単なる童話ではない「ハーメルンの笛吹き男」の真相に迫る名著を読む

最近ようやく海外渡航VISAが取得できるようになり、海外赴任が決まっていた同僚が少しずつ移動を始めています。本屋大賞予想対決で戦った宿敵Mもドイツに赴任となり、オフィスで読書の話ができなくなるのは寂しいですが、往復の隔離検疫期間4週間を考えると、海外出張が現実的でない状況ですので、海外駐在員の働きが以前にも増して重要になっており、MにはぜひEUを股にかけて大活躍して欲しいと期待しています。忙しくて読書が疎かになれば、来年の予想対決で金次郎が〈金の栞〉をゲットできるチャンスが増すのでそれにも期待ですね(笑)。

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ドイツと言えば、子供の頃に読んでなんとなく薄気味悪い印象を持った記憶の有るグリム童話の〈ハーメルンの笛吹き男〉の話について、その成立の背景を分析した「ハーメルンの笛吹き男:伝説とその世界」(阿部欽也著 筑摩書房)を読みました。

話のあらすじは、①鼠の害に悩む村に、珍しいいでたちの笛吹き男が現れ、礼金と引き換えに鼠の退治を請け負い、②笛を吹いて鼠を集め、池で鼠を溺れさせて退治したものの、③村人が礼金の支払いを渋って男が激怒して、④男が笛を吹くと村の子供たち130人が男について歩き始め、山のかなたに消えて行方知れずとなる、というものです。どうやら1284年6月26日に実際に起こった何らかの〈事件〉を下敷きにこの物語は生まれ、そこから700年以上にわたり少しずつ形を変えながら語り継がれているようなのですが、その〈事件〉とは何だったのか、この話が伝説となり長きにわたり伝えられるに至った社会的背景はどんなものか、物語の細部が微妙に変容を遂げた要因は何か、について解き明かすのが本書の目的となっています。

著者は、それぞれ笛吹き男を仲介者とする、〈東方移住説〉や〈十字軍参戦説〉などのもっともらしい俗説を否定しながら、様々な文献やこの伝説に関する研究について検証する過程で、我々には馴染みの薄い中世ヨーロッパ社会の在り様をその底辺に生きた人々に焦点を当てつつ鮮やかに浮かび上がらせ、当時の宗教、音楽、身分制度、等についての多くの示唆を与えてくれます。特に笛吹き男に象徴される放浪楽師と鼠取り男を共に名誉も土地も持たない被差別民と規定し、彼らに対する人々の恐れがこの伝説に世界中に広まる程の力を与えたという解釈は、賤民の存在を捉え直して日本中世史観を革命的に変えた網野先生の歴史観を彷彿とさせ、なかなか興味深かったです。

カトリック教会の支配が非常に強かったこの地域では、ゲルマン的アミニズムにつながる歌舞音曲が徹底的に否定され、音楽に関わる笛吹き男のような存在も賤民として差別されていた、というのは、音楽=ヨーロッパという認識だったので驚きでした。音楽家の地位が向上したのはもう少し後になって、教会が布教に音楽を使い始めた頃からのようです。

ちょっとした謎解き本かと思って読み始めたのですが、ヨーロッパ社会を教科書ではほぼ語られない庶民の生活や風俗から眺める視座に気づかされる、非常に勉強になる内容でした。本書が1988年の初版発行以来、2019年の35版に至るまで版を重ねるロングセラーなのも頷けます。

経済小説でお馴染みの黒木亮先生の「アパレル興亡」(岩波書店)は、戦中から現代までのアパレル産業の栄枯盛衰を描いた産業史小説です。イージーオーダーから既製服へ、百貨店からファストファッションへ、という大きな流れが編年体で綴られる物語の中で浮き彫りとなり、時代の変化を捉え直すには良い作品です。つぶし屋、メリヤス、から始まって、DCブランド、バブル期を経て、フリース時代が到来するわけですが、他の産業と比較して繊維産業の変化のドラスティックさには改めて驚かされます。うちの会社でも取り扱い有りますが大変なんだろうな。。。

また、今は苦境ですが、往時の百貨店、とりわけファッション業界での伊勢丹の存在感が凄かったことがよく分かって興味深いですね。ユニクロはユニーククロージングウェアハウスだったのを恥ずかしながら初めて知りました。先日亡くなった三井住友銀行初代頭取の〈ラストバンカー〉西川さんも少しだけ登場されたり、村上ファンドによる敵対的買収の顛末を詳述されるなど、黒木先生らしい経済うんちく的な小ネタも盛り込まれていて、なかなか楽しめる作品です。

Mの壮行会で大好きなお寿司を久々に食べました。チュウボウと呼ばれている若いマグロが若いくせに脂が乗っていて最高に美味しかったです。Mさん、ご活躍を祈念しております。

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

「単なる童話ではない「ハーメルンの笛吹き男」の真相に迫る名著を読む」への1件のフィードバック

  1. ありがとうございました!でも来年の本屋大賞レースも勝たせていただきますよ!

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