掘」の戦後史バージョンである「日本の黒い霧」(松本清張著 文芸春秋 上巻下巻)に出会えたことが収穫でした。

60年安保で社会が騒然とするさ中に、日米関係の闇の部分が生まれる契機となった占領時代のGHQ暗躍に鋭く切り込んだこの勇敢なノンフィクションは、当時51歳と脂の乗った著者の真実追求への熱情を感じられる名作です。「下山国鉄総裁謀殺事件」ではGHQ参謀第二部(G2)の関与をG2/GS(民政局)間の主導権争いという背景と合わせ独自の視点で描いており、その核心に迫る推理には納得感有り頷かされます。

また、「帝銀事件の謎」、「推理・松川事件」でも辻褄の合わない捜査・裁判とその裏に潜むGHQの意図を鋭くえぐっていて痛快ですし、全ての事件が伏線となり最終話の「謀略朝鮮戦争」で話が全部つながってくるサスペンスな感じも相変わらず読み応え有ります。ざっくりまとめると、GHQの内部抗争、戦時における鉄道の重要性、民主化から反共防壁への占領政策転換と関連する様々な秘密工作、といったところに集約されるかと思いますが、よく平和ボケと言われるこの国でたった70年ほど前にこれほど大々的に秘密工作や理不尽な圧政が国民に情報開示されることなく堂々と行われていた事実に驚かされますし、その仕組みは現代まで脈々とつながっていると思われることにやや怖さを感じます。自分の身を危険に晒しても真実を伝え世に問おうとする真のノンフィクション作家は果たして現代には存在するのか、よく注意して観て行こうと思います。

最近売れていると評判だったので、メフィスト賞作品の「法廷遊戯」(五十嵐律人著 講談社)を読んでみました。物語はロースクール内の遊びとして行われている模擬法廷ゲームから始まるという比較的安穏な感じなのですが、なんとなく暗い主人公の過去の謎に少しずつ迫るうちに、主人公の周囲で発生する事件がどんどんエスカレートして行くので嫌が応にも緊迫感が高まります。少し難しい法学理論にも触れられていて知的好奇心もくすぐられますし、単純でないプロットにも工夫が見られ、それでいて伏線の回収も充分な上に、自分がどちらを向いているかわからなくなるほどスピーディーに表裏が入れ替わる展開に翻弄されるという、デビュー作とは思えぬ非常に練られた印象の作品で満足度がとても高い内容になっております。〈無罪〉と〈冤罪〉の違いについてのくだりが結構好きでした。ぜひご一読をお薦めします。

海外の法廷ものとしては、「罪の段階」(原題Degree of guilt、リチャード ノース・パタースン著 新潮社 上巻下巻)は、ちょっと古いサスペンス作品ですが、最近米国発で世界中を揺るがしたセクハラ問題がテーマである意味新しいとも言えます。内容は本格的で、何が真実で何が嘘か、嘘をついた理由は何か、などなど気になってどんどん読まされます。判事・検事・弁護士のやり取りが精緻にロジカルなところも気に入ったポイントですね。自分もこんな風にディベートできたらいいのに、と少し残念。また、被害者や証言者の権利はどこまで守られるべきか、親子の愛情とは、などなど他にも読みどころが盛りだくさんで楽しめます。続編的な位置づけの「子供の眼」(原題Eyes of a child)は前作でクールな判事だったキャロライン・マスターズが弁護士として最高の仕事をします。米国陪審員裁判の仕組みが分かり興味深いだけでなく、緻密な構成や息詰まる法廷でのやり取りも健在です。二作品ともかなりおすすめです。

結局8月は合計38冊もの本を読んでしまい、さすがにやや食傷気味です(苦笑)。読書の秋の前に息切れは情けないので、気を取り直してじっくりと本に向き合う9~10月にしようと思います。

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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